4章37話 小さな小競り合いです
少し遅れました。申し訳ないです……。
「いらっしゃいませ」
店員の笑顔を見て軽く会釈をする。
見た目は二十にも満たない青年だ。ステータスを見る限り店長でもないのに働いている期間が長いのか、かなり礼儀も正しく笑顔に違和感がない。商人ギルドに加入しているとすれば学びに来ている可能性もある。
「どのような物をご所望ですか?」
「そうですね……パトロの街は商人達の最高峰だと言われています。質を見て買うかどうか考えようと思っていました」
「なるほど、そうですか。私なんかに丁寧な言葉で返して頂きありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
嫌味のない笑顔には自分なりの最大限の笑顔で返す。内心はどうであれ、ここまで美しい笑顔を浮かべられるのは本当に商人としての才能があるとしか言えない。
「口振りや顔からして初めてお見かけしますがパトロの街のお店は初めてですか?」
「……来た人の顔とかを覚えているんですか?」
「ええ、それくらいしか才能がありませんから」
サラッと流されそうだったけどすごいな。
顔を見て覚えきることなんて普通は出来ない。見たことある程度だなって言うのなら分かるし、僕も初めての雰囲気を出していたから分かりやすかったとしても口に出すのとは違うしね。それだけ自信があったんだろうから言えたんだと思う。現に僕達の方を見て色々と悩んだ素振りを見せているし。
「……えーと、こちらとかはどうでしょうか?」
「……大剣をどうして僕に渡すんですか?」
僕の装備からして冒険者というよりは黒いパーカーを身に纏う青年だ。装備品はエミさんとかの方が必要そうに見えるはず。加えて僕の得物が大剣であることは口に出していないし、もちろんのこと黒百合は空間の中にしまっている。脅しの道具にもなるから持っていては警戒をされるしね。
僕の質問に対して店員は少しだけ悩んでいた。返答に困っているのか、もしくは何か言えない理由があるのかだけど……まぁ、純粋に返答を考えているのかもしれない。言いたくないなら別にいいけど。
「雰囲気からしてお客様の全員が戦闘をしているように感じました。特に着ているお召し物が良質な物でしたから最初は豪商、もしくは御貴族様だと考えましたが」
「……話し方から違うと感じたということですか?」
「いえ、粗相のないように豪商や御貴族様の家系の特徴は全て記憶しているんです。その中に含まれていないことから有名な冒険者と考えましたがそれも少し違和感があります。有名な冒険者ならば不思議な方が多いですから」
全てを記憶……これでこれしか才能が無いって言いきれるのがすごいな。十分な才能だよね。日本なら記憶力がいいだけで色んなことに使えるし勉強とかの効率も良くなりそうだ。
「その中で五名の中で前に出てこられる貴方様が頭首だと考えました。強いか弱いかを考えた時に武器も持たず警戒心を与えない点、そして仲間達からも心配されていないことから強いと判断してから持つであろう武器を選びましたが」
「それなら余計に大剣を選ばないような気がしますが……?」
「はは、お客様は意地悪ですね。分かっていながら知らない振りをするんですから」
分かっていながらとは少し違うけどね。
ただこういうのを見て僕ならどうしてそう判断するのかっていう予想は出来る。果たして僕が店員の立場だったとして正解に辿り着けるかは微妙だけど。だってさ、僕の装備は軽装で軽さを重視するのに大剣は合わなさ過ぎる。それなら動きの制限が少ない武器を勧めるはずだし……。
「体格や武器からして素手が武器という方なのかもしれないと考えましたが、それは確実に合わないです。速度を重視する方が五人の中で二人、それならば杖を持つ魔法使いを守る方が一人と重くなってしまいます。それならば中衛を任せられる遊撃が一人、必要だと考えれば守りにも使える大剣か、中間から少しずつ攻撃を出来る槍の二択に絞られますから」
「後は確率論ということですね」
「はい、その通りです。当たったようで肩が軽くなりましたよ」
ニッコリと笑いかけてくる。言葉の割には不安があったような感じではなく自信があって発言したように感じられるけど。まぁ、僕だったら二択まで絞り切って後は運任せだしね。別に外れたら外れた時って感じだったのかもしれないし。
「それで……一応、このような物を出してみたのですが、そのようなお召し物を所持する方には衰えて見えてしまいますよね……」
「そうですね……得物は当たりですが今回は本当に武器を見に来ただけですから。僕の武器も未だ衰えずありますので」
黒百合を取り出す。
当然のごとく驚いた顔をされた。リュックとかを経由させて出しても良かったのだけれど、店員の反応を見たかったからそれは抜いた。別にそれで外で言い振らされたとしても帰ればいいだけだしグリフ家の騎士って言う前提もあるから下手なことは出来ないだろうし。
それに店員は自分で僕のことを強いと判断している。下手に手を出そうものなら空間魔法のような隠し玉がたくさんあるかもしれないからね。話している感じ頭が良さそうだから敵に回すことは出来ないだろう。
「……質といいお客様といい……」
店員がそこまで言って言葉を詰まらせる。
「なるほど、そのような隠し玉を見せてくるということはいくらか信用を得られたということですね」
