第34話 若き闘志
鋼兵と手合わせを行うために外に出た二人は、月明かりの下対峙する格好となった。
鋼兵は白にラインの入った軍服にブーツ、手にはグローブをはめるが、それは滑り止め防止用の薄い皮製であり非常に軽装備である。
鋼兵は、少し長くなった後ろ髪を腰布で縛り上げた
対するギルコは鉄の甲冑にツバイハンダーを手に持ち、手には篭手、頭には兜を付け一部の隙も無いほどガチガチに固められていた
そして、死合いはギルコの振り下ろした剣にて始まった
初手と二手を高速の切り下げ、切り上げでけん制し
―とった!!!!
横薙ぎからの突きを入れるが、悉く弾かれる
「こうか?」
鋼兵が低く構えなおし、ギルコの技と全く同じものを蹴り技で返す
「っく!!!」
慌てて身をそらすが、鋼兵の放つ神速の蹴り技はその反応速度を圧倒する
「破ッ!!!」
体をひねりつつ返しの肘がいとも容易く懐を抉る。
肘から連鎖して膝蹴りからの蹴り、蹴り、蹴り!!!
ギルコは手元の鞘を鋼兵に投げつけるように放り投げ、間合いを一度離す
―こいつ、蹴りの速さが半端じゃないッ!!!
上段回し蹴りからの中段回し蹴り、その後の下段蹴りへの連鎖がとてつもなく速い
技のつなぎが完璧な上に、蹴りの威力が人外であるのでガードの上からダメージが通る
「ッシ!!!」
ヒュンヒュンと風切音と共に強烈な蹴りが連続で放たれ続ける
「ぐうぅう!!!」
鋼兵の暴風の様な蹴りの前に、剣先が折れ、刃が欠け、遂には柄もへし折られた
「くそッ!!バケモノめ!!!」
鋼兵の蹴りに合わせギルコも剣で斬りつけるが、刃が一切通らない
―ッ!!こいつ、まさか魔剣士か!?
この世界では魔術と魔法を使えるものは限られた種族であり、その種族は肉体的に劣っているのが常だった。
しかし、近年の研究者の発表により術を行使しながら近接格闘を扱えるものがごく少数存在する事が確認された。
――魔剣士
魔術、魔法で飛躍的に向上させた筋力、瞬発力により戦うものたちを総称してこう呼ぶ。
この者達は魔術の能力が潜在的にあり、かつ修練を重ね戦闘の最中にもその集中力を切らすことなく戦えるわずかな者達である。
その条件の厳しさからも分かるようにこれが出来る者はかなり限られ、その能力者が一人いるだけで一個大隊に相当する。
その常識では考えられぬ尋常ならざる修練の末に会得できる極致。
徒手格闘のみで剣を持った者を圧倒出来る者など魔剣士しか居ない。
ギルコは若くしてオーロ陸軍騎士団第一大隊副団長付きの副官を努める腕前。
並みの剣士では太刀打ちできない。ましてや抜刀状態で互角に渡り合えるものなど団長以上の剣士である。
齢八つにして剣聖とまで呼ばれたアルジェントと比較する事に意味は無いが
魔剣士はどの能力者も特殊な刀、武具を装備している事が多い。
鋼兵に至っては異国の剣を所持していたため、ギルコは咄嗟にそう判断したのだ。
相手が魔剣士と分かれば(魔剣士ではないが)、鋼兵のかもしだす異様な雰囲気に少しは納得できた
しかし、打開策になったわけではない。そうしている間にも嵐のような蹴り技は次々に繰り出される
もはや手元には折れた剣と鞘しかない。
こうしている間にも鋼兵の強烈な蹴りが顔面に向かい飛んでくる。
咄嗟に手に持った鞘でガードするも鞘は一撃で粉砕された。
ありえない角度から飛んでくる蹴りに腕でガードするも腕と胸当ての甲冑が割れて外れる。
足払い程度の蹴りが掠める事で脛当てが飛ぶ。
ただの上段蹴りで掠めた胸当てが風圧で外れる。
足がもつれよろけたところに来たカカト落としを避けたら、落とした地面に穴が開く。
鋼兵の蹴りを避けるのに精一杯で兜は当の昔に外した。
ギルコは、すでに満身創痍だった
ジリ貧に追い込まれたギルコは自身の身の命を捨て、賭けに出た
ギルコは自身の最速の動きで鋼兵の蹴りをかわし、横滑りに鋼兵の足元へ滑り込む
一瞬だが隙を導き出した
