49.変えたい文化
麻掻きは実に三日がかりになった。想定していたよりもかかった、というのが正直なところだ。
最初に植えた種が少なかった分、収穫できた茎の数も決して多くはないのにこれだけかかったのは、やはり人数の少なさと、全員素人ということが大きい。
後者は技術を身につけて行けば改善していける要素だが、前者はすぐにどうにかなるものではない。
やはり何かしらの形で麻に携われる人間を増やすべきだろうが……色々と問題があるんだよなぁ。
とりあえず今は乾燥に入り、処理した剥皮を糸状に裂けるようになるのを待っている状態だ。
空いた時間には、次の工程で使う道具を作っている。
いるのだが……今回、ガッタマから祭祀を執り行うということで呼び出された。
「葉っぱも集まったし、冬を乗り越えられるように祈るんや。ギーロはテシュミと二人で重要な役どころになるから、気張りや」
ということらしい。
確かに、冬は過酷な時期だ。少しでも多くの人間が生き残れるように祈りを捧げるというのは、宗教として非常に大きな意味を持つように思う。
ただ、なぜ俺が……と思ったが、儀式には祈りを捧げる女が必要らしい。そして同時に、そのパートナー役の男も必要なんだとか。
で、前にも話したが、今のアサモリ一族にはテシュミ以外の女がいない。自動的に祈りを捧げる……めんどくさいな、巫女でいいか。巫女をできる人間はテシュミしかいない、というわけである。
そして彼女のパートナーは、名実ともに俺なわけで。
自動的に巫女の相手役は俺になってしまうということらしい。
本音を言えば、大量の麻を燃やして一同最高にハイになるらしい彼らの儀式に、祈る側として参加したくはないのだが。テシュミと一緒にとなれば、断るわけにはいかない。
……麻の危険性を承知していながら、麻をそっち方面で使わなければいけないとか、どんな拷問だろうな?
なので、多少強引な手を使ってでも、麻を使わない方向に持って行けないかと考えながら、俺は参加することになった。
「今回は他の部族も参加していいんだな」
「そら祈りの儀式やからな。祈りそのものは俺らがやるけど、こういうんは皆でやるんが大事なんや」
「それもそうか」
見渡せば、エッズを中心にそこそこの人数が集まってきていた。中には、ディテレバ爺さんに連れられたメメもいる。
宴会ではなく純粋に宗教儀式らしいので、群れの全員が来ているわけではないが……。
「ところでギーロ。俺らはなんであんな怖がられてるんや?」
そんな群れの面々を見て、ガッタマがしきりに首を傾げている。
彼の言う通り、集まってきた面々はどこか恐る恐るといった様子だ。全体的に距離も取っていて、なんというか、いつでも逃げられるようにという心情が透けて見える。
「なんでも何も、お前らが怖いからに決まっているだろう」
「色以外は同じやんか!?」
「そこじゃないんだよなぁ……」
ガッタマはかなり驚いているようだが、俺に言わせれば仕方ない。
元いた群れの面々が黒アルブス……正確にはアサモリ一族を恐れている最大の理由は、麻だ。もっと言うなら、麻による副作用と、それをありがたがる黒アルブスの風潮と言ったところか。
いや、俺が麻のデメリットをことさら吹聴して回ったわけではない。むしろ俺は、麻のメリットを重点的に教えて回っており、彼らの反応は俺としても少し予想外でもある。
麻に携われる人間を増やそうと思っているのに、立ち上がってくる問題の一つがこれだ。周りの人間が麻に恐れを抱いているのだ。
「じゃあ何があかんのや!?」
「麻酔い」
「……あぁー……」
俺の答えがよほど腑に落ちたのか、ぐんぐん上がっていたガッタマのボルテージは急激に下がった。彼もどうやら心当たりがあるらしい。
そう、アルブスたちが麻を恐れている最大の理由は、麻酔いである。
以前説明した通り、麻酔いとは麻の葉や花に含まれる陶酔作用を受けて起こる、酩酊状態のことだ。主に収穫時など、濃密に麻と接触することで起こる。
酔いと言われている通り、多くの場合は中毒と言われるほどの重篤な症状にはならない。それこそ、アルコールで酔っぱらったようになる、くらいで終わることが多い。
なので二十一世紀の人間なら、仮に麻酔いの人間と遭遇しても酔っ払いとして対処するだろう。酒など二十一世紀ならかなりありふれたものだし、実際に酒を嗜んでいない人でもドラマなりなんなりで見る機会も多いだろう。
しかしこの原始時代には、アルコールは存在しない。いや、あるのかもしれないが、少なくとも酒という形では存在しない。
このため、アルブスは「酔う」という状態になったことがない。だからその概念も知らないのだ。
そんな人間が酔っぱらった人間を見たら、どう思うだろうか?
