閑話 在り来り.......
初めての依頼から一月ほどが経過した。
桃子のパーティが少しだけ遅れはしたものの全員が最下層一歩手前まで進み、紀伊達のレベルもかなり上昇している。
朝食も終わり最初にダンジョンへ行った時と同様に全員で馬車に乗り込む。これも変わらずに紀伊達の馬車は勇者の馬車の次に進んでいて、何度も通った道だと紀伊は外を眺めていた。
特に感慨深い気持ちになったわけでもない。新鮮な気持ちもダンジョン攻略の終了が見えた、そんな気持ちもないままに外を眺める。何度か暇潰しに夜な夜な空兵を飛ばし見て回った森と街。不思議なことに惜しむ気持ちもサラサラなかった。
ここに来る前日までいた首都のように暴君は多くおり、兵士も人によってと付け足すが賄賂で見逃す者もいる。ぶっちゃけて言えば紀伊は何度もその姿を見て言っても無駄だと思いながらも、見過ごす兵士の足を撃ち抜いていた。その兵士達は大概、不可解な現象に眉をひそめて神を怒らせた、と職を辞めるものも多くいる。だから、なのかもしれないが紀伊が認めるわけもないだろう。
視線を桃李に移した。
ひどく自信に充ちた目だった。馬車に乗る前も紀伊と健に対して「今日は任せてくれ」と言っていたので、何か掴んだものがあったのだろうと紀伊は考えていた。それだけ桃李は直情的で歪曲した攻撃はしない分だけ、素直に夕方には空手の組や兵士達との模擬戦、スキルの扱い方を紀伊に聞いていた。努力をすれば強くなれると信じて止まない桃李を、紀伊は少しだけ眩しく感じていた。
逆に健は普段通りだ。
それでも昨日までに全部の武器の改造を終えて、それだけじゃなく腕輪にも改造を加えて簡易的なメール機能を作っていた。効力は腕輪を付けた者同士だとは言え、わざわざ発言しない分だけ周囲にバレないし、文章を考えて誰に送るかを念じれば送れる。何よりも送った後にメールを再確認出来ることが利点となっていた。
少し前に紀伊、桃李と健の二つのグループに分かれて魔物を討伐したことがあった。その時に距離が離れていても会話が出来、戦闘で現状を聞き逃すことがなかったことに救われたこともあった。その甲斐あってか、今では冒険者ランクもBとなっている。
ようやくダンジョンに着き全員で最下層まで飛ぶ。最下層は暗く最後の場所と呼ぶにはふさわしい場所だった。そんな中でも全員で動くことになるのだがナートの指示で紀伊達は戦闘をしない。いや、すれば簡単に殲滅されるのが目に見えているからだろう。
最初に現れたのはオークナイトが五体だった。今日、一番最初の戦いということもあって勇者パーティが前に出る。竜也も久しぶりの紀伊達の目の前での戦闘ということもあって見返してやるつもりでいっぱいだった。
「コウタ! 構えて! ユウキはサクラを守る形で! イオリは俺と一緒!」
さすがに同じ失敗はしないと言いたげに竜也は一人で進まない。幸太と伊織を待ち進めるのを確認してからオークナイトの剣を受け流した。その瞳には挽回しようとする竜也の意思が確かにあったが、紀伊には知る由もなく興味がなさそうに眺めているだけだ。
優希は通常種のウルフを出して桜の近くに構えていた。未だに戦うことは怖いらしく足は軽く震えている。それでも初期の頃のように魔物から目をそらすこともなくしっかりと構えていた。
特に良い連携があったわけでもない。もっと言えばほとんどが竜也の力任せな攻撃で勝敗が決定している。いや、その戦い方に慣れているせいでパーティメンバーがサポートに徹していると言った方が良い。桜なんて魔物の足を狙って魔法を放っている。
最後の攻撃だけを紀伊が見ていたので「この程度か」と勇者達を見てナートに視線を向けた。その目は紀伊と変わらず同じことを考えているのだと悟った。
