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隣の幸せ

作者: 子瑜

ある教室の扉の側で小さく縮こまる制服姿の男子生徒は良く知る足音にニヤリと笑う。

そこは彼が所属する文化部の部室で、その足音の主も同じ文化部の生徒だ。

何故彼がそう判断して出来たのか、というとこの教室が学校の最も端にあるからだ。

この部室に、授業が終わってすぐに用がある人間、というと基本的には1人だ。


 足音は部室に近付くに連れて、小さくなる。

一瞬、何も動きを感じ取れない時間の後に不意に勢い良く扉が開けられた。

ひどく理不尽な早口言葉と共に。


「先輩これに当たったらジュース奢って下さい!」


 視界に入った北欧由来の銀のツインテール。

黒いリボンで位置を高めに固定された髪はいつも優しい香りを放っていて、見た目だけでサラサラとしている事が分かる。

その纏められた一本がその主、女子高生では並程度の胸を優しく叩く。

横から見ても、優れた容姿である事が分かる彼女は少し我儘で、彼にとって初の可愛い後輩だった。



 何かを投げようとした姿勢で固まる女子生徒に、彼は声をかけた。


「そんな何度も当たるわけないだろ」


 そう言って乙女の柔肌に包まれたソフトボールを奪い取ると、嫌味な笑みを浮かべる。

それに、彼女は不満そうに口を膨らませる。


「桜先輩! 何でいつも椅子に座ってるのに今日は違うんですか。 犯罪ですよこれ」


「百合さん、ボールを投げるのは良くない事だって知ってるか?」


 先輩と呼ばれる男子生徒の名は、青山 桜。

呼んだ女子生徒の名は白姫 百合(しらひめゆり)

互いに下の名で呼び合っている事になり、それだけでそれなりの親しさが伺える。


「知りませーん」


 目を瞑ってテーブルを挟んで2つずつ並べられた椅子の方へと向かう彼女は笑っていないが、笑っているような雰囲気を見せていた。


「そっちは俺の椅子だろ」


「先輩いつもこれに座ってますよね、私はこっちです」


 桜が普段座っている椅子の隣に百合が腰を下ろし、挑戦的な笑みで彼の視線を迎え撃つ。

彼が動かないのを見て、テーブル上の自身の手を横にずらし、ポンポンと叩く。

隣に来いと良い挑発に彼は面倒そうな顔を作る。


「そうか、じゃあ今日はこっちにしよう」


 挑発を受け流し、百合の正面に座る。

いつもは互いに一つずつ廊下と逆方向にズレているのだが今日は違った。


「さて、今日も二人ですね」


 不自然に強調された「二人」には青春的な駆け引きの意味が込められていた。

それに桜はあえて普通に二人と発言する事で暗に無意味だと教える。


「そうだな、今日も二人だな」


「はぁ……ところで何をするんです?」


「ふむ……何をしようか」


 文化部と言っても、ここ最近は何か活動しているわけではない。

今季節は冬で、3年生はもう受験勉強に忙しく文化部に属している者は実質二人となり実は部活解散の危機なのだが、二人にそんな意識は見られない。


「はー、桜先輩は今日もダメ部長っぷりを存分に発揮されてますね」


 百合は元々、こういった嫌味を部室で言うことは余り無かったのだが3年生が来なくなってからは少しずつ変化し、今のようになった。


「俺は部員の自主性を重視しているからな!」


 妙に誇らしげな桜へ百合は変人でも見たかのような視線を向ける。


「そうですかそうですか。 ところで先輩」


「ん? 嫌だ」


「まだ何も言ってないんですけど……気付いてたか分かりませんが昨日帰り道の途中でたい焼き売ってたんですよね。 で、食べたい気分になってきませんか?」


 なりますよねと強制力を秘めた笑顔。

桜は嫌だと感じなかった。

しかし、最終的な結果はどう答えても同じになる事は分かっていたので彼は否定した。


「ならないなぁ。 ところで、あぁ百合には全然関係ない話だけどね……最近何処かにいる可愛い後輩が二人きりの状況でスカートをヒラリと捲って下着を見せてくれたらなぁ……って思ってるんだよ」


