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【連載版】確かに努力しないでちやほやされたいって願ったけども!【本編完結】  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
第三部 幻想の萌芽

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77.空への憧憬

 エッズの仕事は以前にも説明した通り、ケデロシオにおける技術指導だ。

 そうでなくとも、皮なめし以外にも多少の工作も可能なこともあって、彼の需要が途切れることはない。彼以上の職人がいないこともあって、新興のケデロシオにとっては無くてはならない人間だ。


 そんな彼が作業場としているところへ赴けば、結構な数の人間がなめし作業に従事していた。その中を、当の本人が歩いて回いている。


 一見するとただ歩いているだけにも見えるが、そうではない。よく見れば、彼は各々に対して逐一何かしらの助言や指摘をしていることがわかる。


 そう、ここでの作業は仕事であると同時に学びなのだ。

 エッズはとにかくやらせてみることを重視しているのか、実際に作業をさせて教える。作業をしている連中の間を縫うように移動しながら、それぞれの進捗と精度を気にしつつ、何かあれば指摘するというスタイルだ。


 指導を受けている中には数人、ネアンデルタール人も混じっている。もしかしたら彼らの中から、将来のマイスターが現れる可能性も否定はできない。


「よう、エッズ」

「ギーロか」


 そこで手を上げて見せると、すぐに気づいたエッズがやってきた。


「どうだ、調子のほうは?」

「まあまあだな。アダムくらいに物覚えのいいやつはなかなかいない」

「そりゃそうだ」


 あのレベルの人間がそうそういてたまるものか。日本でも例の農業アイドルくらいしか心当たりはないぞ。アダムを基準にして考えてはいけない。


 ちなみにそのアダムは、ケデロシオに駐留していない。彼はチハルやソラルたちと一緒に帰って行った。彼は彼で、ルィルバンプに仕事があるのだ。

 それでも彼は、チハルたちと同じく最後までこちらにいてくれた。彼なりに思うところはあったのだと思う。


 俺ではなく、エッズに対して。


「ネアンデルタール人たちのほうはどうだ?」

「ああ、意外と物覚えがいい。アダムのように飛び抜けてすごいやつはいないんだが、全体的にできる感じだ。言葉がなかなか通じないから、説明に苦労することだけが難点だな」

「そうか、なめしでもそうなのか」

「なめし……でも?」

「ああ。実はな……」


 エッズが怪訝な顔を見せたので、三人組が話していたことをそっくりそのまま彼に語ってみせる。

 最初は小さく頷いていたエッズだったが、最終的には腕を組んで大きく頷くに至った。


「なるほど。ということはもしかしたら連中、俺たちアルブスよりもそういった作業に向いている種族なのか?」

「かもしれない。答えを出すにはサンプル……あ、えーっと、調査標本が足りないから、まだ断言できないと思うが」

「三十六人しかいないものな。しかし連中は女も力仕事ができるぞ。その辺りはどうなんだ?」

「ああ、確かにその辺りも考慮しないといけないか。なおのこと調査は手間取りそうだな……」


 何度も言っているが、俺たちアルブスは男女差が極めて大きい。仮に女たちにその手の才能があったとしても、絶望的なまでに力が足りないせいで従事することはできない。


 しかしネアンデルタール人たちは違う。男女差が小さい。というより、見ているとサピエンスよりも差が小さいように思える。

 そんな彼らなので、男だろうと女だろうと力仕事も可能だ。ここ二カ月でわかったのだが、彼らは狩りにすら女も出る。そういう意味では、なかなかに戦闘民族とも言えるかもしれない。


