1話:勇者召喚の条件が非リア充に喧嘩を売っている件
――ある日突然、異世界に召喚されました。
それは、百歩譲って構わないとしよう。
しかし、だ。
そんな譲れない異世界召喚条件四天王の一柱を、仮にオッケーしたところで到底許せない問題が今、私の前に立ち塞がっている。
「もう一人、貴方の世界から勇者を召喚しますが、その勇者は貴方の事を愛している人です」
その条件、非リア充に喧嘩売ってますよね?
*
晴天の霹靂。紛う事ないそれが、学校帰りの私を襲った。
晴れ渡った空から伸びた一筋の稲光を目にした刹那、私は小さく浅い泉の真ん中に突っ立っていた。
靴の中まで水が染み込んでくる気持ち悪さを感じない程度に、思考は仕事を放棄していた。
泉の淵には二人の男性。一人はザ・王子様という出で立ちの金髪美青年。もう一人はザ・神官という白装束の紫髪の美男子。
そっと自分の頬をつねる。痛い。思考回路は止まっていても、勝手に身体が現実の確認に動いてくれるとは、私の身体はなんて頼もしいのだろう。
痛みによって、頭がやっと重い腰を上げる。それでも到底分からない現状。
なんなんでしょうね、これ。
とりあえず泉から上がって、傍にいた男性二人に話を聞いた所を簡単にまとめれば、私はこの異世界を救うために召喚された聖女というもので、魔王を倒してください、という事だった。
もちろん、断固拒否である。
ただの一般学生その一である私に、魔王討伐ができる訳がないし、正直言ってなぜ何も知らない世界の為に、命をかけなければならないのだ。
そういった事を、オブラートに十枚程くるんで伝えたのだが、彼らも必死だ。何とか承諾させようと、見た目通りの王子様だったオズワートはもはや土下座する勢いであるし、召喚の為に一緒に来ていたやっぱり神官であった男性が、王子様がそんな事してはいけないと押しとどめている。あ、神官さんは必死になっているポイントがちょっと違いましたね。
「えーっと、王子様。どんなに頼まれても、私には無理なのです。争いとは無縁の世界で生きてきた私に、どうやって魔王を倒せというのですか?」
「聖女様には、特別な力が神様より与えられると言われています。その力でもって、魔王の討伐を」
「だからその、私は特別な力を持たされた覚えもないし、仮にそんな力があったとしても、私は今まで誰かを殺したいと思った事もない、人畜無害な人間なんです。争いの無い世界でのほほんと暮らしていた私が、世界の敵だからと言ってじゃあ魔王ぶっ飛ばそうか、といってホイホイできるほどの覚悟は無いんですよ」
「それでも……魔王は、私達では倒す事ができないのです。異世界から召喚された聖女様の力でなければ……」
そんな自己完結できない世界なんて滅んでしまえ、とは流石に言わないけれど、心の片隅で思ってしまった私の事を、どうぞ神様お許しください。というか、巻き込んどいてその辺の説明何もなしに放り出すって、神よ、許さんぞ。
私と王子様の押し問答を見ていた神官が、ならばと徐に口を開く。
「もう一人、勇者を召喚しましょう。過去、聖女が力を分けた勇者が、魔王を討伐した事例があります」
「それって、聖女は必要なんですか?」
勇者一人で完結しないのか? と思って聞いてみたが、神官さんは首を振った。
「魔王を討伐する力は聖女にしか宿らず、聖女が力を分け与えて初めて魔王の討伐ができるのです」
「例えば、私が王子様に力を分け与え……は、できないんですね」
言おうとしている途中から首を振られたら、察するしかない。どうしても倒すのは異世界人じゃなければ駄目なのですか、そうですか。
しかし勇者。そうか、そりゃやっぱり聖女というくらいだから、きっとみんな女の子だ。全員が全員、魔王をぶっ飛ばそうと思えるわけではないのだろう。むしろ、自力で魔王を倒した聖女がいるらしい事の方がビックリである。
勇者召喚は更に被害者を増やす事になるが、私にはできないものはできないのだから仕方がない。ここは勇者様を召喚してもらうしかない。
