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3章30話 エルドのこと

なんとか書けたので連日投稿しました。

 オークキングは酷く驚いていた。

 門の前で進むにも進めなかった時間がある。それは自分の手下を紙切れを切るかのように消していく女二人がいたからだ。もちろん、本能で女は道具としか考えていなかったオークキングにとっては不可思議である。


 でも、それよりも恐ろしかったのはオーガすら全滅した時に現れた男。匂いからして女ではなく男。自分の体と比べてヒョロく大きさが力を表すオークキングには驚きで仕方がなかった。


 オークキングが生まれたのは洞窟の中である。そして珍しくオークから進化を繰り返してオークキングまで成り上がった存在だ。そのためオークキングには自分の力に自信があった。


 オークの時にオークナイトを屠った。

 オークナイトの時にオークジェネラルを屠った。


 黒い渦から現れたオークキングを素手でぶちのめし大きく成長した。渦から現れるオーク達はオークキングに平伏している。オーガもゴブリンも親玉で現れた両種のキングを屠ったオークキングに平伏している。


 自分より格上を倒してきたからこそ、相手の力量を見間違わないし勝てる見込みがないことに気がついていた。キングになる時だって勝ち目のある戦いだったから、その時のことが思い返される。あの時だってオークキングに知能が一切なかったから倒しきれただけだ。


 そしてその男は女二人に倒された。

 だが、すぐに女二人は倒れ込んでいる。あれだけの強者と強者の戦いを繰り広げれば当たり前だ。出せる力以上の力を二人が出して男を撤退させたのだから。


 オークキングはこれをチャンスと捉えた。

 ゴブリンやオークの本能は女を犯して子孫繁栄を願うことだが、キングのように中途半端な知恵を持つ上位種はこうも考えている。強い存在を捕まえて自分との子供を作る。


 美形と美形が結婚して子供を作ればほとんどの確率で美形が生まれる。魔法が得意な存在と近接が得意な存在が子供を作れば両者に秀でている存在も生れることがある。オークキングからすれば自分との子供を作るには二人は最適だった。


 そのために気絶するまで攻撃を続けた。

 その一歩まで追い詰められたはずだった。


 それなのにオークキングの目に映っているのは自分の飛んだ腕、そして怒気を放って怒り心頭に発している。オークキングも怒りがこみ上げてきた。自分の飛んだ腕は簡単には治らないのだから。


 利き手ではない左手で武器を取り出した。

 例え自分の腕を切り飛ばせる存在でも不意を突かれただけ。女二人のように圧倒的力量差があるわけではない。だからオークキングへと進化した時に得た剣を構えた。利き手がない分はハンデでしかない。


「お前は許さない」

「ブァ?」


 オークキングには心底、目の前の青年が怒る理由が分からなかった。それは自分とあまり力の差が無いにも関わらず自信に満ち溢れた目をしており、そして一瞬でオークキングを気落とすだけのオーラがあったからだ。


 いくつもの修羅場や死ぬ思いをした。

 それなのにオークキングの頭を駆け巡っていたのは死の一文字だけ。だが、逃げるという言葉はなかった。もちろん、逃げようという感覚は頭にあって逃走しようともした。だが、中途半端な頭脳が、中途半端なプライドが逃げることを拒否するのだ。


 少し視線を逸らすと兎の耳を持つ女が強い女二人の近くに寄り添い、そしていくつかの液体を振りかけていた。かなりの効き目があるのか傷は少しずつだが治っていっている。もしあれを手に入れられれば自分の手も治るかもしれない。


 そう考えたオークキングの行動は早かった。

 大振りに剣を振りスーツを着た男を殺すために連撃を加えていく。横に縦に横に縦に、切っては切って、切っては切って、それを繰り返して男を殺そうとした。


「ブアァァァ!」

「分からないだろう! 俺が怒っている理由も! お前が俺に攻撃を当てられない理由も!」


 男はニヤリと口角を上げてオークキングの頭を掴んで背後へと飛んだ。すぐに追撃が来ると考えたオークキングは振り向く。だが、その考えは失敗に終わった。


 追撃なんて一切ない。

 男がしたのは乱れたスーツの裾や襟などを直す行為。元々、男に追撃の意思などなかった。そして手の短剣を腰に差して背に担がれていた槍を構える。


「ブアァァァ!」

「怒るなよ。これでも俺は心配性なんだ。こんなに乱れた姿をギド様に見られたくはないのでね」


 ギド様と男はそう言った。

 そして光悦とした表情で槍を撫でて男は一礼する。オークキングには一切分からない人としての流儀。試合の初めにやる行為を男はしたのだ。行動の意味は分からずとも男が力を出していなかったことには気付ける。


「一応だが挨拶をしておこう。私はエルドと言います。ギド様の執事として働いており先程、貴方様が痛めつけていた女性に指南を頂いている存在です。そして先程の女性は主の想い人でもあるのです」


 意味が分かりますか、とでも言いたげに男は槍を地面にコツンと当て首を傾げた。そのままクルリと回転させ首元まで槍を運んだ時に男は再度、口を開いた。


「だから許せないのですよ。主を侮辱しているお前はな」


 一瞬で詰められる距離。

 ガードを取るには遅すぎた。気がついた瞬間には目の前にいたのだ。先程のようにオークキングの腕が飛ぶ。同時に愛用のオークキングの剣も……。


 そのままオークキングの意識は消えた。






 ◇◇◇






「早く連れていくぞ!」


 エルドはオークキングの死体に興味も無さげにオークキングの剣だけを持ち、槍を背にかけキャロの槌を預かった。こうしたのはエルドなりの配慮でもある。自分より強いとはいえ、ミッチェルもシロも女性であり、ギドに愛されている存在でもある。そう簡単に男である自分が触れてはいけないと考えていたからだ。


