ムンズ攻略編第12話~ラウン平原の戦い(下)~
しばらく更新できず、ごめんなさい。今回でラウン平原の戦いが終わります。
「農民たちを守れ!魔法部隊は全力で防御障壁を展開!」
農民たちが正気に戻り逃げまとう中、後方で待機していた三千の傭兵たちは一斉に行動を開始した。反乱軍・農民問わずの大規模魔法攻撃により、反乱軍は大きな打撃を受けていた。農民、反乱軍はもともと魔法の使える者は少なく、したがって一般の兵には魔法を防ぐことは難しい。魔法の攻撃は、魔法部隊が防御障壁を展開して防ぐしかない。結果、一万を超える反乱軍であったが、数が仇になり魔法による攻撃を使える三千の傭兵にかなり苦戦していた。
「申しあげます。第1・第3・第7・第12・第15の各小隊が壊滅。農民を守りきれません。」
「申しあげます!サルバ・キール中尉率いる側面奇襲部隊、敵の返り討ちに会い全滅。キール中尉をはじめ50名全員、お討ち死に!!」
次々に報告に来る伝令たちにエリオットは頭を抱える。農民たちの避難が思うように進まず、その守りに多くの労力を費やされている。既に右翼だけで2割の兵の損失が出ている。
「エリオット殿、焦りは禁物です。今は耐えていきましょう。」
ゲッセンハルトがエリオットの肩に手を置いて言う。エリオットが本陣を崩し右翼に合流した時点で、ゲッセンハルトは自発的に右翼の指揮権をエリオットに譲り、自分は補佐役に徹していた。エリオット-ゲッセンハルトの良い連携が反乱軍をここまで耐えさせていた。
「申しあげます。農民の避難が完了しました。」
「ようやくか!しかし、よくやった。これで全力を出すことが出来る。各隊に伝令!!第2・第4・第5・第6小隊は敵左翼を回りこみ、再び後方からの攻撃を試みよ。第8~11、13、14、16~22小隊は引き続き敵の攻勢を耐えるのだ。これに勝てば、このムンズは平和になるぞ!!」
オオオオオオっーーーーーーー!!!!!!!!!!
地響きが起き、今まで劣勢だった反乱軍が盛り返す。左翼のザンツェルもその動きに呼応して、果敢に総攻撃をかけている。
「マルス様はお一人で、パンツェッタ城を落とされた。我々がここで立ち止まるわけにはいかない!パンツェッタ城までマルス様をお迎えに行くぞ!!」
農民という面倒な足枷がなくなった反乱軍は、一気に士気が上がり盛り返していった。兵数が傭兵よりも多いこともあり、自分らの戦いの理由を思い出した反乱軍に形成は傾いていった。傭兵たちは軒並み魔力切れを起こしており、徐々に後退を始めている。誰もがもうすぐ戦いは終わる。ムンズに平和が訪れると思い始めた。
ついに、傭兵たちは敗走を始めた。後ろに回り込んだ反乱軍の部隊を残りの魔力を使い吹き飛ばし、活路を作った。
「追え~!二度と我らのムンズの土地に帝国が足を踏み入れられないようにしろ~!」
長時間の戦闘により反乱軍の誰もが疲れていた。しかし、最後の力を振り絞り懸命に傭兵を追いかける。あと少しで傭兵を追い詰められる。そう思った時、不意に傭兵が敗走をやめた。傭兵のさらに向こうから砂塵が近づいてくるのが見えたからである。反乱軍もその砂塵を見て呆然とし足が止まる。その砂塵からは高々とハンムリルの国旗が掲げられていたからである。この瞬間、追うものと追われる者の立場が変わったことを悟った。援軍は高々500人にも満たない。しかし、疲れが極限まで溜まっている反乱軍にはそれが何万もの大軍に見えてしまう。そして、その恐怖を傭兵が見逃すはずがない。ゆっくりと振り向いた傭兵たちは既に獲物を狩る目をしていた。援軍を得た傭兵たちが逃げまとう反乱軍を殺戮して回る。誰もがそう疑わなかった。
