第33話 遺恨
部屋を後にした鋼兵一行は軍部の来賓会食部屋へと通された
「こちらでございます」
犬耳のメイドが重苦しい雰囲気を醸し出す木製の扉を恭しく開く。
改めて部屋の中を見ると奥行きのある大きな部屋に同じように奥行きのある長テーブルが置かれていた
そしてテーブルには左右にずらずらと異形の者達が並び座していた
その誰もが、頭に角を生やした筋骨隆々の騎士だった
テーブルの奥を見ると、不機嫌そうに腕を組むアルジェントとナールドの姿が見える
またこの二人以外から発せられるなんとも言えない視線が鋼兵を捉える
「さ、鋼兵様中へ」
後ろからメイドの二人が鋼兵の背中を押すように中へ押し入れた
それに後押しされるように中へ入った鋼兵に、入り口のすぐ近くに立っていた褐色肌をした銀髪ショートカットの
女性に椅子まで案内してもらったが、その席は一番奥のアルジェント、ナールドの間の席だった
甲冑を外したアルジェントは白いドレスに身を包み、正に姫といった井出達だった。
陶磁器のような白い肌、鮮やかな真紅の瞳に同じ色の唇。髪は流れるような銀髪で前髪を切りそろえており、後ろ髪は腰にまで届くほどの長髪
そして、キリッとした強い目元が印象的な美しい女性だった。
椅子の後ろには剣を持った騎士が待機し、いつでもアルジェントに剣を渡せるよう準備している
「................」
ビシビシ伝わってくる鋼兵への奇異のまなざし。しかも誰一人口を開いていないので椅子を引く音がやけに大きく部屋に響いた。
そして少しの間の後にナールドが狙い澄ましたかのように立ち上がり、口を開いた
「諸君、こちらに居るのが...かの有名なデンサヂャルデーノの戦いにおけるプルーヴォの剣士だ。
今日は訳あってここにいるが、この場この晩餐ではその事は忘れ楽しく過ごしてもらいたい。
彼を今宵は我らの客人としてもてなし、オーロは戦だけでない事を見せようではないか!!」
ナールドが力強く演説するも、席に座る者は誰一人として賛同しなかった
全員が全員、強い敵意を持った瞳で鋼兵を睨みつけており、中には最低限の礼儀である武装解除していない者も居た
「...叔父上、ここにいる皆が同じ事を思っているのです。
正気ですか?」
アルジェントが鋼兵を睨みつけながら、静かに、しかし力強く吐き捨てるように言い放つ
「姫、私は正気ですとも。
ですからこのようにちゃんと客人としてもてなしを」
「だから!!!
ここにボケッと座っている相手は、かの有名なデンサヂャルデーノの悪魔!!!
分かっておいでか!?懐に火のついたプールボン(火薬)を入れているのと同じです!!!」
アルジェントがまくし立てた後、大多数の者がそれに頷いた
それを見たナールドが深くため息をつき、やがて諭すように語り始めた
「諸君、我らは本来であればあの戦に出兵する予定は無かった。それを押して強引に進軍を行った。
しかし、先の戦は大敗
その上二十四将の一柱を失った。これを愚行と呼ばずに何と言いましょう。
しかも、我らから仕掛けた戦にもかかわらず、相手には一切損害が無かった。これは圧倒的力量が無いと不可能な話です。
我らは彼ら牛魔族とは違い前回は参戦しておりませぬが、いずれは相まみえる事となるでしょう。
本来であれば追撃戦を仕掛けてくるはず。そこを彼は対話によって解決を行いたいと申し出てくれた。
姫、あの時総指揮をとっていたのはあなたでしたね?」
ナールドの問いかけにアルジェントは眼を背ける
「すでに力押しでの戦略はすでに意味を成しませぬ。
これからは対話によって国を創って行かねば、いずれオーロは滅ぶ」
重々しく締めくくったナールドは鋼兵を見る
「鋼兵様、こちらから仕掛けておきながらこのような事を言うのは甚だ無礼と承知の上でお願いを申し上げます
損害はオーロ側にかなり大きく出ております。このまま両国がにらみ合いを行うなど愚の骨頂。
どうか、自国だけが被害者ではないことをお分かりください。
今日この場に呼んだこの者達は、デンサヂャルデーノ平原で家族を失ったものたちです」
鋼兵がゆっくりと全員を見渡すと、確かに各々がデンサヂャルデーノ平原にて相対した者に似ていた
「今日俺がここに来たのは話し合いの場を設けにきたわけではない。
......と言おうと思ったが、やはり止めだ。
それと、デンサヂャルデーノ平原についてなにか勘違いしているようだが、あれは俺の所業ではない。
俺の仲間によるものだ
それに、手加減したしな」
鋼兵は腕を組んだまま静かに、ぴしゃりと言い放った
「あの平原での戦いは仕方の無いことだった
むざむざ仲間を殺させるわけには行かない。ここにいる全ての武士(もののふ)がそうであるように、俺もすべきことをしただけだ」
「.....貴様ァ!!!」
それを聞いていた若い騎士の一人が突如激昂し、背中の剣に手をかけた
「ギルコ!!!」
アルジェンドが声を荒げるも若い騎士はそのまま鋼兵に向かって突進し、全力で剣を振り下ろした
―ギィィィィィィィイイン
その振り下ろした剣は鋼兵に届かず、どこからか出てきたか剣士によって阻まれた
「主よ、いささか油断が過ぎますぞ」
意外にも、中から聞こえてきたのは涼やかな女性の声だった
その剣士は東洋の鎧を纏い、腰には朱塗りの鞘、手には同じ朱塗りの柄に乱れ小丁子の刀を持っていた
顔は、般若の仮面で隠され、うなじの甲冑の隙間からは黒髪が伸びている。
胸当ての部分が通常より大きめで、そのふくらみを大きく強調している
その細身とは裏腹にかなりの膂力で、いくら若い騎士が力を入れてもびくともしない
しかも、刀を支えるのは片腕のみだった。若い騎士は不利と判断し一歩後退、剣を構えなおす
その場の誰もが、その不気味な存在感に言葉を失った
「半蔵、心配しすぎだ。
下がれ」
「御意」
般若面の武士は腰の鞘に刀を仕舞い、鋼兵に一礼すると若い騎士に向き直り
「次は無い。斬る」
冷たく言い放って、陽炎のように揺らめいてその姿を消し去った
その武士が消えたのを見て、思い出したかのように若い騎士が声高に叫ぶ
「き、貴様!!!先ほどから聞いていればずけずけと!!!
