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閑話 喧嘩

「ここで一番の戦力が戦闘不能はヤバいだろ。だから俺達が倒した。仲間仲間とほざきながら仲間を置いていく勇者と一緒に戦いたくはねぇな」

「何を……」

「手を離せ。俺はよくてもブチ切れそうな奴がいるんだよ」

「はっ?」


 その時に幸太の腕が撃ち抜かれる。

 未だに強化は解けておらず重い重い一撃一撃で手が傷つかない、そんな手が簡単に振りほどかれ炎症を起こさせている。


「……離せよ、だから嫌なんだ」

「紀伊……てめぇ……!」

「次は撃ち抜く……腕ごと全てを!」

「静まれ!」


 短時間で作られた一触即発の状況を制したのはナートだった。その顔は優しさのこもった顔ではなく、どこか怒りを覚えているような恐怖を覚える顔だ。その矛先が自分に向いていることを察して、ゆっくりと幸太は手を離す。


「……今、戦う理由はないだろう。それに私からすれば桃李の判断に間違いはない。普通は先を見越して戦うのが定石だ」

「……ですが!」

「ですが、で済む戦いで良かったな。私がいた魔族との戦争の場なら即座に首を切られて死んでいたぞ」


 魔族との戦争、ナートはマエダアツシと共に肩を揃えて戦うことは出来なかったものの、その能力を買われて最前線で戦ってはいた。何人もの命知らずの冒険者が死に、屍を乗り越えて魔族を殺し回る。腰に括りつけた魔族の首だけが仲間を殺させないための方法の一つだった。


 瞳を閉じればナートの頭を巡る死んで行った人達の顔。それが幸太や竜也に重なっただけだった。だが、ナートが怒るにはそれで十分だった。


「勇者の仲間だからと我慢していたが、お前は何か勘違いをしていないか?」


 幸太の胸をトンと叩き、クルリと身を翻した。

 その際にナートの目はどこか悲しげだ。何かを憂いだような、そんな視線を幸太や竜也に向けている。傍から見れば一人の暴走だが、それで他の者が巻き添えになることがある。憂いだ理由はそこにあるのだろうか。


 そのまま翻した体を紀伊に向けて優しげな視線を向けた。そしてその重い頭を下ろして皆に聞こえるような大きい声で言い放つ。


「済まなかった。許してくれとは言わないが仲違いするのだけはやめてくれ」

「……士気に関わるので構いません。ですが勇者と共に戦うのは無理なようです。健のこともあるのでダンジョン攻略は外れてもよろしいですか?」

「なっ……」


 そんな呻き声のような声を発したのはナートだけじゃなく、竜也や幸太もだった。ナートは強さを求め過ぎない冷静な姿勢からくる単純な驚きから、竜也や幸太は自分達が拒否されたことによる驚きの声だった。


 すぐに竜也は近くまで行き話を聞こうとするが、それを伊織が止める。


「さすがにアッチの言い分に間違いはねぇだろ」


 伊織の言葉に竜也は何も返せなかった。

 無様に素のステータスで負け、勝手に動いた自分が悔しくなってきた。膝を付いて正座しプルプルと震えだす。その頃にはデュランダルから白い光は消えていた。


「……少しだけ考えさせてくれ。今夜は宿舎で泊まり、明日までに考えを出しておく」

「……ワガママをすいません」

「いや、当然だ。才能のある者達に配慮するのは上司としての職務だからな」


 紀伊の頭に手を置き軽く笑う。

 その笑顔は紀伊からすれば初めて見るものだった。演じることの無い、会って間もない人に見せるにしては綺麗すぎる笑顔。自分を自由に扱おうとする目では一切ない。


 手を軽く離して皆に声をかけていくナートは少しばかりウキウキしていた。この三人がどれだけ化けるか、戦闘をする前に感じた才能は絶対に三人のうちの、いや、この三人に違いない。


 拘束しようとするのではない。自分の戦いで覚えたことを全て教えたいのだ。強くなれる存在が強くなる。そんな人達の師匠であることが何よりも光栄だった。馬鹿みたいに感じるが、ナートが三人のことを好むようになったのは、ただそれだけの理由だ。


 程なくして兵士達が素材を回収して宿へと撤退する。兵士の宿舎と言うには綺麗で大きな宿のような場所だ。看板には宿屋と書かれておりバニーガールの女性の絵も書かれている。……これはただの前の店だった頃の看板の名残なだけなのだが……。


