4章25話 パトロのギルドマスターです
書き足しました。
まずは無言でイフに連絡を送っておく。
奥まで通されている間の道、これは割と長くて歩幅も大きくなくていい。要は時間稼ぎにはピッタリだ。この間に少しだけ対処法を考えておこう。
セイラを戦闘には出来ない。これは十中八九、中に入った瞬間に力試しでもされそうだしね。そうだとすれば僕とイフが前衛に立つのがベストそうだな……。逃がしやすいようにセイラを入口付近にしておこう。隣にミッチェルがいれば最悪のことは起きない。
後は鉄の処女だけど……こっちはあまり心配しなくてもいいだろう。少しソワソワしているってことは気がついている証拠だ。それだけベテランで能力もあるしね。さて、構える準備だけしておこうか。
軽く振り返ってエミさんと目を合わせる。顔を少し赤らめて……って言うのは関係がないけど小さく頷いてきたから安心していい。腰に差している剣ではなく空手から構えているので心器である槍を出す準備をしているな。一応だけど口パクで「結界」とだけ伝えておいた。ここでも頷きはある。
ここまでしておいてやられることは無いだろう。そう考えてイフと共に部屋に入った。悪いけど本気で行く。シロもミッチェルの隣だしカマイタチも戦う準備はしているしね。これを崩せるだけの人材はここにはいない。偽装されていたりすれば別だけど。遠ければ魔眼の効力も薄らぐしね。
中に入って一番に目に付いたのは明らかに年老いたお爺さんがふんぞり返っていたことだ。まぁ、当然のごとくギルドマスターではないようだけど。ただ能力は高い。僕がミラージュで魔眼を見えないようにしていたけど首を傾げていたしね。ステータスもカマイタチレベルはある。
「どうぞ、もっと奥に」
「いえ、警戒を解かせようとしても無駄ですよ」
微笑みを向けてきたので微笑みで返す。若干の嘲笑も含めるとお爺さんは一筋の汗を流した。バレたって気がついたんだろうね。さてさて、このような状況でどう返してくれるんだろうか。僕としては全員が現れるのを期待してテンプレ回避を……。
「ふっ!」
「うっ……」
さすがにそうはいかないみたいだ。
先走って一人が僕に向かって刃を向けようとしたが、喉元にワルサーを突きつけて威圧で返す。アホかな……何か企んでいるってバレていて攻撃してもやり返されるだけだろうにさ……。これでもAランクなんだぜ……?
「明確に……刃を向けましたよね? これはやり返してもいいということでしょうか?」
「……チッ……余計なことを……」
大きな舌打ちと共に現れたのは僕よりステータスの高い存在だった。守られているように見えたのは天井に張り付いていたからか。そして攻撃のチャンスを伺っていたと。ましてや、こんなことをする人がギルドマスターという終わっている感……強さだけがギルドを成り立たせるってことかなぁ……。
「後の二人は出させないんですか?」
「……バレているのか。ということは俺の立場も分かっているってことか?」
頷きで返事をする。
「はあぁ……悪かったよ。こうでもしないと相手の力を測れないからな。お前らも出てきていいぞ。コイツは想像以上に厄介だ。ステータスで測れないくらいの力があるわ」
面倒くさげに頭を力いっぱい掻いて大きくため息をついた。顔は端正だね。少し濃いめだけどクドくないし軽く焼けた肌がサーファーを想起させる。……っていうか、この世界で力がある人って大体がイケメンか可愛いんだよね。この世界って顔のレベル高すぎませんか!? 僕がブサイクに思えてくるんですけど?
【マスターは可愛いので安心してください】
嬉しくないね! それならカッコイイって言われたいよ! リピートアフターミー! カッコイイ!
