表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら駆ける夏  作者: 桜坂ゆかり
第一章 衝撃的告白
2/44

おじいちゃんからの情報

 翌朝はおじいちゃんも私も、入院の手続きや用意で忙しく、ゆっくりと話をする時間はなかった。

 それでも昼食後、病室に落ち着いたおじいちゃんと、腰を落ち着けて話をする時間がようやくできた。


「おじいちゃん、昨日の話なんだけど……」

「あぁ」

 おじいちゃんは相変わらず真面目な表情だ。

 昨日、あの話をしてくれてから今まで、入院の準備などのせいもあってか、普段のおじいちゃんの明るい表情は鳴りを潜めていた。

 もちろん、病室に落ち着いたことで、ホッと一息ついた感じではあったけど、依然として普段の明るさまでは戻ってきていない様子だ。


「わしもいつ言うべきか、すごく悩んだんじゃ」

 おじいちゃんがゆっくりと言う。

「じゃが、昨日も言ったと思うけど、いずれは言わねばならんこと。それで昨日伝えたんじゃが、さくらを傷つけることになってないかがすごく気になってたよ。すまんな」

「私は傷ついてないよ」

 私はすぐに言った。

「そりゃ、びっくりはしたけど。お父さんお母さんは私を生んでくれた人ではないっていうことだけど、私にとって二人が両親っていうことに変わりはないし、おじいちゃんもまた私のおじいちゃんってことに変わりはないんだから……」

 そこまで言って、私は言葉に詰まった。

 おじいちゃんの目に涙が見えたからだ。

 おじいちゃんが涙ぐむ姿を見るのは、私にとって今回が初めてだった。

 おじいちゃん……。


「おじいちゃん、泣かないで」

「ああ、すまん」

 いつものおじいちゃんなら、もしこういう場面になったとしても「目から鼻水が出ただけ」とか何とか半笑いで言いそうなところなので、それを想像すると、おじいちゃんが笑顔を見せてくれない現状が、少し寂しかった。




「それでね」

 私は昨晩一人でずっと考えていたことを切り出した。


「私……生んでくれた両親にも会ってみたい」

「そう言うと思っていたよ」

 おじいちゃんはうなずく。

「さっきも言った通り、お父さんお母さんおじいちゃんが、今までもこれからも私の家族だということに変わりはないし、気持ちは変わらないよ。でも…………それでも、生んでくれた両親にも、たった一度だけでいいから、会ってみたいの」

「そう思うのは自然なことじゃと、わしは思うよ。ただ、簡単なことじゃない。それは、さくらにも分かるじゃろ」


 私にも分かっていた。

 痛いくらいに。

 私は施設に預けられていたということだし……実の両親に何らかの事情があって、私を育てられなくなったことは、まず間違いないだろう。

 私がその施設に行ってみたところで、たとえ当時の記録が残っていたとしても、何一つ教えてくれないだろうということは容易に想像がつく。

 守秘義務というものがあるだろうし……。


 もちろん、こんなことを言い出すこと自体、お父さんお母さん、そしておじいちゃんにとって失礼にあたるかもという考えも、私の中にあった。


 それでも、おじいちゃんに打ち明けた理由は、幾つかある。

 一つは……おじいちゃんには何でも打ち明けやすいからだ。

 また、実の両親にこれから会う方法を模索する場合に、おじいちゃんに知らせず影でこそこそするのが嫌だったと思ったから……というのも一つの理由だった。

 それに……当時を知るおじいちゃんが、ひょっとしたら、ほんの些細なことであっても、実の両親の情報を知っているかもしれないと、淡い期待を持っていたというのもあるかも。




「実の両親について、何か情報はない? 今さら、その施設に私が出向いても、両親の情報を私に教えてくれるとは思えないし、私としては全く手がかりのない状態だから……。ほんの些細なことでもいいから……何か知らない?」


 おじいちゃんは黙ったまま、少し顔を上に向けて、目を閉じた。

 思い出そうとしてくれてるようだ。


「お前の『さくら』っていう名前はな」

 おじいちゃんは目を見開くと、真正面の壁を見つめて言う。

「押し花のキーホルダーはまだ持ってるか? 桜の花びらのやつじゃ。あのキーホルダーから、お前は『さくら』と名づけられたんじゃよ」


 今、ここに持ってきてはいなかったけど、何のことかはすぐ分かった。

 桜の花びらを押し花にして、それをキーホルダーにしたものだ。

 物心がつく前から持っていたような気がする。

 すごく綺麗で、私にとってお気に入りのキーホルダーだった。


「あの押し花キーホルダーは、実の両親が作ったものじゃろう。お前が預けられていた施設によると、お前をくるんでいた毛布の中に入っていたそうじゃ。毛布には他にも、生まれたばかりのお前の写真が何枚も入った小さなアルバムもくるまれていたらしい。このアルバムも、すでにお前が持っているはずじゃよ」

