3章27話 始まりは唐突に
ミッチェル視点です。
その時はいきなり来ました。
「早く起きて!」
まだ日も上がり切っていない時にギドさんは宿の皆の部屋を回っていました。その時の表情は普段の優しさが陰っているような、太陽にモヤがかかったような不思議な表情でした。
私達にはすぐにギドさんの言いたいことが理解出来ました。ギドさんは大抵このような暗い顔をする時は何か悩んでいるときか、もしくは危険が迫っている時だけです。
眷属、もとい仲間内での通話出来る機能があります。ギドさんはそれをメールと言っていましたが、そこで私自身はあまり話をしたことがないのですがイフ様という方がいます。その方いわくスタンピードが近いらしいです。
我が家では食事を重視しています。
例え目の前でなくても朝食一つを抜いてしまえばギドさんからの叱責は免れません。「朝食は一日の始まり」という言葉通り出せる力がかなり変わってくるようです。……食事をあまり出してもらえなかったあの頃に比べれば良い生活です。心身共に充実していると思えます。
この腰に付けているワルサーも私の成長の証であって、ギドさんへの愛と忠誠の誓いです。私も愛されているのでしょう。些細なことで贈り物をいただけていますし、この銃のホルダーと呼ばれるものにワルサーを入れれるようになっています。苦無と呼ばれる投げ物もありますし、かなり戦いやすくなりました。あの頃では無理だったオークでさえも瞬殺出来ます。
「ご馳走様でした」
『ご馳走様でした!』
食事の挨拶として「いただきます」や「ご馳走様でした」は我が家のしきたりです。さすがにお客人には求めませんが、ある程度の仲であればギドさんは言うように話します。私達も慣れていつの間にか口に出るほど体に染み付いています。
「それじゃあ、この後、始まるであろうスタンピードの準備をしよう」
「分かりました」
私はギドさんの言葉を否定する気はありません。戦えと言われれば戦いますし死ねと言われたら死にましょう。私一人で生きるのなんてもう無理です。あの時の私に逆戻りしてしまいそうですから。
それは他の皆も同じようです。
ゾンビウルフであった三人は主への忠誠のために、シロやロイスは家族のために、エルド達の奴隷人は自分達を救って成長させてくれる人のために、セイラやミドさん、ジルさんは単純に好んでいるからこそ、誰もギドさんを疑いはしません。ですが、誰よりもギドさんを信用しているのは私です。そこを譲る気はありません。
ギドさんが言うには幻影騎士の五人は鉄の処女と一緒にセイラの防衛らしいです。ミドさんやジルさんは弱くはありませんが強くもありません。言い方を悪くすればエルド一人にボロボロにされるほどです。努力はすれど才能の差はそれだけ大きいとギドさんは言っていました。ただし、ある条件を除いて、だそうです。
ミドさんやジルさんにギドさんはいくつかの道具を手渡していました。それを昨夜のうちに作っていたのを私は見ていますし、その道具名や能力も聞いています。ものすごく高価なものでしょう。それだけ仲間のことが大切なのだと実感してしまいます。だからこそ、私はギドさんが大好きで仕方が無いのです。
自分のことよりも仲間を大切にするギドさんだからこそ、私もそのようにしてギドさんにお返ししたいです。あまりできている実感はありませんが……。
フェンリルはこの街の避難誘導を任されたようですね。あまり好ましいと思わない国の人達とはいえ、無実の存在を見捨てられるほど落ちてはいないと言っていました。私は別にそんなことを思いません。この国の人達はおかしな人が多いです。ルール家もそうですが冒険者ギルドの方達も同様ですね。まぁ、いい人もいるのかもしれませんが……。
好機の目で見られないようにするとアキは言っていました。王国の端とはいえ、見た目が獣人のフェンリルには辛いものがあります。獣人には何をしてもいいと思っていられる人も王国にはいるそうですからね。本当に嘆かわしく死ねばいいと思います。三人はギドさんの物なのですから。
私とシロは二人で遊撃をして欲しいそうです。一緒に行動することもあるらしいのですがやりたいことも多いそうです。なので二人は二人で動いて欲しいとの事ですが……少し遺憾ですね。せっかくの共同作業だと言うのに……。いえ、人命救助の方が大切ですね。少し自分を戒めましょう。
それに私達にはフウさんも同行させるようです。それはつまりSSランクの冒険者が近くにいても大丈夫だという信頼からでしょう。それにやりたいことの中にフウさんの調べていることも含まれているようですし……。
はぁ、久しぶりのデートだと思ったんですけどね。戦闘デートなんて昔は楽しそうとも思わなかったんですけど……今は悪くないと思います。好きな人と一緒ならどんなことでも楽しいですし。
「邪魔ですよ?」
「死んで!」
配置も決まり全員がバラけた時に、そう、昼を越す前に街の四つの門は破壊されました。それも不思議なことに簡単に壊されていたんですよね。壊れる、なんて避難誘導などもなくあっさりと。
想像はつきます。どうせ、あの気持ち悪い門番達のことです。魔物達の群れを見て早くに逃げてしまったのでしょう。私達には関係がありませんね。面倒ならば逃げる、人ならば取りそうな行動ですし。なんならギドさんがいなければここから逃げていましたし。もっと言うのならルール家がいるであろう王国には足を踏み出そうとは思いません。
ギドさんは私達に背後を任せてきました。いわく商人が多い場所らしくイフ様が冒険者よりも商人を助けた方がいいと言っていたようです。よく分かりませんがギドさんが信用し切っている方の言葉です。私も信じましょう。
「早く! こっちに行けば避難場所に行けますから!」
「だが! 商品がまだ……!」
そんな声をあげる人も少なくありません。
