第32話 白い吸血鬼
夜の帳が下りたこの城下で出歩く人は少ない。
鋼兵は窓から点々と見える城下町の明かりに眼を落とした
「いかがですか?オーロの城下町もなかなか栄えていますでしょう?
オーロは戦ばかりではありません。内政にもしっかり取り組んでおりますよ」
後ろから話しかけられた鋼兵は振り返ると、先ほどの黄土色の軍服ではなく白を基調とした上下を着たナールドが立っていた
後ろには侍女と思わしきメイド服を着た犬の獣人を二人従えている
侍女達は鋼兵の井出達を見ると一瞬表情がこわばったがすぐに微笑みに変わった
「ああ、彼女達は鋼兵様がここにいらっしゃる間お世話をするものたちです。
向かって右がアーニャ、左がマリーです。必要なときに必要なだけ使ってください」
ナールドが紹介すると、二人がそろってお辞儀した
「いや、そんなに滞在する気はない。
それに、俺に付き人はいらん。第一話がそれているぞ。俺は進軍を止めさせに来た。
それをすでに伝えたはずだ。なぜ話し合いの場を設けない」
「鋼兵様、事はそう容易くはないのです。
私は確かにこの軍部の作戦を任される立場ですが、軍部全体に響く程の発言力があるわけではないのです。
しかもすでに夜も更けております。今日のところは休まれたほうが良いと思いますが」
そういうとナールドはパチンと指を鳴らし、横に居た侍女を下がらせる
「それでは、食事の準備をいたします。
お部屋ではなく、大広間にて用意いたしますので少々お待ちください。
ああそれと、変な気を起こされませぬよう。
この部屋にも、一応は術を施しておりますので、私でなければ外せませぬ故」
そして、一通り喋り終えたナールドは一礼して静かに下がった
小さく戸を閉める音が部屋に響く
―全く、俺はどうすりゃあ良いんだ
鋼兵は頭をポリポリ掻き、そのまま壁に掛けてあった布都御魂剣を手に取り静かに印を組んだ
まばゆいばかりの光が刀から発せられ部屋を包み込み、光が収まる頃には村正へと形を変えていた
鋼兵が握りを確かめていると、一瞬だが部屋が暗くなったように感じた
「いい加減気づいている。
出てこなければ俺から行くぞ、魔の者よ」
鋼兵が鋭く睨んだ闇の中から、染み出るように真っ白な外套を纏った白髪の男が姿を現した
その手にはドクロの付いた杖を持ち、眼は真紅に輝いていた
「やはり気づいたね。
私は三代目マギイスト。簡単に言うと吸血鬼だ。
突然ながら君にいくつか質問をしたい。」
突然現れたマギイストと名乗るこの男は正体がバレたにもかかわらず飄々と質問してきた
その異様な存在感に鋼兵は刀を構えなおし、静かに一歩下がった
「ああ、大丈夫だよ。今は君に危害を加えるつもりはないから。
それとね、今動かないでしょ?手足」
「!?」
鋼兵の手足は男の言う通り先ほどまで動いていた手足が縫い付けられたように動かなかった
辛うじて眼は動くものの、手足は全くといっていいほど動かない
「俺の魔眼(マガン)は龍の一族とは比較にならないよ。
真祖の俺にはチャチな魔術は通用しない」
不気味に光る男の双眸が鋼兵を捉えて離さない
鋼兵は相手の眼を見ないように術を外しに掛かったが、一切通用しない
いかに魔力を込めても手足の魔術組織に魔力が行き届かなかった
「はぁ....だから無駄だって。
口は動くでしょ?質問に答えてね」
マギイストは静かに杖を鋼兵に向け、聞き取れない速さで詠唱を紡いだ
「....なんの真似だ」
「嫌だなぁ。俺は敵意が無いって言ってるじゃん。
つまり、戦うために来たんじゃないのよ」
「あぁ?」
「ふ、まぁ良いよ。さて、こちらの質問に答えてね。
君がこの世界の人間ではないことが分かっているが、デンサヂャルデーノにおける戦闘で
君が使った"傷を開く"魔術について知りたい。
あれは君のオリジナル技だよね?あれの解除方法を知りたいなぁ」
ニコニコと問いかけるマギイストの眼は笑っていなかった
「...教えると思うのか?」
「いいや。
ならば言うまで"縛る"」
突然鋼兵の首は絞められたかのように息が出来なくなった
「グゥ.....かはぁっ.....!!!!」
「ね、言いたくなったでしょ?
