P.S.24 とある親子の再会
それは発掘現場でソラルの日記の断片が見つかってから、一ヶ月ほどが経ったころ。記者会見を終えて数日が経ち、俺が有形無形の接待に心底辟易し始めていたころに見つかった。
「人間の入った結晶体が出てきた?」
俺は発掘をしていた現地人スタッフから受けた報告に、首を傾げた。
ちょっと何を言っているのかわからない。それが聞いた直後の率直な感想だった。
そう言うだろうと思って、という言葉とともに差し出された端末には、確かに人間が入った結晶体が写っていた。
イメージとしては、最終だか究極だかの幻想に出てくるクリスタルの中に、冬眠にも見える雰囲気で人間がすっぽりと収まっている感じだ。結晶体の透明度はかなり高く、その全身がほとんど見える。中にいる人間は女のエルフで、どうやら暗黒時代晩期の皇国で流行した夏服を着ているようだったが……問題はそこではない。
このときの俺の顔は、漫画やアニメでも滅多にないくらい蒼白なものだったらしい。報告にきたスタッフが言うにはだが、きっとそうだったろうなと俺も思う。
なぜなら、結晶体の内部に収まる人間に、見覚えしかなかったからだ。心境としては、異世界だと思っていた世界の果てで、砂に埋もれた自由の女神像を発見したときの心境が一番近いと思う。
「……すぐに確認します。案内をお願いします」
「わ、わかりました」
だから俺は、気づいたらものすごい早口でそう告げていて、スタッフを追い越すくらいの勢いで歩き出していた。
案内されたのは、発掘現場のおおよそ中心部……から、斜め下に掘り進んだところで見つかっていた奇妙な遺跡だった。
ここが発掘されたのはその日から二、三日前のことだったが、あらゆる時代のものが無造作に、しかも大量に転がるという、おおよそあり得ない場所だった。しかもそこからは複数の通路が伸び、他にも部屋があることが予想されていた。
前々世にいたゴッドハンドのような何者かが、自身の功績を作り上げるために捏造した場所かとも思い、慎重に調査をさせていたのだが……。
「ウッソだろ、おい……」
不思議な結晶体が発見された場所。平常心であったなら、きっとRPGの遺跡みたいとはしゃげただろう雰囲気の最深部で俺を出迎えた、人間を内包する結晶体。虚空に浮かんで微動だにしないそれを見て、俺は絶句した。
その中にいた少女の顔を、俺が忘れるはずがない。氷河期の原始時代で、俺の血を分けてこの世に生まれた少女。およそ百年を共に過ごし、科学や魔術の発展に多大な力を貸してくれた、愛しい娘、ソラルの姿がそこにあったのだ。
だがそれは、常識的に考えてあり得ない。なぜならその話は、7万年も前のことだからだ。この世に永遠のものなんてあるはずがなく、残っているなんてことは絶対におかしい。
なのに今、俺の目の前に浮かぶ結晶体の中で目を閉じた彼女の姿は、在りし日の彼女と寸分違わない。だからこそリアクションは、絶句以外きっとあり得なかった。
「教授、この結晶体なんですが、妙なんです。すべての検査魔術が弾かれて、全部失敗するんですよ」
「あの衣装は暗黒晩期のものですよね? まさかとは思いますが、最低でも1600年前の人間が……?」
「そもそもあれの近くに生身で近づいてもいいんでしょうか? もしかしたら危険物という可能性も……」
責任者である俺が直接現れたことで、スタッフたちが思い出したかのように一斉に動き出し、実に多くの問いかけを受けることになったが……正直言って、それらに答える気にはなれなかった。
と言うより、答えられる余裕がなかったと言ったほうが正しいだろう。
周囲も俺の様子がおかしいことは次第に理解したようで、顔を見合わせたりして困惑し始める。そこまで来てやっと、俺はなんとか動けるまで立ち直ることができた。
「あ、ああ……ええと……」
「教授、大丈夫ですか? まさかあの結晶体に何か危険な要素があるのでは……」
しかしそれでも本調子とは言えない中、何人かがそう言ってきたのでここはもう利用させてもらうことにした。
つまり、何らかの影響があるかもしれない未知のものかもしれないから、しばらくは立ち入り禁止としたわけだ。
まあ、この決定をしたがために、学芸国に調査要員の派遣を要請しなければならなくなったことは、後から考えると失策だったわけだが……このときはそれが最善だと思ったのだ。
そしてその日の夜。俺はミミと共に宿泊しているホテルで、彼女と一緒に改めて問題の映像を見た。
「ソラルじゃー!?」
「だよな、やっぱりそうだよな!?」
ミミの目から見ても、そこに写っていた少女の姿はまごうことなくソラルのそれだった。そして二人で大いに混乱し、何が何だかわからないと首をひねり合うことになったのだった。
