第35話 再開の予感
夕闇が迫る中、うっそうとした森の中にその建物はあった。
一人の男が足早に白塗りの建物の中へ入っていった。
ぼさぼさの頭にくたびれた白衣。
黒に白が混じった伸びっぱなしの髭と髪、前髪は無造作にオールバックにされている
腕は太く、軍用のブーツを履き手には手術用の手袋をはめていた
男が部屋に入ると、一際大きな熊が丁度檻から出てきたところだった。
「ったくどーなってやがる!!!
あちこちで亜火竜が吼えっぱなしだ!!!鎮痛剤と睡眠薬を打て!!静脈注射できるものだ!!急げ!!
動物用じゃなく古代種用のを使え!!!
そっちの火炎熊には寄るな!!!焦げるぞ!!!」
何人かの白衣を着た研究員が火のついた熊を取り押さえようと四苦八苦していたが、遂に熊の背中の炎が燃え上がった
そのとき、熊は白衣の男を見つけると、周りの研究員を巨大な腕を振るい弾き飛ばした
熊はそのまま研究員を何人かなぎ倒しそのまま男へ突進してきた。
白衣の男はさっとその突進をいなし、いち早く手に持った注射器を真っ赤に燃え盛る火達磨の熊の背中から突き刺した
熊が一声吼えると、ぐらりと巨体が揺らいだ
「心臓に達したな。"緊急停止処置"」
白衣の男はそのまま背中から針を抜き、さっと注射器をケースに仕舞う。
「....注入完了。完全に火が収まったら専用の檻へ入れておけ」
残った研究員達はは火の勢いが弱まったのを見計らい、熊の背中に特大の注射針を打ち込み熊を沈黙させた
熊が突進してきた方向を見やると、棒立ち状態の研究員が一人たっていた
白衣の男はそいつに注射針を放り、少し焦げ付いた手袋をヒョイと投げ捨て部屋を後にした
そして監獄のような檻の部屋を抜け、足早に最奥の部屋へと訪れた。
部屋の中は無線やモニターなど、あちこちに最新の機器が完備されており、他の部屋とは不釣合いなぐらいである。
男は資料に一通り眼を通し、手元の時計に眼をやった。
午前二時半、外はすっかり暗くなり男の部屋には月明りが差し込んでいる。
手元の資料にはデンサヂャルデーノ平原の戦いの資料が置かれ、そこには変化した鋼兵の写真がおかれている
そして、男の手元には白い軍服を着た鋼兵の写真があった。
丁度白銀の姫君と対立する構図で写っており、鋼兵の顔がよく見える角度からの一枚だ。
「大戦の亡霊か、やるじゃねぇか。
俺が"ニッポンジン"だった頃、一番手こずった相手だな....
鉄十字騎士団の若造も少しはやりやがる」
胸ポケットからタバコを取り出し、火を付ける
ゆっくりと紫煙を吐き出しながら男は不意に笑い出した。
「あせらなくたって決着はつけてやるさ"坊ちゃん(マンマボーイ)"
いずれ、時が来る。
俺が120年前に戦ったときより、少しは成長してるか...」
そしてそのタバコを鋼兵の写真に押し付け、もみ消した
「鉄斎、お前のガキが、未だに俺を追い続けるぞ......ハハハハ!!!!」
狂ったように笑い出す男の目は片方見えておらず、残った眼は真っ赤に染まり、瞳はにごっていた
男は山の中腹にある森に研究所を構えており、そこは空から認識できない。
そこは限られた人間しか到達できない、魔の環境であり並大抵の人間ではそこに行く前に死に絶える
鋼兵が異世界に飛ばされる時、同時に一刀斎も異世界へ飛ばされていた
その世界では機械文明が進歩し、ドラゴンや妖精といった生物も同時に存在する世界。
その世界で、一刀斎はなぜか鋼兵の状況を把握し、なぜか鋼兵の世界に干渉できた。
その理由は、鋼兵が転送された世界にいたる道に隠されていた
―オーロ国境、メフィスト
「エレネ様、なにやら来ましたよ」
鋼兵と別れた後、エレネ達は古城で一晩明かした後オーロ入りに備え一路オーロ帝国の国境に向かい歩を進めていた
古城を抜け、冬目前となった朝の風は涼やかにエレネの頬を打つ
朝日に照らされながら、エレネ一行は眠たい眼をこすりながら一路オーロ国境に向け歩き始めた
手には王女より授かった親書。腰には今は亡き鋼兵のくれたお守りを入れ、一歩を踏み出す
空には雲ひとつなく、昨日の激戦が嘘のように森は静まり返っていた。
エレネとフローロはスクツを連れて朝早くに古城を抜けた。
朝方になり部屋の前に張った結界が破られつつあり、脱出にと部屋の壁に脱出用の穴を開けたのも原因の一つである。
そのままエレネ一行はオーロの国境を目指したという次第である。
しばらく歩き続けると、前方から式典用の衣装を着た一団がやってきた。森を抜け、大きな街道に出てすぐである。
隊列には大きな旗を持ち、自国と自分の階級を示しながら歩くものが居るのですぐに相手の国がどこか分かった。
「どうやらオーロ帝国の者のようね
大きな獅子の刻印に交差する二つの大剣.....
