第16話 発覚
通常、隠密は表立って行動せず、主に情報を収集し敵へ誤情報を流すのが任務である。
しかし今回のように、各地で潜入している状態の"諜報員"クラスが呼び出されるのは稀で、
そのときは通常の任務の範疇に収まらない。
なぜならば、諜報員が動くときは開戦のとき以外ありえないからである。
もともと諜報員は"隠形"と"声真似"、"顔真似"といった特殊技能を有するものしかなれないので、
本国でもなかなか人材の確保が難しい。
しかも人体へ干渉を行う魔法は"土系統"の使い手で、高位術者のみ使用できるため一人も無駄にはできない。
なので、緊急の任務がある場合を除き諜報員は危険と感じた場合は即刻本国へ戻ることを指示されている。
アクロを見据え、"機動隠密諜報部隊"よりプルーヴォヘ潜入していたフローロが本国より緊急打電を受け取ったのが昨日の深夜である。
『カイセン オウジョ ホカクセヨ』
フローロはこの伝達に違和感を覚えた
通常実行部隊は諜報員から指示があって初めて行動できるもので、このような小国では有るが、エルフの魔法攻撃は侮れない。
ましてや、土系統の魔法で非戦闘向きのものと、少しの攻撃魔法しか覚えていない自分では見つかったら一瞬で消されるだろう
今日はあの屈強な牛魔兵団を打ち倒したということで城内外でバカ騒ぎをしているが、
召還者の助けがあったとは言えあの牛魔を退けるほどだ、補助役で出て行ったあの銀髪の側近の魔法も相当なものに違いない
「何故っ!
本国は私に死ねというのか!」
しかも、通達にある皇女はあの召還者の騎士と常に一緒にいる。下手な動きをすればこちらの首が飛びかねない
ましてや、色が白いというだけで潜入任務を任されただけで、魔族である自分をあの騎士は見抜くだろう
「しかし
やるしかない...本国の一族のために」
かなり危険な任務だが、成功すれば本国の負けを帳消しにし、自分への褒賞も望める
何より、決して階級の高くない階級の自分の一族が本国で能力を認められるのは難しい。
ここで武功を立てずにいれば次は無いだろう
意を決したそしてその晩、昼間みた鋼兵の顔を真似て、ナタリアの寝室へ忍び込んだ
「っ!?
鋼兵、どうしたのじゃっ!!
来るなら来るといわぬか!わしかて困ろう、そのような突然だなどと...心の準備がだな...」
真っ赤になってどもるナタリアによっていき、手が触れるか触れないかのところで
『夢の世界(ドリームランド)』
使ったのは水系統の初歩の技、相手を強制的に眠らせる霧である。
よけきれず、ナタリアはまともに食らってしまいそのままベッドに倒れこむ
普段のナタリアならばこのような初歩の業にやられはしないのだが、
酔っていたのと相手が鋼兵だったのもあり完全に油断してしまった
「ふぅ....
後は気づかれないようにここを出れば」
眠っているナタリアを担ごうとナタリアに触れた瞬間
―パリッ
「っ!」
指先に電流が走ったかのような衝撃が走った
「これは、"結界魔法"!?」
―"皇女の体ごと"結界で覆っている!?
これでは運び出せないし、下手に起きられては自分の身が危ない
「!?」
窓枠が一瞬光った
「っ!
...対象が気を失うと発動する結界か!」
ここのセキュリティは何回か潜入したときに見て回ったがここまで強固なものじゃなかった
しかも、ここまで強固なものは五大老の"吸血鬼"直属の魔法部隊数人掛かりでなければ張れない代物だ
おそらく、張ったのはあの騎士。
ましてや結界を"条件付"で張れるものなど本国にもそうはいないだろう
「自力では解けない...
明日、あの騎士を使って解除させるしか」
事が終わったときすでに日が昇りはじめていたので、ナタリアの体に"隠形二式 雲隠れ"を掛け、
とりあえず見えないようにしてからそれらしい書簡を作成し他の者が起きるのを待った。
ナタリアに掛けられた結界を解かせるために
微笑みを返すナタリアに無言で剣を突きつける
沈黙を破ったのは、鋼兵のほうだった
「紅葉、出ていてかまわない。
ほかの者を寄せ付けるな」
「かしこまりました、主様」
いつの間にか鋼兵の真横にいた紅葉はそれだけ言うと、すぅと消えるように扉へ向かっていった
「さて、どこからもぐりこんだ?」
「一体何の話じゃ?
何を言うかと思えば。お主、言うに事欠いてそれか?
お主の腕を信用したわしの目が節穴だったかのう」
やれやれじゃ、というナタリアから切っ先をそむけず、腰の剣を確認する
そして
―ヒュッ
横一閃、腰の脇差を居合い斬りの要領で一閃のもと"隠れていた"人形を一体胴ごと切り裂いた
「時間稼ぎをしても無駄だ。
頼みの綱の"お人形"はいくら念話発信しても来ない。少なくともこの王城の中のやつは全てつぶした。
朝俺を呼んできたのもお前の"人形"だろう?」
ここでナタリアから微笑みが消えた
「キサマ、何故分かった」
ナタリアの透き通る声から一変して別の女の声がした
「フン、時間稼ぎがみえみえだ
そうか、貴様は"人形使い"か。
しかも"隠形"の型が使えるのか。いかにも隠密らしいな
ナタリアは....無事のようだな」
「!?」
ナタリアの顔をしたフローロは驚きのあまり声をなくした
なぜなら鋼兵が眼を向けたその先はナタリアの寝室だったからだ。
「!!!
