3章17話 イチャイチャと森です
水曜日に間に合った……。
些細な揺れと薄く差す太陽の光。
少しだけウザったい……。これでも吸血鬼なんだ。僕は暗い空間で寝ていたいよ。……それにしてもうるさいなぁ。まだ体を揺らしてくるよ……。まだ早いよ。
「起きるかしら……変な勘違いをされるのよ……」
変な……勘違い……。
誰か分からない声だけど好きな声だなぁ。ウグイスみたいな声だ。その声が癒しに感じられてもっと眠くなってくる。この声の持ち主なら変な勘違いされてもいいかも……。
「後……数分……」
「……綺麗な寝顔なのよ。……ハッ! ダメダメ! 危うくギドの顔を触るところ」
「冷たくて気持ちいい……」
「ひにゃぁぁぁ! なんで触っているのかしら!? まさか私なの? ダメよ! 私の手、鎮まってなのよ!」
なんだろう……シュウに看病された時みたいな心地良さがあるなぁ。……あの家庭的なシュウと同じって普通じゃないよね。……あー、ちっちゃいのに柔らかくて心地がいいんじゃあ……。
「あぁ……ダメなのよ……。私はグリフ家の娘よ。ギドのような平民に心を癒されているようでは……」
うん? グリフ家……。
って、あ……。
「……おはよう?」
こういう時は早めに起きるのが吉だ。
ヤバい……頭が回らない。昨日、セイラと一緒にお酒を飲んだのを忘れていた。……良いだけ勝手なことをしたのに甘えるなんて……仲が良くてもセイラは上司みたいなものだぞ……。
「……いつから起きていたのかしら?」
抑揚のない声……。
あっ、これは誰が聞いても分かる。絶対にセイラさん怒っていますよね。どうする……なんて返せばセイラから怒られなくて済むかな。
「……ちょっと前」
「ちょっとってどこかしら?」
「……僕のような平民に心を癒されているようではってところからかな……」
「最悪なのよ……」
これって……セイラは何を最悪だって言っているのかな……。僕への悪口に近いことを言って……なんて気のせいか。
「平民じゃなくなるから安心して」
「そっ、そう……って! そうじゃないのよ! ……それもあるけど……」
それもあるんじゃん!
なら、僕の弁護の言葉は正解だったってことだね。まぁ、平民じゃなくなるって言うのはそのうちランクも高くなる。その時には貴族にはならないけど、高ランク冒険者っていう肩書きが出来るからね。Sランク以上なら平民扱いはされないから間違いはない。
「もう! 分かったかしら! 早く下に行くのよ!」
そんな感じで怒られてから僕はミッチェルとシロだけを連れて、フウと待ち合わせた冒険者ギルドへと向かった。まぁ、依頼を受けたら感謝されているような、罵倒してくるような言い方をされたので少しイラついたけど、なんとか依頼は受けられた。
君達には誇りというものがないのかね、なんて聞かれたので、じゃあ受けないです、と僕が言うとツンデレのような返答をされたんだけどさ、オッサンのツンデレとか誰得なんだろうね。
近場の森に四人で行くと人はいなくなっていた。普段は冒険者達がたくさん通る道だけどいない理由はただ一つだよね。絶対にエスがボロボロにされたことが原因だ。
僕や仲間達、そしてフウとかはあまり知れ渡っているわけじゃないけど、エスは地域密着型のこの街で大活躍する高ランク冒険者だからね。その人が大敗北を喫するということは少なくとも同様に繋がる。
いっつも満点近く取っている秀才のテストの点数が低かったら、調子が悪いのかなとか、テストが難しかったのかなってなるのと一緒だね。実際、エスが秀才ならば一番に考えるのはその人が弱いや、頭が悪いとかじゃなくて相手のレベルを考えるだろうし。
【奥地にその魔物はいるみたいです】
イフの言葉に渋々、頷く。
ここは始まりの地に似ている。森に足を踏み入れてからゴブリンとかがよく出てくるし。僕が倒そうとすればミッチェルやシロが撃破してしまうから戦えないけど。初心に帰れる場所かもね。
確かにここでエスを倒す魔物が現れたとすれば恐怖心を煽られそうだ。今は奥にいるだけで、それを知っている人は数少ないだろうからね。
「……初めまして」
「ええっと、よろしくお願いします」
会ってからずっとこの調子がシロがフウに接している。兄を取られるような気分なのかな。よく分からないけどシロには気に障ることが何かあるのかもしれない。
その度に頭を撫でなければいけないのは役得だけど。
「聞きたいことがあるんですけど、その武器ってなんですか……?」
「……ああ、これか」
フウに武器のことを聞かれたけどすぐに理解することが出来なかった。よくよく考えてみれば拳銃なんてものは珍しかったよね。これが心器だって言ったらどんな反応をするんだろう……。
「ああ! すいません! 教えられないこととか冒険者ならありますよね!」