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大エルフ学芸国本国から調査団が来たのは、次の日の昼過ぎだった。予想よりもだいぶ早い到着に驚いたが、どうも俺の功績がかなり重く見られているようで、俺にすれるゴマはすれるだけすっておこうという魂胆らしかった。
まあそれはそれとしても、大エルフ学芸国が誇るスタッフはみんな優秀な技術者だ。彼らに調べられないものはない、と言われるくらいには優秀である。
だが結果的に言えば、彼らがその手腕を発揮することはなかった。なぜならその日、結晶体は調査員を迎えるのとほぼ時を同じくして、砕け散ったからだ。
あの日そこに足を踏み入れたのは、十五人の調査員。それから彼らに無理を言って同行した俺とミミの、合計十七人だった。
リーダーを務めていた学長(あとで聞いたことだが、発掘現場をその目で見たいがために無理を押し通して調査団に入ったらしい。そう言えば彼の専門は神話時代だった)を先頭に、結晶体の鎮座する部屋に入った俺たち。
前日までであれば、それだけで何も起こらないはずだったのだが、この日は違った。俺たちが中に踏み込むと同時に、結晶体は明らかな反応を示してみせたのである。
それは発光であり、発音であり、発魔であった。
同時に、結晶体の中で眠るように佇んでいたソラルの瞳が見開かれる。
固体であるはずの結晶体の中でそれを行う異常は、その場の全員からスルーされた。中の存在が目覚めたという事実のほうが圧倒的に問題だったからだ。
『ソラの眠りを妨げるのは誰ですか……』
何より、そんな念話がその場の全員に発せられたのだから、細かいことはどうでもよかった。
当のソラルは、周りから向けられる奇異、あるいは困惑の視線など気にする風もなく、ぎょろりと目を動かしていた。彼女の視線は、不愉快そうにその場にいる調査員たちを順繰りに眺めていたが……やがてミミを見て驚きで大きく刮目し、さらに俺を見るや否や泣きそうな顔で喜んだ。
この段階で、俺とミミの中には既に確信があった。ここにいる理屈はわからないが、あれはソラルだと。そういう確信が生まれていた。
そしてその確信は、事実として目の前に舞い降りる。
俺を見とめたソラルが、大きく身体を動かす。するとそれに呼応するかのように結晶体が震え、直後あっさりと砕け散った。
調査員の誰かがもったいなそうな声を上げたが、それに構うことはなく。ガラスが砕けるような音を周囲に響かせて、しかしガラスのように派手に飛び散ることなく、結晶体はその場に崩れ落ちていく。
ソラルはそこから取り残されるようにして、しばらく空中に浮かんでいた。しかしくしゃくしゃに崩した顔を一直線に俺に向けて、
「ああ……! やっと、やっと会えたです……!」
そんな感極まった声を上げた。
そして、これこそ聞き間違えるはずがなかった。
ソラルだ。ソラルの肉声だ!
そう思った瞬間、俺の身体は自然と前に進み出ていた。それはミミも同じで、俺たちは揃って前に出ながら手を広げていた。
その二人分の腕の中に、緩やかにソラルが飛び込んでくる。抱きすくめた彼女の身体は間違いなく生きた人間のそれで……感極まったソラルは号泣していたが、俺たちもまた涙を流していた。
「――お父! お母! 会いたかったです!!」
「「ソラル!!」」
こうして俺たちは、実に7万年ぶりの再会を果たした。
果たしたが……このときの感情だけの行動は、国の上層部でもある学長に最初から最後まで見られていたわけで。
その結果、歴史の目撃者、もしくは当事者たる生きる伝説、ときには神とも称される神話時代の英雄、ソラルの健在はごく一部に知られることになる。ひいては、薄っすらとだが俺とミミの素性すらも。
このことが、一体これからの世界にどういう影響を及ぼすのか、それはまだ誰も知らない。ソラルですら、知りうることではない。
ただその存在があまりに大きいことは間違いなく、真実を知ってしまったメンバーは圧倒的多数でこれを秘匿することにした。
不幸中の幸いで、国の重鎮でもある学長がいたためこの決定は過不足なく履行されて今に至るが、公表したほうがいいと思っているメンバーも少ないながら存在することも事実だ。
この点に関しては、当初俺は中立の立場を取っていた。今後の世界の安寧と発展に繋がるのであれば、不本意ではあるが俺の特異な素性を明らかにすることもやぶさかではないと思っていたからだ。
ただ、俺の隠し子疑惑が拡散してしまい、今まで以上に過激な取材攻勢を受けるようになった最近は、素直にこう思う。
――公表はやめてくれ。マジで。
と……!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ス マ ブ ラ 楽 し み だ な あ !