首無し狼
一瞬、コイツは一体何を言っているんだと思った。
気が触れたかと勘違いするが、ただの悪戯か、さもなきゃ唯の暇つぶしか。
どちらにせよ碌な事じゃないと考え、溜息を吐きながら
『最悪に不幸ですよ。何せ、抱きたい女も抱けないまま、飲みたい酒も飲めないまま
ボロキレの如く戦争-ダンス-するだけの奴隷人生でしたからね』
『そうかい、そりゃぁよかった』
なら、と言葉を続ける
『キミより最悪な、とびきりの不幸が見れるよ』
声と同時にバラバラバラと、音が上から降ってくる。
地上に影が差し、何だと見上げれば巨大な鉄の塊が居た。
それは迷彩色をした軍用ヘリであった。
一体なんなんだと混乱していると、そこから、何かが落下する。
一瞬、空爆かと思ったが違う。それは爆弾よりも小さい。
風を切る音と共に空中を駆け抜け、そして、地面にドサリと
音を荒げながら着地したのは、信じられないことに、人間であった。
最初に、アレクトフが思ったのはとんだイカレ野郎という事だ。
二百メートル以上上空からロープも無しで飛び降りるバカだ。
45℃と言う茹だる様な暑さの中黒いロングコートを着ているアホだ。
中にネクタイをしていて、日本で見たような学生服を着ているガキだ。
170も無い身長で華奢な体をした黄色い猿-ジャパニーズ-だ。
右手には撃てばその身体ごと吹き飛ばされるんじゃないかと言う銃があり
左手には指抜きの黒いグローブをしているのに、右手には何も無い……いや、刺青が……
『しょ、少佐……ま、まさか……』
少年は、地上数百メートルから落下したにもかかわらず
何事も無かったかのように弾避けの土嚢から普通に立ち上がった。
地面は、威力を物語るように穴を開け抉れていると言うのにもかかわらず。
腰から、黒い物を取り出すと、ピンを抜き、向こうに向かって投擲する。
頭によぎったのは爆弾。更に精密に言うのであれば手榴弾に見えた。
実際は違ったが、そうだと思い込み体勢を低くし、思わず地面に目を伏せたのが幸を奏していた。
投擲から数秒後、世界が白に染まった。
『グウゥゥウウゥゥ!!ちっくしょうが!フラッシュバンかよ!』
フラッシュバン。
極大の光を放つ事で相手の視力と奪う非殺傷兵器。
銃を使うものにとって堪った物ではない。
視界が一時的に0になるだけでなく、直視すれば数分は目が見えなくなる物の為
照準が付けれず、下手に打てばフレンドリーファイアーが起こるからである。
その威力は絶大で、地面に思わず伏せていたにも関わらず
瞼を通して光が侵食してくる程だ。
そばで、立ち上がる気配がする。
カチャリと、銃を構える音が聞こえ
───轟音が響いた。
連続で響く爆音。
ようやく復活し始めた目で、見てみると
『レ、レイジングブルだと!?』
レイジングブル。
トーラス社が開発したオリジナルデザインのハンドガンだ。
しかしその性能は非常に高く、44マグナム弾を6発打ち出す化け物である。
更に簡単に言えば”クソ重い凶悪な銃”だ。
10mmの鉄板程度なら余裕でぶち抜く。そんな拳銃と言うにはあまりに危険なものだ。
だが、その威力は、相手のバリケードをあっさりと貫通し
相手の顔をトマトみたいにはじけ飛ばすほどだ。
普通に撃つのも難しいその銃を、まるで手足の如く連射する。
6発撃てばすばやくリロードする様が、少年の姿にそぐわないものの
一種の絵画のような綺麗さをも持っていた。
だからこそ、確信した。
『……【首無し狼-ヘッドレスウルフ-】』
『ウィ、ムッシュ。正解さ』
少年の右手には、首を落とされた狼の刺青が描かれていた。
それは狂気の証であり恐怖の印であり絶望の標だ。
相対して生きているものは居ないといわれる“生きた伝説”
名前だけは響き渡るが、姿だけは憶測でしかない。
そして、その姿は
「……悪いが、話すときは日本語で頼むぜ」
まだ成熟しきっていない、少年だった。