閑話 絶望の先
必殺技を考えるのって恥ずかしいですね。僕ならば絶対に叫べません。
足が上手く動かない。ガタガタと震えて思うように動いてくれないのだ。それは紀伊だけではなくナート以外……いや、もう一人だけ物怖じしない存在がいた。それはこの状況を作り上げた大輝本人だ。
即座に走り後方にあるポータルに足を入れようとする。だが、そのせいでキメラは走り出した。その方向は誰でもなく大輝自身の方向に。それを承知の上か、瞬間に大輝の姿が消える。
これには大輝のパーティメンバー以外の全員が内心で驚いた。パーティメンバーが驚かなかったのはどのようにしたのか理解出来ていたからだろう。それでも大輝というヘイトの矛先が消えたことでキメラは大激怒した。つまり大輝のせいで辺りにより不穏な空気が漂い始めたのだ。
「ちっ! 先に行け!」
さすがに唯一動ける熟練者ということもありナートがキメラに突撃した。接触は出来ない。腐蝕する酸が体中に纏われており素手で触るには問題点が多すぎる。
だからナートはあまり使わない魔法を撃ち込んだ。低レベルの魔法のために使う場面は数少ないが低威力の火球を撃ち込んだ。そもそもナートが火球を撃ったのはキメラを倒すためではない。自身に矛先を向けるためだ。
案の定、図体やチートと呼んでもおかしくはない体の酸に反して知能は低い。簡単にキメラはナートの元へノソノソと走り始めた。魔物の中でもここまで速度が遅いのは少ないなと撤退の可能性を見出し、ナートは火球で焼いた部分にレイピアを刺した。
酸は火に弱いことを火球を撃ち込んだ時に確認したからだが、あまり良くないことに刺した後に噴出する血液も酸性だった。何とかナートは後ろに飛んで躱せたがレイピアが少し腐食する。レイピアは心器ではない。ある程度は他の武器よりも劣化しづらいがしないわけではない。
攻撃をして戦おうにも酸が邪魔をし受けようにも酸が邪魔をし……いや、それ以上に図体以上の威力を誇る物理攻撃のせいで受ければ体が潰されることを理解していた。
ナートはいつかの魔族との戦いを思い出す。あの時にナートが戦った魔族は吸血鬼だった。それも真祖一歩手前で血液操作もかなりのものだ。……その時に使っていた血液は酸性を含んでいて受けることもままならない。違いがあるとすれば攻撃がキメラよりも弱く、速度がキメラの数倍だったくらいだ。
戦局からすれば今も昔も変わらず劣勢。
だが、それでいいとレイピアを構えた。勇者達は去ることながら自分ならば自分を含めて誰も犠牲者を出させずにこの劣勢を覆せると決意を固めた。そうしなければあの時と同じ絶望感に体が動いてくれなくなるから。
「全員! 背後のポータルへ移動!」
その大声と共に大多数が逃げていく。
これでいい、ナートは強大な相手を前にしてニヤリと笑う。一対一なら勝ち目がなくても避けることは出来る。そう思っていたのだが……現実はそうはいかなかった。
本当に一瞬、その瞬きよりも短い時間でキメラは入口付近へと飛んだ。本当によく分からない顔をしながら最初に逃げていた優希と桜の元に酸塗れのしっぽが迫る。
「ユウキ!」
桜の目からすればいきなりの衝撃だった。
優希に体を押され竜也の元へと弾かれる。そしてその目には映ってしまった。自分自身を庇ったせいで穴へと飛んでいく優希の姿が。その大きな穴は最初っから優希を飲み込むためにあった、そう言いたげに綺麗に優希が穴へと落ちていく。最後まで心配をさせないようにするためか、痛みに悶えながらも微笑む優希の顔が桜の脳内に張り付いた。
「死ねッッッ!」
普段の桜が言うことの無い言葉を吐き出しながら火球をぶつけていくが、表面の酸を蒸発させるだけでダメージにはならない。だが、怒りを覚えていたのは桜だけではなかった。
