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26.一つの決意

最後までの道筋が大体ついたので、章立てをつけました。

全三部構成の予定です。

 塩探しから戻ってきて、およそ半月。九月に入って少し。

 玉ねぎの種まきが先か麻探しを粘るかで悩んでいた頃合いに、それは起きた。


「ギーロ、大変だ!」

「ひゃうっ!?」

「うおう!? いきなりどうした兄貴!?」


 やはりまずは麻がほしいと、メメを連れて外に出ようとしていた時だ。家の中に突然バンパ兄貴が飛び込んできたものだから、心臓が口から飛び出るかと思った。


 しかし、普段優しさの塊のような兄貴が、大股で肩をいからせながら深刻な顔で近づいてくるものだから、ただ事ではないのだとすぐにわかった。

 俺は気を引き締めると、兄貴に駆け寄る。


「何かあったんだな? 言ってくれ、俺にできることなら何でもする」

「産まれそうなんだ!」

「……ん?」

「サテラが子供を産みそうなんだ!」

「な、なんだってー!?」


 リアルにミステリー調査班みたいなセリフを口走ってしまったが、本当にそれくらい驚いた。


 いやいやいやいや、いくらなんでも早すぎるだろう!?

 サテラ義姉さんが妊娠したの、せいぜいが半年前くらいだぞ!?


「ま、え!? 待ってくれ兄貴、もう産まれるのか? 早くないか!?」

「? そ、そうか? 子持ちの女たちはこんなものだと言っていたが……」

「マジで!?」


 こんなものなのか!?


 待て、落ち着け。落ち着くんだ俺。まずは素数を数え……ってそんなことで落ち着けるか!


「待ってくれ、ギーロ。お前の持つ神様の知識では早いのか!?」

「あ、ああ……早い、確実に早い。普通人間が妊娠から出産するまでは十月十日とつきとおかと言って……って、ハッ!? そうか、そういうことか!」

「おわぁ!? なんだ、急に叫ばないでくれ! 何を納得したんだ!?」

「すまん兄貴、神様の知識も万能ではないらしい! たぶんだが、みんなの言い分のほうが今回に限っては正しいと思う!」

「そ、そうなのか!?」

「ああ! 俺が得た知識はあくまで神様の出産(要するに現代日本人のことだが、こう言うしかない)であって、それが俺たちアルブスにも当てはまるわけではないんだ!」

「あ、あるぶす?」


 しまったァー! そう言えばこの呼称、俺以外は使っていなかったな!

 というか、そもそも誰にも言っていなかったわ! 通じるはずがない!


「あー、えーと、すまん、細かい話は一旦後にしよう! まずは義姉さんのところに行こう!」

「お、おう、そうだな!」


 まったくきれいに締まらない中、俺たちは慌ただしく家を後にした。


 たどり着いたのは、普段族長たちが使っている家。主に年長者が住んでいるので、出産に際してはいい場所だろう。


「義姉さんだいじょ」

「サテラ! 大丈夫か!?」


 俺の声は兄貴の声でかき消されたが、めげない。


「ぁう、ば、バンパぁ……」

「サテラ!」


 義姉さんは、いつもの元気がまるで嘘のように弱弱しかった。

 大きなお腹を抱えながら、敷き布(単になめした毛皮だが)の上で息も絶え絶えといった様子だ。顔色もよろしくない。


 そんな彼女を、複数の女たちが囲んで身体をさすってやったり水を用意したりと世話をしているようだ。


「ギーロ、頼む、サテラを助けてやってくれ! お前だけが頼りなんだ!」


 義姉さんの容体を、危険と見たのだろう。兄貴は泣きそうな顔で俺の肩をがっとつかむ。その指には、万力のような強烈な力が込められていた。

 痛い。痛いのだが、今はそんなことを言っている時ではないだろう。兄貴の心はもっと痛いはずだ。義姉さんの身体はもっともっと痛いはずなのだ。


 だが、正直不安しかない。


 俺は医者でもなんでもなかったが、恐らく未婚の三十代日本男児の中では出産に関する知識が多いほうだと自負している。というのも彼女ができた時、舞い上がってあれこれ調べまくったから。

 気が早いとか言わないでくれ。男というものは、可愛い子に声をかけられただけで、下手したら最後まで添い遂げる人生を妄想できる生き物なんだ。まして彼女ができたとなれば、舞い上がっても仕方がないだろう?


