4章34話 どこにでもそういう人はいるのです
十月……少しだけ忙しくなりとても眠たい毎日が続いています。休みが欲しいですね(切実)。
「このダンジョンは主にウルフ系統の魔物が現れるよ。速度が取り柄って言うだけで他には気にしておく点はないかな」
「なるほど……ウルフか」
思い返せば僕が最初にクリアしたダンジョンもウルフが出てくる場所だった。僕のいたダンジョンもゾンビウルフという一種のウルフ系統の魔物が出ていたわけだし。さすがにランク的にゾンビウルフは出てこないだろうけど。
「……まぁ、人がいるから一階層に魔物はいないか」
「人の出入りが多ければ魔物の数も少ないしね。身なりが良ければ助けられることも多いよ。後で報酬だったり後ろ盾を得るためだったりで」
「あんまり聞きたくない話だね」
僕のように最初から貴族の後ろ盾を得られる人なんて滅多にいないだろう。その中でもグリフ家って後ろ盾になることがないんじゃないかな。波長が合うって言うだけで家紋を移すのもどうかって思うけど、それだけセトさんからすれば重要なことだったんだろうね。分からなくはないかな。嫌なことも引き込みやすいけど良いことも同様に引き込んでいると思う。純粋に恵まれているんだろうな。
「それくらいの世知辛さが冒険者にはあるのさ。心器も出せなかった過去とは違って今なら魔物も楽に狩れるだろうしね」
「心器にそこまで頼るのは違うけど戦ってみて強さは感じないとね」
異様にダンジョンの敵の強さについて甘く見ている節があるけど……まぁ、逆に自分を鼓舞しているのかもしれない。ステータスはかなり高いし何歳頃か分からないけど成長しているのは確かだ。余り触れないでおこう。
「お、出てきたか」
ポップしたてのウルフが二体、レベルは初心者でも狩りやすい三だ。この程度ならランクがEでも楽に倒せるだろう。最初は良くて後が怖い。だからこそのランクB以上だ。もしくは最後のボスがかなり強いとかかな。
「ふっ!」
リリのレイピアの一振でウルフの首が飛ぶ。
距離も程々でリリが飛び込むだけで懐に入れるんだけど、やっぱり舐めているのか隙が大きい気がする。とはいえ、エミさんも考えている素振りを見せているので言う機会を伺っているんだろう。
「お見事」
「……弱い階層で立ち止まる理由もないからね。少しだけ先走ってしまったよ」
気がついてはいたのか。
軽く頭をかいてからリリとエミさんの顔を見る。
「一人で戦っていると思わなければ別にいいよ。ただそれが通じるのは本当に弱い階層だけだから」
「……そうだね、本当に申し訳ない」
リリの良さは冷静な判断と速度の速さだ。
横振りの一撃なら珍しく大振りだから二回目の攻撃までのインターバルは長い。それと見てわかる通りそこを鑑みて行動しているのなら冷静と言えるけど……ちょっとだけ後先が不安って感じはある。
「まぁ、危なければ僕やミッチェルが助けるだろうし遠距離ならイアがいる。悩みながらでもいいけど、隙を見せた戦い方は控えた方がいいと思うよ」
僕が言うべきセリフでは無いと思うけど。
それでも言うだけ言っておいた方がいい。明らかに危険な戦い方っていうのは見ていて分かるし。素人だとは思っていないけど戦闘経験の浅い僕でも分かるんだ、それだけ悪手ってことだろう。まぁ、結界とかで助けるんですけどね。氷壁よりも黒百合の結界の方が魔力効率もいいし。
朝早いというのに冒険者ギルドにいた人達もかなりいたし、何なら一晩のみ続けたままで依頼を受けている冒険者もいた。それは人それぞれのやり方だと思うし勝手にすればいいと思うけど。ただ同様にダンジョンで働く人が多いのも嬉しくはない。
ステータスから見れば数パーティとすれ違ったけどランクがBにも満たしていない。背後にいる人が、みたいな貴族の人もいないので純粋に強くもないのにここで働いている人達もいるんだろう。
「……下へ降りよっか」
「そうだね。嫌な視線を向けてくる奴らも多い」
王国の都市と言えども女性の冒険者ばかりを引き連れる僕は異質だ。それに魔物が現れることも少ないから戦闘シーンを見る時もないだろうし、見たとしても一瞬で終わってしまう。僕達の強さを測れる人なんていないだろうね。わざわざ威圧を放つのも魔力の消費が激しいし……。
二階層へと降りた。ここでも松明が置かれ降りたばかりだと言うのに冒険者が戦闘を行なっている。かなり戦い方も無駄が多くて見るに堪えないけどね。ミッチェルが主で女性陣に視線が向いているから集中出来ていないだけだろうけど。それでも、大したことは無い。
「初めまして」
「……どうも」
