4章7話 アイリの戦いです
「次はアイリだね」
「戦いません、虫が消えるまで」
どこかの標語みたいな文章だな。
そんなことを考えたけどワガママを許すわけにはいかない。アイリ以外、虫が苦手ってわけではないけど頑張って戦っていたしね。アイリだけ特別なんてさせられないかな。と言いながらも本心では震えているアイリが可愛いから見たいって気持ちも強いんだよね。
「それなら一緒に進めないだろうなぁ。どうしたら戦ってくれる? アミがいたら戦えるの?」
「……主様も一緒に戦ってくれるのなら」
「……ほどほどにするよ? アイリの戦い方も見なくちゃいけないし」
「それでいいです!」
うーん、僕も戦わなきゃいけないのか。
願ったり叶ったりだね。戦いたい気持ちも強いからなぁ。それに僕も虫系の魔物との戦い方ってあまりやったことがないし。ビックモスの時のように上手く立ち回れるようにしないと。
「それならやるかー。アミも準備出来ている?」
「出来ているぞー!」
「なら大丈夫かな。イルルとウルルは下がっておいて。それでは、コホン……おらー! 出てこい!」
「へっ……?」
ダンジョンだからか高い天井に水球を撃ち大声と共に弾けさせる。ぶっちゃけ、三十とかの魔物の数なら生温すぎるからね。僕が戦うってことはそういうことだ。せめて、ビックモスが百はいないと。
【上手い具合に集まってきています。ビックモスが四十前後、ラヴァモスが十、パラサイトドッグが二十です。この階にいる魔物の全てが向かってきています】
おー、なんかすごく多すぎてマップが気持ち悪いね。それとパラサイトドッグか。何かに寄生されている犬ってことね。これはかなり注意して戦おう。これだけ聞いておくけどパラサイトドッグのランクは?
【Bです。パラサイトドッグにとってステータスの高さが売りですから】
それは楽しみだね。
「アイシクルランス!」
「撃ち抜け! レーガ!」
さすがに四十全てのビックモスを撃ち落とすことは出来ない。いや、やろうと思えばやれるけど意味が無いからね。どちらかと言うとしないって言った方が正しかったかな。
まぁ、任せた結果、レーガがクルクルと動き回って打ち漏らしを光に変えていた。レーガの使い方は上手くなっているけど刃は一つしかないから手数も少ない。それでも十分な程に強いけどさ。
「行くぞー!」
「エアー!」
突撃をかましたアミに風の鎧を纏わせる。
エアーって名前で使ったけど新魔法に近いかもなぁ。体中に風がクルクルと回って鱗粉を弾き返す。アミにはこれくらいを片手間に出来るようになってもらわないと。
「ありがとうー!」
「大丈夫だよ」
「ウィンドランス!」
やっぱりアイリは近付こうとしない。
いや、いいんだけどね。たださ、それだとアイリの強みが消えてしまっている。アキとアミ、アイリはその速度と攻撃力の高さから近接を得意としているからね。戦いやすさを覚えてもらうために前衛から後衛まで役割を与えたけど。そもそもアイリの戦い方は遊撃だってアキも言っていたしね。余計にもったいないと思う。苦手なのだからしょうがないけど。僕も虫が得意っていうわけではないし。
目の前の蛾を切るために近付くくらいのことは容易いけどさ。
「僕もやる!」
やっぱり肉薄するのが一番戦いやすいね。魔法も強いとは思うけどこの手で倒したという感覚が薄い。それにドレインで倒した方がお得ですし、おすし!
【……】
ねぇ! せめてツッコンでよ!
ああ! もう! くらえ! 八つ当たり!