 キャロは憶測だが二人がエルドに抱き抱えられても怒りはしないと考えていた。でも、その忠誠心をキャロが否定する理由がない。同じ師を仰ぎ、同じ主に奉仕をする仲間なのだから。


「いつも助かっているの」

「お互い様だ。俺に苦手なことはキャロがやって、キャロが苦手なことは俺がやる」


 たくさんの武器を汗一つかかずに持ちながら走る姿は見るものを圧倒する。もしもこれが地球上で怒っていたのならば陸上選手なんて目でもなく、ましてや軍人としての才を見出されることだろう。


 それと対してキャロも二人の少女と呼べる女性を持っているにも関わらずエルドと同じ速度で走っている。見た感じは二人ともペースを守るためか、坂道を下りる自転車ほどの速度しか出していない。


 エルドの言葉にキャロは苦々しく頷く。


「それにしても驚いたものだ。キャロの苦手分野が裁縫なんてな」

「……うるさいの。針が折れるからやりたくないだけなの」

「だからって俺の作品を自分が作ったって言うのはやめてくれよな」


 からかうようにキャロと談笑をするエルド。

 その目には光が溢れていた。キャロの目も少しだけ暗闇を残しながらもほとんどが光で包まれている。二人が奴隷として生きていた時はこんな目をしていられなかった。


 それを思い出したのかエルドはクククと時々出るギドの笑い方を真似して笑う。自分が死にかけていた時は同じく死にかけのキャロを気にしていられなかった。そして買ったギドのことも恨んでいた。


 死にかけの人を買うなんて頭のおかしい奴しかいない。どうせ死ぬのなら酷い死に方ではなく、恐怖の薄い、自分の傷から来る死を望んでいたのだから。


 エルドにはキャロがなぜ同じ場所にいたのかを知らない。ましてやギドがなぜ自分やキャロ、そしてイルルとウルルという爆弾を買ってロイスを任せたのかも知らない。


 一度だけエルドはギドに聞いたことがある。


「全員の目が僕の好みだったんだよ」

「……いきなりどうしたの?」

「俺が俺達を買った理由を聞いた時にギド様が言った言葉だよ」


 その時は特に表情を変えることも無く、ただなぜ聞くのだろうかという不思議そうな顔をしていたことを、エルドは覚えていた。普通は自分以外を簡単に信用しない。エルドからすればギドは優しすぎて甘すぎるご主人様だと思っていた。


 だが、今いる場所を離れる気など一切ない。それは今ある最高の場所を離れることになるからだ。エルドはまだ幼いながらに色々な気苦労をしている。それこそ頼られて親の愛なども教えられることも無いままに今まで生きていたのだ。


 それをギドが理解していることなどエルドからすれば分かるわけもない。でも、今の生活環境や貰える道具類が一人の従者として貰える分ではないことは理解している。それが分かっているから、仲間の一人として最大限、大切にされているからこそ、 エルドもそこまで悩まずに自分の出来る限りのことをすると決めている。


「ポーションもギド様が作っていたものだからな。やはりギド様が作るものは素晴らしいものが多い」


 今、エルドが使っている装備は最初に貰った槍のままだ。それでもスーツはザイライが素材を集め、そしてミッチェルが手間暇込めて作り上げた一級品だ。未だにミッチェルが裁縫などを学んだ相手を教えはしないが、その才能と手際の良さ、完成度はギドやイフから見ても一目置くほどだ。


 他にも貴族が子供を甘やかすかのようにエルドやキャロ、イルルやウルルにもレベルの高いポーションなどを渡している。普通に買うならば銀貨で済むかどうかの品質をタダで貰っている。ミッチェルとシロに使ったポーションもまさにそれだ。


「それは当然なの。早く手作りの武器を貰えるように頑張らないといけないの」

「……俺はアミ様が使っていた武器を貰えるだけ嬉しいんだけどな」


 エルドは一度だけアミと戦ったことがある。

 この戦ったというのは模擬戦ではなく本気で戦う、命懸けの戦いのことだ。その時ほど自分の力に驕っていたと思えた瞬間はない。ギドが褒めるようにエルドには才能があった。


 一瞬で距離を詰める縮地は使える人がかなり少ない。そしてそれを上手く扱えるだけの器量もエルドにはあった。それでもアミに一つも傷を付けられなかった。


 本当に初期の頃だ。ギドが人並外れた存在ということには気付いていたが、フェンリルの中でアミは強いとは思えない。シロは目の前で戦っていたのを見たがアミが戦っていたやり方はエルドでも出来ることだったからだ。


 そしてあっさりと気絶させられたのだ。

 それ以来、自分と同じ武器で戦うアミをどこか真似していた。ステータスも速さがかなり高いアミと戦い方は同じにさせやすかったから。だからアミからのお下がりの武器はかなり嬉しいと感じている。


「まぁ、新しい武器を手に入れるならギド様から頂いた武器以外欲しくはないな」

「同感なの。言ってはいけないことだとは思うけどギド様の武器が一番扱いやすいの」


 そんな話をしながらエルドとキャロはセイラ達のいる場所へと向かっていた。二人の足の速さから着くまでに時間はかからない。避難場所に着いた二人が考えたことは、ミッチェルを助けに行くよりもやらなきゃいけないことだ、と言って街を出たギドの安否だけだった。

書けば書くだけ3章の始まりの話で長引いている気がします。もしかしたら街のスタンピードの話が済んだら章を変えるかもしれません。


もしかしてだけどセイラ編は4章だった……?


次回は多分、ギド視点に戻ると思います。

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