旅の業
「行ってきます!」
その声は小さい村に響き渡るには十分な大きさで、声の主はフードがついたマントを着ている。どうやら、この村の習慣である『旅の業』の出発の日らしい。『旅の業』とはいわゆる口減らしの方法の一つである。
数年に1度、村の畑が不作の時がある。このままでは寒冷期を迎えることができない。そんな年は、一番口が大きい男児を村より北にある王都に働きにいかせるのだ。そして、帰ってくる者は少ない。真実は帰ってきた者だけに知らされる。聞いたものはそれを納得し次の不作の年にそれを行う。それの繰り返しでこの村は深い森に囲まれたこの場所で生きているのだ。
そんなことは露知らず、少年――ミドルは村を発った。
持ち物は少しの食糧、村の長が知る動植物についての知識の書物、ボロボロのマント、そして亡き祖父が生前自分にたくした少し錆びたナイフと大きな石がはめ込まれた首飾り。これがすべてである。普通ならこんな軽装備ともいえないような装備では森には入らない。しかし、今ミドルの頭には、まだ見ぬ都の素晴らしい景色が浮かんでいたのだ。その幻想が出発してすぐに崩れ去るとは夢にも思っていなかっただろう。
こうして一人の少年がまた、この村から旅立った。
彼の名はミドル。
後の戦いに巻き込まれる一人の戦士である。