 え、しない?


 …………。


 ……悪いが黒歴史なんだ、あまりつつかないでくれると助かる。


 ともあれそう言う理由で、出産に関する知識はある。あるにはある。

 しかし結局、俺は彼女と結婚できなかった。というか、一夜を共にする前にフラれたのだが。ともあれ恋愛経験はそれだけなので、当然子供を持った経験も、育てた経験もない。

 経験の伴わない知識ほど危ういものもない。生兵法は怪我のもと、ということわざもあるくらいだ。


 けれども、それでも……。


「……任せてくれ。絶対に義姉さんは助けてみせる」


 気づけば俺は、そう答えていた。

 我ながらフカしたものだと思う。はっきり言って、無謀だ。


 でも、いつもあれだけ俺を気遣って、ずっと助けてくれた兄貴の頼みだ。そんな兄貴が大切にしている人の命がかかっている。

 ここで無理だ、なんて言えるわけがないだろう! 兄貴の期待を裏切るなんて、俺にはできない!


「兄貴、顎で使って悪いがみんなで協力して薪を集めてくれ! できる限りたくさん頼む!」

「わかった!」

「女の皆は毛皮を用意してくれ! これも多ければ多いほどいい!」

「任せて!」

「あ、でも全員が行くと義姉さんも不安だろうから、二人くらいは残っておいてくれると助かるかな……」

「あ、それはそうだね」


 全員が一斉に家から出て行こうとしたので、慌てて止める。俺って本当、締まらないなぁ。


 とりあえずこれで、家の中には四人。

 サテラ義姉さんと俺、それに確か出産経験豊富な婆さん(恐らく三十代後半か、行っても四十代前半だろうけども)が一人と、彼女の娘さん(こちらも経産婦)で四人だ。


「ギーロ、わしも手伝うのじゃ! 何をすればいいかの!?」

「わっ、メメ? お前ついてきてたのか」

「だって心配だったのじゃ!」


 それもそうか。二人はなんだかんだで仲がいいからな。


 しかしなぁ……正直言って、メメは出産に立ち会わせたくない。というか、可能なら声が聞こえる範囲にすらいてほしくない。

 いや、別にいじわるで言っているのではない。出産というものは二十一世紀であったとしても命がけの行為で、常に死と隣り合わせなのだ。妊婦が陣痛に耐える様など、壮絶すぎて気絶してしまう旦那もいると聞く。


 そんな様子を出産したことのない女が見たらどう思うだろうか?

 下手したら、子供を産むということそのものに恐怖を抱いてしまうのではないだろうか。メメにはそんな想いをさせたくない。


 だが、このまま放置するのもまずいよな……どうするか……。


「……そうだな、メメ。お前は他の女たちと一緒に……」

「一緒に? 何をすればいいんじゃ!?」

「飯の用意を頼む」

「……へ?」

「これから先はしばらく、多くの人間が義姉さんの出産にかかりきりになる。飯を用意する暇はもちろん、食う時間も少ないはずだ。だから今のうちに準備をしておいてほしい」

「なるほど! わかったのじゃ!」


 俺の言葉に大きくこくりと頷いて、メメは家から飛び出していった。


 ……最近あいつの舌打ち、エイトビートみたいになってきているんだよな。どうやって反響定位をしているのかさっぱりだ。現代曲は教えないほうがよかったかな……。


「……ぎ、ギーロ……」

「あ、ごめん義姉さん。……痛むんだな?」


 返事はなく、代わりに小刻みの頷きが返ってきた。陣痛は誇張抜きに死ぬと思うくらい痛いらしいからな……喋るだけでも相当につらいのだろう。


 とりあえず今すべきことは……まず姿勢を安定させることか。無理な姿勢は負担になるからな。妊婦が一番楽でいられる状況を、とにかく用意しなければならない。

 ……が、これは毛皮が届き次第だな。これが日本なら、病院にあるベッドは色々と動かせるのだが……こういう時、つくづく原始時代に転生したことが恨めしい。


 それ以外にすべきことと言うと……破水の有無の確認か。ないなら、子宮口がどれくらい開いているかを確かめ……。


 ……どうやって?

