6話:良い雰囲気はぶち壊すために存在する
どれくらい経ったのか、十分か二十分かはたまた三分か。
微かに聞こえていた物音も消え去り、辺りに漂う空気が変わったのを察して、そっと目を開ける。視界は変わらず真っ黒だ。どうやら魔王が抱き着いてきているようなので、そっと背に腕を回してぽんぽんと叩く。察した魔王が離れて、やっと視界が開ける。
目の前に、神官の喉元に剣を突きつける真央が居た。
「何故、貴様が力を使えるんだ……」
「アンタが言ったんだろ、力を封じられるのは仇なす者だけ。俺に力を送る佐奈が、神の事を何とも思わなければ、力は封じられない」
「そんな馬鹿な事が」
「現にそうだったんだから、大人しく諦めるんだな」
真央の足が、神官のお綺麗な顔を蹴り飛ばす。勢いで吹っ飛んだ神官はピクリとも動かない。……死んでないよね?
「死んでないから、治癒はするなよ。起きると面倒だ」
「……はーい」
真央に心の中を読まれるのは別に不思議な事ではないので、とりあえず返事をしておく。
真央は壁にかけられた巨大な十字架の前に立つと、思い切り剣を振りかぶる。流石、躊躇いがない。
『ちょっと待った!』
真央の身体が、その場から後ろへと吹き飛ばされる。私が悲鳴を上げるよりも早く、くるりと空中で回転した真央は、平然と着地してみせる。特にダメージはなさそうなその姿に、ほっと安堵の吐息を吐き出す。
『優秀だと思ったけれど、とんでもない勇者だな!』
ふわりと、空気を感じさせないような動きで、全身真っ白い人物が突如十字架の前に現れる。長い髪も、肌も、服も白いそれが、おそらく自称神なのだろう。中世的な顔立ちで性別が分からないが、魔王の正反対みたいなやつである。
「あっ、お前は!」
隣に立つ魔王が、自称神を見て敵意を露わにする。
『やぁ久しぶり、レオンちゃん。何百年ぶりかな?』
「知るか! よくもこんな世界に閉じ込めてくれたな!」
『いやいや、しょうがないじゃない? 誰かが魔力を取り込んでくれないと、この世界滅びてしまうのだから』
「その役目はお前の筈だ!」
『だから私は君を送るという手を打ったじゃないか――おっと』
話をする自称神に向かって、真央が魔法を放つ。それをひょいっと軽い動作で自称神が避ける。
『危ないなぁ。変身途中の敵と、話中の神は攻撃してはいけないっていう暗黙のルールを知らないのかなぁ』
「知らん」
一息で詰め寄った真央が剣を神に向かって振り下ろすが、見えない壁に阻まれ再度真央が弾き飛ばされる。
「真央!」
『いいね、愛する者を守るために戦う感じ。でも敵役が私じゃなかったら、もっと楽しめんだけど。今回はキャスト選びを間違えたなぁ』
「勇者召喚も魔王討伐の茶番も、全部はアンタの暇つぶしの為って事か?」
『物分かりがいいねぇ。そうだね、そう言う事。神ってのも暇でね、娯楽がないとやっていけない』
「付き合わされるこっちの身になって欲しいもんだな」
『なら貴方は、神の身も考えてくれるのかな? 来る日も来る日も自分の欲望だけを押し付けてくる人間と、刺激もない代わり映えの無い毎日。多少の演出をしてでも、色を付けたくなるのも仕方がないとは思わない?』
「アンタ、一人遊びが下手すぎるんじゃないか? 俺の世界じゃ、ネットゲームにのめり込んで引きこもってるやつだって結構いるぜ。ゲームじゃなくて、映画だって音楽だってある。別に、この世界だけを見続けなきゃいけないってわけじゃないなら、他の世界の娯楽に手を出せばいい。それができないなら、この世界で娯楽を育てればいい。異世界から人間を拉致るより、よっぽど健全な暇つぶしだと思うがな」
とても真剣な顔で、真央が駄目人間街道の説明をしている気がするのは気のせいかな? 何ネットゲームに神を呼び込もうとしているんだよ。
「サナもネットゲームというのをやっているのか?」
魔王がなぜか食いついた。
*
そして神は、ある条件を付けたうえで、私たちを元の世界に戻す事を了承した。緊迫した神官戦が嘘のように、裏ボス神戦が馬鹿みたいな話の流れで決着がついてしまい、肩透かしどころの騒ぎではないが、ある意味望んでいた平和的解決なので良かったと思おう。神官が蹴られ損な気がするが、そっと視界からフェードアウトさせる。私は何も見ていません。
私達が帰還する事に、魔王が泣いて嫌がっていたが、この世界に残る選択を魔王の為だけに選ぶことはできない。
王子様には途中経過を省いて、結論だけを伝えた。魔王はこの世界には必要な存在で、魔王が生み出してしまう魔物は今後は神がきちんと処理をする事。そして案外寂しがりな魔王を、王家で面倒見てもらえないだろうかと頼んだら快く引き受けてくれた。本当に、王子様は素晴らしい王様になるよ……。
元の世界に帰る段取りが付いた後は、魔王が魔物の居場所を何となく感じ取れるというので、魔王様と魔王と私で弾丸魔物狩りツアーを行った。一応自称神が対応するとは言っていたが、のんびりやっている間に誰かが魔物に襲われたりしたら、なんて思ったら任せっぱなしにしておくのも忍びなく。
「相変わらずお前は甘いな」
そう言って呆れた表情の真央だが、何だかんだ付き合ってくれた。
ひとしきり魔物を狩り、魔王でも感知できなくなった所で私は元の世界に帰還した。