【可愛いです】
「ど、どうしたんだ? いきなりゲッソリしたようだが……?」
「い、いえ……理解したくない事実を突きつけられただけですよ……ははは」
ヤバいな……感情を込めて笑ったはずなのに乾いた笑いになってしまう。……自分でも分かるくらいに乾いているなぁ。あははは。
ま、まぁ、これで隠れていた全員が現れてくれた。立ち上がって移動しただけでお爺さんも動いて席を譲ったしね。さすがに副ギルドマスターってだけはあるか。
「んで、まぁ、強いことは分かった。後は書類を出してくれれば普通はいいんだが」
「そうはいかないんですよね」
「そうだな。というか、お前にとっても悪い話ではないぞ? どうせ察しているだろうが俺は強い奴が好きでな。もしやってくれるのであれば街での行動を邪魔するヤツらを排除してやるし、何なら最大限の手助けぐらいはしてやる。俺はお前に惚れたんだ」
ゾッとする。僕だけじゃなくて皆が一斉に構えた。ってかさ、ギルドマスターの仲間である人達からも気持ち悪そうな視線を送られているし。それだというのに気にした様子もなくキセルを取り出して吸い始めた。
「もちろん、力にってことですよね」
「当たり前だ。俺は女好きでな」
「ならいいですけど……」
いや、よくはないけどね。ただ別に僕の仲間に向かってそういう視線を向けているわけではないし。逆にギルドマスターの視線は僕かギルドマスターの仲間の一人に行っているから。当然のごとくその人は女性だ。黒ずくめの服に身を隠して顔も隠れているけど。
「その話は後でいいですか?」
「……ああ、そういうことか。自己紹介がまだだったな。俺はパトロの街の冒険者ギルド、ギルドマスターであるローフだ」
「いえ、そうではなく主であるセイラ様を座らせたいのですが」
「……そうだな。すまない、配慮が足りなかった」
空いた椅子にローフは座っていないものの僕からすればセイラを座らせたい。座らせた方が僕としても守りやすいしね。それにこれ以上の戦闘になりそうな人もいなさそうだ。
セイラを座らせてエミさんを隣に座らせた。僕は反対側の方に座って他の皆を背後に回しておく。これはイフに指示していたから無言でこのような体制に変わっている。これで攻撃は通りづらい。それを見届けてから僕達の前にローフと副ギルドマスターが席に着いた。
「上手いじゃないか。息も合っているな。余計に戦いたくなるじゃないか」
「ローフ様、そこまでにしましょう。まずは話をする必要があります」
「ウル……」
黒ずくめの女の人、三人パーティのリーダーみたいだ。その人に戒められてローフも少しだけ俯いた。というか、ローフの弱点はウルって言う女の人か。惚れた弱みみたいなところかな。僕がミッチェルに強く出れないみたいな。……いや、女性陣全員に強く出れないや。
「すまないな、強い奴を見て興奮していたようだ。セイラ殿もすまない」
「いえ、興奮して我を忘れることは私でもあります。良い方ですね」
焦った。びっくりした。
セイラがお嬢様言葉を捨てているだとッ!
「……それで書類だが……うむ、どこもおかしな点はないな。俺から領主に話は通しておく。ただなぁ……」
「魔法国の貴族の娘ということで蔑まれるということですか?」
「いや、それもあるがこの街の領主は女好きでな。会わせたくないのだよ。俺は強くもない癖に権力を行使してふんぞり返る奴が大嫌いなんだ」
「それ、すごく分かります」
セイラの返事に苦々しく語るローフ。
ヤバい、変な奴だと思っていたけど根はすごくいい人だ。ぶっちゃけて言えば嫌いじゃないね。権力を持って人を馬鹿にするだけの存在は好みじゃない。意味のある否定は必要でも自分の欲望を満たすための否定をする奴なんて屑だ。
ローフが「分かるか」と言いたげに首を何度も何度も縦に振る。すぐに手を差し出してきたので僕も握り返した。力は普通、本当に共感から手を差し出したようだ。性格の悪い人はここで本気で握ってくるしね。
「お前、本当に気に入ったよ。どうだ? 俺のギルドで働かないか?」
「申し訳ないですけどセイラ様の騎士であり冒険者ですから」
「なら仕方ねぇな! 後、敬語はいらねぇよ! 俺も素で行くわ! お前らも警戒を解いていいぞ!」
「ありがとう」
「礼を言われるようなことはしてない。俺も出来る限りのことをしてやる。だから、アレだ。暇があれば俺達と戦ってくれ。別に時間を裂けとは言わねぇからな」
人はここまで変わるのか。まぁ、考え方はセトさん似ってところだね。権力に興味はなく楽しめる場所を作りたいみたいな。それに強制もしない辺りが嫌いではない。もちろん、人としてね。本心はよく分からないけどさ。
それに僕の考えとこの人の考えは似ている。
警戒を解くくらいはしても良さそうだ。
