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さくら駆ける夏  作者: 桜坂ゆかり
第四章 深まる恋、そして謎
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部屋で探し物

「お邪魔しま~す」

 家の中に誰も居ないことは分かってるはずなのに、涼君は挨拶してから、私に続いて玄関に入ってきた。

 それにしても、暑い。

 暑すぎる。

 クーラーも扇風機もないと、こんなにも暑いものなのかぁ……。


 暑いのが苦手で、さっさと用事を済ませたい私は、まっすぐおじいちゃんの部屋へ向かう。

 涼君もあとからついてきてくれている。




 おじいちゃんの部屋に入ると、まず言われたとおり、机の上を探す。

 あとから部屋に入った涼君は、きょろきょろとあたりを見回していて、何だか落ち着かない様子だ。


「机の上にはないなぁ。黒い戸棚、これだっけ」

 言いながら私は、黒の戸棚の一番上の段の扉を引っ張った。

 すると―――。


 何かが飛び出してきて……というか落ちてきて、私の左足の親指に激突した。

 痛っ!


「大丈夫?!」

 涼君が心配そうに駆け寄ってくれる。

「うん、大丈夫。足の指に当たったよ~。いたたた……」

 落ちたものに目をやると、アルバムだったらしい。

 落っこちた拍子に、ページが開いている。

「おじいちゃんのアルバムかな。勝手に見ると悪いから、元に戻すね」

 そうして閉じようとしたんだけど―――。

 開いていたページにあった写真に自然と視線が行き、私の手は止まった。


 それは、おじいちゃんの若い頃の写真だった。

 その隣にいる男の人……どこかで見覚えがある気がする。

 そういえばこの感覚どこかで……。


 そうだ!

 八重桜さんのところで写真を見せてもらったときも、同じような感じを受けたんだった。

 間違いない!

 今、八重桜さんにもらった写真は持ってきてないけど、間違いなくあの写真にも写っていた人だ。

 そして、私はこの人に会ったことがある。

 私ははっきりと確信を持っていた。

 でも、誰なのかという、肝心なところが分かってないんだよね……。


「この人、八重桜さんのとこでもらった写真にも写っていたよね」

 涼君も気づいたらしく、そう言った。

「ヒサさんの知り合いでもあるんだね。意外なつながりだなぁ」

「私、この人に会ったことがあるかも」

「ええっ?!」

 涼君は、相当驚いた様子だ。

「誰なのは分かんないけど、確信があるんだ。きっと会ったことがあるって」

「そっか……」

 本当に、いつ、どこで会ったんだろう。

 最近かな。

 それともずっと前?

 どこで会ったのかということも、見当すらつかない。

 この人がおじいちゃんの知り合いなら、私も会ったことがあるということ自体は何も不思議なことはないんだけど。

 この家におじいちゃんが連れてきたのかもしれないし。


 問題は、なぜ八重桜さんの所属していたというあの劇団の集合写真に、この人も写っていたのかということだった。

 それは単なる偶然とは思えない。


 そのとき、ようやく我に返って、私は言った。

「ああ……おじいちゃんのアルバムを勝手に見続けてたら、おじいちゃんに悪いよね。戻しておくね」

 そしてアルバムを閉じようとしたけど、さっきまで見ていた写真の隣の写真に一瞬目が行く。

 おじいちゃんと一緒に写っていた外国人の男の人の笑顔が、私の印象に強く残った。

 おじいちゃんはああいう性格だし、交友関係が広いので、外国人の友達がいても何ら不思議なことではないんだけど。

「さくらちゃん……。そういえば……たしか、ヒサさんは『茶色い戸棚』って言っていたはずだよ」

 言いにくそうな様子で、ポツリポツリと涼君が言う。

「ああ~! 黒の戸棚じゃなかったんだ! 間違えた~」

 私は、黒の戸棚の最上段の扉を急いで閉めた。

「このことはおじいちゃんには内緒ね」

「うん、もちろん」


 そして私たちは、クローゼットの隣にある茶色い戸棚に向かった。

 最上段の棚の扉に、指をかけつつ、思わず身構える私。

 涼君は「俺が開けようか」って言ってくれたけど、「大丈夫」と言って私が開けた。

 開き直って、勢いよく。


 中からは、何も落ちてこなかった。

 この戸棚の中も、お世辞にも片付いているとはいえない状態だ。

 しかし、幸いなことに、言われていた扇子は、割とすぐに見つかった。

 取り出した私は、何気なく、その扇子を広げてみる。

 そこには「馬」という漢字を逆にした(鏡に映したような形の)漢字が一文字、大きく書かれていて、横にやや小さい文字で「王将 鰐山恵一」と書かれていた。


「この漢字、馬に似ているけど、逆になってるね。なんでだろ」

 涼君が言う。

「これは『左馬』(ひだりうま)と言ってね。縁起物みたいなものなんだよ」

「ひだりうま?」

「うん。なんで縁起がいいのかというとね。まず、一つめは『うま』を逆から読むと『まう』でしょ。これは昔から、めでたい席で踊られる舞いを『舞う』ということを思い起こさせるためっていうこと。二つめは、『馬』の字の下の点々の部分が、財布のきんちゃくの形に似てるでしょ。きんちゃくは口を締めると、入れたお金が出て行きにくいから、富のシンボルとされていたからってこと。三つめは、普通は馬は人に引かれていくものだけど、逆にすることで、人が引かれて入ってくる、つまり千客万来、商売繁盛につながる、と考えられたこと。四つめは、馬は右から乗るとつまずいて転ぶので、左から乗るのが普通らしくて、そういうことから左馬は『人生をつまずかずに過ごす』という意味を持っているということ。などなど……こういうことから、めでたい縁起物とされているらしいよ」