貴様、その目.......何者だ?」
「おいおい、そりゃあ俺のセリフだよ
少し前に"空間系能力者"とやりあってんでね
"空間を歪めて"認識を妨げるやり方はなんとなく予想がついたのさ
妖術の類ならば俺の"眼"で看破もできる」
答える鋼兵の目は真っ赤に変化し、薄く光っていた
「くっ!
噂通りの化け物め!
お決まりだが、動くなよ!
貴様が少しでも動いたらナタリア皇女を殺す!
いいな?」
内心、フローロは焦っていた。
―こんなに早くばれるなんて!
いずれは結界を解かせるためにばれることは覚悟だったがここまで簡単にばれるとは
しかし、こちらにはナタリアという切り札がある。
そう簡単には向こうも手出しできないはずだ
フローロが内心ほくそ笑んでいると
「"手出しができないはずだ"か?
甘いな」
「ははは、え?」
一瞬で間合いを詰め、刀の柄で強力な一撃を腹に受ける
「がはっ!?
うぅ....ごほ」
思わずよろめくフローロだったが、ここで倒れれば一気に殺される
素早く体勢を立て直し、瞬時に後ろに飛び込み鋼兵を睨みつける
が、すでに鋼兵はフローロの目の前に迫っており、
ガードの上から叩き込まれた強烈な一撃になす術も無く吹き飛ばされ部屋の壁から壁へ叩き付けられた
―これがただの"蹴り"...!?
「げほっ..ごほっ..くっ!
き、貴様!
皇女の命が惜しくないのか!?」
「...何のことだ?
俺はもともとこの世界の人間じゃないし、この王国だって俺が居たくているわけじゃない。
好きにしろよ。ここで皇女が死んだら死んだで別の国に行くだけだ
俺はお前に喧嘩を売られたから買ってやっただけに過ぎない
これだけだ」
ひゅっと脇差を腰に仕舞い、残った太刀を正眼に構える
「さて、女だからと手加減ができる域に俺は達していない。
殺す気で行くから、そのつもりで受けろ」
―こんな男からあの皇女を攫う?冗談じゃない!!
フローロはこの男があの豪腕の牛魔将軍を打ち倒した奴だと知っているので、
無闇に仕掛けても殺されるだけだと認識している
何とかしてこの男を止めなければ
どんな手を使ってでもここで死ぬわけには行かない
行かないんだっ!
「ま、待て
いい話がある。私しか知りえぬオーロ帝国の情報と周辺諸国に散った諜報員から集めた情報だ。
私はオーロでも多少なり顔が利く。決して損にはならないだろう
ナタリア皇女にかけた術も解く、だから...
私が悪かった!...お願い、殺さないで......!」
変化を解いた魔人風な女が眼に涙を浮かべ手をついて謝って来た
術を解いた女は、年はナタリアよりも少々上で、灰色の肩まで届くウェーブのかかった髪、切れ長の眼に赤い瞳、少し長い耳、
そしてしみひとつない真っ白な肌と、出るとこがしっかり出ており不能な者でも一瞬で欲情するほどの妖艶な美しさを持っていた
なるほど、オーロが間者で寄越すわけだ。
しかし...
「間者が発覚すれば死あるのみ。
何より俺がここを抜けさせるつもりがさらさらない。
だが....貴様のもつ情報は?」
「ま、待って!
私を助けてくれるならば教える!
まだ答えを聞いていない!
私を助けてくれるのか?」
「.....しゃべれば助かると?
気に入らん、死ね」
鋼兵が刀を上段で構えると覚悟を決めたのか、女は抵抗せずただ死を受け入れるように静かに眼を瞑った
「....母さん」
「.....」
その眼から大粒の涙をぽろぽろと流し、迫り来る死の恐怖に怯えながら、フローロは震えていた
―ごめん、私、やっぱりむりだったよ....
―ヒュッ!!
刀が通り過ぎる風きり音のあと、フローロは自分がいまだ生きているのだと実感するまでに少々時間がかかった
「え?」
頬にはいくつもの涙の筋が伝っており、助かった事による安堵から腰が抜けてしまい、ただ呆然と鋼兵を見つめていた
ゆっくりと下を見ると、そこには見たことも無いカラスの化け物が真っ二つにされ死んでいた
「お前に張り付いていた伝令役の使い魔を斬った。
確かに、君の情報は有用に使えそうだな。
これで君は国を裏切ることになる。が、戦争が始まった今ここを魔族が生きて抜けられる事はあるまい。
生きて祖国に帰り、母上に会うにはそれ相応の働きを見せ、誠意で答えろ
まずはその服から着替えないとな。
俺はオノ・コウヘイ。君は?」
手を差し出す鋼兵にフローロは初めて眼をあわせた
その瞬間、自分が間者であることも忘れ頭が真っ白になってしまった
相手は敵国の騎士団長クラスの剣士。
圧倒的な武勇、理性的な思考、美しい容姿
全てがフローロの心を激しく揺さぶった
「わ、わたしは....
フ、フローロ....です」
心臓が爆発しそうな勢いで動くのが自分でもわかる
「そうか。
ではフローロ、すぐに相手国へ向かうぞ。
その前に、此度の非礼をわびてからだな
我が姫君を返してもらおう」
「は、はい!」
フローロは孤児として孤児院で育ち、今の母に拾われてから母以外の人に優しくされるのは初めてだった
「では行こう」
―あぁ、お母さん
私の運命の人に出会えました
フローロはこれまでの自分の輝かしい経歴など露ほども鑑みることも無く、
この瞬間から鋼兵の道具として生きていこうと心に誓ったのだった