「今はやめて欲しいな。悪いが得物の片方が壊れているんだ。少し無理をしたせいでね」
「それは仕方ない。……ってことは戦ってくれるってことか!?」
「ああ、僕もローフさん……ローフのことが気に入ったんだ。それに僕よりも強いのを知っているからね。経験を得る為にも良いと踏んだ。もちろん、後ろの三人も僕の仲間と戦ってくれるんだよね」
「……戦ってもいいのなら頼みたいですね。私達は王国を巡るだけで魔法国の人達を知らないので。魔法国の優秀な人材がどこまでのものか測りたいです」
それなら余計に鉄の処女と戦わせるのがベストだね。僕とローフのタイマン、ここではイフをスキルとして中に入れておくべきか。本気でやらなければいけない。カマイタチも出しておこう。こう見えても召喚士なんだから。
「早く武器を作らないといけなくなったな」
「その口振りからするに自分で武器を作れるのか。すごいな、それだけの力がありながら武器も作れるなんて珍しいぞ」
「そうかもね。騎士兼、冒険者兼、商人なんて僕以外にいないと思うよ」
僕の一言でローフが口元をほころばせた。
「まぁ、いい。どちらにせよ、暇や相談事があれば来てくれ。俺はお前達を歓迎する。これも持っていけ」
「……助かるよ」
「セイラ殿も良い人を部下にしたな。俺も奪いたいくらいに欲しい」
「私のギドを渡すわけにはいかないかしら」
「愛されているねぇ」
「そんな目で見ないでくれ……」
僕の悲痛な叫びに似た返しにローフは笑う。
うん、これで信用出来なくなったな。この人は完全なるイタズラ野郎だ。悪ふざけが好きな人って考えて間違いはないね。僕に対してそんな視線を送るなんてさぁ。……今に見ていろよ……。
「今日は……そうだな。この街での注意点くらいか」
「それならコチラを見れば大丈夫かと」
「ありがとうございます」
「いえ……それにしても先程の威圧は効きましたよ。模擬戦が楽しみです」
真っ先に書類のようなものを手渡してきたのは僕達に最初に刃を向けた青年だ。ステータスだけ見て名前は見ないでおく。こういうのは自己紹介を絡めてからの方が覚えやすい。
「他の人達も……貴方ほどではないにせよ、油断は出来ないくらいに強そうです」
ゾクッとしたんですけど……。
いや、周囲を見渡して舌なめずりとか怖過ぎないかな。ここぞとばかりに口元は開けているし。開けている理由は分かるよ。呼吸のためとかさ。でも、余計に怖いっす。……これがバトルジャンキーか……。
「……よろしくお願いします」
「私はシードと言います。ギルドマスターだけではなく相談があれば私にも。街の近くの情報ならば網羅していると自負していますし」
それは普通に心強い。
僕への攻撃もそうだったけどマップ無しでは気が付かない。シードもそういう系統のスキルを持っているんだと思う。他の二人はステータスの数値は見えてもスキルまでは分からないし。分かるんだけど詳しく見れないみたいな。多分だけど解析をするのに時間がかかりそうだから今は抜いている。これも三人のうちの誰かのスキルかもね。
「……俺はガル、よろしく頼む」
「ガルは街の市民との関係が深いからね。仲良くして損は無いと思うよ」
「ウルさんもガルさんも苦労していますね」
シードの言葉を若干、無視して返事をした。
二人とも小さく頷いたけど当の本人達は無自覚のようで小首を傾げている。うん、すごく苦労人なんだろうね。ただ仲良くして損は無いと思う。絶対に絆を持たなければいけないとは思わないけど。上辺くらいは信用しても良さそうだ。現に四人全員が犯罪履歴なんて一切ないし、そこに対するフィルターはない。つまり自信があるんだ。自分達のやることに。
流れでガルさん、ウルさんと握手をして他のメンバーの自己紹介をさせておいた。僕もしておいたけどローフとシードがニヤけていたのは普通に気持ちが悪かったです。その後は全員で街での注意点などを聞いて終わった。出る時に一言、「領主に気をつけろよ」と言っていたので僕も本気でセイラを守らないといけなさそうだ。百の信用はしなくても少しは信用してもいいと思えた相手だった。
とりあえず僕のやることは決まった。ドレインに代わる剣の準備をして鉄の処女とミッチェル、シロ、そしてイフとカマイタチ。ここで戦闘訓練が必要そうだ。後は僕も強くならないとね。明日から楽しみだ。
そう思いながら僕達はパトロの宿屋へと馬車で向かった。
戦闘狂、そしてギドの本質に少し似たギルドマスターのローフの登場です。この人は本当に味方なのか。どのような動きをするのか。そのような点に注目して楽しんで貰えると幸いです。
今更ですがブックマーク数が五百を超えていました。かなりの人に読んでもらえていることが実感出来てとても嬉しいです。読んでいただいている方々に楽しんで貰えるような作品になるように頑張ります。