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【連載版】確かに努力しないでちやほやされたいって願ったけども!【本編完結】  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
第一部 現実との戦い

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27.嵐前の静けさ

 バンパ兄貴が薪を集め終わる前に、群れ中から土器をかき集めて水をくんでおく。薪が来たら、それを使って湯を沸かす。


 ここに女たちが集めてきた毛皮をぶち込み、煮沸消毒だ。

 もちろんだが、全部ではないぞ。一部は純粋に敷物などに使うが、乾く前に必要になることは間違いないからな。

 汚れが気になるが仕方がない。生乾きの毛皮の上に妊婦を寝かせるわけにはいかない。

 消毒したやつは、生まれた赤ちゃんの身体をふく用だ。布がないから、その代用だな。ないのだから仕方がない。手や葉っぱよりはだいぶマシだろう。


 煮沸消毒が終わったら、毛皮を乾かしている間にもう一度湯を沸かす。こちらは、サテラ義姉さんに直接触り得る人間の手足を消毒するために使う。

 とはいえ、人体を茹でるわけにはいかないから、ある程度まで冷ましてから洗う程度が関の山だと思うが。


「……と、そういうわけで、見えない敵が赤ちゃんや妊婦の大事なところで悪さをするのを防ぐために、一度沸かした湯を使うんだ」

「なるほど……」

「それで出産がうまくいくんだね?」

「絶対うまくいくとは言えない。成功しやすくなる、程度かな」

「……絶対じゃないんだなぁ」

「神様の道具があればいいんだがな」


 と、そんな感じで消毒の基本的なことを、出産の手伝いをしてくれる女たちに説明する。


 ここまでで、時間は既に日暮れ時。義姉さんの陣痛の間隔は十分(もちろん目分量だ)を切り、出産が本格的に見え始めてきた。

 だが、ここから先が長かったはずだ。確かよく目安として言われる十分というものは、あくまで病院へ行くタイミングの目安であって、出産開始の目安ではない。

 多くの場合、ここからさらに数時間かかる。人によっては夜が更けて、空が白み始めるまで続くことだってあるという。長丁場もいいところだ。


「それじゃあ、手伝ってくれる奴は今のうちに順番に休んでもらおう。恐らく本番はもっと夜が更けてからになるからな。なんなら軽く寝ておいてもいい。兄貴、その辺りの調整は任せていいか?」

「ああ、任せておいてくれ」


 順番の割り振りについては、リーダー役に定評のある兄貴に任せておけばいい。

 心配ではあるだろうが、今はまだ、完全には出産が始まっていないのだ。ここであれこれ気をもんだところでどうしようもないのだから、普段やっていることをやらせたほうがいいだろう。