「いや、そんなことはないよ」
長い沈黙がフウには地雷に感じられたみたいだ。
僕も悪かったよね、ミッチェルやシロが勝手に説明することなんてないし、ましてや僕の手数の一つを暴露することになるわけだし。まぁ、心器であることさえバレなければそれでいいんだけど。
「これは拳銃っていう武器で、勇者のいる世界にあるものらしいね。昔、僕の故郷で異世界人の知り合いからもらったんだ」
「異世界の武器……ですか……」
ワルサーを凝視してからフウが手に持つ武器に目をやった。二つの双剣、もしかしたらククリナイフと言った方が正しいのかもね。曲折している刃がとても輝いていて怖い。
打ち合いなら勝てなさそうだね。鍔迫り合いだったら、少し捻らせるだけで手元を切ることが出来そうだし。扱い方によっては普通の武器よりも強いだろうね。特にワルサーでは鍔迫り合いになりたくない。
「カッコイイですね! この武器も元勇者が使っていた武器らしいんですよ!」
「ククリナイフでしょ? ネパールの軍人が演舞の時に使ったり、元はグルカ族っていう人達が使っていたマチェットの仲間に分類される武器だ」
「えっと、そこまでは知らないです。よく知っていますね……?」
フウから訝しげな目で見られる。
そっか、使っているってだけでよく知っているわけじゃないのか。……ゲームとかが好きならよく出てくる名前なんだけどなぁ。マチェットとかカッコよくて好きだし。
「さっきの異世界人が武器を好きな人でね、ミリタリーオタク? って呼ばれる人だったんだよ」
「へぇ……また知らない言葉ですね」
ああ……僕の仮想の知り合いがおかしな存在になっていく。本当は僕の知識だし調べれば分かる程度のミリオタレベルのものではないんだけどね。……これからも多芸な僕の仮想先輩、頑張ってください!
「フウの中でそれの利点って何かあるの?」
話についていけない二人には悪いけど知識もなく、勘だけで戦っているフウならどんな戦い方をするのか気になる。僕が使えって言われたら全然、使えなさそう……。ある程度の知識があってこその武器だと思う。
フウは少し悩んだ後でククリナイフを鞘に戻して腰に掛け直した。
「遠距離が相手なら投擲に使えます。やり方さえ分かれば外しても戻ってきますから」
へぇ……僕の知識とは少し違うな。
ククリナイフはブーメランに似ている形はしているけど、確かブーメランのように戻ってくる力はなかったはず。……どちらかと言うと投げ斧とかそっち系だったよなぁ。
【投擲というスキルのレベルが上がればある程度、自由に扱うことが出来ます。それのおかげでしょうね】
ああ、なるほどね。
フウの投擲のレベルは最高の十。それなら自由自在に扱えてもおかしくはなさそうだね。僕も投擲のレベルを上げてドレインを投げてみようかな?
「他には?」
「後は純粋に切れ味が良いんですよね。打ち合いならまずもって負けませんし、短剣のように小さくなく、片手剣よりも大きくない。だから攻撃範囲は片手剣に優れませんし、振る速度は短剣に勝てません。ですが」
「その間だからこその対処が出来るってことかな。短剣なら攻撃範囲が足りない時や威力の無さが仇になるし、片手剣なら振る速度が遅すぎる。フウにとってはその間が一番、体にあったってことだね」
「その通りです! さすがですね!」
この幼い子供が親を褒められたような笑顔は日本刀を知らない顔だよね。日本刀なら切れ味はもっと高いし。ただ速度中心のフウなら戦い方が少し変わりそうだ。忍者みたいな戦い方の方が合っている。
ただフウなら日本刀でも上手く扱えそうだね。きっと簡単に使いこなしそうだ。少し癖はあるけど切れ味を中心にするのなら、日本刀とクナイの二種類の武器で事足りそうだし。打ち合いや間合い内での戦闘ならククリナイフに勝るものはないだろうけど。
扱い方は強い魔物が現れた時に見せてもらおっと。もしかしたら勉強になることがあるかもしれないし、それにミッチェルはフウの戦い方に似ているだろうから良い経験になりそうだ。
「ミッチェル、フウの戦い方をよく見ていた方がいいよ」
「そのようですね。頑張らせていただきます」
健気な姿がすごく可愛いな。
ミッチェルにはミッチェルの良さがあるけど、フウにはフウの良さがある。全部が全部フウと同じにさせるなんて馬鹿げているし、ミッチェルならそれを含めての自分らしい戦い方が出来るだろう。
きっと、より良い戦い方に繋がるね。フウとは違って突きに使えるレイピアと、遠距離相手に使える拳銃もある。いやー、化けて欲しいなぁ。
書きたいことを書く、初心に帰る、自分らしさを忘れない。それでモチベーションアップを図ろうと思います。もうちょっとで3章後半に入れそうなのでそこまでは頑張らないと……。
多分、そこからがセイラ編の始まりです。