「薄い表紙で、ピンク色のやつ?」

「そう、それじゃ。表紙にポケットアルバムと書いてあるはずじゃ」


 そのポケットアルバムというものにも心当たりがあった。

 どういう経緯で渡してもらったかということに関しての記憶はないけど、自分の赤ちゃんの頃の写真ということで、大事にしているものの一つだ。


「あの桜の花びらのキーホルダーを持っていたから、わしらはお前を『さくら』と名づけたんじゃ。あのキーホルダーとポケットアルバムの二つは、お前の実の両親がお前に与えたものじゃろう。あの二つは、お前が施設に引き取られたときには、すでにお前のものになっていたらしいんじゃよ。お前に教えてやれる情報は、このぐらいだな……。お前の言う通り、施設の人も、たとえお前が当事者とはいえ、そうやすやすと個人の情報を口外しないじゃろう。これからどうして探すんじゃ? ネットを使うのか?」


「ううん、ネットは使わない。私としても、そんなに大っぴらにしたい事実じゃないから。おじいちゃんや亡くなったお父さんお母さんに対しても、失礼でしょ」

「わしのことは、気にしなくてもいいが……」

「それでもやっぱりやめておくよ。不特定多数の人に出自のことを知られるのは、嫌な面もあるし。それにそうした場合、面白半分で私たちのことを攻撃するような人も現れるかもしれないから」

「なるほど。それもそうじゃな。それじゃ、キーホルダーとポケットアルバムだけが手がかりか……」

「うん。いったん帰ってもいい? その二つをしっかりと確認したいから」

「ああ、もちろんじゃ。面倒だったら今日はもう来なくてもいいし、そちらの都合を最優先でいいぞ。わしは動けない訳じゃないから、欲しいものがあれば自分で調達できるし、さくらの都合でいいからな。何かあればすぐ連絡する」

「そうは言うけど、心配だからまた今日ももう一回来るよ。それに、キーホルダーとポケットアルバムについて、一緒に考えたいから。ダメ?」

「もちろん来てくれるほうが、ありがたいに決まってるじゃろ」

 ここで久々に、おじいちゃんの明るい笑顔が見られた。

 少し安心する私。


「それじゃ、ちょっと家に戻って、キーホルダーとアルバムを持ってくるね」

「ああ、気をつけてな。おお、そうじゃ! 小さな将棋盤と将棋駒を、ついでに取ってきてくれんか?」

「うん、分かった。おじいちゃんの部屋にあるのよね?」

「うん、そうじゃ。よろしく頼んだよ。気をつけて帰るんじゃぞ」


 こうして、私は大切な手がかりである、キーホルダーとポケットアルバムを探しに、いったん家に引き返した。




 家に着いた私は、自分の部屋に入ると、すぐに机の引き出しから、キーホルダーとポケットアルバムを取り出す。

 お父さんお母さんの事故以来、ますます大事にしているものたちだったが、今となってはさらに私にとって重要な意味を持つものになっていた。


 キーホルダーを、そっと手のひらに乗せてみる。

 桜の花びら。

 押し花。

 まさかこれが自分の名前の由来になっているなど、想像もしていなかった。


 そしてポケットアルバム。

 ピンク色の薄い表紙を開くと、私の赤ちゃんの頃の写真がたくさん収められている。

 そっか……これは、私の実の両親が撮ってくれたものだったのね。


 私はポケットアルバムを閉じたが、表紙の裏側を何気なく見て、ハッとした。

 約十六年前の日付と共に、「マツダイラ・カメラ店」と書かれていたからだ。

 その下に、この店の住所も書かれている。

 今までは、中の写真だけを見ていて、こんなところまで注意を払っていなかった。

 これは、手がかりにならないだろうか。

 このお店で、実の両親は写真を現像したんだろうし。

 あとでおじいちゃんに聞いてみよう。




 私は続いて、小さな将棋盤と将棋駒を探すために、おじいちゃんの部屋に入った。


 おじいちゃんの部屋に入るのは何年ぶりだろう。

 普段は用もないし、入ることはほとんどなかったから。




 言われていた将棋盤と駒は、すぐに見つかった。

 おじいちゃんは将棋好きで、大きくて高そうな将棋盤と駒も持っているけど、持ち運びには適さないから、そういうときはこの小さいほうの盤と駒を持っていくようだ。


 おじいちゃんは、けっこう多趣味なほうだと思う。

 書道や絵画にも興味があるみたいだし。


 また、机の上には、きれいな切り絵と、押し花の作品も置かれていた。

 そういえば、折り紙や陶芸など、自分で何か作るのが大好きなおじいちゃんのことだし、これらもおじいちゃんが作ったものなのかもしれないな。

 ん?

