2話:7がついたらとりあえずラッキーと思う風潮
魔王様に洗いざらいぶちまけようとした所で、王子様から二人とも濡れたままでは寒いだろうからと、お城にあるゲストルームへと案内してもらった。
お城、そう、お城なのである。見た目が王子様ならお城も完璧なお城だった。もはや私の語彙力すらも仕事を放棄する、完璧に完全なお城だった。
不気味なのは、その間一言もしゃべらず、無言でついてくる魔王様である。
不機嫌です、と全力で訴えてくる眉間の深い皺を私は見ない様にしていたのに、王子様がガッツリしっかり真央の顔を見ているものだから、おい馬鹿やめろ、と言いたくなってしまった。もちろん言わないけれど。
そして今は用意してもらった服に着替え、温かな紅茶を飲みつつ談笑という名の懺悔タイムである。告白するべき相手は神様ではなく魔王様だけれども。
「つまり、お前が聖女で俺が勇者。魔王を倒さなければこの世界が滅びるという事だな」
「はい、どうやらそのようです……」
「めんどくせぇ」
「仰る通り……」
ゲストルームには、私と真央、それと王子様の三人だけ。神官さんは仕事が他にあるからと言って、さっさと逃げてしまった。神官の割に逃げ足の早い奴だ……。
「お二人を巻き込んでしまった事は、本当に申し訳なく思っています。しかし、この世界を守る為には、私達にはこれ以外の手はなく」
「なぁ、王子様。仮に魔王を倒したとして、俺たちは元の世界に帰れるのか」
王子様の言葉を遮ったと思ったら、真央の言葉に私はぎょっとした。考えてみれば、先の話は聞いていない。聞いていないのに、勝手に帰れるものだと思い込んでいた。
「真央……?」
「佐奈、お前は俺がここに来てすぐの時、遊んでる時間なんてなかったと言ったな」
「へ? え、あー、うん、言ったけど?」
「お前が消えてから、俺がこっちに来るまで、向こうの世界で半年が経っていた」
「……はぁ?!」
「尚且つ、お前が消えてから、向こうの世界ではお前の存在は無かった事になっていた」
「えっ? ……それって、どういう事?」
「俺もわかんねーよ。ただ、嫌な感じだろ?」
視線を、真央から王子様に向ける。王子様はそっと視線を外す。あ、これ駄目な奴だ。
「マジか」
「無理やり拉致した挙句に魔王を倒せ、とは随分なご身分なんだな、王子様っていうのは」
真央の皮肉な物言いに、王子様は肩を小さく丸める。まぁ、王子様一人で決めた事ではないのだろうから、王子様だけを責めるのは可哀想なんだけど、事が事なので庇う気は起きない。ごめんよ、王子様。
「過去に、元の世界へ帰った聖女様達は、私達が保存している文献には一件も存在していません。それが、帰れないからからなのか、帰らない事を選んだからなのかも、分かりません」
「その過去の聖女様達っていうのは、何回あったんだ?」
「六回です」
「私達丁度ラッキーセブンだね?」
場を和まそうと思った言葉は、魔王様の絶対零度の睨みで一蹴された。やはり私如きに魔王様の攻撃をいなすなんて事はできません。ごめんよ、王子様。
その後もチクチクと、王子様に対する言葉の棘は消えなかったものの、王子様を虐めてもなんの解決にもならないとは分かっているのか、真央は魔王とは何かとか、そんな話を詳しく聞いているようだった。
その間、私は用意してもらった紅茶とお菓子で優雅なティータイムである。……もちろん、最初は参加しようとは思っていたのだが、「お前がいても邪魔なだけ」と魔王様に蚊帳の外にほっぽり出されたのである。よっぽどラッキーセブンの件が気に食わなかったようです。
紅茶片手に、外の景色を眺める。
眼下に広がる景色は、私の知っている世界とはまるで違う。視界を遮る高いビルは無いし、空を縦横に走る電線も無い。赤茶色の三角屋根が整然と並び、飛び出した煙突からモクモクと煙がたなびいている。
あぁ、異世界に来たんだなぁと実感した。王子様という存在でもそうは思ったのだけれども、ハイクオリティなコスプレという風にも思えたし、目の前で真央が召喚されるのも眩しくてよくわからなかったから、すごいマジックみたいにも思えてしまって……。
異世界に来た、という実感がじわじわと、胃に染み渡る紅茶のように、私の中に現実感を伴って広がってくる。
しかもその異世界で、魔王討伐という、今までの人生で一度だって考えもしなかった事を求められている。
そして、二度と元の世界に、帰れないかもしれない。
両親にも、友人たちにも、会えないかもしれない。
「佐奈」
深い水底に沈みかけた意識を、真央の声が掬い上げる。ビクリと思わず体を揺らして、声が聞こえた方に振り返る。
「えっと、なに? 話はまとまったの?」
「……あぁ。当面の目標は、魔王を討伐する力を得る事、だな」
「それは最終目標、魔王の討伐という事?」
「最終目標は俺達が元の世界に帰る事だ」
馬鹿じゃないのか、という顔で真央に見られて、思わず瞬く。
「魔王は異次元から魔物を召喚するらしい。だから、魔王だったら何か知っているかもしれない」
「……知らなかったら?」
「それ以外に当てがないんだ。そんなタラレバ考えるぐらいなら、さっさと動け」
ペシッと頭を叩かれ、思わず真央を睨み付けようとしたら、視界の隅で王子様が微笑ましいものを見るような笑顔を浮かべていた。その視線が気まずくて、私は精一杯の抵抗として口を引き結ぶしかなかった。
*
魔王を討伐する力を得る、という目標は予想より早く終わった。
というか、ほぼ何もしていないに等しい。
召喚された際によくある神様からの説明がされていなかったので不安だったのだが、きちんと仕事はされていたらしく、私は聖女の力というものを至極簡単に使えてしまった。
使い方は単純明快。
「神様、真央に魔王討伐の力を」
手を組んで祈る。以上。
まばゆい光が真央を包み込む。パッと花弁が散る様に光が消え去った後、特に見た目に変化はない。
それでも徐に真央が広げた掌の上に、火の玉が突如出てきた時は驚きすぎて呼吸すら忘れた。
「なるほど」
「……ハッ! な、なにそれ?!」
息苦しさによって驚きの呪縛から抜け出した私が、真央を真似して掌を広げるが、もちろん火の玉なんて出ない。
「どうやるの?!」
「心の中で念じるだけ」
「無理! 出ない!」
教わって速攻で心の中で念じたが、火の玉の陰も形も煙も出ない。
「お前はあくまで力の供給源であって、使うのは俺だからな」
「私も魔法使ってみたかった……」
「俺に委譲した力を戻せばいい。その代り、魔王の討伐は一人で頑張れよ」
「それこそ無理……」
「だろうな。だから大人しく諦めろ」
項垂れる私をウザったいと思ったのか、真央が私を軽く小突いた。
そう、見た感じは軽く、だった。
それなのに私は三センチほど衝撃で浮き上がって、べしゃりと地面に崩れ落ちる。地面と擦れた掌や足は、まだ痛みを訴えない。でも安心してはいけない、痛みとは遅れてやってくるのが定石だ。
「あ、すまん。力加減間違えた」
平然とした声音に、謝罪の気持ちが見つからないのは私の気のせいですか、神様。