閑話 モンスター
少し長めです
「一階層目はそこまで強い敵は出ない。異世界人の者達なら三階層目からが勝負となるだろう」
「だから、ここは飛ばすということですか」
「うむ」
現れるゴブリンを兵士が片付け、ナートは説明するように全員にそう伝えた。勇者達も弱くはないにせよ、雰囲気を味わうために戦いたかったのだが、王国や他のメンバー達が強くなることを、強くさせることを望んでいたことを知っていたために何も言えない。
紀伊自体は興味が無いようでクルクルといくつかの輪っかを指で回して、兵士達の方をチラ見するだけ。ただし、その余裕そうな表情とは裏腹に警戒心だけは誰よりも強く持っていた。武器である輪っかをしまわないのも警戒心の現れだろう。
もっと言えば、ナートは勇者達がダンジョンに行くことを反対していた。例えステータスが高いとしても兵士の中で中盤ほど、自分の力に自信がなくなってきていたナートには重荷に感じていた。ナートは勇者から否定の言葉を得たかったが、それも叶わない。
早く帰って酒を煽り辞職届けを出そう。
何度目かの同じ決断を再度して後ろを振り返った。せめて勝手に呼んで戦わせている異世界人が死なないように、ナートは願いながら歯を軽く噛む。
「……と、まぁ、そんなことを言った手前だが二階層からは戦闘をしてもらう。ムッノー様からはそのように頼まれたが、いかんせんお主達は弱いからな」
そんなツンデレのように言葉を翻して笑うナートに竜也は好印象を持った。竜也からすれば仲間達が死ぬのは本意ではない。強くないのも剣聖を見ていたために否定をする気もなかった。現にナートと戦闘訓練をして一本を取ったものは誰もいない。
少しだけ桃子が歯を噛んだように紀伊は感じたが忘れることにした。上からの命令は従うしかないし、ましてや桃子に何かを言って害を与える気もない。加えて言えば桃子のパーティが束になっても俺には勝てないと、そんな自負を紀伊は持っていたのだ。それに間違いや思い込みの欠片はどこにもない。
「ダンジョンはコアというものがどこかにあるんだがな。ここのダンジョンはそれが見当たらなくて出る魔物も強過ぎない。だから兵士の訓練場にも使われているのだ。しっかりと兵士達の宿もあるでな。あまり気負わずにゆっくり攻略すればいい」
「……ありがとうございます!」
「なんの」
顎髭に手を当て下へと指で梳かした。
紀伊はどうでも良さげに二人のことを見てから健に視線を戻す。楽しげにいる健に、その笑顔を作っている桃李、紀伊もそれを見て考えを少し改めた。
そこからすぐに階段へと着き二階層へと下りた。一人の兵士が古びた地図を見ながらナートに耳打ちをする。ナートは何か思案した素振りを見せてから三つの道のうち、左を選択して進んだ。
小さな扉のある前でナートは立ち止まった。
「ここから先はモンスターボックスと呼ばれる部屋でな、魔物がたくさん出る場となる。お主達の中で入りたいというものはいるか」
試すような目でナートは振り返り全員の顔を見る。勇者は俯いて何かを考え、桃李は紀伊に視線を送るが無視され俯き、大輝は気味悪げな視線を向ける。一番好戦的なのは桃子達のパーティぐらいだった。
「私達が行きたいです」
そんな矢先に手を挙げたのは当然、桃子と呼ばれる女子だった。ポニーテールが軽く揺れ装備している双剣を抜こうとする。それを竜也が手で制しナートの目を見つめた。
「……そう聞くということは何か考えがあると思います。すみませんが危険があると分かっていて進むほど、俺は馬鹿じゃないです」
「……ふむ」
竜也の言葉にナートは髭を撫でた。
少し考えた後、再度、髭を撫で直し竜也の頭に手を置く。竜也より高い身長は百八十ちょっとあり、その分だけ手も大きい。竜也はナートの行動の意図が掴めず考えた。
そんな最中でナートが口を開く。
「正解だ。異世界人というのは血を見たいものが多くてな。通常の人より強い自分を最強だと考えるものも少なくない」
「確かにそうですね」
竜也はチラリと桃子を見た。
よく分かっていないらしく、桃子は首を傾げたために竜也も申し訳ない気持ちを持ってしまう。やれやれ、と言いたげにため息を吐いてナートに向かって一言言った。
「だから、やるのならば全員で進むのではなく、俺達と桃李達のパーティ、そしてナートさんだけにするべきだと考えます。多くても邪魔ですし、少なくても戦力に欠けますから」
「……なるほどな。戦うが条件は自分が付けると、そう言いたいのだな?」
「はい、そうです」
やられっぱなしは癪なのか、竜也は背筋伸ばし静かに首を縦に振る。その言葉にナートのみならず桃子も微妙な顔をするが、ナートと桃子では考えに違いがありすぎた。桃子達はただ私達が弱いのか、そんなことを考えて勇者の後ろ姿を見ている。
