3章34話 エゴのままに
少し時間が空いていたので長めに書かせていただきました。
足が震えてくる。この威圧感は魔物達が本能として恐れる理由も分かってくるね。大きな絶望が地の底から伝わってきて、足を通じて脳天に教えこんでくる。ああ、コイツは僕に死を手渡すことの出来る存在なんだって。
「……これはすごいですね!」
「まぁ、やるしかないんだけど!」
体を奮い立たせて戦闘態勢をとる。
呪魔法でワイバーンを弱めてから戦いたいけど下手に使えない。でも、使わないと簡単に負けてしまうだろうね。だから、今回はフウを信じて目の前で呪魔法を使わせてもらう。
ひどく心配になるやり方だけどフウを信じないと僕やフウが死ぬ。テンさんの方には動きがないから助けを待っていられないし。本気でやらせてもらう。
「カースレイン!」
「えっ……」
いくつもの黒雲が周囲に広がりワイバーンに雨を降らせていく。地獄の雨が降り注いでワイバーンを濡らしては少しずつ弱体化をさせていた。
魔物のランクは同じランクの人が五人集まってようやく戦えるだけの存在だ。フウが三人いればワイバーンと対等に戦えるかもしれないけど、僕が仲間としているのなら対等に戦えるかどうかは不明だ。ただそれは力を抑えた上での話。
「内緒だよ。こうでもしないと倒せないから」
「……今だけです!」
何がとは言わない。僕でも察することが出来る。呪魔法っていうのはそれだけ人達に危険視されるし壊れたチートスキルであるんだ。どれだけ相手が強くても弱くさせ、どれだけ相手が強くても死に至らしめる魔法。簡単に使える僕やキャロがおかしいんだ。
「いいか、弱くても倒せるやり方があるんだよ。無理だとしても諦めないことが何かに繋がるんだ。だから、僕は負けないし諦めないって言えばカッコイイかな」
「……最後のでカッコ良さが半減していますね!」
「疾風!」
生きている存在の雨が当たった部分は簡単に脆くなる。でも、それだけじゃなくて生体反応が消えれば呪は解けるんだ。死んでまで呪われている人はいないようにね。そしてワイバーンは強い分だけ価値も高い。
今のステータスや武器で貫けるかどうかは分からないけど、やるしかないってのは間違いがないんだよね。生きるか死ぬか、それってこの世界で一番に重要なことだと思う。この世界では生死がすぐに分かれる場所なんだから。
ドラグノフを構える。
動きながら撃って当てられるかは分からないけど数撃てば変わるはずだ。例え一発でもいいから大ダメージを与えられれば戦況は簡単に変わってくれる。肉にちょくに呪いを付与させられるからね。
「……外れ」
「こっちもです!」
僕とフウも考えることは一緒だった。
両方が撃ったり投げた攻撃はワイバーンの目には当たらず呪のかかっていない部位に衝突して弾かれる。まだ僕のドラグノフの方は傷を付けて火傷を負わせているけど、フウのは完全にノーダメージだ。
こんな時にフルオート射撃が出来ないことを悲しく思える。まぁ、僕の望んだ武器だし火力はフルオート射撃の狙撃銃よりもかなり高めの武器だ。一発一発の威力重視の武器にとやかく言ってはいけない。下手をすればこの武器じゃなければダメージを与えられないかもしれないしね。
「グルウァァァァァァァ」
「少し飛びます!」
「こっちも躱すことに専念する!」
広範囲のブレス攻撃はかなりキツイ。
魔法の膜で耐性は上がってきているけど火力が違いすぎるからね。例えるなら普通の人がこのブレスを受ければ簡単に溶けてしまう。時々、作られているマグマの中に人が落ちた時のフェイク映像のように、ボシュッと嫌な音を立てて何もかもが燃え尽きるんだから。
火炎弾を再度詰め込んでいく。
MP残量的に弾の生成は多く出来ない。火炎弾は案外、MP効率が悪すぎてしまうから。だけど、このような外界に閉ざされた空間なら僕の力が冴える。
