ムンズ攻略編第14話 殲滅の炎
翌朝入った情報によると、帝国軍はサグマを出発した。一路、このパンツェッタに向かっているらしい。両点の距離を考えれば今日の夕方にもパンツェッタに達するであろう。
幸いなことに、先遣隊としてなのか三分の一の35000のみが出陣し、残りは未だサグマにとどまっているらしい。また、シュトラス元帥、参謀カイル共に出陣していない模様であった。
その情報によりある意味安堵した兵たちであったが、それでも3倍を超える兵が押し寄せていることになる。依然、緊迫した状況が続いていた。
「なぜですか?マルク様!ここは、定石通り、篭城あるのみ。幸い、30000余りの兵力、防ぎきる自信があります。」
マルクの提示した作戦は、城外に打って出て、帝国軍を野戦に於いて殲滅するということであった。この世界でも一般に、野戦に於いては、基本的に兵力の多いほうが、そして攻城戦では城内より3倍の兵を用意したほうが有利とされていた(魔法師の数や質などで、多少の変化はあるが)。今の場合、どちらにしてもこちらが不利なのは変わりないが、まだ籠城するほうが分があるのは誰の目にも明らかであった。
しかし、マルクは野戦を選択した。
「確かに、籠城したほうが長くは持つであろう。しかし、我々は勝たねばならないのだ。補給がしっかりしている敵相手に籠城するとは、ただただ降伏の時間を伸ばしているだけ。決して勝つということは出来ない。我々が勝つのには野戦しかないのだ。」
マルクの言葉に、反対できるものはいなくなった。
「よし、我々はこれより、城外に打って出る。サグマ街道沿いにいい戦いの地はないか?」
「は、ここより4kmの地点にバルドーという切り立った崖のあるところがあります。道が細くなり敵の隊列が長くなるところです。」
「よし、崖の終点に陣を敷き、帝国を迎え撃つぞ。」
昼過ぎにはバルドーに到着したマルクたちは、陣を敷き束の間の休息をとっていた。斥候の情報では、一時間のところに敵は迫っているとのことであった。因みに、芙雪はかなり激しく、同行を主張したがマルクは断固としてそれを許さなかった。今頃は、パンツェッタの城で沙織相手に愚痴を言いまくっているであろう。
マルクは司令官席に座っていた。そして、他の誰にも気付かれないようにそばにいる“影”から情報を聴いていた。“影”の気配が消えた瞬間、マルクはいきなり立ち上がり、周囲を見渡した。
「我らはこれより、陣を2kmパンツェッタ側に戻すとする。命の惜しいものはすぐさま準備するがよい。なお、これは迅速かつ瞬時に実行しなければならない。最低限の物のみを準備し、すぐさま撤退する。」
マルクのこの発言に、陣の中は上に下にの大騒ぎとなった。不満を持つものが多かったが、マルクの周りを固めるデイへラーや、エリオットといった者たちが何の疑いもせずに行動していることから、口に出して不満を言うものはいなかった。
その頃、帝国軍では先遣隊の総大将として先頭を進むものが苛立った様子を見せていた。この男は、出世欲にまみれた男であった。しかし、それなりの実力があり、こういった地位に昇るほどには評価されていた。失敗は巧妙に他人に押し付けるのが得意で、誰からも嫌われていた。
今回の先遣隊総大将はあまり乗り気ではなかった。しかしシュトラス元帥から直々にこの作戦に成功したら将軍職に推薦すると言われ、承諾した。
敵の数から言えば、簡単な戦いであるが、昼過ぎの報告で敵が崖の出口に陣取っていると聞き、どうするかと悩んでいたのだ。あまり、兵を減らしてしまっては、推薦があっても将軍になれないかもしれない。常に彼らしい問題を考えているのである。
再び、斥候が戻ってきた。相変わらず、そのままなのだろうと思った彼は、適当にその報告を聴いていた。そして、驚きのあまり、馬から落ちそうになったのである。
「何?では、敵は慌てて陣を引いたというのか?」
「は、陣はそのまま捨て去り、兵だけ引かせたようです。現在、約2kmほど後退しました。」
「ふはっははは。さては儂に恐れをなしたのであろう。者ども、この勢いで一気にパンツェッタまで攻めこむぞ~!」
そう言って、突撃命令を下した彼は、自信も馬を駆り、崖へと進んだ。そして崖を抜け、目の前に広がるもぬけの殻の陣を破壊している時、既に彼の命運は終わっているのであった。灼熱の炎が辺りを襲い、帝国軍は全て焼きつくされた。そして、崖が崩れ落ちた。
陣を下げ、敵の来襲が今か今かと待っていた兵たちは、前方に見える火柱に驚いていた。
ゲッセンハルトが、口をワナワナと震わせながらつぶやいた。
「マルク様、もしやこれは、」
「ああ、そうだ。ハンムリル王国第314魔法連隊、通称“殲滅の炎”。ダレル公直属のこの国最強の部隊さ。」