桃子や大輝のパーティも大して変わらず連携のれの字もない、個人の力に頼る戦い方をしていた。紀伊からすれば興味もない話だが、それでも自分達の足を引っ張らないで欲しいと願うだけだ。
ダンジョンの最下層一歩手前。
いや、最下層だからこそあるのかもしれない大きな鉄扉があった。その大きさはかなりのもので一番に身長の高い桃李でさえ見上げる程だ。
その扉の先には少しだけ長い一本道があり横には休めるような長い椅子が数個ある。これらは付属品というわけでもなく先に入った兵士達が置いていったものだ。王国のエリート兵士と言えどここに入れる人は少ないが。
「入るぞ、くれぐれも勝手な行動はしないようにな」
ナートはそう全員に言ってから奥の扉に手をかけた。その時、ナートは明らかに大輝の方を強く見ながら言っていたのだが、誰も気がついていなかった。
最奥のボス部屋は広い空間があるだけで誰かがいるわけでもない。ただ誰も気を抜いてはいなかった。あまり良い空気がここには漂っていないからだ。そして懸念は大きく当たり黒い霧が一瞬だけかかり、晴れると目の前にはオークの集団がいた。……そこにはいつか倒そうと向かったが戦えなかったオークキングもいる。
誰も走り出そうとはしない。これは先の戦いの話をナートが説明していたからだろう。誰かが勝手な行動をしただけで一気に壊滅する可能性もある。……ナートの一言も効いているのかもしれないが。
そのままオークが向かってきた瞬間に紀伊達は構えた。最初の時とは違い紀伊は桃李と肩を並べて、健はその少し後ろを走っている。ステータスが上がっていても走ることをしなかった健の戦い方が大きく変わっていることに驚く人もいた。
「燃やせ! 火竜!」
初撃は健の威力を抑えたオリジナル魔法からだった。特に桜は健の魔法を見て焦りの表情を見せる。少なくとも勇者パーティが一番に強いはずだった。その自負もあった。魔法ならば誰にも負けていない、と。
紀伊達のパーティが強いことは承知していた。だが、桜はどこか健を舐めていた節があったのだ。コバンザメのように強い紀伊と桃李に引っ付くだけの存在。最初の戦闘の時に見た健は確かにその考えに間違いはない、動くことすら出来なかった雑魚だった。
それでも人は変わるのだ。いつの間にか桜は驕っていた。まぁ、そのようなことを考えるほどに自分を過小評価はしないのだが。それに誰も桜の考えを咎めたりはしないだろう。一応は聖女の名に相応しく一般から比べれば比較出来ないほどに強いのだから。
「……負けません。火球!」
「おい!」
そう考えていても桜はどこか自分のプライドを傷つけられた気がして魔法を放った。健の火竜ほどの威力も美しさもない。代わりに量が尋常ではなく質を捨てた、桜には珍しい攻撃だ。
だが、それはただのヘイト稼ぎにしかならない。オークの厚い脂肪を溶かし焼き切るほどの威力を持ち合わせていなかった。結果的に自身の能力の無さを露見させる攻撃にしかならない。
はぁ、とため息を吐きながらパーティメンバーの行動のせいということもあって、竜也が距離を詰めるのをやめて桜の隣に立つ。そこを突くようにオーク達が攻めるが幸太と伊織に阻まれていた。
『少しだけインターバルが開きます』
そう二人にメールを送り杖に魔力を貯めた。改造によって増幅量は増えたが、その分だけ増やす魔力を杖に貯めなくてはいけない手間が増えたからだ。それを二人は理解しているため『分かった』とだけ返す。
『健とこっちは任せろ』
『悪いな』
桃李のメールからすぐに健の周囲から腕が四本、生えてきて近付こうとするオークを殴り倒していた。その威力は拳で戦う幸太すらも畏怖するほどで一瞬だが殴り合いたくないと思わせるほどに高火力だ。