パンツェッタ城を制圧したマルクは、城に残る残党を始末して回っていた。そして、傭兵により虐殺された正規兵6000の遺骸が放置されているところに来ると、しばらく黙祷を捧げていた。その後、“影”と合流したマルクは報告を聞いた。
「そうか、とうとうあのバカはやらかしたか。」
遠く祖国の方を仰ぎ見ながらマルクはつぶやいた。それは、これから始まる乱世への覚悟を固めるつぶやきであった。
「城はもう大丈夫だろう。私はラウン平原に戻る。」
そして、一迅の風とともにマルクの姿はなくなった。
ラウン平原はおびただしい血で赤く染まっていた。血が流れるという結果だけ見れば同じだったのかもしれない。しかし、誰の血が流れたかということを考えると、その答えは全く正反対の結論となるだろう。
狩るものと狩られるものが逆転した瞬間、逃げ始める反乱軍を狩ろうとした3000の狩人はその背後から感じられた圧力により吹き飛んでいた。そして逃げまとおうとした反乱軍もその足が止まり、呆然としてその成り行きを眺めるだけであった。
デイヘラーは戦場に着くや、瞬時に戦況を判断していた。そして、傭兵が自分たちに背を向けた瞬間、躊躇なくその背に向かって魔法を撃ちこむように命令を下した。マルクにより真の敵を知らされた正規兵たちは魔法を受けて右往左往する傭兵たちに果敢に突撃していった。結果、450の正規兵をもってして3000の傭兵は残らず殺戮された。その後、デイヘラーは正規軍をまとめ、同じく反乱軍をまとめたエリオットたちと向き合った。
「私は、ハンムリル軍ムンズ地方平定部隊司令官代理、首都防衛第8部隊少佐、デイヘラーである。今回の件では参戦が遅れて申し訳ない。おかげで、ムンズ伯吉成・ケインズの悪行をすべて洗い出すことができた。」
「お助け感謝いたします。この反乱軍の指揮権を一時的に任されているエリオットと申します。」
お互いが自己紹介をしたとき、正規軍の後方から声が上がった。
「司令官閣下、マルク・アレ・サンダール特務中佐が到着いたしました。」
その声に多くの反乱軍の人間は侮蔑と困惑の意思を示した。今回の援軍の司令官であるサンダール国王子マルク・アレ・サンダールという人間のことは反乱軍の中でも有名であった。司令官という役職でありながら今まで軍務経験は全くない。自国の王女である芙雪と婚約していることからの特別待遇であり、進軍早々、すべての仕事を部下であるデイヘラーに押し付けて本人は失踪。噂ではムンズ伯の別荘で豪遊生活をしているとまことしやかに流れていた。であるから、今回のこの決断はデイヘラーによる独断であると考えていたし、急に自分らを殺戮しようとするのではないかと心配したりするし、何よりいないはずの司令官がなぜ今このタイミングで出てくるのかということに混乱がおころうとしていた。もっとも、事情を知るエリオットとザンツェル、その他事情を知る数名の人間は平然としていたが…。
「エリオット殿、まさか今まで内緒にしていたのか?」
デイヘラーが頭を抑えながらエリオットに尋ねた。
「ええ、まぁ。たっての願いだったので・・・。」
エリオットも苦虫を噛んだような顔をしながら答える。
「少なくとも、私には抑えられないぞ。」
「おいおい。なんの事を話しているのだ?」
指揮官クラスで唯一真相を知らないゲッセンハルトが横から尋ねた時、正規軍がザッと左右にわかれた。そして、そこにできた道を堂々たる様子で司令官が歩いてきた。
「な、な、なぜあなたがそこをその服を着て歩いているのだ。」
司令官の顔を見たゲッセンハルトが驚愕の余り、呆然としてつぶやくのが精一杯であった。同時に反乱軍の人間も皆、呆然とした顔のまま固まってしまった。