フウさんの言葉もよく分かりますが、それは冒険者ならではの考えです。冒険者は死なない限りいくらでもやり直しが可能です。ただし商人は商品と信用だけが取り柄です。それがなければ商人などやっていられません。
「命より重要な商品ならここに残ればいいです。死んでも感知しません。ただ生きていれば領主にでも被害総額の明細を提出すればいいだけですよ」
「なるほど……若いのにさすがだな!」
そこで登場するのは我らのギドさんです。
商人達の多種多様な逃げない言い訳を完膚なきまでに打ちのめして逃げるようにします。場合によっては同情からか、高い手作りポーションをあげることもありました。その人は娘さんが足を怪我してしまっていて逃げれなかったそうです。イフ様から話をされてより好意を強めてしまいました。
それに商人ギルドは情報が命です。王国の商人達とはいえ、私達の拠点のある街でのギドさんの話は伝わっているらしく、商人としてのカードを見せた瞬間に皆さんが目の色を変えていました。その話術からもギドさんを疑う人はいないようです。利益重視の商人の方が冒険者よりも可愛げがあるように見えてしまいます。
私達はその逃げる方向に最初に突撃してきたゴブリン達を行かせないようにすることです。ゴブリンは弱い、なので私とシロが一緒なら簡単に潰すことが可能です。商人によっては私達の名前を聞いてくる人もいました。奴隷にされるのかと勘繰りましたが、イフ様いわく顔見せのようなものらしいです。強い冒険者に名前を売れば素材提供などで上手く利益に繋がるらしいですね。よく分かりません。
ですが存外悪い気はしませんね。
商人の中には利益を捨ててまでポーションを渡してくる人もいました。何より他に一緒に逃げる住人達を救っているのは冒険者ではなく商人です。怪我人にポーションを渡している商人もいます。目先の欲より後の業績を取ろうとする人が多いらしいです。先程の逃げることを渋る人も金貨数十枚という商品がなければ逃げていたでしょうし。お金は命より重いですが、その逆も然りだと思います。
「ゴブリンジェネラル!」
「大丈夫です。それ!」
一体だけ大きめのゴブリンがいました。
さすがはシロですね。ダンジョンから生まれたということもあって魔物を見ただけで名前や特徴が分かります。新種はさすがにとの事ですが、それでも充分ですよね。
レイピアで早めに首を切り落としてゴブリンジェネラルは落としておきました。レベルも四十近くまで上がったおかげでセカンドジョブに付けるようになりました。もちろん、ギドさんにお任せして付けてもらっています。
「あぁ! 手がッ! 手がッ!」
「動かないでください! ヒール!」
私が付けてもらったのは聖魔道士なるものらしいです。回復と光、聖魔法に特化しており教会で見せることは出来ない職業らしいですね。これのおかげでより楽になりました。まぁ、あまり強い回復魔法は使えませんね。使えば自分のジョブのことを疑われてしまいますから。
「これは……」
「早く逃げてください! ここは危険ですから!」
頬を赤くされても困ります。
このような方達に興味はありませんから。近くにいても変なことをされそうなので離れさせてもらいましたが、もう二度と会いたくありませんね。最後に見せたあの目は嫌いな目でしたから。私はこの街の住人に興味はありません。結婚するのならギドさん一択です。
「強化させます! これからオークが来るらしいので!」
もちろん、シロに向けてです。
聖魔法の中には一定時間だけですがステータスを上昇させてくれるものがあるらしいです。これも珍しいそうですね。これがギドさんの言っていた才能なのでしょうね。
ようやくと言っていいですがゴブリン前線が壊滅したところで冒険者もチラホラ向かってきました。遅すぎます。これだからナンパしかしていない冒険者は嫌いなんです。メールの中には避難誘導だと言うのにアイリに襲ってきた冒険者もいたらしいです。わざわざアイリを選ぶなんて馬鹿ですね。一番、ギドさんを思っている人を襲うなんて。ちなみにフルボッコにされて丸裸の状態でゴブリンと戦わせたそうです。
それに冒険者の人は誰一人として住人に目を向けずポーションさえも渡しません。本当に嘆かわしいです。私も冒険者をやめたくなりました。このような人達と同類扱いは死んでもされたくないものです。……出来ればギドさんのように高潔な存在へと……それは夢を見すぎですね。
「ブァァ!」
「一撃だから!」
シロに近づいたオークはドレインで真っ二つにされます。見ていて惚れ惚れとしますね。やはりギドさんに次いで一緒に戦って楽しいと思えるのはシロです。戦闘の時の相性がいいのでしょう。
「ブルァ!」
「背後は私がいます!」
シロの背後を取って良い気になっていたオークを絶望へと落とします。シロの背後に結界を張ってどんな攻撃も通しません。一応ですがエスの一撃さえも弾いたので相当でしょう。
「シロには無意味!」
そのまま回転してオークを倒します。
冒険者がいなければ銃の状態にして遠距離射撃で倒していたのですが……本当に不必要ですね。動くのも遅い、動いても弱い。そして邪魔をする。せめてエミさん達のように強ければ来てもらってありがたいと思えるのですが……。私達に色目を使いませんし。一人を除いては、と付け加えますけど。
はぁ、この戦いも無意味に終わらなければいいのですが。いっその事、早く終わって皆でデートをしたいものです。
GWの終わりが近付いてきて現実逃避のために小説を書いていました……。
出来ればGWの初日からやり直したいという気持ちが山々です。これはダメ人間になりかけているということなのでしょうか……?
次回もミッチェル視点のままでスタンピードの話を書いていきます。もちろん、何も意味の無いイベントではないのでお楽しみに……。多分、意味はあります。