第15話 隠密
王城をひっくり返すようなバカ騒ぎから一変、朝の執務室は異様な雰囲気に包まれていた
原因は朝一で皇女に届けられた一通の親書で、送り主はオーロ帝国と有った。
内容はオーロ帝国からの正式な会戦通知だ
鋼兵明け方からあまり眠っておらず非常に眠い上に話をほとんど聞いていなかったので、
ミーネの話にも上の空で周りの重鎮達は苛立ちを隠そうともしなかった
「鋼兵殿。
我らが何ゆえこのような窮地に立たされておる?」
「俺は俺のやり方を貫いたまでだ。
それに、どの道相手は国境にまで攻めてきている。そこで終わりということは有るまい」
「じゃが仮にも五大国ともあろうオーロ帝国が自ら協定をやぶるなど」
ナタリアの言うことはもっともだったが、事実それでも相手は攻めてきている。
状況は悪くはなるが、好転するはずがないのだ
「相手の真意がわからぬならば、直接行って確認するまでだ
本当に戦争がしたいのか、確認をな」
鋼兵は腰の剣を確認し、壁に掛けてあった愛刀村正を手に立ち上がる
「ど、どこへ行くのだ」
目の前に神速でエレネが立ちふさがる
「逃げやしないぜ」
「そんな事はわかっている!
そうじゃなく、これからの方針を話し合っている席で何故お前が抜ける!?
それにこんな危険な状況の中でどこに行こうというのか!」
「ああ、そんなことか。
俺はここに来てから日が浅い。何より外がわからぬ以上戦いようも無い。
前回は"運良く勝てた"が、今度ばかりはそうも行かぬ。
だから敵情視察とおいうわけさ。
必要があれば呼べ。使いをおいていく」
そういうと、鋼兵は懐から一枚の紙を取り出した
人型に切り抜いた通称”式神”といい、祖国の陰陽道に通ずる高位術者ならば使用できるものだ。
高位の術者になるほど命令系統を細かく指定できる。
もっとも、人工知能と人格を備え付けるほどの強力なものはそうはできないのだが。
「"我が呼びかけに応じよ
紅葉(もみじ)"」
鋼兵が唱え終わると手元の紙が小さく振え、光を放ち始める
光が消えた頃には名前のとおり紅葉模様の着物を着た美しい少女が立っていた
髪は鋼兵と同じ黒のボブカット、瞳は燃えるような赤だった
「紅葉、しばらく偵察に出てくる。
留守を頼む」
「承知しました。主様」
鈴の鳴るような声でそれだけ言うと、紅葉と呼ばれた少女は小さく頭を下げた
「こいつは俺の式神だ。
何かあればこいつに言うなりすれば俺に届く」
鋼兵は掛けてあったマントを羽織り、振り返りこう告げた
「なに、"俺一人"で勝とうとは思わないが、まともにこの国が戦争をして勝てるとも思えぬ。
ちょっとばっかし悪戯するだけさ」
そして部屋から出ようとすると、ナタリアが鋼兵を呼び止めた
「鋼兵、お主の行動に言葉を挟まぬという契約じゃが、プルーヴォの顔も立てさせよ
そう何度もおぬしばかりに活躍されては多少なりとも士気に繋がろうぞ?
そこでじゃ。
エレネとスクツを付けるゆえ、彼女らと行って貰いたい。
いかにおぬしとは言え、この世界の地理に詳しくもなかろうて
どうじゃ?」
そういうと、ナタリアはエレネとスクツに向き直り、
「エレネ団長、スクツ少尉、すまぬが鋼兵についていき補佐となって彼の者を案内しやい
わしはここを離れられぬゆえ、おぬしらが適任じゃろう」
高らかに宣言しやがりました。
「喜んでお引き受けいたします、ナタリア様。
このエレネ・フォン・オーシア、全力でお供いたします」
「同じくスクツ・ウィルドフィーレ、全力でお受けいたします」
エレネとスクツは深々と頭を下げた
しかし唯一名前を呼ばれなかったミーネは不満爆発といった様子でナタリアに食って掛かる
横に居た二人はジト眼でミーネを見ていたがそんなものはミーネには関係がなかった
「ナタリア様!
何ゆえ補佐である私がエレネ様にお供できないのでしょうか?
私は国境の外にも明るいですし、何より"外"で戦ったことがあります
戦闘が予想される任務では私のほうが適任です!
私はデンサヂャルデーノでも戦を経験しております!」
息使いも荒く一気にここまでまくし立てると、ミーネはナタリアの回答を待った
少ししてゆっくりとナタリアは口を開いた
「ミーネよ、お前は私の補佐に回ってほしい。
今回抜けた二人は医療部隊と軍部の精鋭じゃ。
それにスクツレベルの治癒能力者はお主ぐらいしか居らぬ故な。
今回は鋼兵の働きにより死傷者は出なんだが、次もそうとは行かぬ。
今回遠征に行っている間オーロ側が何もせん訳あるまいて。
それと、鋼兵と離れるからといってそう怒るな。」
やれやれじゃ、とナタリアは首を振るが、そんなことでミーネに引くつもりはさらさら無い。
ここで引けばエレネとミーネが鋼兵に手を出す事はわかっていたし、
いくら隊長と幼馴染の二人とは言えここだけは譲りたくなかった。
何より、前回の任務で初めて心がときめいた相手が他の女と一緒だなんて考えられなかった
「そういうわけではございません!
ただ」
納得のいかないミーネにエレネが諭す
「ミーネ
いい加減になさい。鋼兵殿なら大丈夫
いい加減な気持ちでは動かない人だから」
ミーネが食い下がろうとするのをエレネが抑えた
エレネに抑えられてはいくらミーネでも太刀打ちできなかった
「承知...しました.....」
しぶしぶといった感じで引き下がるミーネ。短い銀髪は怒りで逆立っているようにも見えた
「よし
これをもって会議を終了とする。
鋼兵はここに残れ。話がある」
他の者が出て行く中、鋼兵はナタリアを睨んだままピクリとも動かなかった
全員が出て行き、扉の前で盗み聞きしていたもの(主にスクツとミーネとエレネ)が居なくなってから皇女は改めて口を開いた
「ふぅ、さて
貴方は何故私をそこまで警戒するのかしら?」
会議では見せなかった能面のような表情で微笑みかけてくるナタリア
前髪がかすかに揺れる
「下手な芝居は止せ。
無論、貴様が何者かってとこまでだ。わかっているのだろう?
ナタリアをどこへやった、"オーロの隠密"よ」
村正の鞘を抜き取り、ゆっくりとナタリアへ向ける
それに対し能面のように笑いを貼り付けたナタリアは微動だにせず、微笑みを返した。




