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閑話 ある夜長の空に

 普段以上に月が輝いている。

 赤く、それこそ赤外線という名前が似合いそうな夜空に雲が漂う。赤い光に照らされているせいで真っ白と、蜘蛛と雲特有の物体の色を失い行くあてもないかのように漂い続けている。


「あぁ!? うるせぇな!」

「てめぇの方がうるせぇんだよ!」


 幻想的な頭上とは違い雑多で賑わう街中で怒号が響き渡る。小さな店の外にあるテーブルが破壊され、次いで大柄な男が細身の男に投げ捨てられていた。


「俺に触れるんじゃねぇ!」


 大柄な男が飛びかかり細身の男の上に跨る。

 右、左と拳で顔を殴りつけ、細身の男も負けじと顔面に引っかき傷を付ける。二人共、顔が真っ赤に染まり些細なことで喧嘩になっているのは明白だった。だが、その店の店主は止める様子もなく、逆にキャットファイトやプロレスを見せるかのように、他の観客達に賭けをさせている。


「ランクが上だからって調子に乗るなよ!」

「俺より年下でDなんて何をやっていたんだかな!」

「ああ!?」


 次第に喧嘩は勢いを増し殴る力に何かを纏わせたり、細身の男からは詠唱が聞こえ出す。そこでようやく危険を感じたのか、店主のオッサンが外へ出ようとした時に、その二人は気絶していた。


 小さな砂埃が舞い散り、晴れた頃には瞳を閉じた二人が横たわるだけ。店主は少し驚いた表情を見せていたが店に被害がなかったことに安堵した。客はというと、物足りなさそうな表情を浮かべる人がほとんどだったのだが。


 そんな中で上空から下界を見下ろしていた三つの物体は、任務を完了したかのように他の場所へと移動した。見た目は漆黒に近い色を持ち数本の赤い線が通っているのが特徴的だ。三つ全てに小さなエンジンと、それに似た形状をしている機関銃が装着されており、中に誰かがいるわけではない。その代わりにいくつかの兵器を詰め込んでいるようだが。


 その窓を通して映った世界を覗き込んでいた少年がいた。少年以外、その部屋には誰もおらず暗い室内で三つのモニターから物体の見ている景色を見詰める。


「……喧嘩ばかりでつまらないな」


 そう呟くと少年は操縦していた物体、異世界には一切ない戦闘機、もしくは彼いわく空兵と呼ばれる存在を家の屋根に着地させた。手際は誰も見ていないにしても元の世界なら一流パイロット以上の技術だろう。ましてや少年は空兵から見えている外の景色だけでクリアしている。指を動かすように操縦し着地した空兵をその場で消していく。


 そう思った矢先に少年の手に空兵が現れた。少年はじっと現れた空兵を見つめ愛でるように撫でていく。一切、鉄の体には傷も汚れもないにも関わらず、小さなハンカチを取り出して消毒液を濡らして拭いていった。子供を撫でるよりも優しく壊れないようにする姿は我が子を抱いているようにも見える。


「……第一空兵、よく出来たな」


 優しく笑みをこぼして第一空兵と呼んでいた手元の戦闘機を机の上に置く。そのまま空いた手で次の戦闘機に手をかけ褒め言葉をいくつも並べながら磨いていった。最初の第一空兵よりも少し大きめの機体が第二空兵、一番小さな機体が第三空兵と言う名前のようで、優しげな目は全ての機体に注がれていた。


 異世界に来てから毎日のルーティーンのように、慣れたはずの機体磨きも少年からすれば明日への恐怖から逃避するための方法でしかない。全てを磨き終え瞳を閉じるたびに少年は大きなため息を吐き出した。


「……これで終わりか」


 唯一、気を許せる時間。

 色々な出来事が頭に浮かんで少年は振り払うように首を横に振る。忘れてしまいたい。少年の心にはそれだけの思いしか残っていなかった。少年は忘れ去るためにベッドに体を埋めた。明日から始まる地獄も何もかもを考えないために。






 ◇◇◇






「おい! 紀伊!」

「起きてるよ、耳元で騒ぐな」

「でもよ! 外見てみろ!」


 少年、もとい紀伊はタンクトップを着た短髪の煩い少年に視界を移して、その後に指さされた方へと再度移す。茶色の縁が特徴的な丸眼鏡をクイッと押し上げ、その目を丸くした。


「……これがダンジョンなのか」

「そうだぜ!」

「胸を張る理由が分かりませんが」


 紀伊の言葉に嬉しそうにする煩い少年。それに反応するように、今まで窓の外を眺め静かにしていたフードの少年が苦笑しながら頬をかいた。


 紀伊の目に映ったのは少し前までの規定された雑魚だけを狩る、有象無象達のいた空間ではない。少しの気の迷いで命を落とすと釘を刺された特殊な空間なのだ。


「これも紀伊と健のおかげだぜ!」

「ほとんど紀伊君のおかげなんですけどね」

「……俺は来たいとは思わなかったけどな」


 喜ぶ二人とは反対に興味も無さげに紀伊は肘をついた。というのも、紀伊達のパーティを含めて四つがダンジョンでの戦闘を許可されたのだ。一番少数部隊である紀伊達がオークを倒し功績から勇者と共にダンジョンに行くことを許可された。ただそれだけの話なのだが……紀伊の表情は晴れない。


 そもそも紀伊からすれば平穏な日々を過ごしたかっただけだった。王国に帰属することや他の人を守る気なんてない。あるとすれば他の二人と共に山場の一つと考えられるダンジョン探索を終えることくらい。


