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シバいたるって言ううちはシバかれない。殴ると言われたらご愁傷様

まだまだ続きます。ヒロインの出番が少ないのはご愛嬌

カナエとの打ち合わせを終えてから、僕は清々しい気持ちで寝床につくことができた。不安要素がないと言えば嘘になるが、今日のカナエの様子をみる限りでは、落ち込んでいる様子もなく、多少強引な方法にはなるが騒動も落ち着かせる方向性が見えてきた。

 一寸ばかり気掛かりな事と言えば谷村課長だ。彼が何を考えているのかは、僕には全くわからない。普段から無口な人であるという印象しかないが、どことなくいけ好かない。これは人間としての本能なのか、カナエに好意を寄せているという事実が分かったからなのかは皆目見当がつかないが、いずれにせよ好印象という訳ではない。

 

 翌日水曜日、僕はいつもと同じ時間に出社する。タイムカードは午前8時5分で打刻され、まだ人もまばらな営業部のオフィスには、僕以外には新聞を読みながらコーヒーを啜る浜中部長がいるのみだった。

 「おはようございます。今日は早いですね。」

 僕は部長に声をかける。

 「おはよーさん。いやな、管理上も大変やねんって」 

 浜中部長は笑いながら僕の問いかけに答える。口調こそ普段と変わらないものの、その顔はどこか疲れていた。

 「中橋、今日は外回り行くんか?」

 浜中部長は新聞を捲りながら尋ねる。

 「ええ、午後から二件ほど行く予定ありますさかい。」

 僕はパソコンを起動しながら答える。すると浜中部長は苦虫を噛み潰したような表情になり、「んー」と唸った。

 「なんかありましたん?」 

 パソコンにログインし、僕はデスクの椅子に座ったまま、部長の方に体を向ける。

 「どっちか・・・できれば遅い時間の方のアポイント変更利かへん?」

 僕は不思議に思いながらも手帳を開く。確認する限り、緊急の用事もなく現在進行形の重大な案件があるわけでもなかった。キャンセルしても揉めるような客先では無いだろう。

 「まぁ・・・大丈夫と言えば大丈夫ですわ。」

 僕の回答を聞くと部長は「オレがあんまりこういう事言ったらあかんねんけどなー」と言いながら、オフィスの隅に設置されたウォータサーバーでカップにお湯を注ぐ。

 「なにがどうなるかわからへんねんけどな、中橋に関わることが起こるかも知れへん。サボれ言うとるわけちゃうねんで?ちょっと夕方くらいから事務所おるようにしてくれ。」

  「なにかあったんですか?」

 不穏な流れに逆らえず、僕は浜中部長に尋ねる。

 「不確定要素が大きすぎるからまだなんも言われへん。とりあえず、これ見てみ。」

 部長はそう言うとデスクに戻り自分のパソコンをカタカタと叩く。しばらくすると、オフィスに設置された年季の入ったコピー機が唸りをあげ、一枚の紙をペラリと吐き出した。

 浜中部長はそれを持って、僕のデスクへやってくる。歩く度におなか周りの脂肪がゼリーのように揺れるのがワイシャツ越からでもわかるあたり、かなり恰幅のいい浜中部長は、暴飲暴食をせざるを得ないストレスフルな生活を送っているのだろう。

 ほれ、と僕に手渡した紙は見積書だった。

 「これ、中橋が入力したんか?」

 日付は昨日。担当者は僕の名前になっていて、提示先の顧客も僕の名前だった。だが、おかしい。価格が安すぎる。

 「なんですかこれ?知りませんよ。」

 僕は即座に否定する。浜中部長は疑っているような素振りを見せることなく「やっぱりか」とつぶやき、ため息をついた。

 「昨日の会議の後、管理職権限で見積確認してたら中橋が外に出とる時間帯に入力されとったんや。」

 「・・・」

 「何がおかしいって、この物量でこの価格を出してくるメーカーは今の市況を考えるとありえへん。そして、課長権限で見積書の承認が下りてる事が恐ろしい。」

 この会社の慣習として、少額取引ならば上司の決済を待たずに営業マンの権限で価格を提示する事は可能だ。だが、浜中部長が出力した見積書は、取引金額的には課長の決済がいる。そして、僕の所属する課の課長は、今週いっぱいは出張で不在だ。急ぎであれば代理で浜中部長に決済をお願いする事もあるが、こんな見積依頼が来た覚えもなければ入力した記憶もない。

 「これ、ログインした時間帯考えると多分谷村が入力しとるんよなぁ。」

 困ったと言わんばかりの表情を浮かべる浜中部長は、まだ来ていない谷村課長のデスクを睨む。

 谷村課長は一体・・・もしかすると、僕に対する当てつけか?いや、谷村課長自身がそんな稚拙な嫌がらせをするだろうか?すぐにバレるような事をしても、自分の立場が悪くなるだけのはず・・・

 「部長」

 僕は谷村課長のカナエに対する一連の流れを報告しようと思い、声をかける。昨日の夜の時点では、カナエはただ浜中部長に谷村課長の話はしていないはずだ。

 「なんや?」

 部長が僕にそう言った瞬間、オフィスの扉が勢い良く音を立てて開いた。

 「おはよー御座います!中村来てますか?」

 ドアを蹴破らんばかりの勢いで入って来たのはカナエだった。

 「あ、おはよーさん。まだ来てへんで」

 浜中部長はカナエの問いかけに返事をする。

 「あいつ直行で逃げようとしとるんやろ」

 昨日と同じくケタケタと笑いながら部長はカナエを茶化すように言葉を続けた。

 「ほんまシバいたる!一晩寝たら余計腹立ってきましてん!」

 獅子奮迅、猪突猛進・・・そんな言葉がピッタリのカナエをまあまあとなだめる僕。

 「朝からお熱いのー。昨日も言うたけど事務所内では程々にしといてや。」

 「部長!!!」

 プンスカ怒るカナエに浜中部長は「おー、こわ!」とおどけながら自分のデスクへ戻っていった。

 

 それから15分、始業時間ギリギリで赤外線レーダーを避けるかの如く匍匐前進に近い態勢でこっそり事務所に入ってきた中村は、五秒と経たない内にカナエに見つかり給湯室へと拉致されて行った。合掌。

 

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