「ゲッセンハルト!!よく、傭兵共の攻撃に耐えてくれたな。皆もよく戦ってくれた。これでムンズ伯にはめぼしい戦力がいなくなった。あとはサグマを落とせば我らの勝利。ムンズに平和が訪れるぞ!」
正規軍の方からは雄叫びが上がる。しかし、反乱軍の方はまだ現状が理解できずにいた。
「マルス様。あなたは一体何者なのですか?」
ようやく、動いた口を懸命に動かし、震える声でゲッセンハルトが尋ねる。
「ああ、そうか。では、正式に名乗らなくてはならんな。私はサンダール王国第一皇子にして、ハンムリル王国王女、芙雪・シグナール・ハンムリルの婚約者、今回のハンムリル軍ムンズ地方平定部隊司令官にして、反乱軍のリーダー、マルク・アレ・サンダールである。ゲッセンハルト。そなたたちを騙すつもりはなかったが、反逆者吉成・ケインズの確たる証拠をあぶり出すため、反乱軍に潜入することとなった。それに戦後、そなたたちが私の命により今回の騒動を起こしたとしておけば誰もそなたたちを罰することはできまい。しかし、騙していたのは私の不徳の為所、済まなかったな。」
その瞬間、話を聴いていた反乱軍の面々が一気にマルクに向かってきた。マルクを守ろうと正規軍が動く前に、まず目の前にいたゲッセンハルトに抱きつかれマルクは押し倒された。
「マルス様!!いえ、マルク殿下!!!そこまで我々の事を考えてくださっていたとは!!ありがとう御座いまする!!!!!」
そのまま、反乱軍の面々によって押しつぶされもみくちゃにされているマルクを見ながら、デイヘラーは呆れたように正規軍に支持を出していた。
「あれは司令官閣下の自業自得である。誰も助ける必要はないからな。」
それを聞いた正規兵たちは温かい視線をマルクに送りつつ、誰一人としてその指示に逆らう者はいなかった。
誰もがその微笑ましい光景を眺めていた時、その知らせは突如舞い降りた。
「司令官閣下はどちらにおられますでしょうか?火急の知らせでございます。司令官閣下!!火急の知らせでございます。」
反乱軍にもみくちゃにされていたマルクはわずかに出ていた手を大きく振り、ここだここだとアピールした。
「私は、パンツェッタよりサグマ方面に斥候に出ていたものです。現在、サグマに向かって帝国が突如攻め込みました。サグマはすぐさま陥落。ムンズ伯は既に殺害されたものと見られます。」
新たな敵の出現に辺りは騒然となる。マルクは努めて落ち着いたように聞いた。
「して、敵の数と総大将は解るか?」
「はっ、敵の本陣に赤地に黄金の鳥、鳳凰が描かれているのを確認しております。総大将はコルン帝国四大元帥の一人、火の侯爵シュトラス・ダンガー元帥に相違ありません。更に横に赤地に孔雀、成金参謀カイル・コフェスタ大佐がいます。敵の総数約10万!!!」
その報告に更に大混乱になる兵たち。しかし、マルクの一喝によりすぐさま静まった。
「うろたえるな!!それくらい、私の計算に中には入っている。いいか、すぐさま兵をまとめ、パンツェッタ城に入城する。そして、そこで敵を迎え撃つぞ。心配するな。策はしっかりとある。帝国に負けることは絶対にない。よく思いだせ!私はユンズの悪夢を引き起こせし張本人、更には今日の戦いでは単身パンツェッタの城を制圧した者である。私についてきて絶対に負け戦などありえない!!」
マルクのその言葉に、未だ半信半疑であるが、最早他にすがる者のいない兵たちは頷いた。そして、すぐさまパンツェッタへの進軍を開始したのであった。
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