6.5話:side M
魔王と神の間に深い因縁があったのだろうし、神が何百年と一人きりで過ごしていたのは事実で、その話は同情できるようなものだったかもしれないけれど、だからって俺達が首を突っ込んでかき回す必要もなければ、巻き込まれる謂れもない。
佐奈は神との決着の付け方に不満があったようだが、平和的解決云々言っていたくせに調子のいいやつである。
それに、もし神と争いになったとして、勝率はゼロだった。
なんせ俺の力の下をたどれば神に行きつくのだから、神が自分で自分を絞め殺すような結末は、それこそ茶番である。無事に元の世界へ帰る道が見つかったのだから、佐奈は不満なんて言ってないでもっと喜んで俺に五体投地して感謝すればいい。
しかしすぐにでも帰るかと思っていたのだが、甘ちゃんはこの世界に情が湧いたのか、魔物の討伐がーとか、魔王がーとか、あれこれ言いながら駆けずり回っている。放っておいたらいつまでも自力で解決しようとする馬鹿なので、仕方がなく手を貸してやった。
そんな折、魔物討伐の近況報告を聞きにやってきた王子だったが、佐奈は早々に俺に押し付けると夕食の買い出しに行った。つくづくふざけた奴である。「夕食は真央の好きなものにしてあげるから!」と言っていたが、これで俺の好物を出せなかったら一発殴る。
報告自体はすぐに終わったが、佐奈が出していった紅茶を飲みつつ王子がキョロキョロと室内を見回したかと思うと、徐に口を動かす。
「マオとサナは、婚姻している訳ではないのですよね?」
唐突な王子の言葉に、飲んでいた紅茶が気管に入ってせき込んだ。
「不躾でしたね、すみません」
「分かってんなら、言う前に気づけ」
「すみません。ただ、どうしても不思議で」
「何が」
「マオは、サナさんが好きですよね?」
引き続きの不躾な質問に、眉間にしわが出来ているのを自覚する。
「……お前、喧嘩売ってんのか?」
「そんなつもりは……でも、サナさんは、その、無頓着といいますか、不用意といいますか」
「……魔王の件か」
今、魔王は教会の奥で神と喧嘩中である。今回の喧嘩理由は、「魔王が改心して魔物討伐をするそうなので許してあげて」という神託に対する抗議らしいが、下手に首を突っ込むと巻き込まれるのであの甘ちゃんの佐奈ですら放置していた。
喧嘩している時は、さすがに魔王が佐奈にひっついている事もないので俺も放置に異論はないのだが、教会の神官達はだいぶ荒れているらしく、王子から何度か魔王回収を依頼されて佐奈が迎えに行っていた。その度に佐奈にひっついて帰ってくる魔王を蹴り飛ばしている。
「サナさんが魔王にそう言った意味での好意を持っているとは思いませんが、二人を見る貴方の態度は、気にしていない様にも見えず、でもサナさんに思いを伝えているような気配もなく」
「つまり、何が言いたい」
「ヘタレなのかなって」
俺と王子の間を、冷たい風が通り抜ける。
今の俺は帯剣していなければ、佐奈から力を貰っている訳ではないので魔法も使えない。どちらか片方でもあったら、目の前の王子をぶっ飛ばしていた自信がある。
「えーっと、すみません。侮辱したつもりはないんですが」
「その知識は、佐奈の入れ知恵だな。アイツ、その言葉をなんて説明したんだ」
「思っている事を素直に伝えられない為に、悶々と悩む可愛い人」
「その意味でお前言ったんなら、それはもう侮辱だろ」
「違いますよ、可愛いなと思ったんです」
「ぶっ飛ばすぞ」
「羨ましいなと思ったんです」
からかうような声音が、真剣味を帯びたものに切り替わる。
「僕は、王家の人間なので、好き嫌いで相手を選べません。だから、少し羨ましいんです。相手を思いやって行動できる、お二人が」
「アイツから思いやられた記憶はねーけどな」
「僕から見れば、佐奈さんも随分貴方の事を考えているように見えますよ」
「お前、目が腐ってるぞ」
アレのどこに思いやりなどを感じたのか、本気で心配しているのに王子は微笑むだけ。
「……貴方達が帰る算段がついた今だから言いますが、勇者として、聖女として、この世界に来てくれたのが、お二人で本当に良かったと、僕は思っています。お二人でなければ、真の意味でこの世界は救われなかった」
「安心すんのは早いんじゃないか。神様とやらが、またぼっちに飽きたら暴れだすかもしれない」
「そうですね……それは数年後かもしれないし、数十年後かもしれない、数百年後かもしれない……今の僕にできるのは、二度と同じ過ちを繰り返さない様に、今あった事実を、正確に、残し伝えていくだけです」
「後は、娯楽の発展な」
「あぁ、そうですね。佐奈さんに教わったトランプ、ものすごい勢いで広まっていますよ。後はサッカーやバレーボールなどの屋外スポーツの、ルールなどをまとめたものを頂きましたし」
「アイツいつの間にかそんな事もやっていたのか……」
「娯楽の事は任せろ、と仰っていました」
俺が呆れて言葉を失っていると、王子は不意に口元に笑みを浮かべて俺を見る。
「そうそう、佐奈さんですが」
「……なんだよ」
「娯楽話の時に他にも色々聞いたのですが、ヘタレがお好きらしいですよ? 良かったですね」
「……お前、まさか俺に喧嘩を売りに来たのか?」
「いえいえ、まさか、勇者様に喧嘩だなんて――」
「ただいまー!」
微妙な空気が流れた所で、アホが帰ってきた。一瞬気を取られた隙に、「じゃあ僕はこれで」と言ってそそくさと王子は逃げていった。
「タイミング悪かった?」
「……別に」
「そう?」
佐奈は次々と、買って来たらしい食材を台所に置いて行く。卵とトマトとその他野菜に、米。幸い、食べ物類はほとんど元の世界と同じ見た目をしているから、とんでもないゲテモノ料理が出てくる心配はない。調理方法には多少の違いがあるので、アチラの常識がコチラの非常識になっている物もあるようだが、生憎と佐奈はそんな事を気にするような脳みそができていない。
「今晩はオムライスだから」
「……俺の分は卵」
「固めでしょ。トロトロふわふわが美味しいのになぁ」
文句を言いつつも、手際よく野菜の処理をしていく。佐奈の家も俺の家も、割と両親が仕事人間の為、佐奈が料理を作る事も多く、包丁を扱う手際に危なげは無い。
「あぁ、それと佐奈」
「何?」
「お前が好きだ」
野菜を刻む手がピタリと止まり、錆びたロボットのようなスピードで振り返ったその顔は、トマトみたいに真っ赤になっている。単細胞の佐奈にしては珍しく、意味がちゃんと伝わったらしい。
これで元の世界に帰る前に、ヘタレという侮辱は返上できただろうか。