 宿舎が綺麗なのは単純な理由だった。

 王国から多大な支援を受けている街が兵士から守られることも多くある。そのお返しとして宿屋として清掃をする者達も多く居るのだ。王国の兵士は公務員と呼べるくらいに人気のある仕事だ。その理由の一つとしてこれが含まれているのだろう。


 二回の端の大部屋に三人はいた。

 その広さは勇者と同じでナートからの気遣いも感じられる。もちろん、紀伊達や竜也達よりもグレードが低いとは言っても他のメンバーが眠る部屋も豪華なものだ。女性陣と男性陣で分かれ、女性陣はナートに守られている。事実、ナートに他の女性に対する興味はないため、単純に守る気でいるだけだろう。余談だがナートは酒を飲む度に家族の良さを語る癖がある。きっと下心は無いはずだ。


「……散々だったな」


 土埃を被った空兵を布で拭きながら対面のベッドに座る二人に話しかける。桃李も健も慣れたようで桃李は油差しを、健は取れない汚れを濡れた布で拭いていた。


「いやいや、アイツらが悪いだけだ。助かったぜ」

「そうですね、紀伊君がしなくても僕が魔法を放っていたところですし」


 ポンポンと膝を叩いて小さな箱を作り出す。

 瞬きの時間で現れた箱に筆を突っ込んで空兵の体に黒い何かを塗り始めた。


「手伝わせて悪いな」

「この程度ならMPの消費も少ないです。それに紀伊君の空兵の見た目が好きですからね。趣味みたいなものです」

「油差しを得意になった俺を褒めろ」

「あいあい、すごいすごい」

「雑に扱うなよー……」


 桃李の反応に健が口元を隠してクスクスと笑う。それが嬉しいようで桃李もガッハッハッと大きく笑った。紀伊も我慢がきかなくなり口元を大きく綻ばせてしまう。その時に健は腕輪を軽く撫でた。


 紀伊もそれを見たからか、目を瞬きして空兵から視線を健に移した。健も紀伊の行動に気が付いて苦笑をしながら腕輪を見せつけながら胸を張る。


「これで騙せましたしね。桃李君よりも僕を褒めるべきです」

「確かにそうだな」


 紀伊も声に出さずとも首を縦に振り肯定した。

 三人全員が腕輪を付けているのはペアルックや仲がいいからではない。見た目は全員、銀色と白の交差したもので全て王様からのプレゼントだった。でも、その中に秘めている能力は改善されている。


 そもそも王様であるムッノーからすれば異世界人は戦争のコマでしかない。表向きはステータス強化の腕輪としてあるこれらも違う能力が付与されていた。ステータス強化も確かにあるが、ムッノーの必要としているのは後者である隷属化だ。簡単に言えば誰もムッノーを否定することが出来なくなるだけ。


 それを最初に訝しんだ健が三人全員分のを手に取り、作り直す時に中に入っている能力を知ったのだ。健自体に鑑定眼は持ち合わせていないが、健の固有スキル自体にそれを凌駕する能力が併用されている。


 健の固有スキルは物質生成。ただ自分が手に取る道具の能力を知り作り直すことが出来るスキルでしかない。MPを消費すれば自分の想像した道具を作れるが、あいにくと道具以外の物は作り出すことが出来ない。もっと言えば武器などは作れないのだ。


 だが、それを必要としたのは他でもない紀伊自身だ。最初こそ生産班に行こうとした健を引き抜き、戦うためのやり方を教えこんだ。健の腕輪がそれを象徴している。


「ほら、貯まったぞ」

「ありがとうございます。これで魔法が撃てますね」

「別に操縦するのがメインだから。戦闘時にMPはあまり使わないから頼りにしているよ」


 健の腕輪はMPを貯め込むことが出来る。健自身はMPが少ないため魔法を連発が出来ないし、詠唱の時間も普通は桜よりも長くなってしまう。それを補っているのは紀伊の異常なMPの量と健の知恵だった。


 もし威力が一定になるデメリットを付けるのならば、自分が魔法を展開しなくても魔法を撃てるのではないか。魔法の媒介を自分にしなければ詠唱は不必要なのではないか。


 結果、健の腕輪は全通常魔法のレベル五までなら使えるようになっている。連射も可能で多種類の展開も一瞬にして出来るが、デメリットとして威力の一定化と連射後のオーバーヒートが起こる。それでも二人を援護するには十分すぎる装備だった。


