20.出発!
※18話におけるメメとドッキングした際の主人公の地の文が修正されています。今回の話は修正後の文章に基づいた内容になっています。
「……こんなもんか」
仕上がった旅装を広げながら、目の前で掲げてみる。
ブツは、大人のアルブスメンズでも身体をすっぽりと覆えるサイズのマントだ。留め具を取り付けられるだけの技量が俺になかったので、樹皮の縄で前部を閉められるように小さな穴を開けてある。
それからフードもつけてみたぞ。今の時期は必要ないかもしれないが、今後のことを考えると、あったほうがいいと思ってのことだ。
とはいえ、はっきり言って出来はお粗末なものだ。達成感はあるが、つなぎ目には一部隙間が見えるし、繋いでいる紐(というか細い縄だが)同士の間隔もまばら。二十一世紀じゃこんなもの、到底商品にはならないだろう。
編み物なら一通りできるんだけどなぁ……。裁縫なんて家庭科の授業以来、一度もやったことがなかったから仕方ないとは思うけども。いやでも、それでここまでできたわけだし、むしろ褒めてくれてもいいんじゃないだろうか。
「お、完成したのか?」
「ああ、大体ね」
マントをひらひらと前後させて状態を確認していると、バンパ兄貴が声をかけてきた。
「それをどう使うんだ?」
「これはこうやって……羽織るのさ。上についているのはこうやって、頭を覆う」
せっかくなので、試着してみる。
袖がないので、まさに身体を覆うような形だな。フードもしっかり被ると、なんだか遠い未来遥か彼方の銀河系を守る騎士になった気分だ。
「おお、なるほど」
「寒さを防ぐためのものだから、こんな風に隙間があると冬に使うには足りないと思うけどな……そこはこれから練習していくしかない」
兄貴が納得と言いたげに頷いたので、俺は首を振る。
「そうだな。しかし……この作業……縫う、だったか? これは女たちでもできそうだな」
「さすが兄貴だな、俺もそう思うよ」
「男にしかできない仕事が多いから、女たちもできる仕事は女たちに割り振ったほうがいいかもしれないな。女たちがもう少し大きくなれたらよかったんだが」
「俺もそう思うよ」
切に。
特におっぱいとか。
切に。
「……マント以外にも、しっかり身体を覆うちゃんとした服も作っておきたいな。それも冬までに全員分行き届かせたいところだ」
「まんととやらは、服を着た上から身に着けるものなのか?」
「普通はね」
いやまあ、裸の上にこういうものを着る変態も前世にはいたわけだが。そしてこの時代ならそれは普通にありうるわけだが……それは俺が嫌なので、そういうことにしておこう。
「そうか……ならまずは、服のほうを作ったほうがいいのだろうな」
「ああ、そう思う。ただマントは……今度塩を探しに行くのに欲しかったから」
あと、靴も用意しておきたい。革が手に入った今、これもなんとかなるはずだ。
「遠いんだったな。しかしメメコが嬉しそうにしていたぞ」
「……何日かかかると思うから、本当はあまり連れて行きたくないんだけどな。あの能力のことがあるし、何より約束した以上は仕方ない」
「はっはっは、いいじゃないか、かわいいものだ。彼女が大人になったら、子供もすぐできるかもな」
「あー……まあ……そのうちな……」
「あれだけいつも仲良く一緒にいるんだ、そうなるだろうさ」
俺とメメの関係はそう言う風に見られているのか……。どちらかと言えば、好奇心旺盛な子供に振り回されている親戚のおじさんという心境なのだが。
……いや、結婚イコール子供という考えはこの時代なら当たり前なのか。
しかし……何度も考えているが、女のアルブスの身体にはどうにも欲情できないので、子供のことは正直あまり考えられないというか。
というか、そうか。塩探しの旅はメメにとって嬉しいことなのか。どの辺りが琴線に触れているのかわからないが、それならそれで機嫌を損ねないように配慮はしないとな……。
ついでに危険な生物に出会わないよう、神様にでも祈っておくかねぇ……。
「……もはやいるとしか思えないしな……」
ぼそりとつぶやいて、俺は自分の手に視線を落とした。
きれいなものだ。歳相応、時代相応の武骨な手ではあるが、無傷だ。男とはいえアルブスらしく、毛が希薄できめ細かな白さである。
信じられるか? これ、何十回も針を刺した後の手なんだぜ?