そもそもの話、吸血鬼は外での戦いを好まないらしいんだよね。そして暗く狭い空間を望むのは暗視と周囲の魔力を吸収する力が強いかららしい。イフの言っていたことだから信じられるし、確かに人よりもMPの回復は早いと思う。
ブレスが地面に衝突して周囲が炎のように赤く染っていく。ここで肉とかを置けば簡単に丸焦げになってしまうだろう。ちょくで当たればより一層、大変なことになるだろうね。
ここはブレスを躱すには狭すぎる。
……だけど、それはワイバーンとしてのメリットも消しているんだ。今のワイバーンの一番の強みはブレスによる大ダメージを狙えることだが、逆にワイバーン特有の空からの攻撃や大きな体躯から出る攻撃がやりづらい。この場では隙が大きすぎる。
それに……どこにでも安全地帯はあるもんだよ。
「グギャ!」
「お前、首を反対に曲げられないだろ」
炎のせいでカースレインも掻き消された。
つまり僕はともかく、フウがワイバーンの上に乗っても呪われないってことだ。そしてワイバーンは首を横に曲げることが精一杯だし炎に強いわけではない。炎のに強い竜はファイアワイバーンのように名前に変化がある。
ただのワイバーンは強いとは言っても倒せないわけではない。……そう思うしかない。少なくとも僕にはフウという最大の味方がいるからね。
「ここなら狙いやすいです!」
「ギィ!」
僕に注意が向いていた隙をついてフウがワイバーンの右目を潰す。それもククリナイフで差し込んで何度も回転させていたから、かなりの恐怖と痛みが生じるはずだ。そしてこの時間が一番のダメージを与えられる瞬間。
「喰らえ!」
「グルゥァァァァァ」
ワイバーンの大きな悲鳴が洞窟に響き渡る。
都会の車が行き交う交差点の喧騒よりも煩くて、耳を劈くような精神的にダメージを与えてくる声。このブレスのせいで起きる猛暑以上の暑さが僕を焼こうとしてくる。
ドラグノフが背中を貫いて、ゼロ距離で撃ち込んだせいで僕にも火炎弾の攻撃が当たってしまう。でも、一撃でやめることは出来ないよね。
「フウ! 下がって!」
僕の背後から新しい暗雲を生み出しワイバーンを蝕んでいく。少しずつじゃ僕では勝てない。倒すと決めたからには一切の手加減はしない。このワイバーンは僕が倒し切ってみせる。
二発目は違う傷に撃ち込んだ。
僕に呪いは効かない。何度も自分で受けてみたし無効化も所持している。相手だけを弱体化させて僕には一切のデメリットがない。
もしこの魔法を王国の街で使えばどうなるかなんて容易に想像が出来る。元の世界なら誰がやったかも分からない、雨の仕業による完全犯罪が一瞬で達成されてしまうんだから。
なぜ、この魔法が畏怖されているかは日本人の僕だから余計に分かる。第二次世界大戦で落とされた原爆のように直撃なら即死、そして少し受けただけで体が蝕まれていくんだ。使う僕も少し嫌な気持ちになる時もある。呪いの本性がこの効力なんだって。
僕だって原爆は嫌いだし喩えとしてもこれを使うのはどうかとは思う。だけど嫌われようや畏怖のされ方はこれ以上にいい例えがないと思ってしまう。それほどまでに人が忌み嫌うべき能力ではあるのだ。
でも、辞める気は無い。
これがなければ僕は強くなれないから。
「痛いか! 僕も暑くて痛いよ!」
「ギィィィィィ!」
肉が焼ける焦げた匂い。
これは火炎弾もそうだけど生きるために吐き続けるワイバーンのブレスも関係があると思う。でも、これのおかげでガンガンと火の耐性が上がってきているんだ。少しずつだけど楽になってきている。
もう一撃、これで一箇所だけ穴が空くはずだ。
撃ち込む。大きな音で耳が壊れそうになる。痛い、暑い、煩い。そして美味しい。飛び散るワイバーンの血液が僕に降り注いでその美味たる味を教えこんでくる。
まだ死なない。