「よし、沸騰してきたな……あとは冷めるのを待って手洗いの徹底だな」


 冷めるまでの間にゴミや細菌が入る可能性がかなりあるが……原始時代でこれ以上綺麗な水を用意することは不可能だ。ここは妥協するしかない。


「……兄貴も今のうちに寝ておいた方がいいと思うぞ?」

「そんな心境にはなれないな……」

「だろうな。一応、言ってみただけだ」


 と、ここでメメたちが食事を持ってやって来た。


「おーい、飯ができたのじゃよー!」

「お、来たか。兄貴、寝ないならせめて飯はしっかり食ったほうがいい。食っておかないと夜がきついぞ」

「……わかった。サテラは?」

「もちろん義姉さんもだ……と言いたいところだが、それどころじゃないみたいだ。こういうのは陣痛の度合いによるから、食えるやつは食えるんだが……」

「そ、それで大丈夫なのかッ?」

「食うに越したことはないから、余裕があったら食べてもらうよ。無理に食べさせても意味がないどころか、逆に身体に悪いからな」

「そ、そうか……」

「水はいつでも飲めるようにしておくけどな。最低限水分だけでも、な」


 そう付け加えると、俺はメメに歩み寄った。


「メメ、ありがとうな」

「ううん、これくらいどってことないのじゃ!」

「飯を配り終わったら、爺さんと一緒に薪集めを頼めるか? 昼間集めた分がなくなりそうなんだ」

「薪じゃな! わかったのじゃ!」


 俺の言葉に素直に頷いて、ディテレバ爺さんの元へ歩いていくメメ。


 その様子を見送っていると、後ろから兄貴の声が飛んできた。


「これからの時間に彼女を外に出すのは危険じゃないか?」

「それでも、いつもより長く起きて長く活動しておいてもらいたいんだ。そうすれば疲れで一気に眠れる」

「……ギーロ?」

「兄貴、俺も知識しかないけどな。出産は修羅場なんだ。妊婦は痛みに耐えるために叫ぶ。その内容は、大体罵倒らしいぜ」

「そ、そうなのか……シュラバ?」

「……とんでもなく壮絶な状況って意味だ。ともかくそんな状況を、俺はメメに見せたくない」

「なるほど……」


 そこでなぜか兄貴の声のトーンが柔らかくなったので、不思議に思って振り返る。


「愛されているなあ、彼女は」

「……そういうわけじゃない」

「そういうことにしておこう」


 俺の言葉に、兄貴がふっと笑った。

 俺にとっては不本意なやり取りではあったが、兄貴の心が少しでもほぐれたのならよしとしよう。


 メメから今夜の飯(肉しかないが)を受け取って、俺は小さく息をついた。肉には、この間採ってきた塩の味がほんのりとついていた。


 静かだ。先ほどまで慌ただしさが周囲に満ちていたのだが。

 しかしこれは間違いなく、嵐前の静けさだ。敵や災害と戦うわけではないから、この表現は少し違うかもしれないが……命がかかっていることには変わりない。


「……そうだ。兄貴、食いながらでいいからさっき後回しにしたことについて説明しておこうか」

「あ、そんなこともあったな。すっかり忘れていた」

「まず、俺が神様の世界で学んだ知識は基本的に全部神様のものだ。これが大前提」

「うむ」


 前世の知識のことを神様の知識と呼び、その主体者であるサピエンスを神様と呼ぶことについては半端ない違和感があるのだが。

 それを指摘しても、兄貴たちにとってはわかりづらくなるだけだろうから、仕方ない。


「俺たちは神様とは違う。だから、神様がこれだけ必要と言っていたことが、俺たちはそうじゃないかもしれないわけだ。たとえば……そうだな、一日に食べないといけない食い物の量が、俺たちと鹿とでは違うようなものだ」

「なるほど、なんとなくわかったぞ。お前が学んだ知識が単に『これだけ食べなさい』だけだった場合、それは神様ではない俺たちには当てはまらないわけだ」

「その通りだ。全部が全部そういうわけではないだろうけれど……出産に関してはまさにこれが当てはまってしまったんだ」


 小刻みに兄貴が頷いた。


 つまり、女性が妊娠してから出産に至るまでにかかる日数が、サピエンスとアルブスでは決定的に違うというわけだ。

 サピエンスの妊娠期間は、およそ十カ月。もちろん人や環境によってある程度は前後するが、ともあれ十カ月程度ということはよく知られている。

 だが恐らく、アルブスの妊娠期間はそれより短いのだろう。経産婦たちがサテラ義姉さんの出産時期を「こんなもの」と言っていたそうだが、これが正しいのなら、アルブスの平均妊娠期間は六カ月程度ということになる。


 同じ人間なのに随分と短い、と思うかもしれないが、一段落している今よく考えると、これはさほどおかしなことではないと思う。

 なぜなら、生物の妊娠期間は多くの場合、身体の大きさに比例して長くなるからだ。


 確か最も妊娠期間の長い陸上生物は、象だったはずだ。その期間は驚きの二年弱だという。逆にネズミなどは、二十日程度で出産に至るとか。

 もちろん例外もあるが、基本的にはそういう法則が地球の生物には当てはまるわけだ。


 そう考えれば、女の体格が極めて小さいアルブスの妊娠期間が短いことは、むしろ当然のような気すらしてくる。これで男女の性差が逆だったら、サピエンスより長かったかもしれないが……。


