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『C』‐STORY  作者: 睦月 尚
#1 MOON LIGHT
1/3

001

 七月十五日


 その席に誰かが座る日はない。

 新学期が始まって三カ月と少し。梅雨も明け、本格的な夏が到来し、一学期もあと一週間程で終わろうというのに、一日たりとも学校に来ていないその女子生徒について他のクラスメイトも最初は訝しみ、様々な噂をしてはいたが、それも最初の一カ月くらいまでだった。加えて、ゴールデンウィークが明けた頃には、もはや誰も彼女のことを話題にする者はいなかったと言ってもいい。

 高校生活最後の年、皆、学校に来ない者を気にするより、受験勉強や友人との思い出づくりに必死なのだろう。一年次、ニ年次、そして現在進行形でおよそ『友達』と呼べる者が一人としていない僕には全く縁のない話ではあるのだが……。

 その女子生徒、各務原葵(かがみはら あおい)はいわゆる優等生として、ニ年次まではそれなりに評判の良い生徒として有名だったらしい。

 成績優秀。

 品行方正。

 容姿端麗。

 ここまで完璧すぎると、逆に周囲の反感を買ったりしそうなものだが、僕の知る限り彼女に関しての悪評は流れたりしていないことから、少なくともいじめとかそういうことが原因で不登校になったのではなさそうだ。

 成績は良いときでも中にいくかいかないか、運動は人並み程度、友達はろくにいない僕とはまったく正反対の人間である。

 全く脈絡のない話ではあるが、ここで一つ言っておきたいことがある。僕は自分から他人を遠ざけているわけではないのだ。決して「他人と関わると……」とかそういう格好つけた一匹狼気取りでいるわけではない。ただ多少、人見知り気味なのとコミュ障気味であることが災いして――、まあびっくり、気付いたときには周りに誰もいなくなっていたのだ。

 ――言い訳である。

 というか半分以上嘘である。

 脚色過多。

『ぼっち』という事実をごまかす逃げ口上としか言えない。こんなことならいっそ、この間読んだ、某物語の主人公みたいに「友達をつくると人間強度が下がるから。」とか言っておくべきだったかな……。何となく彼には親近感が湧く、気がする。いや、一方的なシンパシーか……。

 閑話休題。

 というわけで、僕はニ年次まで彼女と話はおろか、挨拶を交わしたことすらない。

 そもそも接点がないうえに、言いすぎかもしれないが生物としてそもそものつくりが違うような存在だ。せいぜい姿を目にするくらい。当然と言えば当然かもしれない。

 仮に僕がもう少し社交的であったなら――とか考えてもみたが、やっぱりそれでも恐れ多いとかで敬遠してしまうに違いない。この先彼女が学校に来ない限り、もしかしたら一生顔を会わせることすらないのだろう。

 だからといって別段、寂しいとかそういう感情はあまり湧かなかった。もとより他人と関わることすらほぼ無いに等しいのだ。彼女に限ったことでもない。だから特に興味もなかった。このまま卒業して、一、ニ年もしないうちに忘れて、たまに、あぁこんなやついたな……と、思い出す程度のその他大勢のうちの一人になるはずだった。周囲だってそうだろう。各務原自信そうなのかもしれない(出席日数の関係で卒業できるのかという疑問は割愛)。

 ――――しかし、である。

 もはや話題にすら上らない彼女に、いや、幾人かはまだ噂とかしてるかもしれないけど……、まあ、そんな彼女に僕は出会ってしまった。

 出会って、そして知ってしまったのだ。――――彼女の秘密を。


 以下回想。

 僕にとって、悪夢のような期末試験がようやく終わった七月一二日のことである。長かったテスト期間も終わり、緊張感から解放された生徒達が放課後の予定を話し合っているなか、僕は一人自転車を走らせ家路についていた。僕の家から学校まではそれほど離れてはいないが、帰宅途中に本屋なんかに寄ったりするため自転車通学をしている。