分をわきまえろクズが!!!ここで生き残れるのも元帥殿と参謀殿の」
「黙れと言ったはずだ、ギルコ」
「ッ!」
アルジェントはいつの間にか細剣を手にギルコに向けかまえていた
「上官の言うことが聞けなければ死あるのみ」
「っく、失礼いたしました!!!」
敬礼し、剣を仕舞いながら一歩引くギルコは苦々しげに鋼兵を睨みつけた
「若き騎士よ、そのものはお前では勝てん
正直認めにくいが、我ら魔族でも太刀打ちできる者が居るかどうかというところでな。」
ナールドはギルコに近寄りながらさりげなく鋼兵とギルコの間に割って入った
「皆の者!!!
ここにいる騎士は、かのアルジェント元帥に剣術で分かつ勝負をしてみせ、その剣はかのデンサヂャルデーノですでに実証されておる。
重ねて言うが今宵は戦いにきたわけではない。
また、皆が気にするデンサヂャルデーノ平原での戦は忘れ、一晩のみ彼を客人として扱いたい。
よいか?我らはひとつの国なのだ。国境も種族も関係ない、ひとつの国家なのだ」
そしてナールドはそのまま手元の酒瓶を取り、鋼兵に向き直る
「さて、食事が冷めてしまっては元も子もない。
....鋼兵殿、食前酒は如何か?」
ナールドは腰の瓶を片手に鋼兵のグラスに酒を注ぎ始めた
「.....かたじけない」
鋼兵はそれを手に取り一気に飲み干すと、近くにあった酒瓶を持ちナールドの持つグラスへ酒を注いだ
「おお、これはありがたい」
ナールドもそのグラスを手に持ち、一気に飲み干した
「かはっ!!!この酒は強いですな!!
さぁ、皆のものもそれぞれやってくれぃ!!」
はじめは警戒し、食事には手をつけなかった騎士達も、やがて目の前のおいしそうな料理の前に次々と手を出していた
「叔父上、いくらなんでも強引すぎます。
まとめられてすらいませんし」
アルジェンドはその美しい髪を指でいじりながらジト目でナールドを睨む
「姫よ。
ここにいるもの全員が戦争をしたいがために騎士になったわけではありませぬ。
みな故郷を追われ、かの五大老の納める土地にされてから虐げられており申す。
貴女こそ、自分の本当の思いを忘れてはおりませぬか?」
「.......」
アルジェントは終始無言で居るギルコのほうを見る。
その瞳は鋼兵を真っ直ぐ捕らえ、正に射抜かんとする程強烈な睨みを利かせていた
「...おかしい」
ギルコの一言に、部屋の中の空気が一段階冷えた
「おかしいと言っている!!!
皆忘れたのか!?俺達の任務はここに座る男を葬り去ることだ!!
この任務に失敗すれば、今度は俺達が消される!!!!
俺達が知らないと思ったら大間違いだぞ!!!」
ギルコは手にした剣を半狂乱になりながら振り回し、いかに鋼兵が悪であるかを演説し始めた
静かに聴いていた鋼兵は、やがてそのギルコの言い分に段々と腹が立ってきた
―俺じゃねぇってのに
そして一通り説明し終わったギルコが鋼兵に対し、臆病者と一言言った時に遂に堪忍袋の緒が切れた
「.....では手合わせ願おうか。
俺は素手でやってやる。お前らの事情など俺にはさらさら関係ないが、それが望みならやってやろう。」
「鋼兵様」
「とめてくれるな。
少し痛い目を見させてやるだけだ」
そして、鋼兵は手にした酒を一気に煽り、腰の剣を椅子に置いた
「来い、新米」