 となれば、もし彼らの種族傾向として手工業に向くかどうかを調べるとなると、間違いなくほぼすべての人間が調査対象になり得るだろう。

 その場合、一体何人を対象にすればいいのだろう? うろ覚えの知識だが、確かこういうときの調査では千人とか二千人規模が必要だったような……。


 ……うん。

 やめておこう。


 そもそも、統計調査なんて専門外だしな。他にやるべきこともたくさんあるし。


「……まあそれは置いといて……。エッズ、確か例のやつ、今日あたりには全部整うって言ってたよな? そっちはどうなった?」

「ああ、それか。昨日の暮れにはできているぞ。こっちだ」

「早いなぁ、さすがだ」


 例のやつとは、ずばりソラルがエッズに依頼していたものだ。あれから二カ月経って、俺も既に内容は知っている。

 だから、エッズに案内された場所に安置された大量の革を見ても、特に驚くことはなかった。


「ソラルが必要だと言っていたものはこれで全部だ。今度ルィルバンプに戻るときに持って行ってやるといい」

「おおう……こうして見るとなかなかに壮観だな」


 毛がすべて除去されているので、見た目の存在感は毛皮より少ないはずなのだが……やはり数があるとそれだけで印象が違うものだな。


 俺はその革の山に近づいて、一つを手に取ってみる。

 二十一世紀の高品質な革の記憶があるので、どうしても俺には劣って見えてしまうが……原始時代であることを考えると、この品質はこれ以上ないレベルだろう。さすがはエッズと言ったところか。


 もちろん、いくらエッズであっても正確無比に一つの品質を維持することはできない。他の革に目を向ければ、間違いなく品質にはムラがある。

 しかしその差は決して大きくはない。こういうところが、エッズの職人たるゆえんだなと思う。


 なお、革は一種類だけではない。そもそも数を揃えるためには一種類の動物だけでは賄えないから、色んな動物の革を用意するしかなかったのだろう。

 革は種類ごとに仕分けされているし、目で見ても結構違いがあるから間違うことはないだろうが……種類によって、品質や性能にかなりの差があることは間違いない。いざ使うとなると、色々面倒なことになりそうな気がする。


「……いや、悪いな。こんな大量に用意してもらって」

「構わない。それに、今回のことは俺が好きでやったことだ」

「マジかよ。遠慮しなくていいんだぞ? お前ほどの人間を二カ月も拘束したんだ、正当な対価は……」

「いや、別に遠慮しているわけじゃない。今回のことはソラルが成功させることが一番の報酬だと思っているだけだ」

「あー、そういう……」


 にやっと笑ったエッズを見て、俺は苦笑した。


「空を飛ぶなんて、とんでもないことだぞ。その助けになるなら俺は報酬などいらん」

「それでももらえるものはもらっとけって俺は思うんだけどな……まあ、気持ちはわからなくはない」


 さらに肩をすくめた俺に、エッズがにんまりと笑った。


 そう、エッズに発注されたこの大量の革は、空を飛ぶ実験に用いられるものなのだ。


「しかし俺には難しい話はわからんのだが、これでどうやって空を飛ぶんだ?」

「んー? あー、まあ、簡単に言えるほど単純な話でもないんだが……こう、軽い物質を中に詰めてな……」


 エッズの言う通り、革でどうするんだという話だが……要するにソラルは、気球や飛行船のようなことをしようとしているのだ。人間を浮かせるだけの浮力を持ちうるサイズの袋を革で作り、それにぶら下がろう(もしくは乗ろう)という魂胆だな。


 俺が技術白書を与えて以降、ソラルは色々と試行錯誤をしていた。最初の頃は、研究所の近くで何度もジャンプし続ける彼女の姿を見たものだ。五段ジャンプまで実現していた点については、見なかったことにしたいところである。