「さくらちゃん、よく知ってるね~!」

 涼君の感心してくれた顔が、私を喜ばせた。

「ううん、全部、おじいちゃんから聞いたことの受け売りだよ」

 ちょっと照れながら答える私。

「いやいや、それだけのことを覚えるだけでもすごいよ。俺も見習わないとね」


「ダラダラと話してごめんね。とりあえず、扇子がすぐ見つかってよかった。言ってたポテチは、これのことだね」

 扇子が入っていた段の奥に、二袋のポテチがあるのが見えた。

 私は取り出して、一つを涼君に渡してから、すぐに賞味期限を確認する。

 涼君も「ありがとう」と言って受け取ると、同じように賞味期限の記載されている箇所を探しはじめたようだ。

 私が先に見つけた。

「あ、あった! 今年の九月までだ」

「余裕で大丈夫だったね」

 涼君も安心したように笑う。

「それじゃ、おじいちゃんのとこに届けにいこうよ」

 そう言うと、私は戸棚の扉を閉めたんだけど、隣のクローゼットがかなり気になった。

 クローゼットの扉の下の隙間から、服のすそらしきものが、幾つもはみ出していたから。

「うわ~。なんで服が挟まっているのよ、信じらんない」

 呆れて、思わず言ってしまった。

「たしかに。これじゃ、服が傷んでしまうかもね」

「おじいちゃん、しっかりしてほしいな……」

 私はクローゼットを開けてみることにした。


 中を見ると、服の裾が挟まっていた原因がすぐに判明した。

 服を吊っている棒の位置が、明らかに低すぎるからだ。

 でも、そのことよりも目についたのが……。

「おじいちゃん、どういうファッションセンスしてるのよ……」

 ド派手すぎる、金色でキラキラしたスーツを見つけたのだった。

 漫才師じゃあるまいし。

 全く、もう……。

「こっちには、真っ白なタキシードがあるよ。ヒサさんが、結婚式で着たのかな」

 涼君が指差したタキシードの隣には、ドラキュラのような、マント付きの黒い服があった。

 その隣には、服にまぎれて、オペラ座の怪人が付けるようなマスクが吊るされている。

「変な服ばっかりだ……」

「コスプレも、ヒサさんの趣味の一つなのかもね」

「たしかに、おじいちゃんは多趣味だから、あり得るかも」

 私たちは、服の裾が挟まらないように、棒の高さを十分に引き上げてから、静かにクローゼットの扉を閉めた。


「あの額に入れられて飾られているのが、ヒサさん自慢の免状?」

 不意に、涼君が指差しながら言った。

 指差す先には、壁にかけられた免状の額がある。

「うん、そうだよ」

 それにしても、いかにも立派そうな額だ。

 免状の左側を見ると「会長 三宮茂」「竜王 名人 鰐山恵一」と署名があった。

「扇子の字を見たときも思ったんだけど、鰐山さんって達筆だね。ここには『竜王 名人』っていう肩書きで書かれているけど、これは、その二つのタイトルを同時に持っていたっていう意味?」

 涼君が聞いてきた。

「うん、そうだよ。その二大タイトルを一人の棋士が同時に保持した場合は、『竜王・名人』と名乗るのが通例となっているんだ。他に幾つタイトルを持っていたとしてもね」

「それじゃ、七冠王でも『竜王・名人』って名乗るわけだ」

「うん。でも各タイトル戦では、違う場合もあるけどね。例えば、棋聖っていうタイトルがあるんだけど、もし鰐山さんが『竜王、名人、棋聖』の3つのタイトルを持っていたら、棋聖戦では『鰐山棋聖』って呼ばれるよ。竜王戦では『鰐山竜王』、名人戦では『鰐山名人』と呼ばれることになるね。これ以外の場合は、他のタイトルに挑戦するときも含めて、『鰐山竜王・名人』が普通だね」

「なるほど~よくわかったよ。ありがとう」

「いえいえ」

 涼君が将棋に興味を持ってくれたみたいなので、少しうれしかった。

「さくらちゃんって将棋に詳しいんだね。もしかして、さくらちゃん自身も将棋を打つの?」

「うん、おじいちゃんの影響で少しだけね。将棋の知識はさっきの『左馬』のことと同じで、ほぼ全ておじいちゃんの受け売りだし」

「そっか、今度教えてよ。俺はルールすら、ほとんど知らないし」

「私でよければ」

 本当は将棋は「指す」もので、「打つ」ものではないんだけど、訂正するのは何だか気が引けたので、そのままにしておいた。

「おじいちゃんのところに届けに行く前に、ちょっと自分の部屋に行ってくるね。浴衣や髪飾りなど、必要なものを取ってくるよ」

 涼君にそう言ってから、私は自分の部屋へと向かった。




 自分の部屋も、言うまでもなく、蒸し風呂状態だった。

 とりあえず、急いで浴衣を取り出す私。

 しわが出来ないように気をつけながら丸めると、風呂敷で包み、それをバッグに入れた。

 必要ないとは思ったけど、ついでに水着やジャージなどもバッグに詰め込む。

 泳いだり、運動したりする機会が、あるかどうかは分かんないけれど、一応念のため。

 備えあれば憂いなし。


「お待たせして、ごめんね」

 部屋の外で待ってくれている涼君に声をかけた。

「いえいえ、気にしないで。もういいの? 忘れ物はない?」

「大丈夫だよ、ありがとう。それじゃ、おじいちゃんのところに届けにいこうよ」

 そして私たちは、おじいちゃんに扇子を届けるため、再び病院へ向かった。


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