3話:リアルで初期装備放置は無理ゲー
攻撃魔法は使えないけれども、治癒魔法は使える事が判明した。もちろん、魔王様に吹っ飛ばされた怪我に半泣きになっている過程で分かったものである。
その後お互いの力を細かく検証しながら、できる事とできない事を確認していく。
真央への力の委譲は、私の祈りによって発動し、私が辞めようと思えば辞められるし、思わなくても三十分後には力が徐々に薄れていき、一時間で元の状態に戻る事。その際再度祈ればまた真央に力が委譲され、発動中に重ねて祈り続ければ途切れる事はなかった。
そして祈りは、私が真央を視認していなければ発動しない。その事が分かった時、真央は眉を寄せた。
「どうかした?」
「馬鹿にはこの意味が分からないのか」
「すみませんねぇ馬鹿で。で、何が問題なの?」
「サナさんも、マオさんと行動を共にしなければならないという事ですよ」
検証作業に付き合ってくれていた王子様が私に助け舟を出してくれるが、元々そのつもりだったので何が問題なのか、やっぱり分からなくて首を傾げる。そんな私に、王子様は柔らかく微笑んだ。
「マオさんは、サナさんを危険な場所にまで連れて行きたくなかったんですよ」
「あぁ、邪魔なお荷物背負わなくちゃいけないって事ね」
「いえ、そうではなく」
「精々邪魔にならないよう、逃げ足だけは鍛えておけ」
「はーい」
王子様が何か言おうとしたのを遮り、魔王様からのありがたいアドバイスに私はやる気のない返答を返した。なんせ、真央は祈りによって身体能力も強化されるのだが、私は素のままの力しかない。人間が今から鍛えた所で、魔王と魔王の夢の対決に巻き込まれてしまえば逃げる余裕はないだろう。
私が磨くべきは、巻き込まれても死なないよう、治癒魔法の限界値を探っておく事と、なるべく気配を薄くする事……それも難しいなぁ。
力の検証を済ませた後は実践あるのみ、という事で魔物討伐の為に王都周辺の街や村などに行っては、現れる魔物を真央が倒していた。もちろん私は陰に潜んで祈るだけである。
突然の召喚やら帰還方法が分からないなどとやらかしてくれていたので、もしかしたら援助が少ないかも、なんて心配していたのだが、この点だけはバッチリしっかりフォローされた。
おそらく、王子様が気を回してくれたのだろう。RPGではよく少ない金額と初期装備を渡されて徒歩で移動する事になるが、お金は全部王子様が払ってくれるし、装備品も最高品質だという物をくれて、移動も王家の紋章が入った馬車である。揺れが少なく、お尻も痛くない。常にお尻に治癒魔法かけっぱなしを覚悟していたが、そんな必要は微塵もなかった。
更に少ないパーティメンバーで送り出されるのではとハラハラしていたが、三十名程度の小隊がくっついてきてくれるという万全の態勢。治癒魔法も、この世界では希少らしいが、二人も帯同してくれている。
泊まるお宿も、ベッドふかふかでご飯の美味しい場所ばっかり……という好待遇である。
「ゲームでよくある、初期装備で放置されなくて良かったよね~」
魔物の討伐を終え宿に帰ってきたが、特訓をしたいという真央に付き合って村の端っこで剣を振る姿を祈りつつ眺める。
今日は王都の北西に位置するヤオラビ村という小さな村に、狼型の魔物が出たというのでやって来たのだが、力を使いこなし始めた真央によって二、三十匹の魔物は一瞬で消滅した。だからまだ力が余っているのだろうか、試しに持たせてもらったら持ち上げるだけでも苦労した剣を、ゆっくりとしたスピードで何度も振り下ろしている。
「この世界がゲームじゃなくて、現実だからだろ」
「それもそうか……」
リアルで初期装備放置なんてされたら、たぶん魔王討伐なんて諦める。例え特別な力があったって、真央も私も命は一つしかない。死んでしまってもコンテニューは存在しない。治癒魔法の限界は、死を治す事は出来ない、だった。
「お前は、自分の事だけを考えてろ。俺も俺の事だけを考える……が、余裕があったら、助けてやる」
「なるべくお荷物にならないよう気を付けます。それと、真央も、腕の一本二本吹っ飛ばされても治せるみたいだけど、見てるだけで死にそうな気分になるから、気を付けてね?」
「誰に言ってる」
「そうでしたね」
真央が無茶をする姿が想像できなくて、でもそれは真央が薄情という訳ではなくて、苦戦する真央を見た事がないからで。
こちらの世界に来てからももちろんだが、元の世界の時にも真央の辞書に艱難辛苦という言葉は無いのだろなという活躍っぷりだった。
それでさらに見た目も悪くないどころか良いのだから、女子の黄色い悲鳴をかっさらい、お蔭様で幼馴染な私は女子からハブられたり、真央目的で近付かれたりと暗澹とした日々だったのだが、そう訴えてみたら「お前の頭の中に暗澹という言葉がある事に驚いた」と鼻で笑われて終わった。思い返しても酷い奴である。
「風も出てきたし、そろそろ戻らない?」
腰かけていた丸太から立ち上がろうとした時、ドンッという地を這うような重低音が聞こえた刹那、地面が揺らいで思わず倒れそうになった所を真央に腕を掴まれ支えられる。だが、感謝の言葉が出て来ない。真央も厳しい顔で音の発信源だろう森の奥を睨み付けている。
嫌な予感。背中を冷気がなぞる様な違和感というのか、心臓の鼓動が頭の中に響くような、そんな気分。
「マオさん! サナさん!」
王子様と護衛騎士の人達が私たちの所にすっ飛んでくる。比喩ではなく、本当に宙を飛んでやってきた。魔法って便利だな、と能天気な感想が頭の片隅を掠める。
「佐奈、下がってろ」
いつにない硬質な真央の声に、"ソレ"がすぐ傍に現れていた事に初めて気づいた。
「魔物達の様子がおかしいと思って来てみれば、忌々しい人間どもめ。勇者を召喚したのか」
カラスのような真っ黒い長髪に、全身を覆う黒いマント、そして頭から突き出した二本の角。その角さえなければ、姿形は二十代ぐらいの男性と変わりないように思えるが、オーラとでも言えば良いのか、ただものではありません、という雰囲気がビシビシと感じられる。
真央に力を委譲するための祈りを捧げつつ、ゆっくりと後方に下がった。入れ替わる様に王子様と騎士さん達が真央の横に並ぶ。
「どれ、今代の勇者がどんなものか、遊んでやろう」
その魔王と思われる者の言葉によって、予期しなかったタイミングで魔王と勇者の戦いが始まってしまったのだった。