屏風絵の狐女房 (創作民話11)
その昔。
孫七という独り者の表具師がいました。
表具師とは紙や布に書かれた書画を、巻物や軸物などに仕立てる者のことをいいます。
ある日のこと。
かねてより知り合いの旧家より、捨てられる寸前の一本の掛け軸をもらい受けました。倉の整理中に出たものだが、虫食いがひどいのでいらないのだといいます。
そこは表具師。
孫七は虫食いだらけの掛け軸から、絵が描かれた紙をはがし取ったのち、流水で染みや汚れをていねいに洗い流しました。それが仕上がると日陰で乾かし、裏打ち紙を貼って虫食いを補修しました。
数日後。
補修がすんで生まれ変わった絵は、この絵のために新調した二枚折りの枕屏風に貼られてありました。
絵の中。
一匹の狐が竹林にいます。
孫七は屏風を枕元に開いて寝ました。
その翌夕。
若い娘が孫七の家を訪れ、一晩だけでもいいので泊めてほしいと訴えます。
「ゆっくりするがいい」
孫七は娘を招き入れると、晩飯を食べさせ、手厚くもてなしてやりました。
すると……。
娘はそのまま家に居ついて、孫七の女房になったのです。
一年後。
女房は赤子を産みました。
ところがお産のあと病に伏し、赤子に乳をやらぬまま死んでしまいます。
すると、その日の夜から、孫七は奇妙な夢にうなされるようになりました。夜な夜な、女房の亡霊が夢枕に立つのです。
孫七は兄者に相談をしました。
「実は兄者、このごろ毎晩のように、女房の幽霊が枕元に現れるんで」
「赤子を残しては成仏できんのじゃろう。あの世に行くよう、ワシが言いさとしてやろう」
その晩。
兄者は隣の部屋から見張りました。
すると深夜。
枕屏風から狐が飛び出します。
狐は孫七が眠っているのを確かめてから、すぐさま孫七の女房に化身しました。それから赤子を抱き、己の乳首を赤子の口にふくませました。
赤子が乳を飲みます。
――妖なるものだったのか。
兄者はただただおどろくばかりで、障子の穴からそのようすをじっとのぞき見ていました。
女房は赤子に乳を飲ませ終えると、狐に姿を変えて屏風の中にもどりました。
翌朝。
兄者は孫七に、死んだ女房は狐の化身、屏風の絵に描かれた狐だったことを教えました。
「では、この子に乳をやるために」
孫七は我が子を見やりました。
孫七のそばには、スヤスヤと寝息をたてて眠る赤子がいたのです。
「だが孫七、そうであっても、あやつは狐の妖だ。このままではいずれ赤子が、いやオマエまでも、屏風の中に連れて行かれるやしれん」
孫七と赤子のことを心配した兄者は、今夜こそは狐の妖を退治してやると言います。
その晩。
狐が屏風から出て女房に姿を変えます。
それを見た兄者は、隣の部屋から飛び出すやいなや手にした棒で女房を打ちすえました。
女房が狐にもどります。
目をさました孫七は、そばに息絶えた狐がいることを知りました。
それから確かめるように屏風を見ました。
屏風の絵、竹林にいるはずの狐が消えています。
「では、やはり……」
孫七は狐を抱きかかえると、庭の一画に手厚く葬ってやりました。
その屏風は代々、今も孫七の子孫によって受け継がれているそうである。
屏風の絵。
それは竹林の絵だという。
狐は描かれていないという。