ムンズ攻略編第5話~霊力者~
サブタイがいいのが思いつきませんでした。
お陰様で、ユニーク100突破アンド1日のアクセス数100突破いたしました。何よりの励みになります。
これからもよろしくお願いします。
「危ない所、ありがとうございます。マルク様。」
助っ人として現れた人物は目を細めて言う。
「まぁ、俺が出てこなくてもなんとかなっただろうが。それと、今の俺は流れの剣士にしてエリオットの古友、マルカロス・サンダリノだ。敬語とか使ったら殴るからな。」
エリオットは苦笑しながら答えた。
「解ったよ、マルス。それよりここを早く出よう。せっかく、うまく合流したんだから。」
2人は順番にケンを背負いながらその場を離れた。
「今、ハンムリル軍はどうなっている?」
「ああ、今頃立ち往生しているだろう。わざわざ山道を進軍するように指示を出し、途中で土砂崩れを3カ所作ってきたから。それより、落ち着き次第この男の治療をしよう。」
2人はムンズ伯側の前線基地からある程度離れたところで、一度休憩する事にした。
「あ〜、きれいに肋骨を折られているな。相当痛むはずだ。気絶しててよかったな。」
そう言いながらマルクはケンの胸に手を置いた。
「はあ!!」
人の体とは霊力でできている。つまり、体に損傷部位があるとそこに霊力が集まり直す。損傷部位が激し過ぎると、霊力が足らず死に至る。治療とは施術者が大地から霊力を吸い出し、体内で人の霊力に変換し怪我人に流し込むのである。霊力の変換には施術者の霊力を多大に使う。よって無尽蔵に治療できるというわけではない。また、霊力の変換には魔術以上にレアな能力であり、人工的に訓練することはできない。ごく低い確率の天然者だけが霊力者になれる。マルクはそのごく一部に含まれていたのだ。
「ここは?…!!っ、お前は誰だ!?」
目を覚ましたケンは胸を抑えつけている男に驚き騒いだ。
「ケン!大丈夫だ。こいつは味方だ。」
エリオットがあわててケンをなだめる。エリオットの顔を見てケンは幾分落ち着いた。
「はじめましてと言っておこう。俺はマルカロス・サンダリノという。そこのエリオと同じサンダールの出身だ。流れの剣士だがたまたま通りがかったところでお前たちがいてな。まさか、エリオがいるとは思わなかったが。」
「エリオ?」
ケンは初対面の男がいきなりエリオットのことを略称で呼んだことに眉をひそめた。ケン自身、未だにエリオットと呼んでいるのに。
「ケン。マルスのお陰で我々もなんとか助かったんだ。マルスは俺の幼なじみだ。心配する事はない。」
「マルス?」
ケンはエリオットも略称で呼んでいることにショックを受けた。しかし、ここで例を言わないのは礼儀に反する。
「ケン・ブラウンだ。今はこの反乱軍のリーダーをやっている。助けてくれたことには礼を言っておこう。だが、我々といるとお前も反乱軍となるぞ。早々にここから立ち去ることをお勧めする。」
棘のいっぱい付いた自己紹介にマルクが大笑いした。
「アッハッハー。ここで反乱があるからわざわざ来たんだろう。いいか?俺は権力にものを言わせて威張る奴が嫌いだ。エリオのことは驚いたが、もともと反乱軍に助太刀するためにここに来たんだ。帰れと言われても困ってしまうわ。アッハッハー。」
余りのあっけらかんとしたマルクにケンは呆然とした。しかし、断るいわれも無いので迎えることにした。
「そうか。まあ、エッ、エリオの友人というのなら無碍にはできないな。うん、そうだな!ところで、お前は何が得意なんだ?」
ケンがさりげなく(実際はかなり照れているが)、エリオと呼ぶのをエリオットは笑いをこらえていた。
「得物か?一応、剣と弓が使えるが基本は素手と魔法だな。あと、回復用に霊力も使える。」
「なっ!!」
ケンが驚くのに無理もない。霊力者は普通、その力をより強くするため、戦闘技術よりも回復法の訓練をする。間違っても、魔法を学ぶ余裕なんてない。それを自分よりも年下のマルクができるのだ。ケンは自分が意識を失う直前に、鎌鼬が起こり敵兵を切り刻んだことと、自分の大怪我が治っていることに気づいた。
「まあ、マルスは修行マニアだったからな。」
エリオットがニヤニヤしながら言う。
「とにかく、マルスは兵法にも明るい。拠点に戻って作戦を練り直そう。」
「そうだな。ケン、とにかく、俺がいて負ける戦はない。早速、作戦を考えるぞ。」
「えっ?ケ、ケン?あ、ああ。解ったよ。マルス。」
3人は拠点に向かって歩き出した。
マルクから今回の作戦の全貌を伝えられたデイヘラーは指揮官たちを集めた。
「我々はこれから、サラグマ山道を抜けてムンズ地方に入る。」
カールデリアからムンズへ向かう道は2つある。今、デイヘラーが言ったのは、カールデリアからムンズへの最短距離の道のりである。ただしサラグマ山という山を越えなければならない。もう一つはムンズ街道といって、サラグマ山の山裾を迂回するように通る街道である。平坦な道が続く代わりに、行程が非常に長くなる。急ぎで行くならサラグマ山道の方が早いが、道が悪く行軍には向かない。そんな理由から、指揮官たちは口々に訴えた。
