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最後の宿題(前編)

もうちっとだけ、続くんじゃ。

 夜風が涼しい、延々と居酒屋で過ごした僕達は、日付が変わるまで店にいた。ほとんど飲んでいない僕は、足元の覚束ないカナエの手を引いて、路地裏を歩いている。

 「酒を呑んでも呑まれるな」

 日本国に伝わるありがたい先人たちの教訓を頭の中で思い浮かべながらカナエの顔を見る。フラフラしながらも、ニコッと笑う、酒で赤らめた彼女の顔は、月の明かりに照らされ艶やかさを感じさせた。

 「何考えてんの~?」

 マジマジとカナエを見つめ過ぎたのか、こんな質問をしてくる。

 「なんもないで、なんも。」

 僕はそう答えるとカナエを抱き締めた。

 「な、なんなん?」

 突然の行動に戸惑うカナエ。僕自身も、何も考えていないはずなのに体が勝手に動いたのだった。

 「カナエ・・・」

 辺りに人はいない。数本向こうの筋から夜の街の明かりが差し込んでいるだけだった。

 「アホ・・・」

 カナエはそうつぶやき、無言になる。僕の気持ちは、壊れた蛇口から水がこぼれるように、口から溢れ出した。

「ずっとそばに居させてくれ・・・前から、ずっとカナエの事が好きやった。」 

 呟くような声でそう言う僕を、カナエは何も言わず、僕を見つめる。

「この三年間、ずっと仕事しながら、カナエの事を見てきたつもりや。苦しいときでも笑顔で、明るくて・・・言葉にできひん、何言うても嘘っぽくなってまう・・・。やねんけど、僕は、中橋カナエを愛しています。」

 夜中のミナミの喧騒が全く聞こえないくらいの緊張が僕を包む。

「アホ・・・」

 そう言うと、カナエは僕の腕の中からすり抜ける。ふらつく足元で、数歩前へ歩くと、僕に向かい振り返った。

「セリフがクサいねん・・・昭和のラブコメか?」

 カナエはそう言うと、ハンカチで目元を拭いた。

 「せやけどな、メッチャ嬉しいんよ。私も・・・私も中橋君の事、めっちゃ好きやねん!このタイミングで、昨日のかっこええ中橋君見せた後でそんなん言うとか反則やわ!」

 泣きながらカナエは続ける。

「仕事辞めたら中橋君に会われへんなるとか、今日はそんなんばっか考えとったんよ、せやから私も言ったる。」

 カナエは僕の胸に飛び込んだ。

「約束して。ずっとそばにおってください。」

 僕はカナエを優しく抱き締めた。

「約束破ったら、道頓堀突き落としたるからな!」

「絶対破らへんけど、それは堪忍してほしい・・・」

 カナエは僕の腕の中から再び離れると、笑顔でこう言った。

「うん、約束破られへんのわかっとるもん。」

 

 

 

 日差しと寝心地の悪さで目覚める。半分ぼやけた視界に入ったのは、自分の部屋の見慣れた天井だった。体の下には布団はなく、枕の代わりに週刊誌が置かれていた。

 夢?現実?どこまでが?

 服装はスーツのままで、ジャケットだけが無造作に脱がされ部屋の隅に置かれている。

 なかなか働かない頭にスイッチを入れようとしていると、玄関の扉が開く音がした。

 「あ、おはよー。やっと起きたんやね。」

 「カナエ・・・」

 コンビニの袋を片手にぶら下げて現れたのはカナエだった。夢でないことに安心し、僕はふたたび床に転がる。

 「全然起きひんかったから、鍵借りてコンビニ言ってきたよー」

 カナエは靴を脱ぎ、六畳の狭い部屋に入ると、僕のすぐ横に座った。コンビニの袋からパンと牛乳を取り出し、僕に手渡す。

 「ありがと・・・あかん、体が痛い。」

 床で寝たせいか体がきしむ。体を起こし伸びをして、筋肉の硬直をほぐす僕の背中に包まれるような優しい感触があたった。

「えへへ」

 カナエが笑いながら僕の背中に抱きつく。

「汗臭いで、昨日風呂入ってへんから。」

 空気を読めない僕の発言は、もちろん照れ隠しだ。

「ええの。私、今世界一幸せやから。」

 カナエはそう言って、絡める腕を強める。だが、それは間違いだ。世界で一番しあわせなのは、この僕なのだから。 

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