プロローグ~旅立ち~
プロローグ後半です。
「沙織、沙織!どうしましょう。マルクがこっちに来るって!しっ、しかも一緒に暮らして、一緒に大教院に通うなんて。あ〜〜ー〜、私、私、どうしたらいいのでしょう?」
きゅ〜ぅとかわいい音を立てて芙雪が目を回す。
「ちょっと姫様!落ち着いて下さい。」
結局、芙雪が目を覚ましたのは、数分後のことであった。長年侍女として芙雪に仕えている沙織にとって、芙雪がどれだけマルクのことを想っているのか。そして、それを表に出せていないか。ということをよく理解していた。芙雪も沙織の前であれば自然な自分をさらけ出せるのである。
「マルク様がこちらに来られるのであれば、頑張らなくてはなりませんね。今度こそ、間違っても暴力なんてふるってはいけませんよ。」
「わっ、解っているわよ。それに少しくらいの照れ隠しくらい笑って受けるのが男の甲斐性ってものだわ。」
芙雪は心外だというような顔をする。
「姫様の場合は少しばかりではすまないのでは?例えばあれは3年前であったでしょうか?姫様がサンダに行かれたとき、…」
「わぁ〜わあぁあ〜。それはなし!!忘れて!」
真っ赤な顔をして慌てる芙雪を見ながら沙織は笑みをたたえる。
「ふふふ、あんなかわいい姫様を忘れるなんてできません。とにかくマルク様がいらっしゃるまで素直になる特訓ですね!」
「まさか、あの特訓?」
「ええ、そのまさかです。私の大事な大事な姫様が婚約者に嫌われてしまうなんてあってはいけませんからね。さあ!行きますよ、姫様!」
「い〜や〜」
その日、芙雪の部屋からは絶えず、悲鳴が聞こえたが、助けに入るものは誰もいなかった。
「じゃあ、向こうに行ってもしっかり勉強してくるんだよ。芙雪ちゃんとも仲良くな!」
「くそ!芙雪と一緒なら帝国に行ったほうがましだ。」
未だに駄々をこねるマルクに向かって王は珍しく厳しい顔をする。
「たかだか、4年間ではないか。それくらい辛抱してこい。あっ、そうそう。帰ってくる頃には孫の顔が見たいな。」
「だ・れ・が・子作りなんかするか。んなこと芙雪にしたら、余計婚約破棄できないだろ。とにかく、もう時間だからあきらめていくけど。この国は将来俺のものだから、俺が帰ってくるまでは国潰すなよ。」
照れ隠しのためか、後ろを向いてマルクは言った。
「ははは、国王に向かって言う言葉じゃないな。まぁ、行ってこい!」
息子の最後の憎まれ口に答える王の目に涙がにじんでいることに後ろを向いていたマルクは気付くことはなかった。
「行ってしまわれましたな。マルク様にはこれからの4年間が生涯で最後の平穏な日々となるかもしれませんな。しかし、別れの言葉が国を潰すなとは、さすがはマルク様ですな。素晴らしい勘をお持ちでいらっしゃる。」
「ははは、あいつの最後の願いは叶えられないだろうがな。ガルン、マルクがハンムリルに着き次第、影を接触させよ。マルクには今のうちに今後の世界のことを叩き込ませろ。」
「御意。既に手配は済んでおります。学問だけでなく、体術や魔術もきっちりと仕込ませていただきます。」
それを聞いた王は、去りゆくマルクを目を細めて見ながら言う。
「儂はもう思い残すことはない。さあ、このサンダール王国に最期の花火を打ち上げるぞ。」
「最期までお供いたしますぞ、陛下。」
迷いのない王に目にガルンは生涯の忠誠を誓う。
「王宮に戻るぞ。」
「陛下、もう少し見送ってもバチは当たりますまい。これがマルク様との今生の別れとなるかもしれないのですから。」
しかし、そんな宰相ガルンを無視して王は毅然として歩いていった。サンダール王国はこれから4年の後、世界の地図から消え、マルクは父との今生の別れとなることをまだ知る由もなかった。