「少佐、ムンズ街道を抜けた方が安全かつ迅速に進めると思いますが、」
もちろん、そのような事はデイヘラーも百も承知である。しかし、マルクから作戦のすべてを聴いている彼はなんとしてもサラグマ山道を進む必要があった。
「これは、司令官であるマルク特務中佐の命である。また、この作戦は特務中佐と共に陛下が立案されている。現在は詳細を明らかにする事はできないが、この作戦の全貌が明らかになった時は一同皆、マルク様に忠誠を誓うことになるであろう。」
指揮官は皆動揺した。農民出身の若手兵たちの中でデイヘラーはまとめ役、憧れの存在である。今回の出兵も副司令官にデイヘラーがいるからこそ、彼らはついてきている。マルクはただの御輿だと言うことは共通の認識であった。それが、デイヘラーは明らかにマルクの手足となって働いているのである。デイヘラーがマルクに忠誠を誓う。それは、今後のハンムリル王国にとってとても大きな意味を成していた。
現在、ハンムリル王国では王位継承権を持てるのはいない。ハンムリルではここ数代子供は一人ずつしか恵まれなかった。必然的にその子、またはその夫が王位を継承する事になる。ハンムリルの法では女性は王位継承権を持たないがその夫は継承権が認められている。継承順位は妻の兄弟とその子供らのの次となる。例えば、王の直系で上と下に一人ずつ兄弟を持ち、兄弟それぞれが一人ずつ子どもを持っていたとすると王女の夫の継承順位は兄弟その子どもの次となり5位となる。また、3代を越える王族は爵位を与えられ貴族となる。よって、現在王族は芙雪だけとなり、彼女の夫が必然的にハンムリル王となることになる。つまり、マルクは次期ハンムリル王の最大有力候補と言うことになる。
話を戻そう。現在、芙雪の婚約者として公にされているマルクに若手農民派筆頭のデイヘラーが忠誠を誓うと言うことは、ハンムリル軍の3分の1がマルクに付くと言うことである。ハンムリル王宮内では、サンダールに乗っ取られる心配をする多くの貴族が3代前に貴族に下ったゲンデル候を芙雪と結婚させ、次期国王にしようと暗躍している。デイヘラーがマルク派に付くと言うことは、将来ハンムリルはマルク派ゲンデル派で2つに割れる可能性があると言うことである。さらに、マルクが不利な理由として、未だにサンダール王国王位継承権第1位を返上していないことにある。彼の国にはもう一人王子がいるが、マルクがサンダールとハンムリルどちらの王位に着くのかが最大の争点になっていた。
「因みに、司令官閣下はどちらにいらっしゃるのですか?」
指揮官の一人が問いかけた。
「進軍に司令官は不要と仰ってどこかにいかれた。ムンズ地方に着く頃にはお戻りになる。」
指揮官たちは絶句した。只でさえ軍の士気が低いのに司令官が遊びに行ってしまったのではどうにもならない。そんな指揮官たちを見てデイヘラーはニヤリとした。
「おや、司令官閣下は御輿なのでいなくても問題なかろう?」
デイヘラーの冗談に指揮官はオロオロした。
「しかし、司令官不在では士気に関わります。確かに、マルク様は御輿として実務は我々がやりますが、」
一指揮官では軍の士気を上げきれない。指揮官たちはそれぞれ頷く。そこへ、ひとり口を開いた。
「結局、戦が怖くて王都に逃げ帰ったのではないのか?我々に一言も言わずに去るとは何かやましいことがあるんだろう。」
魔法部隊指揮官の秋則・セイフバーク大尉である。
「セイフバーク大尉!司令官に向かっての冒涜は処罰の対象になりますぞ。それに、司令官は第一王女芙雪殿下のご婚約者。不敬罪に問われるかもしれませんぞ。」
指揮官のひとりがたしなめる。
「ふん!ではお前はサンダールに乗っ取られてもいいと言うのか?マルクは大教院でも手を焼く問題児らしいな。そんな奴にこのハンムリルは任せられない。そんな奴はサンダールに送り返すべきだ!まあ、農奴にはそんな難しい事は解らないだろうがな。はっはっは。」
「きっ、貴様ぁ〜。」
「止めよ!」
デイヘラーが一喝した。
「ここは、軍隊である。軍人は上官の命に従うのが仕事だ。そこにはどんな個人的な事情も認められない。また、私闘などもってのほかだ。双方共に頭を冷やせ。」
「申し訳ありません。」
「ふん!」
「セイフバーク!」
セイフバークは不満そうに出て行った。
「あいつだけが貴族出身だからな〜。」
だれとなくぽつりと呟いた。農民出身者が中心の中で、彼だけが貴族であった。魔法部隊は魔術が使えることが大前提となるので構成は貴族出身者が主だった。指揮官レベルでは貴族出身者以外は皆無となっている。
「まぁ、心配するな。マルク様は私の信頼を勝ち得た方。彼に付いていく限り今回負けはない。」
デイヘラーが断言するのを聞いた指揮官たちは、マルクへの評価を新たにするのだった。