でも、巻き込む決断は私がしているので、できる限りのサポートはしよう。もらった記憶はないけれど、聖女の力というので何かできるはずだ。倒すとか殺すとかは無理だけど、治すとか守るとか、そういう方向だったらやれるだろう。聖女の力が何か、まだ分からないけれど。
「じゃあ、その巻き込んじゃうどこかの勇者様には悪いのだけれど、召喚をお願いしたいんですが……」
私がそう言った時、そこで言われたのがアレである。
「無差別に召喚する訳ではありません。もう一人、貴方の世界から勇者を召喚しますが、その勇者は貴方の事を愛している人ですので、悪いと思う必要はないとは思いますが」
「…………へ?」
ぽかーん。
私の頭の中を、その言葉がゆっくりと流れていく。今度は、耳が仕事を放棄したようだ。きちんと神官さんの言葉が聞き取れない。
「え、勇者の条件って」
「勇者は聖女を守る盾です。貴方を愛し、守る覚悟の無い人間は勇者として認められず、呼べません」
「よ、呼べないんですか?!」
「呼べません」
「じゃあ該当者がいなかったら?!」
「……心当たりがないのですか?」
え、マジで? みたいな顔して神官さんに見られた。コイツは間違いない、喧嘩を売ってきている。
「エバンスが重々しく言っているだけで、そこまで深刻に考えなくても大丈夫ですよ、聖女様。今まで、勇者が呼べなかった事はないですから」
慈愛の微笑みと言わんばかりの王子様の言葉は、私の胸を深く抉った。
しかし、その言葉に私は一つの可能性を見出した。
「失敗した事が無いのに、愛の有無とか、そういう条件分からなくないですか?!」
「神託が下っていますので、間違いはありません」
私はその場に崩れ落ちた。間違いがないやつじゃないですか、もーヤダー。
「聖女様、大丈夫ですか?」
気づかわし気な王子様の言葉に、返事をする気力も湧かない。
初事例になってしまうの? それとも、肉親オッケーなら父親召喚? 私の父、デスクワークでお酒大好き、見事なビール腹装備の五十代なんですけど。物理的に戦えないと思うんですけど。
「早速、召喚を行います」
心の準備をする間もなく、神官さんはその場で両手を天へと掲げる。すると、どこからともなく神官さんに向けてスポットライトのような強烈な光が当てられる。その眩しさに目を手のひらで覆う。
指の隙間から漏れる光は、意外とすぐに収まった。ハッとして神官さんを見れば、その視線は私の背後にある泉に向けられている。私は慌てて振り返った。
泉の中央には、一人の人間が立っていた。誰も現れないという最悪の事態を回避した安堵は、一瞬にして掻き消される。黒髪に、同じ学校の黒い制服。そして鋭い眼差しでこちらを見てくるその相貌は、見間違いようがなかった。
「ゲッ……魔王様……」
「えっ?」
私の小さな呟きを聞き取った王子様が驚いたような声をあげたが、私はそれどころではない。
「テメェ……急に消えたと思ったら、こんな所で遊んでいたのか……」
「いやいやいや! 全然遊んでないから! 遊べるほどの時間も経ってないし!」
サブサブと、泉の水を蹴散らすような素振りで近付いてくるのは、幼馴染の柳真央だった。なるほど、神様の判定はかなり優しいようだ。なんせ魔王様を呼んでしまうのだから……。
魔王様こと真央は、同じアパートに住んでいる幼馴染で、小さい頃から一緒に遊んでいた。
昔は私よりも小さく、私の数百倍可愛かった。今ではその無駄に整った顔に可愛いという言葉は似合わないけれど、本当の本当に昔は可愛かったのだ、性格も含めて。
あまりの可愛さに、私の服を真央に着せてお人形ごっこもやった。当時の真央は「佐奈ちゃんとお揃いだね」と言って天使の微笑みを浮かべていたのに、今ではすっかり暗黒大陸の大魔王もかくやという笑みを浮かべるようになってしまって、私はとても悲しいです。
遠い昔の記憶に思いをはせていると、ガシッと頭を鷲づかみにされた。もちろん誰だなんて確認しない。この場には魔王様が現れているのだ、考えるまでもない。
「言い訳を聞いてやる。手短に説明しろ」
「はい、畏まりました……」
ねぇ神様。怒らないから、正直に言ってほしい。
勇者の召喚条件、変更してるよねコレ?






