第26話 再起動
「ふぅむ、存外につまらぬのぅ」
鋼兵とファイエスタの激戦の後、その様子を影から見ていた者が居た
ティーカップと双眼鏡を手に、龍独特の角を生やした女性が一際高い丘の上から一部始終を見ていた
偵察に赴く際に着用する執務服(かなり胸元がはだけた仕様)を着用している
その頭髪は癖っ毛のせいでウェーブがかかり、長めの髪は風に揺れていた
アクロ王国の国政担当 ヘーラ・ドラコである
ヘーラは此度の戦にてプルーヴォからの何らかのアクションがあると確信し、
侍従には内密にしてもらいはるばる国境までやってきてた
実際密かにプルーヴォに放っている密偵の情報から確かな筋で動くとの報告もあった
「ヘーラ様
もうよろしいのではありませんか?
この戦、プルーヴォに勝機はありません。例の剣士もすでに消滅したではありませんか」
そんなヘーラをなだめるのは作戦参謀のスメラルダである。
ヘーラと同じ龍人の美しい女性だが、スメラルダの場合は髪の色が薄い翠で瞳も翠である
服装はヘーラと違いバトラーが着る質素な執事服だ
「スメラルダ、わたくしに口答えかしら。
第一、あの瞬間あの剣士は何かやったわね。あまりにもあっさりケリが付きすぎる
あのデンサヂャルデーノの悪魔にしてはぬるすぎるぐらいに」
ヘーラはそういうとティーカップのお茶を一口飲み、ティーカップをスメラルダに返した
「現地を見て確認するわよ」
軽量化と高速移動の呪文を同時に発動し、地を滑るように奔る
「はっ!」
手にしたティーカップを一瞬で消し、スメラルダも同時に地を蹴った
龍人の強さはその速さと力強さにある。
本来人と龍の間にはかなりの実力差が存在するが、それを埋めるように考案されたのが魔法である。
協力する事でより高度な術が使役できるが、その分隙も大きい
しかも龍は大きいもので体長がゆうに20mを越えるため、やたらな術では殺されるのがオチである。
その龍人をもってしても侮れないと思わせたのが、鋼兵の力であった
そして、爆心地まであともう少しというところで、二人は奇妙なものを眼にした
「っ!
ヘーラ様」
「ぬぅ、珍しいのう」
そこには、白い小人のような生き物が異国の剣近くを何人か輪になって回っていた
白い髪、白い肌、そして瞳は真っ赤で、どの個体も美しい少年の姿をしていた
その輪の中心には、剣と共に元は魔術師が使うであろう炭化した杖が刺さっていた
しかし、剣のほうには一切傷は無く、杖の様に焼けた後もない
剣の周りには異様な空気が漂っていた
「ブランカ・ナーノ!?
白き王がナゼここに?」
ブランカ・ナーノは自然界の王様格であり、その風貌とは違い魔力も高い。
通常、森の中のさらに奥、霊験のある山にしか存在しないはずの精霊である。
存在する山も数が少なく、これだけの数が一度に集まるのはまともなことではない
ましてや、戦闘があった場所に現れるなど前例が無かった
「ふむ、あの奇妙な剣が呼び寄せているようじゃな
ちと試すかの
スメラルダ、風をおこしてくりゃれ」
「はっ!」
スメラルダの両手から風を巻いた小さな渦がいくつも発生し、大きなうねりとなってブランカ・ナーノの方へ向かっていく
「エウアロロアウイ!」
それを見たブランカ・ナーノは風のうなりに向かって呪文らしき言語で叫び、風のうなりを消し止めた
「やはり、あの剣を守っておるのぅ
相手はブランカ・ナーノ。深追いは不要じゃ。様子をみるかの」
「しかし...!」
「スメラルダ、気持ちは分かる。
じゃが、今は方法は無い」
「...承知しました」
スメラルダが剣を破壊しようと詠唱呪文を準備しているのをいち早く察知し、ヘーラはなだめる
少しの間様子を見ていると、ブランカ・ナーノの一人がふいに剣のそばにある焦げた杖を手に取り、
ゆっくりと地面から引き抜いた
その瞬間、地面から勢い良く土が噴出し、あたり一面が軟質な土で一杯になった
「ヘーラ様、これは...?」
「我にも分からぬ。
いや、見てみよ」
ヘーラが指差す先には、土が見る見るうちに寄り集まり、遂には子供ぐらいの人型へと変化した。
「これは、グルンドの”土人形(ゴーレム)”!!」
とっさに身構えるが、その土人形は更に大きくなり続け、遂には成人男性と同じような体格にまで成長した
「........」
見たことも無い怪しげな術を前に、龍人の二人はただ息を呑んで見守った
「.....ガァ....アアァ」
黄土色一色だった土人形はやがて肌の色に近くなっていき、頭には髪も生え始めた
その髪の色は黒一色で、服は着ていない。しかし、体には傷ひとつ付いていなかった
「これは、いやこの人は」
やがて土人形だったものはゆっくりと起き上がり、おもむろに辺りを見回した
年恰好はデンサヂャルデーノ平原の悪魔に瓜二つだった
「あぁ~、痛てて」
ゆっくりと腕を回しながら、ヘーラたちの方に向く
スメラルダはいつでも迎撃できるよう周りに風の精霊の中でも上位の元素精霊を呼び出し、
ヘーラに至ってはすでに腕が龍化していた
二人で一挙手一投足見逃さないよう見ていると、鋼兵おもむろに言い放った
「悪いんだけど、何か着る物をくれないか?