だが、竜也からすればそんな考えはないのだろう。竜也からすれば二階層に下がってから出てきた魔物は大したことがない。そう思っていたのだから、自分一人でも倒しきれると踏んでいた。それは一切、間違いがないかもしれない。
それでも出てくる魔物が強いかもしれない。
そのための保険がナートと、桃李、もとい桃李パーティの実質的なリーダーである紀伊だった。リュードと竜也はあの夜からかなり仲が良い。人によっては兄弟のようと囁かれるほどにだ。その中で紀伊が強いことはリュードが漏らしていた。
少しだけ、紀伊に対する嫉妬も竜也は持っているのかもしれない。親身に接してくれるリュードに、どこか自分でも気が付かない好意を竜也は持っていてもおかしくはないのだ。
「私が行く理由は?」
「勝てるか勝てないか、それが分からないのなら最高の戦力で行くしかありません。小部屋のように見えますからたくさんの人で入れば仲間で傷を付け合う可能性もありますからね」
少し遠い目をしながら竜也が言う。
そんな返答に納得したのか、ナートも首を軽く縦に振った。そして振り向き直し桃李の顔を見つめ、その背後の二人の顔も見た。瞬間、ナートは軽く鳥肌が立つ。今までに感じたことのないオーラを誰かから感じたからだ。
『ここまでの才能を持つのはいったい……』
ナートが感じたことのあるオーラは、いや、ナートの言葉を借りるのならば才能というのが正しいだろう。そしてそれはナートが昔、一度だけ感じたことのある才能と似て非なるものだ。
『……マエダアツシ……』
まだ若い下っ端の兵士だった時に感じた威圧感。いるだけで脅威に思えてくる最強の勇者が頭を過った。何度も戦い、そして喧嘩し仲違いをしては仲直りをした。王国の未来を憂いで魔王とも戦う決意をして、そして死んだとされている存在。
過去を思い出す。
勇者と共に戦いに行くことを王様に止められて行けなかった、あの最悪の夜だ。別にナート自身がいれば誰も死ななかったとは言わない。それでも誰かは……そう思えてならないのだ。
チラリと才能を感じた人を探すが、その一瞬の煌めきはどこにもなかった。もしかしたら紀伊から出ていたのかもしれないし、健からだったかもしれない。桃李だったかもしれない。もしくは他の……。
育てることに大して興味がなかったナートに何か思うところがあったのだろう。今度は力強く首を縦に振り直した。
「分かった、お前らは他の二つのパーティを守っていてくれ。俺はこの二つのパーティと共に中の魔物達を潰してこよう」
本気を出すことはしない。
ナートは知っていた。この先の扉の向こうにいる魔物達は二階層で出る魔物達と同レベルであることを。勇者ならば簡単に倒しきれてしまう存在だということを。だが、本気を出さない理由はそこではない。
『あの才能の持ち主を……』
ただそれだけの不純に近い気持ちで力を出さないことに決めたのだ。マエダアツシという最強の勇者に近い才能が垣間見えた存在を自分の後継者にするために、ナートは勇者のワガママを聞いたと言っても間違いではないかもしれない。いや、強くなりたい竜也の気持ちに負けたのもないとは言えないが。
兎にも角にもナートは少しだけ勇者の仲間達に興味を持った。誰かはわからない、自分の後継者をより強くさせるために。
竜也は扉を開いた。中には魔物の影がたくさんあり小さく深呼吸をする。周囲を見渡し中へと突入する全員が戦う準備をしていることを確認した。……その中で一人だけ準備をしていなさそうな人を見つけ竜也は顔を顰めたが考えないことにした。
中へと入る。瞬間、竜也の下に多数の魔物が攻撃を仕掛けに移動を始めた。オークが多数おり奥には一体だけオークナイトがいる。他にも多数の魔物がいるが……。
「フレイムナックル!」
「斬!」
伊織と幸太の一撃で数体のオークが飛ばされる。そこを突くように竜也は速度を早めオークナイトに近付いてデュランダルを振るう。だが……。
「チッ!」
「ブルゥァァァ!」
距離を詰めて本気の力を込めた一撃が軽くいなされてしまう。特に驚異を感じた素振りもなく手に持つ肉切り包丁を振るって竜也の顔めがけて振り下ろした。
「ふっ」
クルリと体を反転させて肉切り包丁を躱し、再度、攻撃を入れるためにデュランダルを突き出した。それすらも肉切り包丁で打たれ壊れないまでもデュランダルはそのまま地面に突き刺さる。
「……前に出過ぎだな……」
紀伊は静かにため息をつき、三つの空兵を飛ばして大きな声を出す。
「覚悟決めろ! 桃李! 健!」
「分かったぜ!」