オーロ帝国騎士団第三旅団"十字騎士団クルシミリート"...!!!」
相手はオーロの中でも近接戦闘に特化した剣帝の騎士団であり第一線で戦う猛者
その中でも特に第三番目の騎士団はズバ抜けた戦闘能力で知られる
「どうしましょう、我々の動きが敵に抜けていた?」
「いえ、相手は武装ではなく式典の衣服を纏っています
我らと戦う気があればすでに射掛けられています」
騎士の軍勢の後ろには弓兵が控えており、その弓には弦が張られていた
「戦闘意識は無いみたいだけど...」
そうこうしているうちに相手の旅団が眼前に迫り、視界に入った。
「むッ!?
そこの者、プルーヴォよりの使者か!」
最前列の大きなマントをつけた騎士の言葉に、エレネは脳よりより体が先に反応した
腰の剣に手をかけ、鞘から鯉口三寸払ってしまった
―何故私達の事を!?
エレネ達が固まる中周囲にいた兵士が剣を抜こうとするのを諫める騎士が一人いた。
その騎士は白銀に煌く甲冑の兜を持ち上げ、いつ不意打ちがあるかも分からないなか、無防備にも顔を現した
「失礼。
我らオーロ帝国騎士団第三旅団分隊のものです。
今は”オーロの属国”となった駐留騎士団ですがね」
そういってにかっと笑う男は屈強な顔つきで、その左目には大きな傷跡が残っていた。
髪は短いオールバックの深緑色で、瞳は翠だった。
「?
どうした、我らは別に戦闘を行う目的で来たわけではないぞ?
剣を収めてくれんかね」
男はやれやれといった様子で両腕を組んだ。男の両脇には屈強な騎士が控え、後ろには大きな弓矢を携えた弓兵が並ぶ。
この状況にあって男は戦う意思が無いと説く
「失礼しました。
我らはプルーヴォより親書を届けに参りました。
我らを拘束しますか?」
エレネに代わりフローロが隊長の問いに答える
「いや、君達はあくまで招待客として扱うよう御言葉を賜っている。
来たまえ、我らの主がお呼びだ。
本当であれば森に入り、森の眷族に探させるつもりだったが手間が省けた。
このまま城内へ帰投する」
隊長はそのまま踵を返し、隊列を割るように来た道を歩き始めた。
「お待ちください
我らをどこへ連れてゆこうというのですか」
フローロはその隊長の言動から帝国が我々の動きに気づき、捕らえようとしているのではないかと勘ぐった
「ん?あぁ、俺達の"家"だよ」
そのまま隊長は腰の剣を従者に持たせ、ずんずんと森を引き返していった
「さ、こちらへどうぞ」
剣を受け取った従者とは別のものがエレネ達についてくるよう促した
身なりは他の騎士達とは一段階低いが、それでも衣服の上から筋肉が浮き出ているのは確認できた
「ご心配には及びませんよ。
エディン隊長が剣を置かれたということは、この戦域に獣、モンスターの類は居ません」
「そうでなくて、なぜ我らの事を知っているのですか?」
フローロが訳が分からんといった様子で従者に問いかけた
「え?いえ、我々には貴殿のようなプルーヴォの使者を丁重にお迎えするようにと話があっただけでして
何でも、コウヘイとかいう騎士の進言とか」
『え!?』
エレネとフローロが見事にハモった
横に居たスクツは、上空に集まりつつあるワイバーンの群れを警戒していたため、事の顛末をまるで理解できていなかった
「その話」
エレネがずいっと出てくる
「詳しく」
ついでフローロが詰め寄る
『聞かせてちょうだい(ください)』
従者がドン引きするほど、二人は眼を血走らせ詰め寄った
一行が地上でひと悶着しているときに、上空では、怪しげな雲が立ちこめ朝だというのに薄暗さが広がりつつあった
そして、そのワイバーンの群の中心に一人の黒ずくめの男が空中に浮くようにして腕を組み、地上を見下ろしていた
「…我らが火の遺志、とくと見よ」
男と無数のワイバーンの群は一瞬で消え去り、後には何も残らなかった
一陣の風が、さわやかに晴れた青空を駆け抜けた