「セイントソード!」
剣を傷つけないための配慮でもあるだろうが竜也は桜を手繰り寄せてから、片手で聖魔法を纏ったデュランダルを振るった。さすがに酸もないところを斬られステータスの高い竜也の攻撃ということもあり、キメラもノーダメージとはいかない。それでも大きなダメージとまではいかずキメラの矛先が竜也へと向いただけだった。
「……コウタ、サクラを頼む」
竜也が桜を弾き幸太に託す。
そのままキメラの元へ走り出し剣を構えた。
「やめろ! リュウヤ!」
「……俺は勇者には向かない。紀伊のようにはなれないからな。だけど、誰かを守ることは出来るはずだ」
幸太の静止に竜也はそんなフラグを立てる発言をして微笑んだ。
「後は頼んだ」
駆け出す。キメラを切り刻むために竜也はデュランダルを掲げた。そのまま振り下ろす。光を纏いキメラという悪を潰すための一撃を竜也は叩き込んだ。
「華麗なる光!」
デュランダルに纏われていた聖が一本の線となりキメラを撃ち抜く。それがいくつもの光を作り出してキメラに向かっていった。穴が空いた箇所もあるが血液も光に触れて酸性を無くしている。だが、倒しきるには少しばかり足りなかった。
「ふぅ……ふぅ……」
大技を使ったせいで竜也は膝を付く。
体を動かそうとするが動かない。それだけ最後の一撃は竜也の魔力を消費する攻撃だった。竜也は動けない。だけど心配なんてなかった。
「さすがは勇者! 見直したぞ!」
向かってきたキメラをナートが遠方へと弾き飛ばした。キメラの胴体をレイピアで振り上げ引っくり返す。それだけの力をご老体のナートが出せるとは見ても分からないが、事実キメラを吹き飛ばしてレイピアを振るった。
「……そこまで覚悟があるのか」
立ち上がろうとしたキメラの足を紀伊が撃ち抜く。竜也の一撃ほどの火力はないにせよ、桜以上の火力を誇る銃弾がキメラを撃ち抜いていった。ノーダメージならば大してダメージにはなっていなかっただろう。だが、竜也の一撃のおかげで体中に傷を負っていた。紀伊の攻撃は傷を抉っているにすぎない。
「回復させます!」
「こっちは撤退準備!」
焦らない、それが紀伊達のパーティの長所だ。何事にも最悪なことを考える。紀伊も空兵の一撃でキメラを倒しきれるとは思っていない。紀伊の目的はナートと同様に撤退することだった。なぜなら……。
「そ、そんな……」
健の回復によって動けるまでには回復した竜也の見たものは信じ難いものだ。あそこまで大怪我を負わせたキメラの傷が修復していく。完治まではいかないが治りきるまでに時間はかからない。そう言っているように回復力が高すぎる。
「……すまないが共に殿を頼めるか?」
ナートは距離を取って紀伊に聞いた。
キメラを倒すには回復力以上の高火力で一撃を狙うしかない。だが、この中で最高火力を出せるのは竜也であって、竜也でさえも一撃でキメラを滅ぼすことが出来なかった。これはどうやっても変えられない事実だ。だから紀伊も首を縦に振る。
怖いのは自分でも理解出来ている。ただ優希が飛んだ時に紀伊は恐れてしまった。唯一の親友二人が同様に消えるのは死んでも嫌なんだと。それは偽りのない紀伊の本音だった。
そして、もし、今、やめようとしたのならば紀伊はこの恐怖に動けなくなる。優希の消えた瞬間に、親友が消えるかもしれないという恐怖で動いた体が止まってしまう。だから、まだ逃げることは出来ない。
『健と桃李は先に撤退していてくれ』
『それじゃあ、紀伊君が危ない!』
『まだ幻影があるから何とかなる。悪いけど少ない方が逃げやすいからな』
口が悪い。でも、桃李は気付いていた。
『分かったよ。後で覚えておけよ』