 しかしあまり多くの試行を繰り返さずとも、生身で空を飛ぶことは不可能という結論に至ったらしい。物体の浮力を利用する方向へ、早々と舵を切ったようなのだ。


 そのための素材としては、革が正しい判断だと俺も思う。革は基本的に、布よりも気密性が高い素材だからだ。

 特に今俺たちが使える布は手紡ぎ手編みの麻だけなので、その差は歴然だ。


 ソラルもそれを見抜いたのだろう。気体を詰め込むためには革だと判断して、ケデロシオに来たついでにアルブス一のなめし職人エッズを頼ったというわけだ。


 うちの子は賢い。天才かもしれない。


「……うーん? しかしそれだと、肝心の軽いものはどうやって手に入れるんだ?」

「それは俺もよくわからんのだが……まあ、魔術で何とかするんだろう」

「何とかなるのか……」


 エッズは感心半分、呆れ半分と言った様子でぽっと口を開いたが……。

 いや、正直俺もわからん。何せ俺も魔術はほとんどろくに使えないのだ。


 というのも、同様の質問は俺もソラルにしたのだが、返ってきた答えもどうにも半信半疑なものでな。だからわからんとしか言えないのだ。


「魔術のもとを水素に変えるです」


 というのが彼女の答えなのだが……科学がすべてを解決する時代の人間だった俺としては、眉唾としか思えないというのが正直なところだ。


 そもそもどうやってやるんだという話だが……何やら物質の組成がわかっていれば、できるのだとかなんとか。ますます眉唾だと思ってしまったのは、仕方ないと思う。

 だってその理屈なら、鉄だろうが金だろうが作れてしまうじゃないか。究極、ウラニウムはもちろんローレンシウムやニホニウムのような人工放射性元素すら作れてしまうだろう? そんなことができるとは到底思えない。


 いや、ソラルを信じていないわけではない。わけではないのだが……どうもな。

 現代日本人ならこの感覚もわかってくれると思うが……周りには原始人しかいないから、この感覚を共有できる日は決して来ないのだろう。


 俺にできることと言えば、水素は危険だからヘリウムにしろと言うくらいだった。


「……ま、まあ、話は戻すが……この量を運ぶのはちょっと手間だな」

「ん……それはまあ、そうだろうな」


 ソラルがどういうつもりでこの量を発注したかはわからない。しかし積み重ねられた革の量は、結構なものだ。いくら男のアルブスが力の権化とはいえ、持てる量には限界がある。


 一応、塩と木材を行き来するために、荷車は作ってあったりするのだが……あまり数がない。今の状態だと、何度も往復することになりそうだ。

 大型のものもあると言えばあるが……木材を運び出すためのものだから、あれは基本ルィルバンプにしかないんだよなぁ。


「……次にルィルバンプから木材を運び込むのって、いつの予定だったっけ?」

「ついこの間運んだばかりだから、少なくとも三カ月くらいは先だったと思うが……」


 三カ月はちょっと待てないな!


「うん、ちょっと新しい大型の荷車作るわ」

「そうだな、そのほうがいいと思う」


 それだけの時間を待つくらいなら、行動したほうが早い! なんなら資産としてケデロシオに道具が増えるしな!


 俺は既にホームシックを発症しているのだ。一刻も早く家族の元に帰りたい。

 できることなら今すぐにでも単身赴任をやめたい。なのでそのためなら、ちょっと奮発して荷車を作るぐらいなんということもない。


 ……まあ、それができても、ネアンデルタール人たちに一定以上言葉を覚えてもらわないと、帰れないのだけれども。


 うん。


 荷車制作に並行して三カ月……いや、一カ月……! 一カ月を目処に言葉を修めてもらおう!

 俺はこの革と一緒にルィルバンプに帰るんだ……!


ここまで読んでいただきありがとうございます。


いただいた感想読んでて思うんですが、皆さん獣人好きすぎません!?w

まさかあんなに反応が来るなんて思ってもみませんでしたよ!

でも今から獣人を出すとなると確実にアルヴスの誰かが遺伝子操作をしないといけないし、ちょっと難しいかなって・・・。

出せる機会があるなら出していきたい気もするけど・・・。


あ、それはそれとして、詳細はこれから割烹に書くのですが、諸事情あって一ヶ月ほど更新が遅れる可能性があります。

その点ご了承くださいませ。

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