第7話 皇女謁見
―プルーヴォ王宮 謁見の間にて
白い大理石でできている大きい広間にて謁見となった。
何でも、すでに日は暮れていたが俺が王城へ着いたと聞くと皇女はすぐに呼ぶように命じたらしい。
「プルーヴォ王国皇女 ナタリア様」
上座の周りには着飾った神官や重臣を思わせる人々が居並んでいた
ナタリアと呼ばれた皇女は玉座の後ろから現れ、俺を一瞥すると玉座についた
かなりの美人で、色白とエルフ族というところまではエレネと一緒だが、エレネがサファイアのような青い瞳に対し
ナタリアはルビーのような紅い瞳にきつい目元が印象的だった。
年の頃は17ぐらいか?
他の団員が頭を下げるので、俺もそれに習い頭を下げた。
「よい、おもてを上げよ」
やはり威圧的な眼をしているが、俺を興味深々といった感じで見つめる
「そなたが報告にあった"召還されし英雄"か?
他の話に聞く英雄はもっと体格に恵まれた者ばかりだというのでそなたも同じようかと思ってはいたが、
良い方に話が違ったのう。わらわはあまり牛魔のような筋骨隆々は好みではないのでな...
話がそれたの。
エレネの話ではそなたはわが国の救国ともなりうる存在と聞き及んでおる
しかし、肝心なそなたが我らの国のために武働きをしてくれるかは別であろ?
そこでじゃ、そなたの本心を聞いておきたい
我らに協力してくれるか」
皇女の表情からは何も感じることができない
試すような、不安そうななんともいえない表情だった。
「姫様、この者は我らに協力する旨を確認してございます。
疑いようのない事実かと」
横からエレネが補足をしてくる
「エレネ、今わらわはこの者に聞いておる。
控えよ」
「っ!
失礼しました」
エレネが頭を垂れる。そんな表情をするな、十分だ
「して、どうかの?
協力してくれるのか、鋼兵とやら」
いかにもな皇女だ、俺のもっとも嫌うタイプの人種だ
自分の権力で何でも思い通りになると思っている。そのくせ相手には自分から従うよう同意を求める
エレネも大変だな...
さて、これはどうだろう
「皇女様、私がこの国に来て何ができましょうか
第一、私は思っているような救国の英雄などではなく、ただの男にございます。
先ほども森で倒れているところをエレネ様に救っていただき、ここまで生き延びてこれた次第にございます
しかし、私は戦うのがいやなのです。ましてや知らない国のためには殊更いやになり申す」
そこまで一息に言うと、皇女は固まっていた
チラッと横を見ると、エレネは顔が真っ青でミーネ副長は呆然としていた
「つまり、そなたはたまたま"始まりの森"に居て、わらわの兵がたまたま近くを通りがかり、たまたま隊長たるエレネを退け、
たまたま夕刻の森から引き上げてこれたと?」
苛立ちがここまで迫ってくる
「はい」
ニコニコと満面の笑みで答える。完璧に喧嘩を売った。そりゃあもう言い逃れは不可能なほどに
「エレネには怪しい者は"捕らえて"くるよう命じてある。
それにもかかわらず、なぜそなたは縄もなく、武装も解除していない?」
確かに鋼兵は丸腰ではない。太刀は無いが小太刀は帯刀しており出で立ちは傭兵に近い
「彼が抵抗したため、"同行"してもらいました」
その一言に、謁見の間が騒がしくなる
―国崩し、エレネ団長でもか?
―あれも魔獣なのではないか?
がやがやとうるさくなってくる。
「静まれ」
さすが皇女、一喝で辺りが水をうったように静まり返った
「鋼兵殿、我らの情勢とこの国の危機、そして子作りの難しさについてはそなたも聞き及んでおろう」
ナタリアはやはり表情を変えなかった
「先の疫病により、みな父や兄、弟、夫を亡くしたものばかりでの。
そなたの存在は軍務にとどまらずこの国の再生の対象としたいというのが本音じゃ。
それも全て含め聞いておる。
そなたが望むならば何でも揃えよう、何でも与えよう。
じゃが、我らとてみすみす他国へこのようなすばらしい人材を渡すつもりは毛頭ないのじゃ
そこも理解した上で、我らに協力してくれる気にはならぬか」
皇女はこの国の未来を憂い、一人で抱え込み、全てを失う覚悟で今まで戦い抜いて来たのだろう
謁見の間に集まったこの国の重鎮が固唾をのんで見守る中、鋼兵は口を開いた
「...二つだけ約束してください。」
「!
なんじゃ、何でも聞くぞ。申せ」
「俺に深く干渉しない事、俺のすることに一々口を挟まぬ事、この二つです。
守れぬならば、この国を抜けます」
「貴様、先ほどから聞いていれば抜けぬけと!
