3章20話 敵と書いて味方と読むのです
風の精を倒した後で何とか弁明は出来たけど少し疑いは残っている。だからフウを刺激しない程度で動かないとね。とは言ってもそこまで疑われているとかじゃなくて、ある程度の疑心感があるだけ、と信じたい。
敵がどんな相手か分からない分だけ、僕がどんな行動をするか分からないし、それにどんなことからフウの疑心感に触れてしまうのかも分からない。
悩みながら歩くうちに開けた場所に出た。
洞窟にしては珍しい、大広間と言ってもいい場所でいくつもの穴が空いている。昔の小さな僕であっても入れないような小動物がギリギリ入れそうな穴だ。
「……ここだね」
「そうみたいですね」
フウが少し不安がりながらも返してくれた。
十中八九、この穴のどれかに体を隠しているんだと思う。それくらいじゃないと死ぬ可能性も高いんだろうね。野生だと少しの傷が命取りらしいし、ましてや見えづらいけど血の香りもしている。致命傷に近いような大きな傷を負っているはずだ。
勘というか、吸血鬼特有の血液に反応してしまう性質なんだと思う。おかしな匂いではないから普通の魔物のはずだ。薄らとだけど人族の血の匂いもしている。
でもさ、隠れるのはいい手だけど自分の姿とかを考えて欲しい。同じわけではないけど猫みたいに一つの穴だけ赤く光る点がある。加えて血の匂いもそこから流れてきているから確実と言ってもいいよね。
フウと僕が恐れていることは多分、一緒だと思う。少しの判断ミスが命取りになる世界で手負いの、それもSランク以上の魔物が相手となると大怪我で済めば御の字だ。きっとイタチを警戒している。
「……質問ですがイタチの場所は分かるんですか?」
「多分、ね」
小声で耳打ちするフウに僕も同じようなやり方で返す。
それに満足なのか、フウは首を縦に振ってククリナイフを構えた。僕もシロを下がらせてミッチェルと共に武器を構えさせる。もちろん、ワルサーを構えて戦闘準備は完了済み。少しの油断もない。
「僕に任せて。もし、さっきの敵みたいなのが能力としてあるのなら、僕が前に出た方が対処しやすいし」
「……そうですね、分かりました」
そこに関しては渋々か……。
まぁ、ステータスで言えばフウの方が強いし場所さえ分かれば、って感じで仕方なくかな。でも、本当にイタチが風を操っていたりして不可視の可能性もある。そもそも風の精がイタチの仲間じゃないとは言えないのだから、風の精に対抗でいる存在として、それでいて場所が視認出来る僕の方がフウより適任だよね。
ゆっくりとイタチがいるであろう穴へと足を進めて、同時に強くなってきた威圧感を自分の威圧と共に相殺させていく。進めば進むほどにイタチがいる可能性は高くなってきているし、そのステータスの高さも同様に身をもって体験している。
穴の前に来た時にようやく魔眼の鑑定が効くようになった。イタチのステータスは五千ほどが目安だけど、魔力面ではその話は通じない。僕と同じく加護でも持っているのかって思うくらいにレベルの低さに見合わない魔攻を持っていた。
「なるほどね……カマイタチか……」
息を呑む。上手く唾が飲み込めない。
異世界に僕達のいた世界の妖怪がいるということは他の妖怪もいるかもしれない。それにカマイタチということは目に見えない速度で風を操り人を切る存在だ。ステータスのバラけ方にも納得がいく。
日本だったら風を操って目にも止まらぬ速さで切り傷を負わせるだけの妖怪だけど、このステータスならかすり傷レベルで済まないよね……。腹部損傷と書かれているからイタチで間違いがない。
穴を覗くと暗闇の中で真っ赤な点が二つ、こちらを睨んでいるように見つめてくる。時折消えたりついたりを高い頻度で繰り返しているから傷の大きさが分かる。
荒い息、僕はそれを尻目に暗闇の中からその姿を確認した。前足二つが大鎌となった髭が長細く六本生えたイタチがいた。
妙だな、近づいても攻撃すらしてこない。
カマイタチは僕を睨むだけで魔眼で見える範囲の攻撃は一切してこない。実際はイフのおかげで魔眼の視野がほぼ三百六十度だから見える範囲と言いながら見えないところはないけど。
MPが足りていない……わけではなさそうだ。傷が深いせいで魔法の発動すらままならないレベルなのか……。いや、それもなさそうだね。生と死との狭間で害をなそうとする人物に攻撃しない手はない。死ぬくらいなら傷を負わせる覚悟で攻撃するはず。
生体反応は一つ。
つまり子供とかが原因ではない。
残っている可能性は……手を出さないと攻撃する意思はないってことかな。自分の命はまだ危険ではない。だから最後の気力を振り絞って攻撃するわけじゃないのか……。