気持ちの悪い笑顔だ。目の中にバレバレの性欲の化け物が渦巻いている。それも話しかけてきたリーダーらしき男だけじゃなくて他の二人も。
戦闘を終えてすぐに手を差し出してきた男の手を取る。怪訝な顔、許すわけがないだろうに。僕のミッチェルと握手だなんて……エルドがいたらどうなっていたことか。こういう奴ほどロイスにプライドをズタズタにされて欲しいものだ。
「……君じゃないんだけどね」
「パーティの頭が握手をするのが普通ではないでしょうか? それとも何か裏があって話しかけてきたと、そう言いたいのですか?」
金髪の割とイケメン君……言っては悪いけど僕がいなくても顔のレベルで言えばロイスやエルドの方が数段上だし……その子の笑顔が一気に引くつく。ここで威圧を……って言うのはこのイケメン君のステータスなら気絶しそうだし止めよう。無駄な面倒事は避けたい。
「後」
僕へ睨みをきかすだけの機会となったイケメン君の横を僕の黒百合が通過する。目を点にした後に僕の首元を掴もうとしたがミッチェルによって振り払われていた。
「私の命を!」
「よく見てはいかがでしょうか?」
何も理由無しで剣を振るうわけもないだろう。僕が黒百合を突き刺したのは目の前の冒険者達が僕達に意識を向けたままで、いきなりポップしたてのウルフがイケメン君の首を狙っていたからだ。即死だったから血とかは落ちてこないけど代わりに生肉がイケメン君の肩に乗る。
「ぷっ……」
「わ、笑うんじゃない!」
「状況を理解出来ず命を救われ、挙句には逆ギレか。……同業者として恥ずかしいよ」
落胆気味にリリが嘲笑を見せ、同様にミッチェルの目からより彩色が抜けていく。僕でさえもミッチェルの顔を見ていられないのに矛先となっている男達からしたらどんな……って、視線を向けられてどこか嬉しそうで気持ちが悪い。
「……ランクBの俺達に」
「残念だったな。そこの男のパーティもオレ達のパーティもランクはAだ。本当に自信を持つのなら相手の力量も測れた方が身のためだぞ」
続けようとしたけど無理だった。
うんうん、嬉しい限りだね。どこか自慢気な表情に変わるミッチェルも、チラチラ見てくるエミさんの可愛らしさも見ていて気持ちが良い。ただし男達へ向ける視線はそれとは比べられないほどに卑劣なものを見る目だけど。
「そんな若造がAなんて」
「……はぁ、信じて貰えなくて結構です。僕からすれば話しかけられたくもないのに話しかけられた、ただそれだけのことです。ああ、もちろん、僕に対してでは無く邪な気持ちで話しかけたのは分かりますよ。ですが」
そこで口を閉ざす。別に言う必要性もないか。
「僕の彼女達に手を出すのは許さない。そう言いたいのだよ。それに君達程度なら倒せるだけの力はある。君達のようなお飾りのランクと同等に考えてもらいたくはないのでね」
「……まぁ、それでいいよ」
ランクを誇示するリリは初めて見た。
イアは元より僕の後ろで睨みつけるだけだったけどリリが終始、優しげな表情を浮かべないのは初めて見る。男に対しての嫌な感情とかが特別リリにあるわけではない。だからこそ、ここまで男達へ怒りを向ける理由が分からないな。それに分かっていると言いたげだけど言いたいことはそれではない。もっと根本的なものに近い。
何か小声で男は呟いていたようだったけど無視した。主にリリに対する発言だったけど……それも許せるような発言ではない。それでもリリは手を握り締めて我慢していた僕から何かするのは筋違いだと黒百合を下ろした。
「それでは」
「ま、待て!」
頭を軽く下げて後にする。空気を悪くする人達の近くにいる必要性なんてない。それも小声とはいえ人を傷付ける発言を簡単に口に出す奴らだ。近くにいられても害になるだけ。ランクが高いと自慢しているけどステータスも低い。だとすると、どうやって身の丈に合わないランクを貰ったのか想像に容易いしね。面倒事の匂いがする。
道は三つに分かれているし、わざわざ真っ直ぐの道を進む必要も無いしね。そこにさっきの冒険者がいるのなら別の道を進んだ方が面倒じゃない。回れ右をしてミッチェルを前に歩き出させた。
ただでさえ、時間がかかりそうな相手と話したくはないのにウザいナンパ野郎のような食い下がり方をしてくるな。ナンパ野郎は……いや、それは可哀想だから適当な名前をつけてモブ男とかってことにして、そのモブ男達の前に結界を張ったからガンって音だけが聞こえた。こういうのを見るだけで後が怖いな。下に進めば進むほど強さに甘えている人とかも出てきそうだし。
「……守られてしまいました」
「あれで守られたは少し違うと思うけどね」
少しだけ恥ずかしい。
