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恋する乙女は美しい(当社比150%)

中橋と中橋。男と女。恋する男と恋する女。2人の点と点の恋は、線でつながるんだろうか!?

 あかん、気になってまう。今まで意識してなかった訳やない。中橋君が優しいのは入社したときからやし、私だけに向けられた物ではないんや。せやけど、今まで沢山助けてくれた。トラブル対応に追われ終電を逃したときも、徹夜で私の仕事手伝ってくれたし、自分に関係ない顧客へのプレゼンのリハーサルも遅くまで付き合ってくれた。

 中村の奴を一通り叱って落ち着くかと思ったんやけど落ち着かん。私、中橋君のこと好きなんやろか・・・もう四捨五入して三十路になるんに、何中学生向けの少女マンガのヒロインみたいな悩み方してるんやろう・・・

 

 

 



 ふぅ・・・私は給湯室で1人ため息をつく。後輩の中村が余計な事を言い回ったせいで、朝から30分近く説教するハメになってしまった。そもそも人を叱り飛ばすなど、私の性分に合ってない。本気で頭に血が上ると、生まれ育った環境のせいで河内弁がでてしまうし、そんな口調で部下や後輩を怒鳴りつけたらパワハラで訴えかねられない世の中だ。

 幸いにも中村は、自分の口八丁のせいでかなり迷惑をかけていたことを自覚していた。人の口には戸が立てられぬとはよく言ったもので、中村が軽い気持ちで聞いて回ったことが噂になり、尾ひれどころか足も生えさらにはジェットブースターでもついたような勢いで一人歩きしていた、というところだろうか。

 それにしても、同じ苗字で同期のとはいえ、最近中橋君のことが気になってしょうがない。いや、最近と言うのは語弊がある。入社して三年と数ヶ月の中で、徐々に彼の優しさや誠実さを知っていったからだろう。恋?社内恋愛?オフィスラブ?新喜劇の舞台設定なら面白おかしくいじってもらえるんだろうが、ここは会社だ。上場を目指しているそこそこの規模で、社内外ともにコンプライアンスの管理はしっかりとしている。

 仕事に私情を挟みたくはないが、昨日の私の行動は私情が混じっていないと説明がつかない。私は大学のサークルとかにいる、男女の距離感という概念を混乱させるようなタイプの人間では無いはずだ。

 けれど、あの場所で耳打ちは無いだろう・・・仮に相手が中橋君ではなく、浜中部長だったら?・・・無理だ。加齢臭が鼻を壊しにかかってくるのは明白だ。じゃあ中村だったら?彼はスタイルも顔も良いし、身嗜みに気を使っている。・・・無理だ。あの耳打ちは中橋君相手だからできたんだ。

 先日、谷村課長にナンパ(中橋君に言わせたら告白だが)された日、私は大学の時の女友達と夕飯を食べていた。その時、友達はワンナイトラブがどうだとか、体の相性がどうだとか色々と言っていた。なのに同い年の私は耳打ち一つでここまで悩んでいる。もちろん、私だって友人と同い年の人間として、男性とは付き合ったこともあるし、身体の関係だって今までなかった訳ではない。今更中学生みたいな事でドギマギしている自分に驚きを隠せないのだ。

 「あかん、仕事しよ・・・」

 中村を給湯室から追い出して数分たった後、私もオフィスに戻った。昨日ほど、私に向けられる期待と好奇の視線は感じられない。助かった。

 「おー、おかえり!」

 浜中部長は笑っている。

 「さっき中村のやつ、中橋に謝り倒しとったで。」

 この人、ただ楽しんでいるのでは?と思いたくなるほど満面の笑顔だ。

 「せや、男の方の中橋に、夕方四時に第一応接室来るように伝えといてくれへん?」

  鞄にドサドサとノートやらタブレット端末やらを詰め込みながら、浜中部長は私に話続ける。そのくらい

 「そんくらい自分で伝えてくださいよー」

 浜中部長は気軽に物を言える環境を作り上げているので、私も気軽に反応してみる。

 「冷たいやっちゃなー・・・」

 鞄のファスナーを締めて、浜中部長は体を私の方に向けた。お腹の贅肉がぷよんと揺れている。

 「まぁ、ここだけの話なんやけど・・・」

 ボリュームを下げ、浜中部長は私に言った。

 「中橋が・・・カナエちゃんから中橋に伝えるから意味があるんや。」

 頭の中をクエスチョンマークで覆う意味深な言葉を発する。

 気がつくと、まかせたでーと、私が反論する前にオフィスを出ていった。

 「余計にわからへんなるやん・・・」 

 私はぼそりとつぶやく。つぶやきが聞こえていたのか、中村が私の方をチラッと見たが、目が合うとすぐにパソコンに向かい、逃げるようにキーボードをたたきつけ始めた。

 

 私はデスクに戻り、浜中部長の指示を全うするため、中橋君宛てのメモを書く。それを彼のデスクに置き、自分のパソコンのメーラーを起動する。メールはかなり溜まっていた。サンプルの送付依頼から納期確認指示、顧客からの書類作成依頼に見積もり依頼。幸い、私の予定は空いていたので、時間に追われる事はない。

 その時、マナーモードになっている社用携帯が震えた。

 『谷村課長』

とディスプレイは表示している。

 ・・・出ないわけにもいかない。

 

 「お疲れさまですー」

 思いっきり、やる気を感じられない声で私は電話に出た。

 「あ、中橋さん?お疲れ様。」

 いけしゃあしゃあと、一昨日何事も無かったかのように谷村課長が挨拶をする。人混み特有のやかましさと、駅の列車案内のアナウンスが谷村課長の後ろから聞こえる。谷村課長が出先にいることは、予定が書かれたホワイトボードで確認できた。

 「急でわるいんだけど、今日の四時から課内のミーティングをしようと思うんだ。会議室は第一会議室を抑えてるから。」

 「また急な話ですね。」

 仕事は仕事、ちゃんとやらなければ。

 「本当に急な話だから、参加できる人だけ参加でいいんだよ。中橋さんの方から課内の人間に伝えといてもらえないかな?」

 浜中部長といい谷村課長といい人使いが荒いのではないか。

 私はわかりましたよ、とだけ返事をし、電話を切った。

 「ああ・・・なんで今日に限って予定空いとるんや・・・」

 深い溜め息をつき、私はパソコンの画面と睨めっこを始めた。

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