『……落とし前は必ず付ける』
『先に逃げるわ』
「ちょっと! 桃李君!」
健の服を掴んで桃李が走り始めた。一直線にポータルの元へ。未だに健が叫んでいるが桃李が止まる気配もなく、紀伊も振り返らない。ナートと紀伊を除く全員が撤退するようにポータルに向かった。
「騙されろ!」
紀伊が偽物の空兵を飛ばす。キメラも先の攻撃で空兵が危険な存在だと熟知していたために攻撃を始めた。だが、幻影ということもあり攻撃をしても空を切るだけだ。
その空いた腹にナートのレイピアが刺さる。
「時間稼ぎ、させてもらうぞ!」
二人の考えは一致している。
全員が先にダンジョンを出た後で撤退するという事だ。現にすぐに撤退が出来るように少しずつ後退をしながら攻撃をいなしている。まだ逃げ切れていないのは二名のみ。傷を負って走りづらい竜也と肩を貸す幸太だ。
それに気が付かせないようにナートと紀伊は最低限のヘイトを稼いでいる。大きすぎれば二人で分かち合うヘイトが片方に集まり均衡状態が崩れてしまうのだ。今、ナートや紀伊がキメラの攻撃を受けることは出来ない。
表面は酸が蒸発し切っているが、いかんせん体力が削られすぎた。というのも何度も攻撃を緊急回避して均衡を保っているのだ。強すぎる攻撃を出来ず受けても負ける。それならば躱し続けるしか方法がない。
「先に逃げます……」
小さな竜也の声が聞こえた瞬間にナートが声を上げた。
「撤退だ! 逃げるぞ!」
紀伊は声をあげない。その代わりに首を縦に振った。これはナートがこれからしようとしていることに関係している。大声をあげたせいでヘイトがナートに向き、対してナートはレイピアを前に突きだした。
だが、その攻撃は空振りに終わる。
走り出したキメラの突撃はガードをしていないナートにはかなりの大ダメージとなった。ナート自身、骨が軋むような音が出てきて冷や汗を書き出す。本当の修羅場だ。魔族との戦いとは少し違った、それでも命がかかっていることは同じ死を目前とした戦い。
瞬間、紀伊はポータルに走り出して遠距離で撃ち続ける。上手い具合にキメラのヘイトが紀伊に向いた瞬間にナートは再度、いや、最後に近い力を振り絞った。
「ブレイク・スルー!」
今の状況にはうってつけすぎる技名を叫びながらキメラを上空に打ち上げた。大ダメージは与えられない。それでも紀伊はポータルに入った瞬間に叫んだ。
「行け! 騙せ!」
走り出す紀伊とナートの幻影。
でも、ナートは走れない。いや、紀伊もそれを考慮していた。だから……。
「空兵を掴んでください!」
「す、すまない……」
倒れかけのナートが掴んだのは空兵であり、それを支えるように残りの空兵二機が足を縄で掴んで運んでいた。少しだけみっともないな、とナートは自嘲しながらも紀伊に感謝をする。少なくとも自分の命はこれで延命されたのだと。
入れ違いにナートが横を通りキメラが初撃を加える。だが、虚しいかな。それは幻影で光へと変えるだけだった。その時にはナートも紀伊もポータルで外へと脱出していた。
最後にダンジョンに残ったのはキメラの不快な雄叫びだけだった。
テンプレ通り大穴に落ちたのは優希君でした。この後どうなってしまうのか。……バレバレですよね。明日も短いですが閑話の最終話を出す予定です。よければ読んでください。
一応、補足ですが今回の閑話の主人公である紀伊と勇者の竜也は、ステータス的に言えば竜也の方が高いです。ただ紀伊の空兵の銃弾は通常の竜也の剣戟よりも高火力なので一概に戦った時に竜也が勝つとも限りません。付け加えると紀伊自身は複数と対決する時に、竜也はタイマンで強いイメージで書いています。そこも含めて読んでもらえるとより楽しめるかな、そう考えています。