頑丈で傷がつかなかったわけではない。驚くことに、既にすべての刺し傷が治った後なのだ。いや、嘘でもなんでもない。れっきとした事実だ。
少し血が出た程度ではあったものの、それが複数となれば結構きついものだ。刺した直後はもちろん、風や水も怪我には沁みるから、治るまでが憂鬱……と思っていたのだが。
そんな傷がすべて、あっという間に治ったのを見た時は驚きを通り越して怖気が走ったよ。体感で一時間くらいだったと思うが、それでも圧倒的な短時間だ。はっきり言ってありえない。
思い返してみれば、食事の時に口の中を噛んでも口内炎にはならなかった。投石機で失敗して自分に当たっても、痣にすらならなかった。家を作る時、丸太を建材に加工していて刺さった棘がいつの間にか消えていた。
これらは明らかに異常だ。考えるまでもなく、身体に関して何らかの特殊能力が宿っていることは間違いない。
「ありがたいと言えばありがたいんだが、なあ……」
医療のイの字も存在しないこの時代、ちょっとした怪我がそのまま死に直結する。そんな中でこの回復能力は便利だし、生き長らえたい身としてはありがたい。
ありがたいのだが、もう一声と思ってしまうのは人間のサガだろうか?
いやまあ、これ以上となるとやりすぎになってしまうだろうから、この程度が無難だとは思うけども。
あの神を名乗ったやつは、俺の転生先として地球の地名を言った。ならばここは、メルヘンやファンタジーとは無縁の世界のはず。
そんな世界でこれ以上の超回復能力を持っていたら、生神様コース一直線だ。努力しないでちやほやされたいと願った身ではあるが、そういうタイプの扱いは遠慮したい。
「ギーロ? どうかしたのか?」
「あ、いや……なんでも。教えてもらった知識に感謝しないといけないなと思っていただけさ」
「そうか? ……そうだな、それは間違いない」
何かを察したような様子ではあったが、兄貴はふっと微笑むとべしんと俺の背中を叩いてきた。
言及を避けてくれたのはありがたいが、それだけは本当にやめてほしい。兄貴、俺に対してだけなぜか手加減が緩いんだよ……。
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それから時間は過ぎて、一週間後。遠出するメンバー全員分の防寒着と靴が完成したところで、いよいよ塩湖探しの旅に出発だ。
イカれたメンバーを紹介すると、まずは丸太を片手に籠を背負うモリヤ一族の族長、ディテレバ爺さん。目に入れても痛くないほど末娘を溺愛しているがゆえの、当たり前すぎる参戦だ。
それから爺さんの娘で、俺の嫁でもあるメメ。そわそわ落ち着きがない様子は、遠足を待ちきれない小学生のそれだ。相変わらず遠出するには厳しい身体なのだが、好奇心のほうが上回るのも子供らしいな。
そして俺。爺さんと同じく籠を背負っているが、武器は投石器だ。槍は今回置いてきた。前は爺さん、後ろは俺という腹積もりである。
それから、モリヤ一族合流前から群れにいた三氏族から男が一人ずつ。いずれもメメと行動を共にしたいからという理由で遠出を決意した、筋金入りのロリコンどもである。
もとい、メメがいつも無事でいられるように周囲を固める親衛隊である。紳士だ。そのはずだ。
それに日数をかけての遠出となると、不寝番などで人手がほしかったところだ。イエスロリータノータッチの精神でいてくれるようだし、万が一のことがあれば爺さんの丸太が火を噴くので、まあいいだろうと同行を許可した。
