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さくら駆ける夏  作者: 桜坂ゆかり
第四章 深まる恋、そして謎
18/44

おじいちゃんに報告

「おぉ、来てくれてありがとう!」

 病室に入ると、おじいちゃんが元気よく言った。

「おじいちゃん、具合はどう?」

「まずまずじゃな」

 そこで、私の後ろから入ってきた涼君が、口を開いた。

「お久しぶりです、ヒサさん」

「おお! 清涼院トコの涼君じゃないか! しばらく見ないうちに、またでかくなったな……」

「いえいえ、もう身長の伸びはごく僅かになってきているので、去年と比べてそんなに大きくはなっていないはずですが」

 苦笑しながら涼君が言う。

「まぁまぁ、細かいことは気にするなって。それにしても、よく来てくれたな、二人とも。まぁまぁ、そこの椅子にでも腰掛けてくれ」

 おじいちゃんのベッドの脇に、ちょうど丸椅子が二つ置いてあったので、涼君と私は腰を下ろした。


「そうそう、おじいちゃん、検査の結果はどうだった?」

「うむ、極めて良好じゃ。最初の異常な数値の部分は、どうやら何かの測定ミスだったらしい。全く人騒がせなことじゃ……。とりあえず、明日とあさって、念のために他の検査もしてもらって、もし異常がなければ退院という運びになりそうだ。心配と迷惑をかけたな、すまんな」