 対して紀伊の腕輪には魔力操作性を高める能力が、桃李には物理攻撃上昇が付与されている。それのおかげで二人とも動きやすくなったのは間違いがない。


「えへへー、紀伊君の匂いがする」

「……気持ち悪いからやめてくれ」

「冗談だって」

「健が言うと冗談に聞こえないって紀伊は言いたいんだよ」


 桃李が苦笑しながら紀伊をフォローした。

 健自体は名前の男らしさに比べて華奢で女性らしさを兼ね備えている。そんな自分のせいでトラウマを抱えたことも多く、それでいて気を許す人にはネタにすることも多い。


「でもさ、別に友達の匂いだったら嫌な気はしないでしょ」

「……確かにそうだが」

「それを悪い具合に、勘違いするように言っただけだよ。僕は悪くないね」

「そうだ……なわけないだろ……」


 こんなじゃれ合いも日常茶飯事だ。

 そんな生温い空気を吸い込みながら三つのベッドでそれぞれ眠る。寝る前に空兵を飛ばしたがる紀伊を止める一幕もあったが、二人には強く出る気のない紀伊はすぐ折れている。


 次の日、食堂にてパーティ別に席が分けられていた。これもナートからの優しさだ。紀伊が暴れればナートも止めなくてはいけない。それを未然に防ぎたい気持ちでいっぱいだったのだ。現に席も九つのテーブルの端四つにパーティが座っている。


「起きたようだな」

「おはようございます、ナートさん」

「うむ」


 全員が食事を終えた頃にナートは食堂へと入り中心の皆が見える場所に立った。昨日と大して変わった素振りを見せず竜也からの挨拶にも笑顔で返している。


「それではこれからのダンジョン攻略の話をしようと思う。昨日、紀伊が言った中に勇者と共に戦いたくない、という旨の話があった」


 ナートがそう言った瞬間に桃子達がザワつき竜也と幸太は苦い顔をした。二人も昨日、伊織にかなり怒られたのだ。勇者パーティの中で一番、強さに関心があり連携を気にしている。それに正論だった。確かに一人でも勝手に行動する人がいれば戦闘で不利になるのは目に見えている。


「私はその話に加えて四つのパーティで進むには戦闘力の差、そして私では四つのパーティを扱うには手が足りないと考えている。そのため勇者パーティから順に日にち交代でダンジョン攻略を進めようと決めた」

「……すみません、よく分からないです」

「簡単に言えば一パーティずつで私と共にダンジョンに行くことになる。そうすればダンジョンで私の目の届く限りで動かすことが出来、指導も可能だからな。他の皆は冒険者登録でもしてもらおうと考えている」

「冒険者……」


 少しだけ紀伊の心臓が跳ねた。

 王国に来てから感じたことの無い自由が今、目の前にあるのだ。日替わりでダンジョンに行くとはいえ、自分達が終わってから三日の猶予はある。ある程度の冒険者としての自由も得られる。……一人の王国を逃げ出した男の顔が過ぎる。そんな自由が目の前にある。


「これならば紀伊も否定しないのではないかと考えてな。それでどうかな。これなら納得してくれるだろうか?」

「……仕方ありませんね」


 そんなことを言う紀伊の口角は上がっていた。強くなることに執着はない。それでも平穏を得るための強さは誰よりも求めている。そんな気持ちが勝手に表情に現れてしまったのだ。


 その後、勇者パーティはナートに連れられて宿舎を出た。紀伊達はそれを見届けてからリュックサックと小さな証明書、金貨を一枚ずつ受け取り宿舎を出る。三人の目的はもちろん、決まっている。街のどこかにある冒険者ギルド。ただそこを目指すだけだ。

ナートはテンプレの罠にかかってしまうのだろうか、今のところは未定です。


というわけで冒険者としての紀伊達と、ダンジョン攻略での紀伊達をメインに書いていきます。グダリたくないのと二十話以内には収められるようにしたいと作者的には考えています。四章終わるまでに三百話まで行きそうなくらいに長引きそうで怖いです。


書きだめがあるので土曜日か日曜日に次回を投稿すると思います。ただ書きだめが尽きたので少し投稿頻度が落ちるかもしれません。ご了承ください。

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