 もし、おじいちゃんも押し花に詳しいのなら……もしかすると、私の押し花キーホルダーの花びらが、どんな桜の木のものなのか分かるかも。

 うーん、さすがにそれは難しいかな。

 でも、とりあえず聞いてみよう。


 そして私は、小さい将棋盤を小脇に抱え、将棋駒の入った箱を手に持つと、おじいちゃんの部屋を出て、病院へと引き返した。




「おお、もう来てくれたのか!」

 病室のおじいちゃんは、元の明るさを徐々に取り戻していたようで、ちょっと安心した。

「ただいま。はい、これ。この将棋盤と駒箱でしょ?」

「ああ、これだこれだ。助かったよ」

 おじいちゃんは嬉しそうだ。


「でも、ここ個室なのに、誰と将棋を指すの?」

「お見舞いに来てくれた人とか、ここで出来る友人とかに決まってるじゃろ」

 なるほど、おじいちゃんは誰とでもすぐに仲良くなれる人なので、話し相手や友達を作るのに困るタイプではないか。


「それで、これ。キーホルダーとポケットアルバムを持ってきたんだけど」

 私はバッグから、それらを取り出した。

「それでね、聞こうと思ってたんだけど。おじいちゃんも押し花を作るんでしょ」

 おじいちゃんは、一瞬きょとんとした様子をしたが、すぐに笑って言った。

「まぁそんなに上手ではないが、やらんこともないな」

「それじゃ、このキーホルダーに入ってる花びらなんだけど……。ここから、桜の木の種類とかって分かんないかな?」

 私の言葉に、おじいちゃんは少し険しい表情になる。

「残念じゃが、わしにはさっぱりじゃ。そもそも、木の種類を特定したとしても、この京都市内だけでも数え切れないほどの木があるじゃないか。これがどの木のものかなんて、分かるとは思えないな」

 たしかにおじいちゃんの言う通りだと思った。

 ここを取っ掛かりにするのは無理かも……。


 私は続いて、もう一つ気になっていたことを切り出した。

「このアルバムに書いてある『マツダイラ・カメラ店』……ここで写真が現像されたってことよね?」

「ああ、これはそういうことじゃろうな。ふむ、お前の実の両親は、この店の近所に住んでいる、もしくは過去に住んでいたのかもしれないな。普通、写真を現像するのに、そんなに遠出しないじゃろうから。この店は、個人店のようだし、ひょっとしたら両親はお得意様だった可能性もあるな」

 私の考えていた通り、手がかりになりそうだったので、ちょっと嬉しかった。


「とりあえず、今ある手がかりはこれだけだし、このお店に行ってみるね。実の両親の名前や容貌も分からない上に、十数年前の話だし、結局何も情報が得られない可能性も高いけど……このままじっとしていられないの」

「もし、その店で何も分からなかったら、次はどうするつもりなんじゃ?」

「うーん……」

 私は考え込んだ。

 今のところ、これ以外の手がかりがない。

 どうしたらいいんだろう。


「このお店の近くに、両親の家があるのなら、探してみたい。もちろん、どんな家か、両親はどんな人か、などの情報は一切ないんだけど……この唯一の手がかりから探していくしかないから。幸い、八月いっぱいまで夏休みだから、この休みを使ってね。色々遊びにいく予定を立ててたんだけど、とりあえずいったんは白紙にするよ」

 少し考えてから、私は言った。

「気持ちは分かるが、ほんとにいいのか? お前ぐらいの年だと、思い出作りが大事だと思うし、いっぱい遊んだほうがいいとおもうんじゃが……」

「だって、気になって仕方ないもん。ほんとに、ただ一度でいいから会ってみたい。ずっと連絡を取り合おうとかは考えてないの。一度会って話せたら、それで納得するから。どんなことがあっても、私の両親は亡くなったお父さんお母さん。生んでくれた両親には申し訳ない気持ちはあるけど、これだけは変わらないんだ」

「何か……打ち明けたことを後悔しそうじゃ。ほんとによかったのか……」

 おじいちゃんは複雑な表情だ。

「打ち明けてくれて、本当にありがとう」

 私は心をこめて言った。

 言いにくかっただろうに、しっかり伝えてくれたおじいちゃんに、本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。


「さくらが、そう言ってくれるなら」

 おじいちゃんは、笑顔を見せてくれた。

「しかし、家からこのカメラ店まで、けっこう距離がないか? このカメラ店がある街まで、頻繁に通うつもりなのか?」


 たしかに、そこそこ距離があるようだった。

 電車を乗り継いで、一時間半ぐらいはかかりそうだ。

「でも、このぐらいなら、しょうがないんじゃないかな」

「そうは言うが、交通費もかかるし、いちいち自宅から行くのも考え物だぞ」

 うーん。

 それは分かってるんだけど。

 でも他にどうしようもないじゃん。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