健気だな。生きることに限りなく健気だ。
「お前はそのままここで死ぬつもりか?」
僕の質問にカマイタチは首を傾げた気がする。
生きようにもどうやればいいか分からない。生きるために死ぬ間近だというのに健気に僕を見て首を傾げているだけ。言葉は通じていないのだろう。だって吸血鬼を人とするのなら人と魔物の言語は違う。異世界人の特典の中に言語を変換させてくれるものがあっても、それは今まで人間に対してのみ有効となっていた。
「えっ! ちょっと!」
フウが大声をあげる理由は分かる。
普通は追い詰められた獣がいる場所に向かう人はいないと思う。僕もどうかしたのかって心配になるしね。ジリジリとほふく前進で進んでいるから肘が擦れて痛い。
「大丈夫だよ。死にたくないんだろ?」
フウの声のせいで威嚇をし始めたカマイタチに優しく宥めかける。ただただ助けてみたい。何となく生を諦めきれないで闇雲に生きようとしている存在に死んでもらいたくない。
それでもその気持ちは他種族であるカマイタチには届かない。威嚇をしたままの立った尻尾や逆立つ毛、アーモンド状の目が三白眼のように鋭くなり僕への警戒を強めたことを伝える。
ああ、まぁ、信用されないよな。
普通に考えてカマイタチから見たら僕は攻撃をしてこようとする敵でしかない。例え僕が何と思おうとそれ以上の結果は見込めないんだ。虐められた子供の気持ちを教師が正しく全てを理解出来ないように、カマイタチからしても人間というのは自分自身を傷つけた存在の仲間かもしれない。だから、あえてこう言わせてもらう。
「怖いなら殺せばいい。撃てるのなら撃てばいい。お前からしたら僕は敵でも味方でもない、そんな存在でいい。僕のエゴに付き合いたくないのなら、生きたくないのなら殺せばいい」
あー、フウにもそんなことを言ったよな。
だけど今回は違う。今回は魔物であろうと何であろうと助けたいと思ってしまった。それだけのエゴのためにカマイタチには付き合ってもらいたいんだ。攻撃しなければ利害の一致で、攻撃されれば逃げるだけ。
言葉が通じないのならば、その次に大切なのはハートや拳だ。どこかの漫画で見た。理解している。友情も何でもその二つで解決できる……わけではないけど、今はやるだけだ。
安心させられない僕が悪い。
もう少し近ければ、一メートル圏内ならば僕の回復魔法が届くんだ。エゴを、ワガママを通すということはいくらかの犠牲を払ってもいいってこと。ワガママを言うだけで犠牲を払えない存在では信用も何もされない。
「……フルゥ……」
浅い鼻息が零れた。
僕からじゃなくてカマイタチからだ。フウ達の声は風魔法でシャットダウンしている。きっと怒られるか、または警戒心を高めさせるかもしれないな……。仕方ない。
「……生きたいか?」
カマイタチは何もしない。
一見すれば置物に見えなくもないほどに動かない。聞こえるのは僕の足音と、二つの小さな呼吸音。浅く浅く、とても浅い呼吸音が交差しては洞窟の壁に当たり、落ちては反射していく。小さな音の反射が体に突き刺さる。不思議と痛い。チクチクとした痛み。
手を伸ばせば届く距離。
ゆっくりと広げていく。
それでも動かない。
「諦めたのか?」
少し動いた。
見間違えではないのなら横に振った気がする。
「生きるか?」
「……フルゥ……」
小さな呼吸音。
肯定ととってもいいんだよね?
この伸ばした手はもう戻せないよ?
そっと僕の胸元へと抱き寄せててみると、カマイタチは大鎌を普通の前足に変えた。ゆっくりと、体全体で回復させていくように、カマイタチの体を包み込んでいく。体が熱い。きっとこれが生の躍動のはずだ。
立った尻尾が丸まった頃にはカマイタチの傷は癒えていた。逆立つ毛も収まって柔らかいふわふわな毛に戻っている。警戒心を解いたのか、僕の首元で頭を擦り付けてくるから可愛い以外の感情が出てこない。
「クゥー」
「お前って犬みたいな声出すんだな」
イタチがどうなのかは分からないけど、目の前のこの子は犬みたいな鳴き声をあげるみたいだね。ますますモフモフしたくなるわ。そっと頭を撫でる。
カマイタチを服の中に入れてからゆっくりと洞窟を出た。服の中のこの子が傷つかないようにゆっくりと。
「どうして返事をしなかったんですか!」
「ギドさん……今回は肝が冷えましたよ?」
「シロもそう思うよ……?」
後はこの三人をどうにかしないと……。
難しそうだなぁ……。
ちょっとだけ生活に変化があったので慣れるまで投稿速度が落ちます。モチベーションはまあまあなので週一投稿は出来ると思います。
戦闘会はもう少しで始まると思うので少々お待ちを。