三発も狙撃銃で、それもゼロ距離で撃って死なないなんて大した存在だ。だけど、これだけの弾ならいくらでもある。
「生きることを諦めろ! この戦いで勝つのは僕なんだ!」
「ギィ……!」
揺らいだ体躯のせいでバランスを崩してしまう。何とか飛んで洞窟の地面に足を付けるがすぐに防御体制をとる。
予想通りワイバーンの尻尾による一撃が僕の右腕に当たる。先程までの痛みとは比べ物にならないほどの痛み。衝撃の大きさを感じた後に左腕がぶつかる。その後に頭が、足が洞窟の壁へと吸い込まれていった。
しっかりと防御体制をとったにも関わらず軽く吹き飛ばされたんだ。どれだけ僕がワイバーンに対して舐め腐っていたのかを実感してしまう。すぐに戦闘をするためにドラグノフを構えて理解した。
「痛てぇ……」
分かった、とてもよくわかった。
折れているんだ。僕の左腕も右腕も、そして足も何もかもが。立とうとすると足にかかる重圧。今まで日常生活の時に耐えていた重みが僕を殺すほどの痛みになっている。
でも、戦わないと僕は勝てない。
「助けに」
「来なくていい!」
大声でフウを制してドラグノフを構え直す。
大丈夫だ、僕の血の貯蓄量はこの傷を回復させるだけはある。ギリギリ傷を全快させるほどしかないが、十分だ。傷が全快さえすれば戦うことは可能になるはずだ。それだけワイバーンも弱っている。
早めに行動の要となる足の回復を重視させてMPで出来る限り疾風を使う。動かなければ簡単に死ぬ。だから、死ぬ覚悟をしてワイバーンの攻撃を躱すだけだ。最悪はフウに任せて戦闘不能になるだけ。
出来ればフウは残しておきたい。
これはもし違う魔物が現れた時に戦える存在がいるようにだ。どちらかの余力がかなり残っていれば時間稼ぎにはなるはず……。僕の最後の希望はテンさんだ。それにフウに火の耐性はない。僕とは少し違うんだ。フウの手助けが死を近づける可能性もある。だから来させない。
手をダランと垂らしながら走り抜けていく。
手を曲げようとすれば酷い痛みが身体中を駆け抜けて走ることを拒否する。治り始めてきた足でさえ、走ることを拒否して止まってしまいたいと思わせてくるんだ。まるで目の前で死神が鎌を構えて、耳元では悪魔が死を享受させようとしているように思えてくる。
「グラァァァ!」
「炎は! 効かない!」
服が燃えていく。さすがにミッチェルの手作りでも燃え尽きてしまうのか。でも、ここまで耐えてくれた服に感謝をしなければいけない。少し裸体を晒すのは恥ずかしいけどね。
さっきの戦いのおかげで炎はほぼほぼ無効化されているんだ。ある意味、それに重点を置いて戦っているワイバーンでは僕に死をもたらすことは不可能だね。
それを理解したのか、攻撃が前脚で戦う攻撃方法へと変わる。でも、その振る速さは体の大きさに見合った、重い代わりに遅い攻撃だ。速度の上がっている僕なら避けることは出来る。
「早くしないと僕の勝ちになるぞ!」
「グルゥ!」
エンペラーウルフの時のような鳴き声。
でも、地面を震わせるほどに低く鈍い声が洞窟に響き、僕を殺すべく幾度となく前脚を振るい続ける。
僕には避けることしか出来ない。
数分躱し続けてようやく足が回復したくらいだ。ポーションを飲むのも手だけど取り出す時間が無いし、それに持つだけの余力も今の僕の手にはない。
ワイバーンも最後の命の灯火を燃やすかのように翼を羽ばたかせ突風を起こし、そして翼ごと前脚を振るい続ける。一度の右脚を振るわせる行動で地面に抉り傷がついてしまう。もしこれを直撃したら僕も生きていられるか分からないかもしれない。
いや、マイナスな考えはナシだ。
ようやく治癒した手でドラグノフを構えて撃ち込む。ちょうど振るっていた右脚にぶち当たり火の粉が舞う。さっきよりも断然いい。暑さを感じにくい。