一応彼らには彼らの名前があるのだが、三人とも同じ名前(あまりいい意味ではない)なので、はっきり言ってややこしい。かといって氏族名、つまり苗字で呼ぶのも群れの中ではなおややこしい。なので俺は勝手にアイン、セム、モイと呼んでいる。
こういう時は例の三連星がお約束かもしれないが、彼らはド硬派だしどうかなと思って、ちょっとひねってみた。
……ともあれ、以上。総員六名。これで全員がマントを羽織っているので、傍から見たらヤバい集団だ。
特にロリコン三人組な。あいつら服が間に合わなかったから、マントの下ほぼ裸なんだよな。
「それじゃあ行ってくる。目的地に辿り着けなくても、とりあえず五日がすぎたら引き返すようにするから」
「わかった。気をつけろよ」
「もちろん、まだ死ぬ気はさらさらないさ」
「メメのことも気遣ってやるんだぞ」
「……わかっているよ」
見送りに来てくれた兄貴がいつもより心配性だ。確かに日をまたぐのは初めてだが、そんなに不安に見えるかな、俺?
「兄貴こそ、サテラ義姉さんのことしっかりな」
「ああ、もちろんだ」
意趣返しのつもりだったが、至極真面目に頷かれるとこれ以上は何も言えない。兄貴には勝てないよ。
「お前ら、ギーロとメメコのことを頼むぞ」
「ウィッス!」
「任せてください!」
「お嬢は守り抜いて見せます!」
三人組は威勢がいい。だが、
「彼女に手を出したら、もぐからな」
「「「うぇ、ウェーイ!」」」
兄貴がすごむや否や、震え声で頷きまくる。
うん。
何をもぐんだろうな。
兄貴、貫禄の迫力だな。
その後も色んなメンツが男女入り乱れて何人も見送りに来てくれたのだが、思っていた以上に長引きそうだったので兄貴の後は挨拶もそこそこに出発させてもらった。
ということで群れを出た俺たちは、まず北上して川に突き当たる。前にも話した通り、恐らくこの川が目的地に流れ込んでいると思われるので、ここからは川に沿って下流へ進んでいくことになる。
だがその前に……。
「メメ、頼んだぞ」
「任せるのじゃ!」
メメを肩車で担ぎ上げ、下流の方向を調べてもらおう。
と言っても、最近は自分から俺の身体によじ登ってくる上、そのまま一緒に移動することが多い。
ついでにその初動を見るや否や、三人組が俺(と言うかメメ)を囲む形で周囲の警戒に入るのも最近のお約束になりつつある。
今回に至っては爺さんもいるので、完全にインペリアルクロスの陣形を敷くことになった。
「メメコ……たまにはわしにも乗ってくれんかの……」
そしてそんな状況の中、砕けんばかりに歯をかみしめて懇願してくる爺さんがいる。
最初の頃はメメの下と言えば爺さんだったし、立場から言ってもその気持ちはわからなくはないのだが、残念ながらメメはここ最近やけに俺に懐いている。
ただ、彼女が俺に固執しているのはそれだけが理由ではない。
「えー、だって、ギーロの上にいたほうが遠くまで見えるし……」
……ということなのである。
それはおかしい、というツッコミは至極もっともだ。俺は爺さんより背が低いので、常識的に考えて俺の上のほうがよく見えるということはありえない。物理法則がそうさせるはずなのだ。
だが今、なぜかそんな不思議なことが起こっている。この間言いかけて途中で説明をやめたのがこの一連の現象なのだが、正直言ってわけがわからないよ。
物理法則さんがサボっているわけではない。俺もそんなバカなと思って、爺さん以外の俺より大きいやつらに頼んで検証したからな。
だが、メメの視覚が向上したのは俺と組んだ時のみだった。物理法則さんは悪くない。彼を妨害する何かが俺にあるのだ。
それが俺のさらなる特殊能力なのか、それともこの地球が奇跡も魔法もある並行世界なのかはわからないが……推測はできる。恐らくは前者だ。