「……桃李も健も死ぬなよ」

「……お前が守ってくれるからな」

「あの時は上手くいっただけだ。ゲーム仲間が死ぬのは嫌なんだよ」


 二人の少年の顔が浮かぶ。

 異世界に来る少し前に無くなってしまった少年と、その人とよく一緒にいた少年の二人だ。もちろん、あまり関わりがあるわけではないが一時期、ゲームが上手いということで桃李と呼ばれた煩い少年から話を聞いたことがあった。


 その二人が消えた時は紀伊も少しばかり悲しいという気持ちを宿したのだ。人との関わりに疎さを覚えている紀伊が悲しいと思うことがあることに、本人が一番驚いていた。健と桃李ならばその範疇で済むとは到底思えない。


「ダンジョンでは俺の空兵に自由なんてない。甘く考えないことだな」

「そうですね、ゲームでも第二形態があるラスボスが多いように、倒したからといって気を抜かないことです。桃李君は特にその通りですよ」

「へーへー、了了」

「……トロールするぞ?」

「すまん!」


 紀伊のそんな返しに桃李は悪びれた様子もなく平謝りする。そんないつも通りの紀伊と桃李の二人に健は口元を隠しながら笑った。小さな笑い声が健から桃李に、そして紀伊へと移り変わっていき。最後は全員の我慢した、修学旅行で異性の部屋に行って隠れて話す男子のように、小さく笑い合う。


 もう降りる少し前、桃李は二人に向き直り拳を突き出した。


「絶対に生きて帰るぞ」

「オー!」

「……おぅ」

「ノリが悪いな」


 イタズラじみた笑顔に光が当たり紀伊は目元を擦る。健も同様のようで瞳を擦って拳を突き出した。ため息混じりに紀伊も拳を突き出してゴツンと当てる。


「健、アレやるぞ!」

「いいですよ」

「見ろ! これが陽キャだ!」


 桃李と健が拳を当て合い左右の手を使って見事な捌き方で、何度も手を手を当て会いながら最後はアルプス一万尺の終わり方で終わってしまう。紀伊にはよく分からなかったが運動部である桃李に触発されたのだろう、と微笑む。


 妙に馬車を出る桃李の背中が輝いていたのを紀伊は覚えている。


「こちらにお並びください」


 桃李を先頭に四つのパーティが横並びで続いていく。勇者パーティももちろんおり、勇者である竜也が先頭にいる。そして紀伊はもう一人だけ油断出来ない人を目にしていた。


「……槍野大輝」


 その名を呼ばれた存在はリーダーとして先頭に立っている。功績順に横に並んでいるため勇者の次に桃李が、その次に大輝がいるのだが……四人のリーダーの中で一人だけ目の色が違う。


 死んだ魚の目、紀伊も生気がないとはよく言われたことがあるが、それは数少ない友人がいない時だけだ。それとは違う人を殺していても不思議に思わない視線は紀伊には毒に感じていた。


 実際、それとは別に目から生気がない者もいるのだが……それは紀伊にリーダーを任された桃李だけだ。面倒事の嫌いな紀伊の性格を理解していても、自分自身が強くはないから桃李は前に立ちたくはない。


「勇者である竜也、そして仲間達である桃李、大輝、桃子、頑張ってください」


 大声を出して全員のリーダーの名前を呼び激励する老人。見た目は白髪で刈り上げたような髪型が特徴的で、少し長めの髭を蓄えている。


 その日、剣聖はそこにはいなかった。剣聖だからと言っても王国ではかなりなのある存在。そう簡単には外へ出ることが出来なかった。


「頑張らせていただきます、ナートさん!」

「うむ」


 ナートと呼ばれた老人は小さく頷いた。

 腰に差したレイピアを抜き切って上へ刃を向けながら体まで近付けた。振り下ろし刃を下に向けながら、再度、腰へと差し直す。


「それは?」

「これはダンジョンに入る前の儀礼のようなものだ。私が下っ端兵士の時も上官がやっておってな。皆を代表して私がやったまでよ」

「なるほど」


 ナートは少し老いたとはいえ、兵士を束ねる大きな存在として君臨している。事実、先の協会からの要請の際に魔族を多数殺し、その名を故郷の石像に刻んでもらうほどだ。白銀のレイピアの輝きから白鬼のナートと小馬鹿にされながら、同時に他の兵士から恐れられている。兵士の中でナートを倒せるものは限られた数しかいないだろう。


 今でさえ、六十を超えたにも関わらず兵士長という大役を任されている。誰も兵士長であるナートを倒せず、兵士長の名を受けることが出来ないのだ。


 少しだけ粗野な行動は目立つものの、兵士五名を含めナートからダンジョンへと進み始めた。後ろを勇者パーティ、桃李パーティ、大輝パーティ、桃子パーティが進んでいく。


「……どうかしたのか、健」

「……女の子は怖いんだよ」


 表情を強ばらせた健に紀伊が問うとフードの先を前に引っ張り、小さな少女のように儚げに笑った。紀伊は理由を知っているため詳しく聞かず静かに背後へと回る。健の視線の先に桃子達、女性のみで編成されたパーティが見えないように、紀伊なりに配慮したのだった。

新キャラの登場です。メインは紀伊となるので楽しんで読んでいただければ幸いです。4章に絡んでくるかは内緒にしておきます。


一応ですが……

トロール、荒らし行為をする人のことでゲーム用語としてよく使われます。他の意味も色々あり魔物の中にもトロールという存在がいるのでご注意ください。

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