「おおー、すごいのだ!」
「ま、まぁね……!」
い、言えない……八つ当たりでいつも以上に力を入れてしまったなんて……こんな純粋無垢な瞳で見つめてくるアミには絶対に言えるわけがない……。って、そんなことを言っている場合じゃないか。
「アミ! 早めに終わらせるよ!」
「分かったぞー!」
背中合わせになってからアミにそんなことを言うと、示し合わせたように僕と同じタイミングで飛び出した。しっかりと目で見えているわけではない。だけど空間の風の起き方で分かる。アミが回転しながら切り込んだり刃を増やして圧倒的多数の魔物を倒していることに。
逆に僕は森の中から姿を現した犬の前に飛び出した。大型犬……顔は秋田県に近いかもしれない。そんな犬がヨダレを垂らし続け目が左右上下になっている。人が薬でおかしくなった時のような、そんな狂気さを目の前の魔物を見て感じてしまった。
間違いなく目の前にいるのがパラサイトドッグで合っているだろうなぁ。……なんか僕って大したことじゃ動じなくなっているね。昔なら絶対に叫んでいる自信がある。ゾンビウルフと初めて対峙した時よりも大声をあげそうだなぁ。
「うお!」
「グルルゥ」
鳴き声はウルフより、って当然か。
最前線にいたパラサイトドッグが一瞬で近付いてきて爪を振るった。まぁ、予想がついていたからドレインで弾いたけど。目の前にいるのは確かに二十体くらいだ。ステータスは攻撃に完全振りまくっている。後はさっきの感じで速度重視か。あれ……アキ達の完全下位互換じゃね?
それにその程度じゃ動じない。
エルドの方がいきなりで怖い。家でお腹減ったなぁとか呟くだけで背後にいる執事だよ。マジで怖いって。それにご飯食べたいって言ったら数分で作ってくれるし。僕が家にいるのならエルドとキャロのどちらかは家にいるしね。キャロの場合は走ってくる。……すっごい小声で呟いただけなのに。あの耳は完全に飾りじゃない。
「まずは一体」
僕が攻撃を止めたことに驚いたのか止まっていた突撃してきた犬の首を飛ばす。戦いの中で足を止めるなんて馬鹿だねぇ。ぶっちゃけて言えばこの距離なら転移で動いてもよかった。そっちの方がパラサイトドッグ達が焦るだろうしね。
転移自体は一度行ったことのある、もしくは視界内での場所じゃないと発動しない。だからこのダンジョンには来たことがなかったから近い場所まで転移して歩いてきた。チャリはないからね!
なんでこんな話をしたかって言うと……。
「そんなに固まっていたらダメだろ?」
肉薄したことによって固まっていた群れの中に飛び込んで回転斬りをかます。これで倒しきれる敵なら楽だっただろうね。下手に防御が高いせいで少し離れていれば距離をおかれてしまう。……でも、無傷ではいかない。
ワルサーを取り出す。ドラグノフは照準を合わせるのに時間がかかるから無しだ。切った感覚で分かるけどワルサーの威力で十分に対処出来る。言っても僕の心器だから威力は申し分ない。強いとは思えないけど弱くはないとは自負している。
「四体……残り八体」
無駄に速度が早いせいで躱された。言い訳にはなるけど二十体のうちの過半数を落とせたのは良かったと思う。いや、そう思えるようにならないといけないな。別に本気で戦いたいわけじゃない。近接はこれで十分なはずだ。だって、この戦いの主役は僕じゃないし。
剣を下ろし無防備になったと勘違いしてきたパラサイトドッグ達が飛びかかってくる。でもね、幸か不幸か、一列になってしまっているんだ。それにここまで注意をこっちに向けさせていたのは時間も稼ぐため……普通の人なら短すぎるけどさ。
「突き刺せ! レーガ!」
「……おみごと」
「よく言いますよ。これくらい出来なかったらイフ様に怒られます」
「ふふ、そうかもね」
イフがいるってかなりありがたい。
それに一列じゃなくてもアイリなら曲げて貫き通しただろうけど。それこそ針に糸を通すくらいに神経を使うと思うんだけどなぁ。そこはアイリだ、出来ないって思えない。細かいことはかなり得意だし。
