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応接室という閉ざされた空間が生み出す独特な空気

 カナエが中村を給湯室へ拉致して20分。僕はふと事務所を見渡した。谷村課長がいない。よくよく営業の予定表を見ると、直行となっており帰社時間は午後一時となっていた。

 仕方がないので、浜中部長から受け取った、谷村課長が勝手に作ったと思われる見積書の顧客に電話をかける。もし僕が不在時に見積依頼が電話なりFAXなりで本当に来ていたら、それはそれで対応しなければ問題になる。営業の性というか、自分の本来のマジメさと言うのか、こういう事は一つでも不安要素を消しておきたいというのはまた事実だった。

 「お世話になります、中橋です。」

 顧客の担当者には幸いケータイで直ぐに繋がった。

 「あ、そうですか?わかりました。ありがとうございます。」

 確認を取ったところ、やはりそのような見積の依頼はしていないとのことだった。

 僕は電話を切ると、その足で浜中部長のデスクに向かう。部長は部長で忙しそうだった。

 「え、四時から会議室空いてへんの?全部?」

 どうやら総務に会議室の空きがあるか確認しているようだ。

 「一番狭い第4会議室は?今田君が押さえてる?わかったわー」

 夕方、僕に時間があるか確認したことと、何か関係があるのだろうか。いや、今は余計なことを言わない方がいい。これは直感だが、僕の本能がそう言っている。

 受話器を置いた浜中部長は僕に気づきどした?と声をかける。

 「部長、今朝見せていただいたあの見積書なんですけど、それとなくお客さんに確認したら、そんなん頼んで無いとのことでした。取り急ぎ報告を。」

 「わかった。ちょっとオレの方でも谷村のこと注意して見とくわ。」

 浜中部長はそう言うと、また受話器をとり、どこかへ電話をかけ始めた。

 自分のデスクへ戻ると、今度は中村が僕を待っていた。

 「中橋さん、この度はすいませんでした!」

 大きな声で腰を直角に曲げてお辞儀をする。オフィス内で手の空いてる人間だけでなく、浜中部長までも電話をしながらこっちを見ている。

 「中橋さん・・・女性の方にこってり絞られて、自分の浅はかな行動で多大なるご迷惑をお掛けしたことを痛感しました!本当に申し訳ございません!」

 突然の出来事に、僕は思わず取り乱す。

 「まあまあ、とりあえず顔上げて。」

 見ているこっちが申し訳なくなるような謝罪だ。何度目がの問いかけで、中村はやっと顔を上げた。

 「カナエ・・・あー、中橋さんに注意されたんやろ?ちゃんと謝ったん?」

 「はい!もう二度としないということで、お許しをいただけました!」

 まるで上官に叱責される一兵卒のように、はきはきと喋る中村。人間が変わりすぎだろう。

 「ならそれでええよ。はい、この話はお終い!ちゃんちゃん!」

 僕は少しでも空気を和ませるために柄にもなくおどけてみせる。

 「本当にありがとうございます!」

 中村はまた深々と頭を下げる。普段と同じで長めの髪を靡かせ、ブルーのタイトなスーツを着たチャラい中村をここまで謝らせるとは・・・僕はカナエだけは怒らせまい、とそう誓った。

  

 

 午後3時、客先からオフィスへ戻った僕のデスクに、一枚のメモが置かれていた。

 『四時から第一応接室、浜中部長からです。中橋カナエ』

 ゆるキャラが描かれたファンシーなメモ用紙にカナエの署名が入っている。四時まで一時間近くある。おそらく、今朝浜中部長が夕方空けるように言ってたのはこのことだろう。カナエのメモと言うことは、二人で昨日の件について注意を受けると見るのが妥当だ。谷村課長の件は大穴だろう。若干気が重いが、呼び出しを食らった以上行くしかない。日報だけでも四時までに書いてしまおう。おそらく、遅くなる。

 

 夕方四時ちょうど、僕は第一応接室のドアをノックした。

 「どうぞー」

 浜中部長の声が中から聞こえる。

 「失礼します。」

 新卒採用の時の面接を思い出す緊張感に包まれながら、僕はドアを開けた。

 応接の上座に座っていたのは、浜中部長と、法務部の丹波課長だった。下座には誰もいない。

 「ま、ま、座ってくれたまえ。」

 丹波課長は僕に着席を促す。彼は東京生まれ東京育ち、東京支社採用のため、あまり関西弁は話さないと研修で総務に居たときに聞いた記憶があるが、それ以外では接点もなければ話すこともなかった為、疑問符が僕の頭に浮かぶ。

 「あー、カナエちゃんはおらへんよ。」

 僕のもう一つの疑問に浜中部長は先に答えた。

 「オレのメモやと逃げるかもしれんさかいな」

 笑いながらそう言う浜中部長につられ、丹波課長も笑顔をこぼす。

 「まぁ、いきなり私が出てきて驚くかもしれないが、緊張する必要はないから安心してくれ。」

 丹波課長はそう言って、ポケットから煙草を取り出し火をつけた。一息ついて灰を灰皿に落としたところで、丹波課長が話を始める。

 「今朝、営業部の方から、谷村課長がちょっとおかしな動きをしていると報告を受けてね・・・当事者の中橋君の話を聞かせてもらえないかなと思って、時間をあけてもらった次第なんだよ。」 

