4章36話 パトロの街並です
「人が多いな」
「仕方ないよ、グリフに比べれば大都市なんだしさ」
エミさんが小さく呟く。
今は昼を過ぎた頃、日本なら未だに仕事に追われたり外を回ったりしているサラリーマンが多い時間帯だ。その分だけ学業に専念している人達にとっては憂鬱な時間だろう。だけど、それは日本での話だ。異世界ともなると時間と出歩く人達の年代は関係がなくなってくる。
騒音、賑わい……色んな言い方が出来る街中で行きとは逆にエミさんとリリを両隣に置いて前に二人を歩かせていた。後ろにしないのは極力、人混みの中での痴漢とかを減らすためだ。二人を隣にしたのは朝の時にミッチェルとイアと手を繋いでいたしね。
「あっ、そこの道を右ね」
「……人通りの多い道を通りますね」
「まぁね」
薄々、勘づいていたようだけど僕は裏路地を通ろうとはしていない。近道がいくらあっても通るのは大通りだ。裏路地には変な人が多くいるからね。わざわざ面倒事を作りに行く必要性は特にないし。
それにしてもパトロの街に商店街のようなものは見えないな。あるにはあるんだろうけど人通りの多い道や都市の中心に商店街は見えない。あるのは『商人ギルド傘下、ーー』みたいな美辞麗句という言葉にピッタリな店ばかり。看板からして信用しづらい。だってさ、安心安全の高品質を提供とかって看板に書かれたら胡散臭さが勝ってしまうよね。
外装も美しさを重視していて中には『御貴族様以外お断り』とか書いている場所もある。その看板通り外装は金色一色で見ていられるものではない。まだ彩色の鮮やかなFPSゲームの方が目に優しい。日光を乱反射させては行き交う人々の目を閉じさせる。
「こういう場所は初めて見るのか?」
「うん、僕のいた場所はパトロのように賑わっていたわけではなかったしね」
絶賛、近くの大都市に若者達を吸われる地方都市だったしね。学校の授業の中でも減りゆく我が街の若者達はどうすれば帰ってくるか、みたいなことを教えられたし。何なら故郷愛みたいなのを無理やりに埋め込もうとしているようで気持ち悪く感じていた。
夕方六時には閉まる商店街とかもあった。デパートとかも二つや三つあったけど、最終的に残ったのは一つだけだったし。賑わっていると言われれば賑わっていたのかもしれないけど、僕の目からすればパトロの街みたいな人混みは祭りくらいでしか見たことがない。
それに……。
「ここまで店が並んでいるのは僕からすれば少しだけ弱いように感じるかな」
「……なるほど」
多分だけどパトロの街って儲かっている人と儲かっていない人との二分化がされていると思う。それは狙ってか狙わずか分からないけど店の間隔が狭すぎてそう感じざるを得ない。どこもかしこも商人ギルド認証が看板に書かれていて差別化がされていないしね。それなら人脈の広い人の方が勝ちだろうし。
リリが分かっているような顔をしているのは僕の言いたいことが分かるんだろうね。何となくだけどそんな気がする。
「同じものが並んでいても客は寄り付かない。それなら場所選びや質が重要視されていくから新規が増えづらいってところかな?」
「そうだね、昔からの顧客がいるのなら顧客の会話で昔ながらの店が売れるのは目に見えている」
俗に言うブランドに近いかな。
大きな病院と小さな病院なら大きな病院の方が信用し易いのと似たようなものだしね。似た者同士ってあまり良くないんだ。最終的には例え店を持ったとしても強豪に負けて自滅か、もしくは相手の参加に入るとか自分がトップでいられることはないだろうね。僕でさえもそう思うから自分の店を持つなら商品に工夫をする予定だ。まぁ、普通なら違いを見出すよりもコストを減らすことの方が楽なような気がするけどね。
僕は自分の商品でブランドを作りたいし。社員とかも自分の手で教育、もとい教え込むつもりだ。働けば働く分だけスキルに磨きがかかり、従業員は奴隷にするつもりだから働く分だけ解放に一歩近づく。解放した後も望むのなら会社で働いてくれればいい、その程度でしか考えていない。その時に重要なのは僕の見極める目、魔眼だしね。やる分には難しくないと思う。
「そこはね、仕方の無いことだと思うよ。冒険者になりたい人が多いように、豪商に憧れる人達もいる。その中で商人ギルドのお膝元であるパトロの街で店を立てるのは分からなくはないからね」
リリの説明って分かりやすいなぁ。
つまり若者が上京するのと近しいってことだろうね。夢見て東京に行ってしまえば上手くいって稼げる人と、夢破れて故郷に戻るか地獄に落ちるかのどちらかだ。言いたくはないんだろうけど失敗した人の中には本当に才能がある人がいるかもしれない。