これはギルコの文字通り命を懸けた大勝負であり、同時に鋼兵から奪った最初で最後の隙だった
すばやく懐に飛び込み、渾身の力で鋼兵に掌底を食らわせる。
位置は鳩尾、威力もタイミングも完璧な一撃をアッパーの角度でお見舞いした
「やったか!?」
たまらず鋼兵は上半身がぐらつき、頭が下を向いた
ギルコはすぐさま後ろに転がって鋼兵から距離を置き、相手の様子を伺う
「.....体重が乗っていない」
顔色ひとつ変えずに鋼兵はゆっくりと体勢を整えた
まるで何事も無かったかのように
「.....そんな..」
ギルコは一瞬だが硬直し、思考を停止した。一瞬だが、その鋼兵の強さに脳が考えることを拒否した
腕はしびれて動かない。殴ったのはこちらなのに鉄の塊を叩いたようにしびれている
足も先ほどから鋼兵の蹴りを避け続けているので重く動かなくなってきている
全身から汗が吹き出て、顔からは血の気が引いていくのが分かる
―死
ギルコは、ここで初めて自分が勝てない絶対的なものの存在を認識した
このままでは死ぬ。死ぬがどうやっても自体は好転しない
足がすくみ、闘志は折れ、腕は動かず。
そんなギルコに、鋼兵はゆっくりと近づいていく
「拳はこう放つ
陸奥正拳突!!!」
ギルコが鋼兵の正拳突を避けようと体を反らすが、鋼兵の拳は真っ直ぐ、初速から加速し音を置いてくる勢いのその拳はギルコのわき腹を貫いた
「.....ッ!!!」
ゴキッという嫌な音と共にギルコは地面に対して直角に回転しながら吹き飛ばされた
「.....俺の拳を見極めるには腕が足りなかったな、坊主」
止めを刺すため、鋼兵はギルコにゆっくり近づいていく
「やめてくださいっ!!!」
鋼兵の後ろから、悲痛な女性の叫びが聞こえた
鋼兵が振り向くと、そこにはオーロの軍服と思われる白い軍服を着た赤い髪の女性が立っていた
「ぎ、ギルは正々堂々戦いました!!
勝敗はすでに付いています!!!!
これ以上危害を加えないでください!!!」
女はそういうと走って鋼兵とギルコの間に割って入り、両手を広げ仁王立ちで鋼兵を妨げた
「....女、お前も死ぬぞ」
「わ、私は戦闘要員ではありません!!!
帝国のみならず、一騎打ちの場では騎士以外は殺してはならない決まりになっています!!!」
毅然と鋼兵に食って掛かるその姿は、どこと無くあの子の面影に重ねて見えた
「....俺はこの世界の人間ではない.............死ね」
鋼兵が拳を握り締め女に振りかざしたとき、再起不能と思われたギルコがさっと立ち上がり鋼兵に相対する形で構えた
「......意識は無い。無意識の判断か」
鋼兵の目の前の男は構えたまま気絶していた
「ギル!!!」
ギルコを後ろから抱きとめ、そのまま鋼兵から離れるように女は後退していった
「オーロにも骨のある奴はいるものだな」
女がギルコを介抱しているのを横目に、鋼兵はそのまま踵を返し軍部の建物に戻ろうとした
「待て」
一歩踏み出した鋼兵の目の前には、見たことない浅黒い肌をした大男が立っていた。
髪は短くオールバックにされ、キリっとした目元が印象的だった
そして、黒い甲冑の下からは傍目にも筋骨隆々といった感じがにじみ出ている
明らかに黙って通してくれる雰囲気ではなかった
「....退け。
誰だお前は?」
―この男、気配を感じさせなかったな..
そう鋼兵が尋ねると、大男は鼻から息を大きく吐き出し一息に自己紹介を始めた
「オーロ帝国軍部元帥筆頭並びに五大老が一人、グラヴィスト将軍補佐官
ゾスマ・アカストルと申す。
此度の非礼をまずわびさせてもらう。小生の隊の若人が早まったために話がずれてしまった。
改めて貴殿に頼みがある。
ここで立ち話はなんだ、場所を変えたいのだが」
ゾスマは付いてくるよう促した
「妙な動きをすれば斬る」
「それは貴殿も同じである。
オーロは、磐石だ」
ゾスマは静かに歩き始めた
一際大きい、宮殿のような建物に向かって