 「はい・・・」

 僕の不安そうな返事を読み取ってか、丹波課長は直ぐに話を続ける。

 「何も谷村課長が重大な法令違反をしたとか、コンプライアンスに反することをしたと決めつけているわけではないんだよ。それに中橋君が私に話すことは決して外部に漏らさない。谷村課長に処分が下ることがあっても、君からの情報提供があった旨は、法務部の一部の人間と会社の上層部、そして浜中部長しか分からないようになってるから安心してくれて大丈夫だ。」

 「わかりました。」

 法務部が出てきたとなれば、現時点でのことを話さないわけにはいかない。ただ、これくらいのことでわざわざ法務部がでてくるのだろうか?

 「あー、先に言うとくと、谷村に関してはこれ以外にもちょこちょこと不審な動きがあるんや。それは今関係ないから置いとくとしても・・・今後我々に何らかの影響が出る前に、その、なんだ・・・釘をさすっちゅうか・・・」

 言葉を選ぶ浜中部長。僕は詮索したいという野次馬根性を押さえ込み、分かりました。とだけ答える。

 「浜中部長から、私も話は聞いているが、もう一度中橋君の口から何があったか話してくれるかな?」

 丹波課長がタバコを咥え直し、優しい笑顔で僕にそう言った。

 

 僕は今朝の浜中部長とのやりとりを包み隠さずに話した。丹波課長の顔からも笑顔が消え、自然と僕の声のトーンも落ちていった。


 時間にしてみればたかが五分程度、しかし体感では一時間近くにも感じられるの説明が終わった。丹波課長はほとんどフィルターだけになって、寂しく火がくすぶるタバコを灰皿に押し付け、口を開いた。

 「なるほど・・・浜中部長から聞いていた話と相違点はないね。」

 丹波課長は、ワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出しながら、呆れた口調でそう言った。

 「私も営業にいた身だが、それはおかしい。コンプライアンスどうこうではなく、常識的に、だよ。」

 カチャンとオイルライターの音を立て、煙草に火をつける丹波課長。

 「法務部的にこれはどないなんですの?」

 浜中部長が口を開く。

 フーッと煙を吐きながら、丹波課長は答えた。

 「正直、注意喚起ですかね・・・呼び出して厳重注意という事もできないことはないが・・・これが社外の個人的な話なら、無印私文書変造罪とかに抵触しないこともないですが、営業部内で中橋君本人が不在時という点で考えると、注意喚起をした上で『入力ミスです、間違えました』っていう話で片を付けて終わりになるでしょう。谷村課長も法学部卒って前に言っていたと思うから、逃げ道は残してるでしょうね。」

 僕は法律関係には疎いが、現時点でどうしようもないという事だけは理解した。仮にも株式を公開している会社だ。上層部も無駄な争いは望まないだろう・・・

 「わかりましたわ。とりあえず、営業部の方でも注意喚起は行いますんで、そちらはそちらで何かしらの対応頼んます。」

 浜中部長は仕方がないと言わんばかりに肩を落とし、そう言った。

 「それはそうと、中橋君。」

 丹波課長は二本目の煙草を灰皿でもみ消しながら僕に声をかけた。

 「谷村課長の交友関係について、何か聞いたことはあるかい?」

 いきなり関係ない質問に、僕は驚く。

 「いや、谷村課長とは営業やってたときに一時期だけ同じチームにいたことがあるから、元気にしてるのかなって」

 丹波課長はおどけたような笑みを浮かばせている。

 「いえ、特に聞いたことはないですね。同期の女性が谷村課長の課にいますが、あまり多くを語らないらしいですよ。」

 カナエの言っていたことだ。間違い無いだろうと思い、僕は伝えた。

 「そっか、変わってないんだね。」

 丹波課長はそれだけを言って、机の上に広げたノートを閉じる。

 「中橋君、忙しい中ありがとう。浜中部長もありがとうございます。私はお先に失礼するよ。」

 そう言うと、小脇にA4サイズのノートを抱え、丹波課長は応接室を出て行った。

 「中橋、あれが法務部や。丹波課長はやり手やでホンマ。」

 ドアが閉まり、足音が聞こえなくなると同時に浜中部長は僕に言った。

 「丹波・・・あいつが営業におったんはホンマや。せやけど谷村と仕事をしていた事はない。もしかしたら丹波は谷村の顔を履歴書の写真程度でしか把握していないはずや。直接話した事も無いかもしれん。なんかおもろい情報つかんどるな。」

 呆気にとられる僕に浜中部長は感心したように続ける。

 「営業ならあれくらいしれっとハッタリかまさなあかんのかもなあ。」

 コーヒーでも飲みにいこかと浜中部長が応接室のソファーから腰をあげる。

 その時だった。フロアに女性の叫び声が響き渡った。

 

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