……度合いにもよるだろうが、多くの場合は困惑し、場合によっては恐怖するだろう。
「……ということだ」
「なるほどなぁ……そらそうやとしか言えんわ……」
ガッタマががくりとうなだれた。
うん。お前収穫のとき、一番激しく麻酔いしてたもんな。まさかお前が笑い上戸とは思わなかったよ。
「一応な、お前たちを受け入れたときに麻の悪いところはあまり触れないでおいたんだが……それでも必要な説明は全部したからさぁ」
「それで余計怖がってる、っちゅうことか……」
「教えた段階ではあまり、反応はなかったんだけどな。実際に見て、よほどヤバいと思ったんだろう」
人が変わることもあると言っても、誰も真剣には取り合わなかったんだが。
新参者ではあっても、若くて真面目なガッタマが、げらげら笑いながら刈り取り用の道具をぶんぶん振り回す様は、本気でヤバいと思うには十分すぎたのだろう。俺もヤバいと思ったもんな、あれ。
付け加えると、狂態をさらしたのはガッタマだけではない。アサモリ一族の多くの人間が、普段とはまるで異なる様子を見せつけながら麻を刈っていた。
その中で、俺を含めた数人だけが粛々と刈り取りをしていたのだから、誰がどう見ても相当異様な光景だったに違いない。
「言い訳をさせてもらえるなら、あんときやらかしたのは俺含めてヂカに触ったことのない若造だけなんや……」
「それはつまり、慣れないとああなるってことだろ? たぶん群れの皆は、慣れてまでなりたいとは思えなかったんだろう」
「……せやな……」
あと、あえて言わないが、俺も麻に直に触れたのはあのときが初めてだったのだが、それはどう説明すればいいかな?
まあその辺りは単に個人差だと思うが、それにしてもガッタマたちの乱れ方は結構なものだった。
彼らがことさら麻に弱い体質というならまだいい(あまりよくはない)が、もしかしたらアルブスそのものが、サピエンスに比べて麻に弱い種族という可能性もある。
そうだったとしたら、麻の危険性は高まってしまう。群れを丸ごと中毒患者にするわけにはいかない。
事前にアサモリ一族に麻の特権を与えておいてよかったと、つくづく思う。あれは彼らのかつての掟をそのまま流用する形で、他のアルブスに悪影響が及ぼすのをできるかぎり避けようとする意図で提案したのだから。
当初はその特権に反発した人々は、刈り入れ以降手のひらを返して特権に賛成している。特権は名前をそのままに、貧乏くじという認識に変わったのだ。
「まあそういうわけで、ガッタマ」
「なんや?」
「儀式に使う葉っぱの量、減らそうぜ?」
ともあれ、麻による中毒症状が群れ全体に蔓延することだけは避けねばならない。もちろん、アサモリ一族にだってそんな人間は出したくない。
だから俺は、努めて深刻な顔を浮かべて、ガッタマの肩に手を置いた。
「……せやな。ぶっちゃけ、どんだけ使えばいいか正確なところわからんかったしな……」
おぉいガッタマ君? 君たちの伝承、ガバガバじゃないかい?
いや、確かに中枢を担っていた人たちは残っていないかもしれないけども。
本当にお前、若造扱いだったんだな。平均寿命が超低空飛行のこの時代に、俺と同い年くらいのこいつがほとんど情報を与えられていないって……。
案外、上の世代の人たちも教えたくなかったんじゃないか? もちろんいい意味で。真実は二度とわからないが。
「あとあれや、皆から嫌われて儀式ができなくなるのは避けたいな。なんかええ案ないやろか?」
ふむ、そこまで言ってくるか。
なら、せっかくだ。事前の決意通り、徹底的に麻の影響を減らしてやろう。
「んー、そうだなぁ……。麻の煙自体は必要なんだろう?」
「せやで。神と繋がるために大事なことや。儀式のときに焚き染めるんはそのためやな」
「でもそれを広場でやると、周りの人間にも影響が出るだろうから……祭る側の人間だけが事前に家で煙を浴びておく、くらいまでやればいいんじゃないか?」
「う、うーん……あれは周りと一緒に、少しずつ高まっていくんが大事なんやけど……」
俺の言葉に、ガッタマは腕を組んで顔をしかめた。そのまま顔を伏せたり、空を仰いだりしてうんうんうなる。
これでも段階を踏もうと思って、一気にゼロにしないでおいたのだが。
悩む気持ちはわからなくはない……けれど、宗教儀式って、信じていない人間にとってはどうでもいいとも思ってしまうんだよな。もちろん口には出さないけども。
「……うーん、仕方ないか。今さらここを追い出されたら俺らはおしまいやし、なんとかするわ」
どうやら折れてくれるらしい。ガッタマが柔軟な若者でよかった。
「それじゃ俺は仲間に説明してくるから、ギーロはテシュミと一緒に今の案で準備しといてくれるか? 場所は俺の家使ってくれて構へんから。あそこの葉っぱが二人の分や」
「あいよ……って、うわ」
ガッタマが指差した籠には、麻の葉が山盛りになっていた。
……せめて半分くらいで勘弁してもらおう。俺はまだ自分を失いたくないし、テシュミが耐えきれるかどうかも心配だからな……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ということで、周囲の特権に対する見方は「やべぇよ・・・あいつらマジやべぇよ・・・」でした。
今後、主人公はこれらの習慣をいかにして変えていくかも課題の一つになっていくでしょう。
みんな! 危険なドラッグに興味本位で手を出したらだめだぞ! お兄さんとの約束だ!