 子宮口って、要するにあそこの奥だよな。大事なところだよな。

 そこを確認……って……男の俺が?


 ……うん。


 女衆残しておいてよかった! マジでよかった! 直前の俺の判断、グッジョブ!!


「婆さん婆さん。すまないが……」


 ということで、婆さんに頼んで状況を確認してもらうことに。


 早速確認してくれた婆さんによると、破水はまだ。つまり赤ちゃんが産道を通り始めるまでは、まだまだ時間があるということだ。

 緊急性はまだないとほっとしたが、それは逆に言えば先は長いということでもある。一息つけるときはついておかないと、こっちの身体も持たないかもしれない。


 ちなみに、子宮口の大きさの確認はできそうになかったので諦めた。

 いや、冷静に考えたら専用の機材がないし。直に触るなんて、それこそありえないし。

 原始時代だぞ。清潔にする手段など、せいぜい煮沸消毒しかないのだ。赤ちゃんの通り道やその周辺を汚れた手で触るなど、天に唾するに等しい。だから諦めた。


 決して変態を見るような目でにらまれたからではない。断じてない。


「ギーロ、毛皮持ってきたよ!」


 そこで先ほど出て行った女たちが毛皮を持って戻ってきた。


「おお、思っていた以上にあったんだな」

「エッズがね、出来ている分は全部持って行っていいって言うから」

「……なるほど。あいつなら言うだろうな」


 エッズの嫁さんと赤ちゃんは、出産で命を落とした。彼からしたら、出産で誰かが死ぬのは耐えられないのだろう。


 ああ……そうだ。俺は後でエッズには謝らなければいけないな。


 あの時、俺は既に俺だった。前世の知識を獲得していた。出産に関する助言をすることは、できたはずなのだ。


 しかし、俺はあの時、何もしなかった。できなかったのだ。

 必要な道具が一つもなかった、というのは言い訳だろう。

 本音を言えば、下手な助言をしたことでうまくいくものが失敗になったら……と思うと、動けなかった。

 要するに、あのとき俺は逃げたのだ。


 だって、俺の前世は、失敗だらけの人生だった。

 天才とか一流と呼ばれる連中に負け続けの人生だった。

 そんなところから、不本意なことが多くとも確かに努力しないでちやほやされる環境に置かれて。周りが俺を持ち上げてくれる環境に置かれて。

 困惑も大きかったが、確かに嬉しかったのだ。


 だからこそ俺の助言が逆効果で……あるいは意味をなさなくて……出産が失敗に終わってしまったら、今の立場が失われてしまうような気がして。

 ……俺はあのとき、何も言わなかったのだ。


 所詮俺は、神の気まぐれに付き合わされただけの一般人なのだろう。

 何やらいくつもの反則的な特殊能力を持っているようだが、それも他人からただ与えられただけのもの。結局、性根は前世のまま何も変わっていなかいのだ。


 けれど……恐らく、今ここで逃げたら、もう終わりだと思う。ここで変わらなければ、俺はたとえどんな能力があろうとも、天才とか一流と呼ばれる人たちには二度とかなわないままで終わってしまう気がする。

 いや、むしろ彼らに挑む権利すら失ってしまうのではないだろうか。そんな気がする。


 だから、


「……やってやるよ」


 無意識のうちにつぶやいた。


 俺はもう逃げない、と。

 どんな結果に終わろうと、ベストを尽くすのだ、と。


 ――全身に、力がみなぎるような気がした。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


主人公覚醒。その時不思議なことが起こっ……るといいね(投げやり

出産が早い理由とかは次の話辺りで主人公に推測で語らせますが、皆さん切れ者が多いので理由は大体お見通しかと思います。

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