対して紀伊は変わった行動を取らない。いや、近接系を重要視し中衛から前衛に変わったことは他のパーティは初めて見たが、それ以外に変化は特にはない。
ただし、その行動に竜也は驚く。
一振一振の一撃が自身の攻撃と大差ないのだ。悪いことだとは思っていない。ただ自分の聖剣と大差ない威力を出す紀伊が不思議で仕方がなかったのだ。
それだけならまだいい。紀伊は近接でオークを薙ぎ倒しながらも空兵で圧倒的な力の差を見せ付けていた。自分達、勇者パーティという意地がグラリと傾いた気持ちに襲われる。竜也の戦うための理由は一緒に来たクラスメイトの誰よりも強いという自信からだった。
「悪い!」
「何、いいってことよ!」
さすがに空兵を三機、飛ばして戦うことは慣れ切っていないようで二機で戦っていた。そのせいかすり抜けるものもいる。でも、届かない。桃李の大腕のカバーでやり返されるからだ。
ここまでの連携を未だに竜也達はしたことがなかった。最初っから誰よりも強いステータスと武器を持ち個人で敵を倒す。危ない人がいれば守る程度で連携を必要とはしていなかったのだ。
逆に紀伊を含め三人は最初っから強かったわけではなくゴブリンの群れに苦戦した時期もあった。そのために前衛から後衛まで役割を定めて桃李の守護の下で最大火力を誇る紀伊の空兵が敵を倒していた。仲が良い文だけ経験値の分割も喧嘩すらない。
そのまま紀伊はオークキングの元まで走り抜き、急いで攻撃をしたオークキングの一撃を大剣で逸らす。その際に紀伊は笑い空兵の一撃を横から飛ばした。
「ブルゥ……!」
「怒りに満ちた目だ。それでも俺達には勝てない!」
自分を鼓舞するように、初めて戦う相手を見くびらないために嘯いてみせる。オークキングは紀伊を最大の脅威とみなし攻撃を加えようとした瞬間に横腹への痛みを感じた。
血が垂れ流れていた。切られたわけではない。打撲痕が残っているから知能が無くても体が理解してしまうのだ。そして視界に映る大腕に血が付いていることから殴ったことで出血していたのだと気付く。
「支援あんがと!」
その隙を突き首をはねようと大剣を振るうがオークキングは首を逸らして躱した。だが無傷とは言えず躱す際に首を折り曲げたせいで右目に一線の切り跡が残る。
そのままいても危ないとオークキングは後ろに飛ぼうとしたが……無駄だった。
「貯まりました! 氷結!」
足が凍り逃げることも出来ないままで首をはねられる。その流れのままに紀伊達を筆頭に魔物を狩り続けた。……最後まで大輝が不気味な笑顔を浮かべていたことに気が付かない。
そして異変は起こった。
それに気が付いたのは他でもないナート自身だ。一度だけ感じたことがある雰囲気。視界を移して元凶を見つけたが遅かった。
「大輝! 触れてはいけない!」
「……ふふ」
辺りが一変し見たことも無い場所へと変わる。
紀伊は初めて焦りを覚えた。誰でも分かる在り来りな状況。ドロドロに溶けた何かが地面に当たった瞬間に溶ける。もしかすれば全員が見ている先の大穴は目の前の敵が作ったものじゃないかと思うくらいに。
ドロドロで原型が何かは分からない。それでも数有るファンタジーの魔物の姿を思い出し紀伊は正体を理解する。キメラだ、そう悟った時にはナートが叫んでいた。
「皆、逃げろ!」
深い絶望を……紀伊達は感じた。
少しだけプロット内の整理をして書く時間が取れませんでした。その分だけ不必要だと思って省いたイベントも結構ありますが……。多分、流れ的に先が見える人もいるかもしれません。果たしてそうなりますかね?(ニヤリ)
後、数話で閑話を終える予定です。この後も楽しんで読んでもらえると嬉しい限りです。