あ、呼吸を止めてるから言いにくいか。
其れとも心臓を握られるほうがいいのかな?」
悪びれた様子も無く、マギイストは杖を一振りする。
途端に鋼兵の呼吸が戻り、ぜいぜいと荒く息をする
「そろそろ答えて」
―ザシュッ
「...ッ!」
マギイストは動けない鋼兵の足に杖を突き立てる。
「クククク」
「なにが可笑しい」
突然笑い出した鋼兵に初めて嫌悪感を露にした
「いや、お前らが可笑しいのさ
怖いものを怖いと言えず、強いものに畏れを抱く。
お前ら能力者は俺ら(ニンゲン)が怖ぇんだろ?」
キッと睨みつける鋼兵の目は煌々と光り、その瞳は真紅に染まっていった
「ふ、何をするかと思えば。
言ったでしょ?俺の魔術は」
「魔術は解けないが、俺の結界で弾くことは出来るんだよ」
瞬間、鋼兵を包んでいた赤いオーラのような魔力が消え、代わりにマギイストの周りに青いオーラが漂っていた
「....."切れた"か」
やれやれといった感じでマギイストは小さくため息を吐く。
鋼兵は静かに足に刺さった杖を引き抜く。そのまま杖を部屋の隅に放り投げる
「俺の結界術は魔術ではない。
内なる魔術とは異なり、外界から働きかける」
鋼兵は静かにマギイストの首に刀を突きつける
「おっと、君は無抵抗な者を傷つけるのかい?」
「いきなり首を締め付ける奴に言われたくない」
「それは不可抗力だよ。剣を突きつけられてはかなわないからね」
ぱちんと指を鳴らし、マギイストの手に杖が戻ってくる。それをくるりくるりと回しながらニコニコと鋼兵に向かって歩いてきた
「動くな。斬る」
「あはは、それは無」
―ッチン!
マギイストが言いきる前に鋼兵の音速の剣がマギイストの首を断ち落としていた
マギイストが近づいてきた瞬間、刀を鞘に戻し、一歩後退して繰り出す斬撃。
刀を鞘から瞬時に抜き取り、斬撃を与えるその技術を抜刀術と呼び、鋼兵が最も得意とする剣術だ。
相手が構えによって対応を変化させる型を持つ剣士であれば抜刀術ほどやりにくいものはない。
いかに怪物とは言え、さすがに死体を部屋に残すのは心苦しいので片付けることにした。
処理をするため死体に近づいたとき、鋼兵はある異変に気づく。
―血が流れていない?
鋼兵の剣で切り開いたところは綺麗に斬られているが、胴体と頭の切り口から一滴の血も流れ出ていなかった
「.....ひどいじゃないか。おかげで久々に死んだよ」
真下から語りかけてくるその首はこちらを死んだような眼で見つめてきた
「そうか、死なないのか。では」
止めを刺そうとする鋼兵にマギイストの首は慌てて抗議してきた
「ま、待て待て!!!私を殺すのは良くない!!!
私はこれでもこの国の支柱となる五大老のひとりだ!!!殺したら」
「どうなるんだよ?」
一瞬で首に近づいた鋼兵は刀の切っ先を右目に向ける
「.....すまない、もう試すような真似はしない。
またこの国に居る間の身元の保証は私がしよう。好きに動いてくれてかまわない。
交換条件といこうじゃないか。悪い話じゃないだろ?」
鋼兵はゆっくりとマギイストから剣を引く
「ふぅ....それと頼みがある。私の首を私の胴体へ近づけてくれないか?」
マギイストの胴体を見ると、どうやらこちらも元気のようで、立ち上がって杖を振り回していた
「....疑わしき動きがあれば一刀の下切り捨てる。
覚悟せよ」
パチンと刀を鞘に戻し、マギイストの生首を胴体へ近づける
するとマギイストの首から白い糸のようなものが無数に伸びて、胴体に接続された。
そしてするすると胴体を呼び寄せ、そのまま首は元通りにつながり、つなぎ目からは一滴の血も流れなかった
「...ふぅ、さすがデンサヂャルデーノで暴れただけあるね。
"ただの剣術"で相手してくれたのは嬉しいけど、やっぱり本気でやってほしかったな」
マギイストは手にした杖を一振りし、鋼兵の足の傷を一瞬で治す
「....これが吸血鬼の力か」
治った足を見ながら鋼兵は改めてこの世界では自分の常識が通用しないことを思い知る
―無詠唱で相手の体に干渉する方術か...試されていたのは俺だな
鋼兵は全容が知れないこの鬼を、この国に来て初めて全力で当たらなければならない相手だと認識した
「さて、こんな結果になってしまったが、改めてこの国へようこそ
私が案内してもいいのだが、扉の向こうに可愛らしいメイドが2人待っている。
その子たちに任せようか」
マギイストがぱちんと指を鳴らすと、鋼兵達のいる部屋の扉が開き、外で盗み聞きしていたと思われる先程のメイドが倒れながら入ってきた
「では後をよろしく。私は戻る。ナールドには黙っててね?」
『は、はい!!』
見事にハモっていた
「こほん、鋼兵様お食事の用意が出来ましたのでこちらへどうぞ」
向かって右のメイドが案内を買って出てくれるようだ
「...ああ」
鋼兵はゆっくりとそのメイドに並んで歩き出す。
後ろで相変わらず強烈な殺気を放ち続けるマギイストの視線を感じながら、部屋を後にした