「上機嫌だー!」
「そうかな……?」
「そんなに嬉しいことがあったのか?」
「まあまあね」
自分で自分が喜んでいるとは思えなかった。なんでだろ、アイリが僕の言う通りに出来たからかな。まぁ、僕が悲しいって感じていないし事実なんだろうけど。久しぶりに自分で自分の感情が分からなくなったよ。
そう考えると少しずつ恥ずかしくなってきた。あー、まぁ、嫌な気はしないかな。そうそう、これでよかったんだって素直に思えるし。時にはこんな気持ちもいいかもしれないっと。
「とりあえず進もうよ。ここの魔物はこのくらいだし」
「恥ずかしがっているんですか?」
「素材も回収せずに?」
「……ごめん、回収してからね」
余計に恥ずかしくなったんですけど……。
そんな調子で素材を回収した後に二階層へと降りた。まだまだ先はありそうだから気は抜けないよなぁ。とは言ってもその日は三階層目で足を止めた。また来る時に転移で飛べばよかったからね。どこまで続くか分からないことを気楽と続ける気はない。それに真の目的を忘れてはいけないからね。なので、その後は家に飛んだ。
僕の今回の目的は足りない素材を集めることにあるからね。四人に食事を作ってもらっている間にポーションを作るって言い訳をして吹き溜まりから素材を集めておいた。戻って食事もありだったけど、この時間くらいしか取りに行く時間はなかったしね。仕方ない。
その夜は普通に魔界での調理方法……もとい肉の丸焼きを食べおえた。普通に美味しかったけど何か味気なく感じたかな。
「さて、僕はやることがあるし部屋に戻らせてもらうよ」
後はポーションとか武器を作らないとね。イフの体も作らないといけないし。パッと立ち上がって走り始めた。……と、行くわけにもいかず僕は四人に捕まっていた。上手い具合に後ろに回り込んでいたアミに両手を、足をイルルとウルルに掴まれている。
「……えっと? 何か?」
「部屋に戻ると言いましたよね? またお一人になるつもりですか?」
「うん、一人の方がやりやすい、しぃ!」
怖っ! 首の真横にアイリの足が通ったんですけど。さすがに僕でもアイリの一撃ならダメージが通るんですけど……。それだけアイリ達も強くなっているんだよね。
「なっ、何か?」
「いえ、それなら誰かお一人をお連れください。また勝手に行動されてはミッチェルに申し訳が立ちませんから」
「外には出ないよ? それに見ていても楽しくないかも……」
「アキが楽しいと言っていました。私達からすれば話すだけでも楽しいんですよ」
「えー……」
少し頭にハテナが浮かんだけど周りを見ると皆が頭を縦に振っているから本当のことなんだろうなぁ。まぁ、楽しいんなら別にいいけどさ。でも、本当に見ているだけになるんだけどなぁ。後、イフの体を作る時は一人になった方が良さそうだし……。
そう考えると言ったら聞いてくれるアミが一番いいな。……まさかそんなこと言えないしどう決めようか。……まぁ、ずっと言っていれば納得してくれるだろうから誰でもいいかな。
「でもさ、どうやって決めるの? 悪いけど二人以上になると話に集中しそうだから話に集中しそうだから一人にして欲しいんだけど」
これは嘘。話に集中していても道具は作れるからね。それに構想上の武器はみんなに渡したほどのグレードではない。ポーションも片手間で出来るし。これの本心は説得に時間がかからないってところかな。
「それは主様がやっていたやり方で決めます」
「あー、いいんじゃない?」
「それでは少しお待ちください。皆さん、出すものは決めましたね?」
「行けるぞー!」
「行けます!」
「行くのだよ!」
『ジャンケンーー』
早く4章の本編に入りたかったので少しハイペースです。休みも終わったので後は水、土の週二投稿に戻ると思いますが。……来週は暇がなさそうなので投稿が遅くなるかもしれません。お許しください。