「……そうなりますね」
「安心してください。元よりお客様のことを話すことは絶対にしません。商人としてお客様の情報を簡単に渡すわけにはいきませんから」
半分、脅し気味に聞こえなくもない僕の言葉に表情を変えず言い切る。言葉に嘘があれば簡単に表情が崩れていくし、例え嘘をつく才能があっても商人の意地があるのなら情報の大切さ、信用性の価値を理解しているだろうしね。特にここまで特異な能力を持っているのなら信用性を利用して活用した方がいいと考えるはずだ。
短い行動、言葉の中にいくつもの意味合いを持たせておく。これが出来なければ商談相手に上手く利用されておしまいだ。逆に上手ければ上手いほど、揚げ足を取ることが上手ければいくらでも上に立てるしね。
「ところで、その武器やお召し物はどちらで購入されたものなのでしょうか?」
「.......あまり答えたくありませんね」
「そう言うと思いました。それでも武器を見せびらかして終わり、というわけにもいかないでしょう。お客様が誰であれ、商人として価値を理解出来るからこそ聞きたいのです」
分からなくはない。それに聞かなければ教えてもらえない。それは確実だ。聞かなければ話すこともないからね。要は交渉をしたいってことなんだろうけど.......。
「先程も言いました。今日はパトロの街の武器屋などの道具の価値を見たかっただけだと。それに……例え教えたとしても作ってもらえるとは限りませんよ?」
僕の持つ装備品の質は間違いない。だって、僕とミッチェルが作ったものだからね。売るとなれば金貨で済むわけもない。商人ならば喉から手が出るほど欲しいだろう。目の前の店員なら尚更だろうね。店を持つためにここで学んでいるだろうし。
「.......すみません、出過ぎました」
「いえ、気を付けた方がいいですよ。情報を得られたからと言って確実に手に入るとは限りません。それに少しでも鋭い人なら警戒して距離を離すでしょう」
僕の笑顔に店員さんは表情を曇らせた。
遠回しに僕との距離が離れたと言われているようなものだしね。本当に武器の価値が分かるから欲しいのだろう。少なくとも弱い武器ならば僕が使えない。簡単に折れておしまいだ。心器と打ち合っても折れないだけの武器は滅多にない。心器を出せる人も数少ないしね。周りに多いだけで。
「……ところで」
「……はい、なんでしょうか?」
「店員さんのお名前を知らないのですが教えて貰ってもよろしいですか?」
「……」
考えているみたいだ。これは僕なりに助け舟を出したつもり。まぁ、店員さんのことが嫌いになったわけじゃないし価値が分かるから踏み込みすぎたって言えるしね。直で考えれば名前を覚えるということは今後も関係があれば宜しくお願いしますっていう意味を持つ。……遠回しな嫌味になることもあるけどね。
「私の名前はミラルと言います。よろしければ記憶の片隅などに留めてもらえると嬉しい限りです」
「僕の名前はギドです。今のところはランクがCですが、そのうち上へといくでしょう。こちらからも好意にしてもらえるとありがたい限りです」
社交辞令に近い言葉、それでも僕の一言は宣戦布告というか、宣言に近いし違う意味での驚きを覚えられたようだ。何のランクがCだと詳しく言っていないから冒険者としてか、商人としてかどちらか悩んでいるのだろう。もしCであれば持っている装備の価値も見合っていないだろうし。下手をすれば嘘だと思われそうだね。
「……ギド様……ええ、しっかりと覚えさせていただきました!」
にこやかに手を差し出してきたので握手で返す。
それによってより頬を綻ばせていた。いい商談相手が出来たと思っているのだろう。まぁ、それは僕もか。まだ未確定だけどミラルにならポーションとかを売ってもいいと思っている。
「ところで……このお店にはミラルさんしかいないんですか?」
今更だけどお店に来てミラルしか見ていない。
お店で少し大きな声で話しているのに店長らしき人が出てくる気配もないしね。お客は……まぁ、値段のせいか来る人も多くはないのだろう。その時点で僕とは合わないけど。良客だけを重視するのは好きじゃない。
「えーと……エレク商会のやり方は少し特殊でして……今は店に私しかいない状況ですね」
少し暗い雰囲気で呟く。
よく考えてみればミラルが普通の店員かも不明だ。ましてや店長などの管理人がいないのに店を任せるのも。立場がいいのか、もしくは契約上の何かを強制されているのか。別に関係の無いことだけどエレク商会という系列なのも初めて聞いたし。
「そうですか……なら、槍で良質なのを見繕ってもらえると助かります」
もちろん、僕用じゃない。エルドの武器を一段階上にしていいし使わなくなっても素材として変えたり、店を出したら武器として使わせるのもいいからね。無駄にはならないって考えの元で買うことにした。お金にも余裕はあるし。
「分かりました」
ミラルが奥へと下がっていった。本気で良いものを見繕うつもりなのだろう。その好意に甘えて並んでいるものでも見ていればいい。市井の店で並ぶ武器の質を測るのも必要なことだ。
並んでいる武器に手をかけてエミさんに見せようとした、その時……聞くに耐えない声が店内に響いた。
「ふむ、下郎な臭いがするな」
僕はそっと四人を僕の背後に下がらせた。
連休は小説が書けて嬉しいですね。
次回は水、木のどちらかに出す予定です。