 ともあれそう言うわけなのだと思う。この辺りの考察は、群れのみんなに説明してもどれほど理解が得られるかわからないので、俺の心のうちにしまっておくけれども。


 ……しかし参った。俺は出産に備えて布を作るべく、ずっと麻を探していたのに間に合わなかった。

 サピエンスの感覚でいたせいで、まだ大丈夫だろうと思い込んでいたんだな。玉ねぎの種まきとどちらを先にするか迷う程度には、まだ後回しでもいいかと思っていたわけだ。


 先ほども言ったが、だから毛皮がその代わりだ。

 夏とはいえ、今は氷河期だ。産湯で洗った後の赤ちゃんを、自然乾燥に任せるわけにはいかないからな。


「そのロッカゲツとかジュッカゲツとかは、なんだ?」

「あ、これか? これは暦と言ってな……少し前に兄貴が、地面に線を引いている俺に何をしているんだって聞いてきたことがあっただろう? 俺が日数を書いていると答えた……」

「ああ、そんなこともあったなぁ」

「その集大成の一つだな。ちょうどいいや、今教えておこう」


 太陽が昇り、沈むまでの時間を一日として(厳密には違うと皆も知っていると思うが、わかりやすくするためだ)、それを三十回繰り返して一ヶ月。

 これを十二回繰り返すことで、季節が完全に一回りする。これを一年……と、だいぶ大雑把ではあるが、暦の基本を説明する。


 そして経産婦たちの経験談から、俺たちの種族が生まれるまでにかかる時間が大体六カ月くらいなのだろう、という推測を話した。


「なるほど……これは、つまり……これをうまく使えば、子を孕んだ女がいつごろ出産するか予測できるようになるわけか!」

「正解、さすが兄貴だ。そして予測ができれば、それに備えておけるだろう?」

「そうだな。これは便利だ」


 相変わらず兄貴の理解力が半端ない件。生まれる時代を間違えたのではないかと思うレベルだ。

 このまま行くと、暦の発明が紀元前六万八千年になってしまうかもしれない。

 シドさんが聞いたら泡を吹いて倒れそうだな。文明発展ゲームのバランスもひどいことになりそうだ。


「他にも使えることは多いぞ。たとえば、動物の中には子供を作る時期が決まっているやつがいるだろう? 暦があれば、その時期はそいつは狙わないようにしよう……もしくは積極的に狙おう、と言った計画も立てておける」

「おお、確かに!」


 改めてその用途を考えると、まったく暦というものは大した発明だよな。二十一世紀において、人々の生活はほとんどすべてが暦を基準にして成り立っていたのだから。

 もちろんその内容は地域や時代で変わるものの、その用途や概要が紀元前にほぼ固まったことも、よく考えるとすごい話だ。これを最初に生み出したやつこそ、真の天才だよなぁ。

 一個人の発明ではないかもしれないとも思うけどな。過去から連綿と続いてきた営みの中で、人々が積み上げた知識の上に成り立っているものなのだし。


「やはりギーロはすごいな……」

「俺は他人の知識を借りてきただけだよ。本当にすごいやつは俺じゃないさ」

「何を言っているんだ、貸していいと神様に思われたということだろう。それはすごいことじゃないか」

「……そう言われると、悪い気はしない、かな」


 人のふんどしで相撲を取っていること自体は、別に気にしていない。そうしないと、この時代で生きていけないからな。

 ただ、それを褒められることには違和感がある。あったのだが……改めて兄貴に言われると、なんだか気が楽になった気がする。


 ……やっぱり、兄貴の存在はありがたいなぁ。これだけ俺のことを理解して信頼してくれる家族が前世にもいてくれたら、俺はもう少し上に行けたかもしれない。


「それとアルブスについてだが……」

「うむ、教えてくれ」


 まだまだ赤ちゃんが出てくるまでは時間がある。その間に、説明できることはしておこう。

 その時の見極めは、実際に子供を産んだことのある女たちに一任してあるから、いよいよとなったら呼びに来てくれるだろう。この辺りは、産婦人科医でもない男の俺にはどうにもわからないところだ。


 ――そうして完全に日が沈み、俺の目論み通りにメメがリタイアしてくれた頃。

 いよいよ出産が始まった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


というわけで、皆さんご推察の通り出産まで早かったのは身体が小さいからですね。

早産で回していかないと母体が普通に死ねるというのが大きいですが、栄養が現代に比べて足りていないので、早産の傾向があるというのもあるかもしれません。しっかり栄養を整えたら、七か月くらいが平均的になるんじゃないかな。


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