「分かったよ!」
桃李が手と手を合わせて、健が手に巻かれている腕輪に指をかけ、返事をした。そして桃李の近くと二人の近くから二つずつ腕が地面から生えてくる。
「魔物にはわからないだろうけど、格闘家の手が多ければ強くねぇか!?」
人からすれば大きな腕が伸び後衛で構えている二人に向かうオークをダンジョンの床へと化させる。大きな穴で血の赤い跡が残る。それを見て桃李はニヤリと笑った。
「俺は強くないけどな、支援は出来るんだぜ」
「そして僕が皆を助けるんです」
腕輪が白く光り薄暗かった小部屋を明るく照らす。瞬間、いくつもの氷の矢が健の周りから生成され、撃ち込まれていく。同時に中にいた全員の体も青白く光り始めた。
「これで突き進めるぜ!」
勇者のいる場所へと桃李が走り肩から腕を二本生成する。と、共に桃李の近くの腕が光となって消えていく。
一方、勇者パーティの面々は前へ進めなくて悩んでいた。頼みの綱の幸太と伊織も集団攻撃が出来ず、集団攻撃が出来る桜も魔法の形成に時間がかかっている。優希に至っては魔物を仲間にしていないために守られる立ち位置にいた。
方やもちろん、魔物であってもボスのオークナイトを守るために助けるために突撃を仕掛けていく。しかし……。
「それはさせねぇよ。撃ち込め、空兵!」
音速の速さで飛び交う空兵が桃李の上、右、左と陣を成す。そのまま右、左の空兵は近付こうとするオークを撃ち抜き続け、桃李の上に立つ空兵は前方にいる魔物達を撃ち抜き続けていく。百発百中、それも皮膚の薄い所を一発も外すことなく魔物達に穴を開けていき桃李がオークナイトの元へ着く頃には数を三分の二まで減らしていた。
「勇者じゃなくても俺達は強いんだよ!」
桃李が大声で叫び竜也が戦うオークナイトに横から一撃を加える。
「なっ!」
「さっきから一人で進みすぎだ! それじゃあパーティの意味がねぇだろ!」
再度、桃李が近くから大きな腕を作り竜也を掴んで幸太の元へ投げ付けた。その瞬間を隙と捉えたオークナイトが肉切り包丁を振り下ろすが……。
「それはさせねぇ! フルドライブ!」
銃弾が降りかかり肉切り包丁を持つ手が外れる。そこから遠くにいた左右の空兵が飛び交いオークナイトの足を撃ち抜いた。結果、オークナイトが膝を付く。穴の開いた足では立っていようにも立っていられなかったようだ。……いや、このような危機を感じたことがなかった存在だったからかもしれない。
「サンキュー、紀伊! 踏み抜け!」
「支援しますよ! 風の導き!」
最初の一撃とは比べ物にならない速さで大きな腕が振り下ろされる。それによってオークナイトがダンジョンの塵と化してしまう。まるで最初からいなかったかのように消え去り桃李は薄く笑った。
「次行くぞー!」
「オー!」
「……おぅ」
「だから、ノリ悪いって!」
そんな普段と変わりなさそうに三人は魔物を減らしていった。それも勇者パーティのように付け焼き刃のコンビネーションではなく、桃李が健を守り、桃李を紀伊が守り、紀伊を健が守る。いや、全員が全員を守るために戦っていた。
それに驚いたのは紛れもなくナートだ。
ナートには誤算があった。それは中にいたオークナイトのレベルが少し高めだったこと。レベルから考えればゴブリンジェネラル程度で済まない。悪く言えばジェネラル手前のオークナイトだ。
そして桃李はもちろん、紀伊や健に対する目も変わっていく。桃李が走ったのは竜也が仲間を置いて先に進み、そして限界突破を使おうとしていたからだ。敵が少ないならまだしも、限界突破のデメリットは効果が切れれば倒れてしまうこと。
『まだ若かったか』
少しはお眼鏡にかなう勇者かと思えば経験が浅すぎた。いや、ナートの目からは焦っているように見えていた。まるで強くなることを望んでいながら我慢している幼い少年のような。
それから程なくして殲滅が完了する。
ナートは何もすることなく殲滅された。
「お前ら! 何でリュウヤを投げた!」
終わって早々、幸太が桃李の元へ走り首根っこを掴む。桃李は何もすることなくそれを受け入れ壁へと押し付けられた。ゴリゴリと嫌な音が響き始める。幸太が本気で桃李を掴んでいるせいで足が離れてきていた。
少し区切りが悪いですが長かったのでここで区切りました。ちなみにですが竜也と桃李がタイマンで戦えば竜也が勝つと思います。後でも書くと思いますが異世界人の固有スキルはその人の考えが反映されます。桃李の考えはまさに「素手で戦う時に腕が多ければ強くねぇか?」っていう、俗に言う単細胞に近かっただけですね。
少しずつ三人の中とダンジョンでの勇者との関係を書いていこうと思います。少し長めになりそう……?