ちょっと寒い」
―オーロ国境
ファイロ魔術師軍団を鋼兵が惹き付けている間にエレネたちは国境近くまで来ていた
近くの魔獣は鋼兵の方の戦闘による気の余波で皆逃げており、遭遇せずここまでこれた。
そして、もし鋼兵が居なくなった場合の作戦は事前に鋼兵から伝えられている。
1.オーロへ向かい偽戦果証明を届ける
2.フローロが敵に寝返ったことを悟られないように敵の内情を探る
3.流言にて敵の士気を落としつつ内部から懐疑心を煽る
4.プルーヴォ王国へ調査結果を届ける
5.戦闘は極力避ける
の上記5つである。
鋼兵自身は自身が死亡または捕虜となった場合も含めてこの作戦規定に則り実施するよう伝えていた
中央のエレネを筆頭にフローロを右、スクツを左に木々の生い茂る森を駆け抜ける
足元は木の根とツタで非常に走りづらく、いつ木の陰から敵が襲ってくるかも分からない
この状況でも、エレネ達は鋼兵の合流を信じ、一路オーロを目指していた
この戦においても鋼兵の不在は非常に大きな穴だが、一時的には埋めることは出来る
鋼兵が食い止めている間に、エレネの一行はすでにオーロ国境まで来ていた
すでに鋼兵と別れてから30分以上疾り通しである。日は傾いており辺りの木々も見えづらくなっている
―この中で敵に会わなければいいが
大きな木のある泉から移動してから時間が経っているが、一向にオーロの国境にある検問は見えてこない
後ろの方で聞こえていた爆音もすでに止み、静かな夕闇が迫っている
エレネはオーロ入りの前に休息をとることが必要と判断した
丁度近くに頃合の大きな楠があったので、その木の根元で休みを取ることとなった
「止まって
ちょっと休憩しましょう」
エレネが号令を掛け、部隊を止めて休憩を取ることとなった。近くにある楠に腰の剣を立てかけ、一息つく
「はぁ...はぁ...
さすが、エルフは森の中では本領発揮と言ったところかしら...!」
フローロは魔人であるが、魔術分野を鍛えたため肉体分野ではスクツにすら劣る
走っている間は魔力で身体能力を向上させていたが、魔力切れも近かったので体力を消耗していた。
さらに鋼兵の戦闘領域を抜けるのに魔力を使ったため、精神力と魔力、体力を消耗しているので更に動くのが難しい
「ふふ、エルフといってもね魔術だけが専売特許でないのよ。
あなたも剣を取ることをすすめるわね。
....待って、何か来る」
「?」
スクツのキツネ耳がピコピコと動き、森の奥へ向く
「何か、嫌な物が来るです。それもかなりはやい
この木の上に逃げましょう
早く!!」
「任せて」
フローロは大きな楠に手を当て、呪文を唱える
「"我が主の古の盟約に従い 我の従者として契約する
その腕は我を守る新緑の盾、その根は我を支える大地の杭"」
すると大きな楠の枝がエレネ達に伸びてきてそのまま抱え上げ、木の枝で下から見えないよう枝を丸めて隠した
―ダダダッ、ダダダッ!!
しばらくして、馬に似た足音が聞こえてきた
音がするほうをエレネとスクツ、フローロは枝の隙間から観察していた
「わたくしには詳しくは分からないけれど、かなり大きい見たい」
段々と音が大きくなってきて、遂に足音の主がその姿を見せた
「っ!
あれは....!」
体は森に同調するかのような深緑で、体は熊のように大きく、頭には角が二本生え、口からは大きな牙が見えた
顔はゴリラのようで、その眼は真紅に光り、手には大きな木の棍棒を持っていた
「グリーンオーク!!」
大きな森の更に奥、森の暴君と呼ばれるグリーンオークはこのような浅い森で見られることは少なく、
遭遇率がかなり低いことからその生態データも不足している魔獣だった。
しかし、グリーンオークのデータが少ないことは遭遇率だけでなく、その凶暴性からその姿を見て生還できるものが少ないことも関係した。
「あれは今どうにかできる存在ではありません、やり過ごしましょう」
フローロが提案したとき、グリーンオークが地面をかぎ始めた
「...?
あれは何をやって...」
そして辺りのにおいを一通り嗅ぐと、木の上のエレネたちの方に顔を向けた
表情の変化の乏しい顔が、一瞬ニヤけたように見えた