姫様に向かい、無礼であろう!!」
俺のこの話に皇女の側近の一人、猫耳に猫尻尾を生やした女官が叫んだ。先ほど皇女を呼んだのもこいつだったな
「無礼ね。
しかし非礼はそちらにあるだろう。
人をいきなり兵士として使おうとしてるのはどっちだ?
祭り上げて飾りに使おうとしているのはどっちだ?
この際だから言うが、俺はこの国の人間ではないし、この世界の人間ですらない。
いいか?俺はお前らに協力する必要はまるで無いのだ
それでも無理やり従わせようとするなら
...こちらにもやりようがあるというものだ」
有無を言わさぬ圧力
「なに、簡単だ。
俺がやることに口を挟まなければ、従うと言っているのだ。その間は従おう。指示も聞こう。
どうだ?」
辺りが再び静まり返る
「さすが、エレネが推すだけあるな。
その胆力は驚愕に値するわ。
気に入った、その条件のもう。
じゃが、いくら好きにさせると言っても限度があるぞ」
皇女が口を開いたとき、すでにエレネとミーネは憔悴しきっていた。
「もちろん、思いのままやらせろというのではありません。
この国に組み込んでいただくにあたり、私の兵法を生かすのには少し特殊ですので考慮いただきたいと思いまして
具体的には今すぐといったところです」
「ほう、すでに戦の事を見据えているのか。
しかし、今すぐとは少し急ではないかの?
戦などここ数年行っておらぬ。国境の小競り合いとは言え、相手は5大国の一角を担う国じゃ。
早々に仕掛けてくるとは思えぬ」
ここ数年平和なのは影で血なまぐさいことが有ってのことだろう。
この兵士の二人はよくそのことがわかっているようで、なんともいえない顔をしていた。
「いえ、すでにオーロ軍二千騎がすでに国境近くまで押し寄せております。
あと2時間で一番近い村が襲撃を受けるでしょう」
俺の言葉に周囲がどよめきたつ
「貴様、何を根拠にそんな事が...」
猫耳っ子が言い終わらぬうちに、部屋に伝令兵が駆け込んできた
服装は乱れ、ぼろぼろになりながらも王宮へたどり着いたようだ
「皇女様!!
至急の伝令のご報告!!オーロ帝国の軍勢が国境境に集結中との事!!
その数二千騎!!」
「っ!?」
謁見の間は瞬く間に混乱の渦中となった。
あのエレネでさえキョトンとしている
「状況は他に何かありや?」
ただ皇女だけは、みなの混乱を大きくさせまいと必死に耐えていた
さすが皇女といったところか
こりゃあアオダイショウだと思っていたが、マムシの類か
「降伏勧告がすでに。
敵軍の総大将は牛魔将軍ブルートイです」
「...降伏するならば命は助けられ奴隷に。
肉体、精神共に蹂躙される、ね」
皇女はしばし考え込んだ。もし半時も前にこの話があったらどうなっていたかわからない。
しかし、今手元には切り札がある。
今切らずしていつ切るのか
「わかりました。
こちらからも打って出るとする。
鋼兵殿、お力を貸していただけるな」
皇女は射抜くような瞳を向けてきた
その姿は儚く、今にも崩れそうに弱々しいが、同時に芯の強さも見受けられた。
面白い、久しぶりに本気で対軍戦ができるか
「おい、敵の数は?」
俺の問いに伝令はすこし動揺しながらも
「約二千かと」
なぜか頬を染めながら答えた
「いや、おそらく五千はいるだろう。
なれば、この戦にて我が力の証明をしよう。姫様、兵を千騎借りられますか?
もちろん、死者、捕虜は出しません」
「よかろう。
お主の力、存分に振るうがよい」
「御意。
兵は城門に集めてください。
では」
俺は一礼すると、きびすを返しその場を後にした。
鋼兵が立ち去った後、ナタリアはエレネを近くへ呼び寄せた
「エレネ、あの方の実力は本物?
なにやら自身はあったみたいだけど」
皇女のあの語り口はみなの前でのみ使うようにしているようだ
「はっ。
私の空間魔法を見切る腕前です。"始まりの森"にて、その、いろいろありましたが捕獲はできませんでした」
その言葉に皇女は驚きを隠せなかった。
なぜなら、鋼兵が現れる前の切り札は彼女だったのだから
「エレネの魔法を見切るか...
その上イケメンだし、これは良い拾い物をしたわね」
「ええ、まったく...
って、ナタリア様、まさか」
「ええ。
私は夫として迎え入れることも考えていますよ」
微笑むナタリアはもはや皇女の顔ではなく、年相応の顔になっていた。
皇女が爆弾発言をしている頃に、鋼兵は千騎の兵と共に国境へ向かっていた