血で固まり始めてきた髪を掻き分けて一度、後退する。ここで急げば勝てるものも勝てない。疾風を重ねがけして使えるギリギリまでMPを消費して速度を上げた。イフには強化を減らすように言ってある。出来れば威力が決まっているドラグノフをメインで倒したい。ステータスは速度にがん振りだ。
「倒させてもらう」
「グルゥア!」
再度、火を噴き威嚇してくるワイバーンの炎を目の前で展開した氷魔法で撃ち抜く。そして穴が開いた瞬間にドラグノフを三発撃ち込んでドレインに持ち替えた。
ブレスは口から吐き出される。
だから、そこに撃ち込んでしまえばワイバーンの頭を貫いてくれるはずだ。でも、僕もそれだけで倒せるとは思えない。ステータスが高いのなら生命力も高いと思った方がいい。
ドレインに持ち替えたのはこうするためだ。
「ギッ!」
「だと思ったよ!」
首元への斬撃が途中で止まる。
剣が入ってくるのを拒否するように首を左右に動かしてこちらを睨んできた。すぐに後退してドレインをドラグノフに持ち替えた。ドラグノフを三発撃ち込んで脳天に穴が開いているのは確認済みだ。つまり長くはない。
「この後はどうする?」
「グラァァァ!」
ふざけるなって言っているように聞こえる。
ここまで違うことを考えられるのは余裕が出てきた証拠だ。おかしくなんてない。頑張って戦って倒すことが一番大切なんだ。ワイバーンを倒せるのなら僕もかなり自分に自信を持てるしね。
何度も攻撃に使われる右脚の振りに合わせてドラグノフを撃ち込む。呪魔法のせいで脆くなっている肉を抉るくらいのことは出来る。そしてその脚を使わず反対の脚も同様に撃ち抜いたところでワイバーンは攻撃を変えた。
脚を使わずに口を大きく開けて突撃してくる戦い方、その口で僕を食い殺そうとするがそれは悪手だ。いや、そういう言い方よりも僕がそれを望んでいたとしか言えない。
「じゃあね」
ドラグノフを構えて撃ち込んだ。
銃弾はその大きな口ではなく間近に迫った額にぶち当たり血飛沫を起こした。幾度とない銃撃で死を目前にしていたワイバーンには耐えられるはずもない。現に鑑定にはHPの表示がゼロになってしまっている。口から洞窟の地面の土をポロポロと零しており、目からは光が消えている姿を見れば鑑定をしなくても倒したことを実感させてくる。
そのままワイバーンをしまい腰を下ろした。
体がガクガクと言っている。早く休みたいって言っているんだ。僕もそれを止められるだけの気力がない。少なくとも僕はワイバーンを倒せたんだ。
何とかポーションを口に含んで意識だけは飛ばさないように目を半開きで開いていた。そんな中でマップに新しくワイバーンの文字が現れる。フウもそれによって武器を構えるが僕にはそれが出来ない。
やっぱりもう一体出せるだけの余力は残していたのか、と少し諦めながらも力の出ない体を無理やり起こしてドラグノフを構えていた。
……そう……いたんだけど……。
「よくやった」
新しく現れるはずの絶望が簡単に首を折られて地に伏していた。僕でさえ、呪魔法で弱くさせてからしか大した傷を与えられなかった魔物をいとも簡単に。
意識は飛ばさない。さっきの血飛沫で体の回復は進んできているから。僕には休めない。だけど……初めて威圧感以外での本当の強さを見てしまった。
武器ではなく素手でへし折るテンさんの強さを。
ようやくテンさんの強さを書けたような気がします。本当はもっと書いていこうと思ったのですがシンプルな方が強さについて分かりやすいかなと思ってこうしています。
目前に3章の終わりが見えてきました。
頑張らなくては……。
※原爆の話はもしかしたら消すかもしれません。異世界の人達がどうして呪魔法を嫌うのか、そこに重点を置いて例えるとピッタリだったので選んだのですが、嫌な気持ちになる人も少なくないと思うので書いていくうちに考えようと思います。