そこから数歩進んで魔物が現れた。
「……邪魔」
一瞬で倒されるから僕の出る幕すらないんだけど……さすがに弱い敵と戦いたいって気持ちもないし目的はダンジョン攻略、もとい下の階層で鉄の処女の戦い方を身をもって理解すること。模擬戦もいいかなって思ったけど、どうせなら仲間として戦いたかったしね。そうなったのもあの男達のせいでイラついているからだろうし仕方ないんだけど。
「ほら、よく倒したね」
「……頑張った」
ニンマリと笑顔を浮かべているイアを抱き抱える。重さ的には小学生程だから重くはない。その分だけ好きって気持ちをぶつけられても近所の小さな子に「将来はお兄さんと結婚する!」みたいな風に感じられてしまうんだけど。まぁ、それならパーティぐるみの関係は持たないし有り得ないんだけどね。
「……なにか考え事?」
「あー……イアは可愛いなって」
「ふっふっふ、当然」
小さな胸を突き出して鼻息をフンと吐く。
その時点で幼い子丸出しなのに幼い扱いは嫌いなんだよね。少なくとも僕よりは年上なんだけど甘える気にならない。……イアって僕達の年齢の尺に直したら何歳なんだろう。それなら絶対に年下のような気がするけど……。
「何か……失礼なことを考えられた気がする」
「気のせい気のせい」
危な……雰囲気でバレたのかな……。
どちらにせよ、イアが幼い扱いは嫌だからそれに近い事を考えていたらバレてしまうかもしれないな。うちの仲間達ってどうしてこうも何となくで僕の考えていることが分かるんだか。そのうちイアもイフみたいになりそうで怖い……。
「ギ、ギド!」
「うん? 何?」
「次はオレが魔物を倒すからよく見ていてくれよ!」
あっ……嫌な予感がする……。
「えっと……それならエミさんの次はリリさんに戦ってもらいましょう。その後は私で」
「それはいいね。そうと決まれば早く下の階層へ行くべきだ。ここら辺ならさっきみたいな勘違いした冒険者も少なくない。獲物は多い方が皆、嬉しいだろうしね」
◇◇◇
「あの……十数分しかかかっていませんよ?」
「……僕に言われても困るかな」
気が付けば十数分という短い時間の中で五階層目に突入していた。それも五階層目は階層のボスがいるところだ。目の前にあるダンジョンで見慣れた扉がそれを物語っている。……思えば一言で表すには抽象的な言葉しか出せないことが多かった。ウルフが現れたら目の色を変えたようにオーバーキルで首を刈り取るし……。その後の優しそうな目で頭を差し出してくるところとのギャップがスゴすぎる。うん、一言で表すのならばすごいだ。それしかない。
困惑した感じでミッチェルも言っているけどさっきまでは頭を差し出す三人と同様にナデナデを望んできていたしね。こんな顔をしているのに裏ではあんなことをするなんて……って、ツッコミのイフはいないから寂しくなるだけだ。やめておこっと。
「早く行こうぜ」
「……次はイアの番」
「いいや、私だね」
「いやいや」
ここに来てイアとリリが戦うのは自分って言い始めているし。いや、まぁ、誰がやるのでもいいんだけどさ。ここでやるのは些か問題があるような気がするし。それに三階層から四階層になっても敵のレベルがさほど変わらなかったとはいえ、もしもこのボスからいきなり強くなられては困る。
「あー、アレだ。オレは別に権利を譲るから仲良くやってくれ。ここで喧嘩しても意味が無いだろうし、それに楽しむためにやっているのにギドを悲しませたらダメだろ」
いきなりエミさんが頭を掻きながら二人を戒めた。僕が悲しむね……どこまで可愛いことを言うんだか。それに表情からしてまだきがついていないようだし。……って、楽しむためって僕と似たようなことを考えていたんだな。普通に嬉しい。
「それなら僕はエミさんが戦う姿が見たい」
「へっ……? オレか……?」
「そうそう、イアやリリなら喧嘩になるしミッチェルの戦い方はよく見ている。強さも大したことがないだろうから制限を付けて倒してみてもらいたいかな」
イアとリリはシュンとした顔をして俯く。
ミッチェルは首を縦に何度も振ってエミさんの顔を見ていた。エミさんはミッチェルの表情を見てから少し悩んだ素振りを見せて笑顔を浮かべた。
「そ、そういうことなら仕方ないな! それで! 制限はなんだ?」
「あー、簡単だよ。見た後で制限は緩くするかもしれないけど……武器禁止ってだけ」
一瞬、エミさんが固まった気がした。
次回は土曜日か日曜日辺りに出しますが忙しかった場合、少しだけ遅れる可能性があります。遅れている時は暖かく見守ってもらえると嬉しいです。出来る限り送れないように頑張るつもりですが……。