 百合は5秒ほど考え込んでから言った。


「どうぞ」


 彼女は立ち上がると同時に右手の人差し指で自身のスカートを指差し、スカートのポケットにおもむろに左手を突っ込む。

それに、桜は溜息を吐いて呆れる。


「はぁ、分かってない」


「……何がでしょう」


 百合はキョトンとした顔で素直に桜にその意味を問いかける。


「女の子が自分で恥じらいを持ってやるから価値があるんだよ! それをお前は何だ! 恥じらいも見せずに俺にそんな事を……!」


「えっ、これ私怒られちゃうんですね。 完全に計算外でした。 何言ってんだこいつって呆れてたつもりが逆に呆れられるとは……屈辱です」


「はー次はちゃんとしてくれよ」


 要求したスカートめくりを当然の様に桜は言った。


「はぁ、見たいですか?」


「当然!」


「では、それなりの代価を払ってもらわなくては」


「クソ、やっぱりそうくるか」


「今日数学の課題が出たんですけど難しくて良くわからないんですよ。 冬休みは私の教師になって下さい」


 よくわからないという状況になるまで放置した事は到底褒められる行為ではないが自分でやる意思がある事だけは評価されるべきだろう。

桜は後輩のその意思を買った。

無論本当の目的は別にあったのだが。


「良いだろう……交換条件だ」


「成立、ですね? それでは行きますよ」


 やはり声には恥じらいのカケラもない。

しかし見られるなら何でも良いと言った気分になっていた桜は固唾を呑んで、目を見開いた。


「……はい!」


 百合の手によって紺色のスカートが完全に捲れ上がる。

白い肌が本来露出すべきではない領域まで見え始める。

それが絶対領域に達し、見えた色は黒。


 桜はやられたと理解し、一瞬で負けと自分の浅はかさを深く後悔した。


「あぁ……」


 ガックリと床に手をついた桜は生きる気力を失っている様にさえ見えた。


「えぇと……そんなに見たかったんですか?」


「反則だ。 ルール違反だ!」


 子供の様に不満を叫ぶ彼に百合は苦笑した。

彼がそんな風になった原因のスカートめくりの何が問題だったのか、というと。


「あれは下着じゃない! スパッツだ」


 彼女が見せたのは黒の下着ではなく、厚めのスパッツで下着など全く見えなかったのだ。

彼はそれに不平を叫んでいる。


「似たような物じゃないですか。 あ、約束は約束ですから」


 そう言って課題らしき紙を幾らか桜に手渡す。

悔しそうな表情で受け取る彼はある意味清純と言えるのかもしれない。


「さて、悩みは解決しましたし今日は公園にでも寄ってから帰りませんか」


「…………そうだな」


 魂の抜け殻と化した桜は百合に手を引かれ、ただ足を進めるだけの機械となっていた。




「あ、たい焼きですよ先輩!」


「そうだなぁ」


 意外にも桜はもう普段と同じ気分に戻っていた。

だからこそ、今はこの後輩が何を求めているかに困ったりなどしない。


「行きますよね!」


「うん、ただ引っ張る前に聞いて欲しかったかなぁって」


 些細な小言を完全に無視されて、購入以外の選択肢を全て破壊された桜は財布を取り出し、言った。


「たい焼き二つお願いします」




 桜が鯛を模した和菓子を眺めていると百合が顔を覗き込んできて言った。


「食べないんですか?」


「食べるよ。 ちょっと可哀想だけど」


「あーその気持ち分かります」


 そう言いつつも容赦無く歯を突き立てる百合にはサイコパスの素質が、なんて桜が考えるうちにたい焼きはその温度を冬の寒さを目標に下げ続けてる。


「冷めてきたな。 っていうか手がかじかんできた」


 いつのまにか食べ終えていた百合に少し羨ましげに見つめられていた桜。

彼女は食べませんよと笑ってから、手を桜の方へと差し出し、彼の手を外側から包み込んだ。


「これで食べやすいですか?」


 百合は首を傾げ、可愛らしく笑ってみせる。

それに桜は短く笑った。


「二重の意味で食べにくいよ」


「ふふ、知ってました」


 まだ付き合っていない男女にしては少し近く、付き合っているにしては遠い。

そんな、適切な距離が分からず戸惑いながらの桜と百合のいつもの出来事。

5〜10万で終わる予定の作品です

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