 例によって、途中本屋にでも寄って行こうかとも考えたが、悩んでいるうちに家に着いてしまった。

 自転車を倉庫に直し、家に入るが家には誰もいなかった。両親は仕事で帰りが遅いから別として、妹はリビングに鞄が置き去りにされていたことから、どうやら出かけてしまったらしい。自室に戻り、私服に着替え、読みかけだった小説を手にベッドに寝転んだ。

「……………………」

 ――――空しい。

 いや、虚しすぎるだろ。

 今頃クラスの連中は、テスト期間中に溜まりに溜まったストレスを発散するという名目で面白おかしく、放課後を満喫しているんだろうなぁ――、とか考えた途端、もの凄い空虚感におそわれた。あれほど気になっていた小説の続きも、読む気が失せてしまった。中途半端なところだったから、読み始めたとこまで戻ってしおりを挟み本棚にしまった。

 妹はまだ帰って来ないし、夕飯まであと三時間はある。キッチンへ行き、インスタントラーメンやお菓子なんかを求めて戸棚を物色したが戦果と成り得るものは一つも無かった。生憎、僕には自炊能力が備わっていないうえ、母親も家にいないことが多いため基本的に家事は妹の世話になりっぱなしだ。つまり、妹が帰って来るまで栄養摂取はお預けということになる。

「……………………」

 考えた末に僕は、妹が帰って来るまで寝ることにした。



 ――目を覚ましたら外はもう真っ暗になっていた。

 枕元に置いておいた携帯電話のディスプレイを見ると、七時五三分と表示されていた(流石に寝過ぎである)。そこで寝ている間にメールが届いていたことに気付く。着信記録も残っていたため確認すると、妹からだった。なるほど、電話を掛けたが出なかったためメールを送ったということか。留守電にでも入れておけばいいのに、と小さな疑問を持ちながらメールを開いた。


『今日は友達と夕飯を食べて帰るから、兄ちゃんは自分でなんとかしてね。

 あ、もちろんお金は自分で出すんだよ?』


 夕飯なしが宣告されていた。

 しかも、どうせコンビニで何か買って済ませるのであろうということまで予測して、自腹を余儀なくされていた。妹の無情な宣告に辟易しつつも、夕食の調達には向かわなければならないため、倉庫から自転車を引っ張り出しすっかり暗くなった夜の街へとペダルをこいだ。


 コンビニで買い物をすませた帰り道、近くの公園で食べようと自転車を入口に停め、公園内に足を踏み入れる。住宅街から少し離れた場所にあるその公園は昼間とは一変してとても静かだった。墓地とまでは言わないが、それに近い静けさで、月明かりだけがあたりを照らしていた。

 ベンチに向かおうとして、足を――止めた。

 僕以外にも人がいたのだ。その人物は公園の真ん中で――ただ、ただ立ったまま月を見上げていた。

 腰まで伸ばした黒髪は、風になびいていて、色白の肌はその黒髪とも相まって単純に美しかった。――そしてそれ以上に……とても、儚げだった。

 ――何分経っただろう……。

 たった数秒間のことだが、そう錯覚するほどに僕は彼女に見とれていた。他のことに意識を回すことを忘れ、手に持ったコンビニ袋を落としてしまった。

「――誰?」

 その音で気づいたのかその少女はこちらに振り向いた。――一瞬、逃げようかと考えたが今更逃げるのもどうかと思い、僕は落とした袋を拾うのも忘れ彼女のほうに一歩、近づいた。

「近づかないでくれる?」

 ――――拒絶された。

 決して語気を強くして言われたわけではない。しかしその言葉に含まれた妙な強制力に足を止めてしまった。――そこであることに気付く。そして彼女が何故近づくことを拒んだのかを理解した。僕の様子に気付いたのか、彼女は顔を伏せ僕に背を向けた。だがその行動は何の意味も為さなかった。

 彼女の外見がどうこうというわけではない。

 もっと根本的な部分で彼女は違っていた。――異質だったのだ。

 ――そう。

 煌々と輝く月明かりに照らされながらも彼女には、それが存在していなかった。光に照らされれば必ずできるはずである影が、彼女の足元には無かったのである。

 回想終了。

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