……あれ? ということは奴隷を買う時により有利かもしれないな。……グリフの街の五体満足な奴隷はあまり良質な存在はいなかったし、パトロのような大きな都市の方が良い人材を得やすいだろう。エルドやキャロのような拾い物もあるかもしれないしね。死んでなければ僕なら治せるし。相手にとっては不幸でも僕からすれば優秀な人材が欲しいだけだしね。
「それで負けたら元も子もないんだけどね」
「ふふ、相違ない」
傍から見れば少し恐ろしい会話かもしれない。
というか、この話を有象無象だと言い切っている店の前で言うのもおかしいけどね。本当に悩んでいるのなら申し訳ない……と思ったけど自業自得だから僕って悪くないじゃん。店の窓から睨んでくる人がいるけど気にしない気にしない。
「やるからには勝たないと、ね。自分のやりたいことをするのならば多少の犠牲は必要さ」
口振りからして悲しみが感じられる。
前に吟遊詩人を目指していたとか話していたし、そこら辺から思うところがあるみたい。それにしても何でリリはそんな知識があるんだろう。ぶっちゃけ、学校で学んだから僕もブランドや店の配置とかを軽く知っているけど、リリ以外の三人はあまり理解した様子はない。考えれば当たり前とか思うかもしれないけど考えたことがなければこうなるんだと思う。……聞いてみるか。これについては特にトラウマを抉るとかにはならないはずだし。
「リリって経営の知識とかあるの?」
「……いや、家の事情でね。軽くだけど学んだって感じだ。知識は自分を裏切らないしね」
なるほど、家の事情なら納得だ。
それならリリの実家の仕事とかも予想がつく。経営について学ぶのなら農民とかではないだろうし。馬鹿にしているとかじゃなくて学ぶ必要性がないからね。農家なら戦闘、魔物の知識、農業について知っていれば何とかなるし。必要性があるとすれば貴族か、商家か。どちらにせよ、僕にはどうでもいい話だけど。
「こういう話が出来る人がいて嬉しいよ。僕の近くだと興味が無いって言ってこんな話出来なかったし」
僕個人だとめちゃくちゃ楽しかった。
それこそブランドのやり方でも差別化を重視するか、コスパを重視するか、そういうのを分かりやすく教えて貰えたしね。幼馴染はそういうことに興味がないって表面上の知識しか覚えていなかったし。僕と話すためって猛勉強したらしいけど興味が無ければ深い話も出来ないし。
「そう言って貰えると……あの勉強は無駄ではなかったと思えるよ」
知識は人を裏切らないって言いながら必要性を感じていない。リリの気持ちが痛いほど分かる。少なくとも勉強に関しては僕もそう思っていたし。微分とか何に使うんだか。数学とかは将来、コンピューターでまかなえそうなものなのに。文面から人の感情を測れる国語や世界と日本について学べる社会の方が重要だと思うけど……まぁ、それは言っても無駄か。
「大丈夫、努力は裏切ることがあっても知識や経験は自分を裏切らないよ。自信を持っていればいいさ」
言っていて恥ずかしくなった……。
こんなにクサイセリフをなぜに言ってしまったのか。別に伝える必要はなかったんだけどね。ただあの時に学んだことや経験は少なくとも今、結びついている。嫌なことがあってもストレスを影で発散させる方法も見つけたし。
少しだけ歩く速度をはやめた。
恥ずかしい気持ちを隠すためだったけど、どうせバレているんだろうね。バレていたからと言ってどうということは無いんだけど。あるとすればイフにイジられそうで嫌だって程度かな。
「……ここだね」
「ほう、武器屋か……」
「必要性があるとは思えないけど……」
「単純にこの街の良質な武器屋でどの程度の品質なのか見たかっただけだよ。何なら素材さえ持ってきてくれれば武器も作ってあげるし」
一応、この武器屋がパトロの街で一、二を争う場所らしい。イフのオススメの中にこの店もあったしね。悪いところではないんだと思う。外装はシマさんの武器屋のような素朴さはない。明らかに華やかさを重視していて僕の趣味には合わないかな。僕の好みはゆっくり出来そうな暖かみのある外装だしね。木造建築とかが結構、好きかな。
「とりあえず準備はしておくか」
「ああ、街中でも油断は出来ないからな」
変な気配はしないけど油断はしない。
完全なアウェーなんだから影でどんなことをされるか分かったもんじゃない。ギルドマスターはまだ信用……というか、戦闘狂の類だと思えば良いけど他はそうと限らない。特に騎士とかもあんな目をしていたしね。
四人に目配せをしながらソッと銀色の扉に手をかけた。
もうすぐで三連休……早く来てください、お願いします。そんな気持ちで毎日頑張っています。やはり休みが近くなると心がウキウキしますね。
次回は土、日のどちらかに投稿しようと考えています。