何故かと言えば、メメを担いだ状態で彼女が能力を使うと、俺は奇妙な感覚を味わうのだ。具体的には、彼女と触れた部分から彼女と繋がったような感覚が全身を駆け巡る。
最初これを感じた時は気のせいだと思ったが、これが毎回ともなればさすがに気のせいだとは思えない。
そしてメメが言うには、この感覚は彼女も味わっている(曰く、じんわりあったかくて気持ちいい)というのだから、間違いなく現実だ。
極めつけに、肩車をせず単にメメと手を繋いだ状態で能力を発揮してもらっても、彼女の超視力に磨きがかかることがわかっている。だから俺の特殊能力という線が濃厚だと思うわけだ。
だが、特殊能力とは言えてもチートとしては微妙だ。他にもそれらしいものを持つが、どうしてどれもこれももっと突き抜けてくれないのか。あの神とやらは俺をどうしたいのかさっぱりわからない。
せめて品種改良を一瞬で完了させるような……青い猫型ロボットの道具みたいな……それこそチートと断言できるようなものが欲しかった。時代背景的にもちょうどいいじゃないか。そうすればドラゴンとかペガサスを作って、この過酷な時代も楽しめるのに。
「んー……うん、やっぱりあっちに行くと……みずうみ? が見えるのじゃ。途中に牛がいっぱいおるのー。狼が少しいて、牛を見ておるから……狙っておるんかの? あ、でも、近くないから大丈夫だと思うのじゃよ。それよりこっち側は、あとは鳥しか見えんしの」
「さすがお嬢です!」
「頼りになります!」
「俺たちの女神!」
相変わらずの超視力だ。頼りになりまくる。
ただし、欠点もある。
親衛隊がうるさい……のは冗談として。メメの主観でしか判断できないので、対象の数や具体的な距離がわからないのだ。
だから動物の数は五匹まではわかるが、それ以上は少し、いっぱい、たくさんになるし、距離も近く、近くない、遠くない、遠いと曖昧だ。
それでもなお有用なことは間違いないので、これからも世話になるとは思うが。
「川沿いとなれば色んな動物がいるのも当然か。わかった、ありがとう」
「ん!」
俺の言葉に返事が来ると、直後にメメとの一体感が消える。彼女が目を閉じたのだ。ただし、俺からは降りない。
「よし、『近くない』のが一番近いなら、今日中に危険なやつらと遭遇することはないだろう。でも警戒は怠らずに、慎重に進むぞ」
「わかったー!」
「……わかった」
さて……一通り整って、完全に出立できたところで……爺さんの機嫌をどう伺おうか。
メメが爺さんの上に乗ってくれれば一発で解決する話なのだが、俺から動こうとしないんだよなぁ……。反抗期というやつだろうか……。
「見たかお嬢のさっきの笑顔」
「「「見守りたい~!」」」
「ギーロさんにしか見せねえんだぜあれ」
「「「一途~!」」」
「羨ましいけど俺らじゃ無理だわな」
「「「だよな~!」」」
……あいつらは放っておこう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主人公に与えられた最後のチートは、気づいた方もいらしたみたいですが寿命チートでした。
平均寿命がクッソ低い時代ですからね、これつけておかないと下手したら年も越せずに死ぬ可能性ありますから・・・。
それから補足いたしますと、主人公とメメの合体技は四つ目のチートではなく、二つ目のチート(身に覚えのない知識)の一部です。
さらに言うと一つ目のチート(言語系)ともかかわってくるのですが、そのあたりの細かい理論はいずれEXで神様たちに語ってもらう予定。