 おじいちゃんに殊勝な態度をとられると、調子が狂う。

 いつも通り、はっちゃけた態度でいてくれないと。

「そっか、よかったぁ。心配してたんだよ」

「ありがとな」

「無理だけはしないでね。あさって退院できるといいね」

「そうですよ、ヒサさんは、とかく無理しがちですから」

 涼君が言う

「ははは、気をつける。二人ともありがとう。話は変わるが……それで、そっちはどうなんだ? 何か進展はあったか?」

 私は、これまでの出来事をおじいちゃんに話した。




「なんと! 二人も名乗り出てきたのか!」

 おじいちゃんも驚いたようだ。

「私のお母さんが胡桃さんっていうことは、その二人の意見が一致してるんだけどね」

「ふむ。しかし、お前もいきなり危ない橋を渡ってるなぁ。もうちょっと用心しないと。妙なことでもされたら、どうするんじゃ?!」

 おじいちゃんの言うとおりだ。

 私は謝った。

「うむ、今度からは気をつけるんじゃぞ。それで、来週の鑑定結果待ちということか。わしの勘だと、八重桜とかいう男は、違うと思うな。チェリーパイの方は、分からんが」

 おいおい、チェリーパイって……。

 そのとき、隣の涼君が口を開いた。

「ええ、チェリーパイ、おいしいですよね……って、なんでやねん! チェリーブロッサムですよ」

「そうだったのか。しかし、ナイスノリツッコミ」

 おじいちゃんが親指を立ててウインクすると、涼君も同じように親指を立てた。

 仲がいいなぁ。

 それにしても涼君がノリツッコミするなんて。

 こういう一面もあったのかぁ。

 ってか、おじいちゃん、本当にチェリーパイと間違えてたんだね……はぁ……。


「それじゃ、鑑定の日までは、何もすることがないわけか」

 おじいちゃんが、真面目顔に戻って言う。

「つまりは、涼君や美優ちゃんたちと『さまぁばけぃしょおおんを満喫だぜ』って感じだな。来週の木曜まで」

 真面目な顔は、一瞬だけだったよ……。

 八重桜さんに会いに行くのは来週水曜なんだけど、面倒だしもう訂正しなくてもいいや。


「来週の『木曜』ではなく、正しくは『水曜』まで、ですね。さまぁばけぃしょおおんの満喫は」

 しっかりおじいちゃんに付き合ってあげる涼君。

 しかも、間違いを訂正までしてくれて。

 ほんといい人だ。

 それから、話題は今日の夕方から行く予定の夏祭りのことなど、たわいもないものに移っていった。




「そういえば、おじいちゃん。何か必要なモノとかない?」

 話が途切れたところで、聞いてみた。

「ああ、そうじゃった。扇子を持ってきてくれないか?」

「そこにあるうちわではダメなの?」

 台の上に乗っている「心頭滅却」と書かれたうちわを指差して、聞いてみた。

 そうだね、おじいちゃんは煩悩多そうだし、心頭滅却は大事、大事。

「だめなんじゃ。あの扇子は特別でな。な、な~んと! お前も知っている将棋棋士しょうぎ きし鰐山わにやまさんの揮毫きごう入りの逸品なんじゃ!」

 鰐山九段といえば、過去に名人や竜王などのタイトルを取ったこともある、関西出身の有名棋士だったはずだ。

 将棋には七つのタイトルが存在していて、名人と竜王の二つが最高位とされている。

 名人位は、古くは江戸時代から脈々と受け継がれている由緒あるものらしい。

 また、竜王位は賞金額が全タイトル中トップだという。

 鰐山九段は全盛期に、この二大タイトルを同時に独占した人気棋士だ。

 揮毫というのは「筆で書かれた」という意味だけど、一般的には「著名人や書道家などが、依頼に応じて書いた文字」に対して、そう言うことが多いみたい。

 つまり……おじいちゃんは、鰐山先生のサイン入り扇子を持ってるわけか。

 いいなぁ。

 かなり欲しいかも。


「ふっふっふ、うらやましそうな顔じゃな」

 バレてしまったか。

「ワニヤマさんっていう人は、そんなにすごい人なんですか?」

「涼君、知らないのか。鰐山さんはすごいぞ! 逸話も多くてな。さて、どの伝説から語ろうか」

 ダメだ!

 涼君が、地雷を踏んでしまったようだ。

 おじいちゃんが鰐山先生のことを話し出したら、三時間は拘束されるのは必至。

 なので、横槍を入れることにした。

「それで、その扇子を誰かに見せたくて、持ってきてほしいの?」

「ご明察! ここの将棋仲間に見せたくてな。免状は、額入りで大きすぎるから無理じゃが」

 免状というのは、有段者が申請するともらえる段位証明書のようなものだ。

 文面の最後に、その時点での「会長、竜王、名人」の三名の棋士の署名が付くのが一般的で、この署名が欲しいだけのために、何度も申請する人もいるらしい。

 お値段は張るけど、将棋ファンにとっては垂涎の品といえる場合もあるかも。




「でも、本当に将棋が強い人って、そうやって段位を自慢したり、見せびらかしたりしないはずだけどな~」

「だあぁ~うるさいな! 今、ここがズキーンと来たぞ! どうせ、わしは弱いですよ」

 おじいちゃんが、胸を押さえながら言う。

 かわいそうだし、ちょっとフォローしておくか。

「冗談だってば、そんなに真に受けないでよ」

「ああ、でも扇子はとってきてほしい! 頼む!」

「わかった。取ってくるね」

「俺も、付き添いでいってきます」

 そこまでは、おじいちゃんと私のやり取りを、微笑みながら静かに聞いていてくれた涼君が言った。

「涼君も、すまんな。ああ、あまりきれいな部屋ではないが、堂々と入ってくれてかまわんし、戸棚の上のポテトチップスの袋も、自由に取っていってくれてかまわんからな」

「そんなの申し訳ないですよ。さくらちゃんはともかく、俺が貰うなんて」

「駄賃じゃ、気にするな。せっかく来てもらったのに、わしには何もお出しするものがないからな。気持ちをくんでくれよぅ」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 涼君は、笑顔で軽く頭を下げた。


「そのポテトチップス、賞味期限は大丈夫なの?」

 気になって聞いた。

 賞味期限が半年以上も切れたお菓子を、以前から何度も貰った経験があるから。

 貰うものに文句は言えないけど、半年はあり得ないよ~。

 また、消費期限切れの生菓子をもらったこともある。

 それはさすがにヤバそうなので、食べなかったけど。

「知ってるか? 賞味期限は切れていても多少大丈夫だけど、消費期限はやばいらしいぞ」

 消費期限切れを渡したこともあるくせに~。

「知ってるよ~。それで、そのポテチは大丈夫なわけ?」

「う~ん」

 考え込んでるよ……。

「大丈夫そうなら、いただきますよ。本当にありがとうございます」

 涼君は、爽やかに言う。

 また目が合った!

 慌ててまた目をそらしてしまう……うぅ……私の意気地なし。

 不審がられるまえに、ごまかさないと。

「それじゃ、取りに行ってくるね」

 私は立ち上がって言う。

 涼君も立ってくれた。

「よろしく頼んだぞ。扇子は、机の上に置いてあると思う。もしそこになければ、茶色の戸棚の一番上の段を見てくれ」

「了解。それじゃ、またあとでね」


 そして、涼君と私は病室をいったん後にして、おじいちゃんと私の家へ向けて出発した。


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